黙殺されたキャサリン・ガン事件:米英情報部はイラク戦争開始前に国連を盗聴していた
「私はただ、良心に従って行動しただけのことです」裁判に際して、その女性は自らの嫌疑に答えた。
キャサリン・ガン、29歳。職業:イギリス政府通信本部(GCHQ)中国語(北京語)通訳スペシャリスト。英国情報部員として、母国イギリスの安全を脅かす危険をいち早く察知することが自身の使命であると信じている誇り高き女性である。
イラクへの武力行使をめぐる国連での討議を世界が見守っていた2003年3月。彼女は、多くの英国情報部員がそうであるように、ブレア政権が進める米国追随政策と、偽りの情報に基づくイラクへの武力行使を危険視していた。戦争が開始されれば、英国軍兵士や無実のイラク市民が犠牲になることは明らかだったからだ。
そこで、キャサリン・ガンは、自分の仕事先で入手した極秘電子メールを英新聞記者に暴露し、米英政府の汚いやり口を告発したのである。英オブザーバー紙(ガーディアン姉妹紙)2003年3月2日付け記事が第一報で伝えたその告発内容は、国連に参加する全ての国を驚愕させるに充分なものだった。以下はその記事の概要である。
米国の諜報機関NSA(National Security Agency 国家安全保障局)の地方対象局担当チーフ、フランク・コーザは、イギリス情報部(MI6)に、国連安全保障理事会でイラクへの武力行使決議に関わる各国代表オフィスの盗聴を依頼していたことが判明した。国連イラク査察団代表ハンズ・ブリクスがイラクの兵器査察について暫定報告をした直後、NSAのフランク・コーザが英国情報部に宛てた2003年1月31日付け電子メールによると、特に盗聴のターゲットとして指定されていたのはアンゴラ、カメルーン、チリ、メキシコ、ギニア、パキスタンの国連代表団の通信内容。この6カ国は米英(イラク攻撃派)と独仏露(査察継続派)の間で態度を決めかねている「中間派」であり、米国政府はその動向をリアルタイムに知りたがっていたのだ。(盗聴は国家安全保障問題担当のコンドリーザ・ライス大統領補佐官の指示によるものと見られている)
オブザーバー紙の告発記事は、世紀のスクープであるにも関わらず、米国マスメディアでは一切無視され、広範に伝えられることも議論されることもなかった。(日本では日経が告発記事に触れるにとどまった)結局イラク戦争は開始され、1万人を超えるイラク市民が米英軍の攻撃の犠牲になり、現在も混乱と被害は続いている。
情報漏えい容疑で逮捕されたキャサリン・ガンは、英国政府の訴えにより2年間の獄中生活を迎えようとしているが、彼女の無罪放免を求める活動は英国本国でも活性化しつつある。「キャサリン・ガンを憂慮するアメリカ人の会」の活動には、民主党大統領候補デニス・クシニッチの他、ハリウッドからもダニー・グローバー、ショーン・ペン、ボニー・レイット、マーティン・シーンが参加するなど、話題性も豊富だ。しかし、「大量破壊兵器」が誇張された脅威であると判明した現在に至っても、日米の新聞・TVは(映画欄も含めて)キャサリン・ガン事件をほとんど報道していない。
ニクソン大統領が辞任した時代を考えると、米マスメディアは政府に対して随分寛容になったものである。不思議なことに、彼等は自分の首を絞めることに関しては熱心なのだ。
日本のマスメディアが、(一部の例外を除いて)キャサリン・ガン事件についてほとんど報道していない理由は謎である。石破防衛庁長官の「報道規制宣言」に対し、イラクでの自衛隊撮影イベントに殺到、行列を作るなど「報道の自由」について特殊なセンスを披露している人たちなので、「小泉首相のお友達による国連盗聴」ネタで福田官房長官の独演会の邪魔をすると、記者クラブの雰囲気が険悪になることを恐れているのだろうが、「国民の知る権利」を代弁したがる機関にしては、知らせる内容そのものについて割く時間とスペースが少ないように見える。気のせいだろうか?
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