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07/29/2004

戦争アクションゲームで若者の入隊を促進するアメリカ陸軍

America's Army画面

米陸軍公式ゲーム「America's Army」プレー画面

日本ではテレビゲームに夢中になる子供を問題視することが多いが、米国陸軍にとって、子供にゲームをさせることは「愛国的若者」の育成につながると期待されているらしい。

デモクラシー・ナウの2004/07/28付レポートによると、米国陸軍は新兵募集キャンペーンに2億ドルを投入し、8万人の新規兵士獲得を目標に地方イベントを開始しているという。どうやって入隊希望者のリストを集めるかというと、陸軍の公式PCゲーム「America's Army」のプロモーションという形で、地方でゲーム大会アトラクションを開催し、集まったゲーム中毒の若者に「クールな陸軍」をアピールして入隊登録を促す仕組みだ。

このPCゲームトーナメントにはオンラインからも参加できる仕組みで、すでに370万人以上がユーザー登録しているという。ゲーム内容は、単純に中東地域での戦闘を疑似体験できるアクションゲームらしい。米軍の公式サイトに陸軍主催のゲームイベントの模様を捉えた写真が掲載されているのでいくつか以下にピックアップしてみよう。(写真コメントは勝手な創作です)

会場入り口

イベント会場外観

広告ポスター

イベント告知屋外広告「頑張って自由を護るのだ!」

アトラクション写真

広告壁面を降りてくる陸軍特殊部隊の隊員。凝ったアトラクションだ

隊員と客

フレンドリーな隊員に魅了されるパンクな10代

特殊部隊装備

特殊部隊の装備を披露する隊員。「ゲームよりスゴイだろ?」

トーナメント優勝者

ゲームの優勝者(もちろん子供)には賞金。

イベント風景

女性にも優しい突撃銃。エリート軍人との思い出にパチリ。

陸軍宣伝風景

「入隊すればステキな武器があるし奨学金で大学だって行けるし病院もタダだ」

このような米陸軍のイベントでは、悲惨なはずの軍隊生活が、ユニバーサルスタジオのアトラクションのように映る。これに比べると、プラカード持って通りを行進する反戦イベントは、皮肉にも退屈で苦痛に満ちたものに見えることだろう。これじゃあ戦争はなくならないわけだ。

しかし、軍人が集まるイベントには、地味なものもある。例えば、マサチューセッツ州ノーザンプトンで開催されたthe Veterans Education Project (退役軍人教育計画)と the American Friends Service Committee(アメリカの友・奉仕委員会)が主催するイベントでは、ゲームで戦場を疑似体験してもらう代わりに、戦場から帰還した兵士の実際の戦闘体験を聞かせている地元の新聞The Republican紙2004/07/26付けの記事が講演の雰囲気を伝えているので以下に引用してみる:

・・・米海兵隊員としてイラク戦争に赴いたジミー・マッセイ軍曹は、ガムをゆっくりと噛みながら150人の聴衆をじっくり眺めた後、イラクでの体験を話し始めた。

手を揚げていた(降参した)男を撃ったよ。女子供でさえ撃ったんだ

ノースカロライナ出身で、12年の経験を持つベテラン戦闘員のジミーは、イラク戦争前には「殺し殺される準備は完全に整っていた」という。しかし、今のジミーは、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を抑えるために、抗鬱剤と抗不安薬の錠剤を5種類づつ飲んでいる。

住民へ発砲することや、石油採掘地域の保安業務は、入隊時の契約にはなかった、とジミーは言う。

「どういう理由で海兵隊員が石油の油井の閉鎖法を覚えなきゃならないんだ?俺たちは環境保護団体か?(中略)アメリカ国民の税金は戦場で活用されてる。あいにく、皆さんの税金は大勢のイラク市民の体にぶち込まれてるんだ。俺はそこに居た。俺は引き金を引いた1人さ」

「12年間、俺の人生の目的は、戦場で敵とぶつかって殺すことだけだった。イラクに出発したときだって、死んでもかまわないと思っていた。戦闘で死ねれば、名誉だからな」・・・


米陸軍公式の能天気な戦争ゲームには、ジミー軍曹が体験したような、兵士の苦悩というシナリオは含まれそうもない。戦場の苦悩を伝えるために使われるお金よりはるかに多くの金額が、武器や銃弾の購入に費やされるのも残念なことだ。退役軍人の言葉も、地方の小新聞の片隅で、忘れ去られてしまうのだろうか?

・・・ここまで読まれた読者の方は、暗い気分で思考を凍らせる前に、苦悩の先に残された小さなメッセージを受け取るべきだ。ジミー軍曹の記事は、以下のように締めくくられている。

「今日は死ぬには良い日だ」名誉除隊してから、ジミー軍曹にはそう思う日が続くこともあった。しかし講演の日、ホールに人が集まっていくのを見て、午後の日差しを頬に感じた時、ジミー軍曹はさらにもう一度悟ったのだ。「日のあたる場所に出られて嬉しい」

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07/28/2004

「クリントンのせいにしろ!」軍団とクリントン・ノスタルジー

CBS放送の最新調査によれば、米国民の65%が「現在の合衆国は間違った方向に進んでいる」と感じているという。まあ、そうだろう。トリプル赤字の経済政策、嘘に基づいて始まったイラク戦争の泥沼、司法長官の奇妙なテロ対策等々、現在の米国政治にいいところは一つも見つからない。もちろん問題の責任は現ブッシュ政権にある。

Catastrophe:Clinton’s Role in America’s Worst Disaster

「クリントンのせいにしろ!」の典型

しかし、そうした悲惨な現状に関して、ブッシュ政権陣営や保守系コメンテイター(政治家、テレビタレント、ジャーナリスト、フォックスニュースチャンネルのキャスター・・・)達は、機会あるごとに「クリントンが悪い!」というヤケクソな説明をしている。

こうした人々をアル・フランケンは「クリントンのせいにしろ!」軍団(The Blame-America's-Ex President-First Crowd)と呼んでいるが、これら軍団の姿勢を象徴する事例として、例えば保守系ニュースサイトNewsmax社の記者が刊行している書籍「Catastrophe:Clinton’s Role in America’s Worst Disaster(大惨事:米国史上最悪の事件とクリントンの役割)」がある。同書の説明文はこんな感じだ:

「1993年1月20日、ウイリアム・ジェファーソン・クリントンが42代大統領としてオフィスにやってきたとき、大災難は始まった。(中略)それからの8年間、ビル・クリントンは米国史上最も堕落した政権を仕切ることになる・・・」

クリントン政権がテロ対策に熱心だったという事実は、すでにリチャード・クラークの暴露本「爆弾証言:すべての敵に向かって」でも明らかになっているだけでなく、911テロ調査委員会の最終報告書でも記されている。ワシントンポスト紙の要約によれば、クリントン大統領は情報部から提出された詳細なメモを熟読し、ノートとコメントを追加してさらに追加の報告を求めるというのが好みだった。一方で、書類を読むのがキライなブッシュ大統領は、早朝にCIA長官のジョージ・テネットから口頭で説明を受けるのみだった。クリントンはビン・ラディン暗殺計画まで考えたが、ブッシュはアルカイダと無関係のフセインに夢中だったことは誰でも知っている。
ブッシュ大統領のブリーフィング風景

ブッシュ政権の「ブリーフィング」風景


ブッシュ政権は単に怠惰というだけではなく、ビン・ラディンの資金ネットワーク(パキスタン軍事情報部-サウジアラビア王家-国内イスラム過激派組織に及ぶ)の捜査を封じていたことも知られている。ビン・ラディン資金網の捜査を担当していたFBIのジョン・オニール捜査官は、ブッシュ政権の怠惰な姿勢に腹を立てて辞職し、WTCビルのセキュリティ担当者となって、同時多発テロで一度は退避しながら、ビル内の人間を避難させるために再びオフィスに戻り、帰らぬ人となったのである。ブッシュ政権とクリントン政権、どちらがテロ対策に真剣に取り組んでいたのか?知らないのはNewsmax社だけだろう。(Newsmax社といえば、「華氏911」上映妨害キャンペーンを支援する企業としても有名だ)

民主党保守派(極右派?)のクリントンは、民主党リベラル派から見れば共和党員のような存在かもしれないが、経済政策面で華々しい成果を出したクリントン時代の繁栄を懐かしむ「クリントン・ノスタルジー」に陥る米国民は急増している。

ビル・クリントン政権と、ジョージ・W・ブッシュ政権の経済面での成果の違いをまとめた記事The Center for American Progressから以下に引用したのでご覧いただきたい。経済政策だけを見ても、ブッシュ政権こそが「大災難(Disaster)」なのだ。

貧困
クリントン大統領時代、貧困率は1992年のブッシュ父政権時代に比較して、25.2%減少した。しかし、現ブッシュ政権になってから貧困率は逆に7.1%上昇している。2000年から2002年の間、貧困率は13年ぶりに2年連続して上昇し(11.3%から12.1%)2002年度の米国内の貧困人口は3,460万人に増加した。(その内1,210万人は子供が占める)

税制
ワシントンポストの記事:「多くのアメリカ国民は2001年から生活状況が後退したと感じており、約71%の国民は減税の恩恵を全く受けていないと回答している。CBSニュースとニューヨークタイムズが3月に実施した調査によれば、ブッシュ政権の減税政策により税金が下がったと信じる国民は僅か22%であり、25%の国民は実際には税金が上昇したと回答している」

失業率
4年前に比較して、仕事を見つけられない人の数は増加している。現在の米国全体の失業率は5.6%。4年前は4%だった。クリントン政権時代、2,270万人の雇用が新たに創出された。現ブッシュ政権においては、新たに110万人の雇用が消失したままである。

賃金
ここ4年間で賃金上昇率は劇的に降下している。2000年の時点では、中流層の賃金は4.9%上昇していたが、2003年の時点では2%にとどまっている。インフレ率を考慮すると、2003年度の賃金は実質的に低下している(1996年以降初めての賃金低下)。就業中の一般労働者にとって、企業の収益率が向上しているにも関わらず、一般家庭の住宅費用、教育費用、医療費用が急速に(2桁の率で)上昇している「さかさま経済」の状況では、経済再生という価値観そのものが疑問となりつつある。

財政
2000年の会計では、アメリカ合衆国の財政の余剰金は230億ドルで、総予算よりも1,760億ドルも多い数字だった。2000年度の合衆国の財政黒字は230億ドルであり,クリントン時代の累積黒字は1,760億ドルであった。一方、2004年1月の時点で、米連邦議会予算事務局の見積によれば、本年度の合衆国の財政は4,770億ドルの赤字となる予定である。

破産
現在、自己破産率は過去最高を記録している。AP通信によれば、「3月末までの12ヶ月で自己破産は2.8%増加」、その期間中の自己破産件数は161万8,062件。

ボストンで行われている民主党大会に登場したビル・クリントン元大統領は、最近人気が急上昇しているというアル・ゴア元副大統領と同じく、根強い人気をアピールしていた。手書きのメモ用紙を切り貼りしながら自作のスピーチ原稿を用意しているという少々暢気なジョン・ケリー大統領候補は、クリントン・ノスタルジーに酔う米国民を救えるだろうか?

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07/26/2004

2003年11月、東京・蒲田にボビー・フィッシャーを探して・・・

今月半ばに、「チェス元王者を収容 成田で入管難民法違反容疑」というニュースが配信され、海外でもちょっとした話題になったが、この件の背景となる事情をうまく説明したと思われる記事を昨年読んでいた記憶があったので、探し出して全文翻訳し以下に掲載。

フィッシャー氏の政治的(?)発言には何ら興味を惹かれないが、FBIがフィッシャー氏を告発する理由には全く呆れてしまう。経済制裁の相手国にチェス対局に出かけて賞金を持ち帰るチェス名人は、「悪の枢軸国」からコッソリ大金を受け取る国防長官副大統領よりも罪が重いというのか?

「窮地に陥ったチェス名人(Checkmate for grandmaster)」

シドニー・モーニング・ヘラルド紙2003/11/27

ボビー・フィッシャーは、そのアメリカ合衆国に対する攻撃と反ユダヤ主義的発言により、社会の除け者にされてしまった。シェーン・グリーン記者は、世界一のチェス名人と言われる男を見つけ出し、なぜ彼がそんな賭けに出てしまったのかを探った。

東京の中心から西に8つ駅を過ぎれば、スーツ族が活動するビジネスエリアから遠く離れた労働者の町、蒲田へとたどり着く。駅を出て、靴磨きが商売を伺う前を通り過ぎ、スーパー前に陳列されたプラスティック雑貨に引き寄せられる買物客の流れに身を任せる。

そこからちょっと歩くと、ようやく目的地に着いた。日本チェス協会の本拠地は、住居を兼ねたオフィスの立ち並ぶ地域にある。建物の2階に上がり、220号室と記されたグレーのドアを目指す。ノックをして待っていると、中年の男性が廊下の突き当たりで携帯電話に怒鳴っていて、その声が古ぼけたリノリウム材に反響している。

チェス協会にはふさわしくない場所のように見えるが、特別な捜索活動に従事する者にとっては、珍しいことに出会うのは慣れている。史上最も偉大なプレイヤーと称されることもあるアメリカのチェス名人、ボビー・フィッシャーを探しに来たのだ。

話によれば、60才のフィッシャーは日本に住んでいて、チェス協会に連絡先を教えているということだった。ドア越しに応えた協会の若い事務員は、丁寧に名刺を受け取り、ボビー・フィッシャーとの対面について責任者に連絡をとる約束をしてくれた。

しかし、もしフィッシャーがドアから姿を現して、話をしたとしても、チェスの話に及ぶことはほとんど期待できないだろう。最近では、フィッシャーは、もうひとつのゲーム---妄想、敵意、反ユダヤ主義と評される類のゲームを闘っている。合衆国当局から追われて、フィッシャーは隠遁者となっていた。

「隠遁者」とは正確な表現ではないかもしれない。彼のために時間を割いてくれるラジオ局があればどこでも、自身の持ち味である辛らつな言葉で世間に登場するからだ。1999年から、アイスランド、ハンガリー、フィリピンのラジオ局による一連のインタビューで、フィッシャーは自身のテーマをしゃべりまくった---「アメリカ合衆国は“おぞましき”ユダヤ人たちによって支配されており、自分は世界中のユダヤ民族から迫害を受けている」

フィッシャーはまた、カリフォルニアにある貯蔵庫に収蔵していた合法的な個人財産が騙し取られ、違法に売り払われたと主張している。

世界のほとんどの地域で、彼の憎悪に満ちた主張は無視されていた。しかしそれも2001年9月11日までだった。同時多発テロが発生して数時間後、興奮したフィッシャーはフィリピンの バギオにあるラジオ・ボンポ局に急行した。

「素晴らしいニュースだ」フィッシャーは言った。「奴等のクソッタレな頭を蹴り飛ばす時だ。アメリカの息の根を止める時だ。」「(テロ行為を)私は賞賛する。アメリカとイスラエルは何年にもわたりパレスティナ人を虐殺してきたのに、誰も気にもしなかったんだ。そのツケがアメリカにやってきたんだ。クソッタレのアメリカに。アメリカが全滅するのを見てみたいもんだ」

インタビューのニュースは世界中を駆け巡り、必然的ながら反響がやってきた。昨年(2002年)2月、「公共の場での嘆かわしい発言」を理由に、アメリカ合衆国チェス連盟はフィッシャーを除名した。

ラジオ・ボンポ局のパブロ・マルカド氏にとって、問題となった番組はフィッシャーと彼にとって13回目のインタビューであり、それが最後であった。マルカド氏は、フィリピンチェス名人のユージン・トーレ氏からフィッシャーを紹介されていた。フィッシャーがフィリピンに来るときは、夕食を供にした。

「彼は非常に強い個性の持ち主だと思う」マルカド氏はそう言うと、フィッシャーの発言についての道徳的判断については言及を避けた。「フィッシャーは話しやすい人物だが、それは彼が信頼する相手に限ってのことだ。その頃の彼は私を信頼してくれた。彼は気安い男で、独自の観点を持っている。もちろん声も大きいよ。アメリカ人だからな」

かつて、フィッシャーはアメリカンヒーローだった。彼が頭角を現したのは1956年、最年少の13歳で全米チェス王者になった頃からだ。キャリアの頂点は1972年にアイスランドで開催された世界大会で、ソ連のボリス・スパスキーと対局した時だ。その対局はやがて冷戦の象徴となった。フィッシャーは勝利し、国家の英雄となったのである。

その後、フィッシャーはトーナメント出場をしなくなった。その理由については様々な憶測を呼んでいるが、フィッシャー対スパスキー対局のテレビ放映を企画したシェルビー・ライマン氏は、アトランティック・マンスリー紙の記事で語っている:「負けず嫌いなのと、伝説を壊すことが、フィッシャーが二度と対局しない理由の大部分を占めていた」

フィッシャーが再び注目されたのは、1992年、以前とはかなり異なった状況においてだった。ユーゴスラビアで、彼はスパスキーと再度対局したが、それは、当時の合衆国大統領だったブッシュ父の通商禁止令に背く活動だった。フィッシャーは対局に勝利したが、FBIによって告訴される立場に陥ってしまったのである。大統領令に背いた場合の罰則は、10年以上の禁固刑になる。

その時からフィッシャーは亡命者となり、ハンガリー、ホンコン、(妻子が居るとされる)フィリピンに住んでいると伝えられていた。そして今は日本である。なぜ日本なのか?

パブロ・マルカド氏はフィッシャーに理由を聞いたという。「日本は大丈夫だ。日本政府は彼を困らせるようなことはしない」マルカド氏は言った。「(フィッシャーの話では)日本の当局者は他国ほど厳格じゃないということだ」

日本の政府当局者の対応は、無関心といった類のものだ。米国政府からフィッシャーに関して指令があるかどうかについて、警察庁はコメントを避けている。日本の政府当局者の1人は言う。「米国政府に問い合わせるべきだと思いますよ」

東京にある合衆国大使館も、沈黙したままだ。広報官は言う。「進行中の件についてはコメントできない」

最近、フィッシャーに関する記事が日本の新聞に掲載された。1月に、朝日新聞が報じたところによれば、昨年(2002年)12月に、フィッシャーは日本チェス協会に赴き、壁に飾られたチェス対局の絵に目を留めた。「私の対局だ」協会の事務員に告げると、フィッシャーは絵に署名した。後日、その絵は壁から降ろされ、ハリー・ポッターのポスターに交換されたという。

朝日新聞の記事によれば、フィッシャーは「2メートルはあろうかという体で、威嚇的な雰囲気だった。気難しく、怒りっぽい。彼について話す友人もなく、ミステリアスな存在となっている。日本のチェス関係者は彼に関心がない」とのことだ。

しかし、日本チェス協会は、連絡窓口となることで、フィッシャーをサポートしているようだ。「協会はコメントしません。彼はジャーナリストとの接触を嫌っています」同協会の渡井美代子会長代行は言った。

チェスのコミュニティでは、フィッシャーの評価をめぐり挑発的な分裂が生じている。チェスの天才フィッシャーは、「嫌われ者」フィッシャーとは別と見なすべきか?

「フィッシャーがチェスで成し遂げた功績に対しては、今でも賞賛する人は大勢居ます」かつてフィッシャーが記憶に残る対局をしたことがある、ニューヨークのマーシャル・チェス・クラブ会長、ダグラス・ベリッツィ氏は語る。「チェスに関しては、フィッシャーは偉大な対局者でした。彼の対局は世界を感動させたんですから」ベリッツィ氏はフィッシャー氏の暗部についてはコメントを避けた。「不快な事情に関する議論には巻き込まれたくないんです」

フィッシャーの成功を綴った伝記「Bobby Fischer: Profile of a Prodigy」の著者、フランク・ブレイディ氏は、フィッシャーの世界観について残念に思っているという。「反アメリカ的で思いやりに欠けるし、口外に値しない」

ブレイディ氏は、今でもフィッシャーのことを現存する最高のチェス名人であると信じている。「ゲイリー・カスパロフも含めてね」(カスパロフ氏は前世界チャンピオンで、現在でも世界最高にランクされるチェス名人)

「フィッシャーはチェス界のベートーベンか、ミケランジェロだ。彼の対局は永遠に残るだろう」ブレイディ氏は言う。「ボビーは心の狭いひねくれた人物になってしまったといわれるが、私が知っている若い頃の彼はそんな人物ではなかった。とても魅力的で、広い心の持ち主だった。今では全て失くしてしまったが」

フィッシャーは、彼の言うところの「古いチェス」はやらないという。彼によれば「芯まで腐っている」とのことだ。その代わりに彼は、フィッシャー・ランダム・チェスを開発したという。最後列の駒が無作為にシャッフルされている。従来のセオリーは廃棄されており、良いプレイヤーが勝つとは限らない。

フィッシャーは新聞や雑誌インタビューを30年間行っていない。代わりに、人目につかないラジオ局やインターネットに活躍の場を探している。フィッシャーはラジオ放送の最後にWebサイトのアドレスを伝える。サイトは彼自身の作品のようだが、自身を第三者として言及している。内容は、ラジオで行っている非難---それもオンラインで聴くことが可能だ---のインターネット版といったところだ。FBIの告発状他各種書類を掲載している。

インターネットはフィッシャーにとって重要な存在だ。彼に放送時間を与えるラジオ局はだんだん減少しているように見えるからである。近年では、放送は2回きりだった。一つはアイスランドのラジオ局で、最も最近の例では6月、マニラを拠点とするラジオ局の放送だった。

最後のインタビューでも、相変わらずのフィッシャー節に、以前と同じ辛辣な言葉が飛び出した。「アメリカはこれ以上長く存続できないと思う」彼は言う。「米国があまりにも早く崩壊し、過去の遺物へと成り果てるということに皆さんも驚くことになるだろう」

インタビューの終わりに、フィッシャーは聞き手を見つける苦労について打ち明けている。「どこに行ってもうまくいかないんだ」彼は不満を漏らした。「アイスランドでのインタビューの後、世界のどこにも居場所がなくなってしまっている。ただの一箇所もないんだ」

それはおそらく、フィッシャーへの対応をめぐるジレンマの核心をついたものだ。放送時間が過ぎてしまえば、フィッシャーの持ち味である憎悪はどこかへ霧散していくのだろう。

それはまた、フィッシャーを探すうちに膨らんできたジレンマのことでもあった。彼について知れば知るほど、彼を見つけ出したいという気持ちはなくなっていったのだ。


(訳注:原文はチェスの歩(ポーン)をもじった言い回しのようですが、内容がよくわからないので意訳しました。原文:why he turned himself into a pawn)

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07/25/2004

国防総省の911テロ犠牲者慰霊碑

The Smoking Gun2004/07/15付記事より。

世界貿易センター再開発現場周りに設置されている、911同時多発テロ犠牲者追悼慰霊碑の内、国防総省での犠牲者を追悼する碑には、こう書かれているという。
2002年9月11日はアメリカ及び世界にとって重要な日となった。」

(慰霊碑の写真)


ペンタゴン慰霊碑

国防総省といえば、長官を讃えるこんなステキなステッカーが登場している↓


ステッカー:Rumsfailed

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07/20/2004

「正直な話し合い」byハワード・ディーン

Cagle Cartoons2004/07/05付けコラム記事より。ハワード・ディーンの人気コラムを以下に全文翻訳しました。米国の人種差別がいかに深刻な問題であるかについては、グレッグ・パラストのコラム「消えていく投票」も参照してください。



「正直な話し合い」

by ハワード・ディーン


合衆国建国記念日となるこの週末、私たちがアメリカ人としてどれほど誇ることができるかを考え直してみた。その誇りには確信がある。これまでの228年間、アメリカは世界中で正義と民主主義に力を注いできた。しかし、単に成果を褒め称えるのではなく、未来に向かって考えるのもアメリカ人気質というものだ。そこで、私はアメリカの白人の1人として、7月4日の建国記念日を祝うにあたり、人種問題について正直に話したい。50年間、さらには遥か150年間かけて、私たちは長い道のりを歩いてきた。しかし、まだまだ先は遠いのである。

昨年、ウォールストリートジャーナル紙の伝えたところでは、何らかの資格を持ち、過去に犯歴のないアフリカ系アメリカ人の求職者が二次面接を受ける確率は、同じくらいの資格を持ち、薬物犯罪で有罪判決を受けた経験のある白人求職者よりも、はるかに低いという事実が調査で判明したという。ヒスパニック系アメリカ人の子供が、他のどの層の子供よりも医療保険加入率が低いことはすでに知れ渡っているし、アフリカ系アメリカ人は幼児死亡率が最も高いことも周知の事実である。

白人の全てが人種差別主義であるとは信じたくない。しかし、白人は人種問題に関して無関心であることが多く、それが非白人にとっては人種差別と受け取られていると思う。元来、人類は自民族中心主義的な存在なのだ。誰でも、同じ境遇で育ってきた人々同士で寄り添うことを好むものである。同じ宗教、同じ文化、同じ言語に肌の色も同じ人々同士のことである。

残念ながら、雇用の際にも、以上と同じような理由で、我々は自分と同じ境遇の人材を採用する傾向にある。我々全て---白人、黒人、ヒスパニック、男性、女性、同性愛者、異性愛者---誰もが無意識のうちに、同じ境遇の人材を雇用しがちだ。白人が多数を占める社会では、通常は雇用側でも多数派を占めることから、白人はしばしば優遇されることになる。雇用における人種差別が発生する理由は、意識的に人種差別をしているのではなく、無意識のうちに同じ人種を採用している事実に気づかないことが原因なのだ。

アファーマティブ・アクション(マイノリティー優遇措置)は、反対論者が言っているような、白人に対する差別とはならない。アファーマティブ・アクションは割り当て措置ではないのだ。大企業の人事担当者なら理解しているだろうが、アファーマティブ・アクションとは、無意識のうちに自民族中心主義的バイアスに陥り、それが採用場面で異なるバックグラウンドを持つ求職者への面接に影響を与えていることを雇用者側に対して理解させることに重点を置く措置なのである。

アメリカの有色人種は、制度化された人種差別と批判し、白人は自分達が不当に非難されていると思っている。制度化された人種差別とは、雇用する側が常に人種差別主義者であるという意味ではない。制度化された人種差別とは、私たち自身の、自分達と違う集団に対するバイアスへの無関心によって、人種差別が慣習となってしまう状態を意味する。

まだまだ道のりは遠い。人種に関わる不愉快な事態に、立ち止まってみる必要もある。人種問題に関しておおっぴらに話すことは、難しい上に感情的になりがちである。しかし、そうした話し合いこそ、アメリカが常に目指している変化へと我々を導くのである。課題は解決されていないのだから、この重要な話し合いを、さらに継続していくべきなのである。


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全米有権者の11%が「華氏911」を観ている

MoveOn PACのプレスリリースより。

Greenberg Quinlan Rosner Researchの最新調査によると、7月13日までの時点で、全米の有権者のうち11%が、マイケル・ムーアの「華氏911」を観ていると推定されている。さらに、「これから観る」と回答した有権者が33%居て、最終的には全米有権者の44%程度が、「華氏911」を観ると推定されている

また、「華氏911」をすでに観ているか、もしくはこれから観ると回答している有権者の内、約1/3が自身をブッシュ支持者と申告しているという。

ボックスオフィスの報告によれば、「華氏911」は現在2,011館で上映されていて、売り上げ額は米国内だけで100億円(海外分は含まず)を超えている

一方で、ディズニーがマイケル・ムーアに対抗するためにリリースしたと噂されるドキュメンタリー作品「America's Heart and Soul」 の初日から7月15日までの全米売り上げ合計額は307,468ドル(約3,328万8,085円という有様で、上映館は全米で僅か98館だ。

反ムーア団体「Move America Forward」に率いられた「愛国的アメリカ人」たちがディズニー映画に列を作るという筋書きはどうなったんだろう?

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07/18/2004

独裁者の後任に独裁者:イラク新首相、主権移譲直前に自ら反政府活動家を撃ち殺す?

シドニー・モーニング・ヘラルド紙2004/07/17付け記事より(Common Dreams転載

イラクの新首相、アヤド・アラウィが、主権移譲直前に、6人の反政府活動家を自ら銃をとって撃ち殺したという目撃情報が報道されている。(時事通信の記事もあり

殺害されたとされる反政府活動家は、バグダッド警察署爆破テロの件で拘束されていた容疑者達で、目隠しされ手錠をかけられた状態でアル・アマリヤ・セキュリティセンターの中庭の壁に立たされ、イラク警察官と4人のアメリカ人ガードマンの目前で、アラウィ首相自ら手にした銃によって射殺されたという。目撃者の証言によれば、アラウィ首相は集まった警官たちに「反政府活動家たちの扱い方について明確なメッセージを警官たちに伝えたかった」と語ったらしい。処刑現場にはイラク内相ファラハ・ナキーブ氏も同席し、アラウィ氏の行動を讃えたという。

この報道について、アラウィ氏・ナキーブ氏の両者とも「単なる噂」と疑惑を否定している。また、米イラク大使のネグロポンテ氏は同紙の取材に対し「噂にいちいち対応していたら他のビジネスを行う時間がなくなってしまう。米大使館の広報にとってみれば、この件は解決済みだ」とメールで回答したという。

他のビジネス」?・・・もしネグロポンテの主張を「ビジネスライク」に解釈するならば、こういうことである:「ホワイトハウス.incの「イラクの自由キャンペーン」は6月末で終了しました。米国政府は「民主主義ブランド」のライセンスを販売しただけで、FC店である新イラク政権が7月から独自に行っている「アラウィの恐怖キャンペーン」については(選挙準備に忙しい)本部としては関知しておりません!」

ところで、イラク新首相アヤド・アラウィとは何者なのか。その経歴について伝える報道はいくらでもあるが、毎日中学生新聞(2004年6月3日)「ニュースの言葉」で、アラウィ氏の経歴を大変わかりやすく説明してくれているので以下に引用する。

(アラウィ氏の経歴)1945年生まれの58歳(さい)。精神科医。イスラム教シーア派で旧イラク王室に近い名家の出身。アラブ社会主義政党「バース党」の党員だったが、同党で勢力を強めていたサダム・フセイン元大統領に反発し70年代半ばに離党(りとう)。英国に亡命した。

 91年には、米中央情報局(CIA)の支援(しえん)で反政府組織「イラク国民合意」を結成。96年、クーデター(武力による政権奪取(だっしゅ))を試(こころ)みたが失敗した。

毎日中学生新聞の記事にサダム・フセインの経歴が併記されていないのは残念だ。そうすれば中学生読者もすぐに「イラク主権移譲」の本質を理解できるだろう。つまり、アラウィ氏とサダム・フセインはライバル関係で、どちらの経歴にもホワイトハウスとCIAが支援者として登場する。二人とも権力を誇示するために虐殺を奨励する。アラウィとフセインの違いといえば、フセインは貧困層出身ということぐらいだろうか。

そこで、フセイン、アメリカ、アラウィの活躍を中心に、イラク戦争の経緯を「暗いニュースリンク」流に以下に要約してみた。(毎日中学生新聞に負けないくらい分かりやすくしたつもりである。)

  1. 米国政府の支援の下でサダム・フセイン政権が確立
  2. フセインがアメリカ製の武器でイラク住民を虐殺し、ホワイトハウス承認の下でクウェートに侵攻
  3. 米軍が(約束どおりクウェート侵攻してくれたお礼に?)イラクを爆撃し、フセインと米国の関係がイラクの経済状況と同じくらい悪化する
  4. アメリカ国内で同時多発テロ勃発、自身の不手際を隠したい米ブッシュ政権は身近な敵を求めてフセイン政権に標的を絞る
  5. 「イラクが大量破壊兵器を自主開発するのはケシカラン!」と妙な言いがかりをつけた米ブッシュ政権は、フセイン政権を(米国製品のコピー商品を開発した)特許違反で訴える代わりに、本物の大量破壊兵器(Made in USA!!)の威力を誇示するためにイラク本土に侵攻(戦費をハリバートンに横流しした米軍は兵士の防弾チョッキが不足しても知らんぷり)
  6. 米国民の税金と世界各国から強請り獲った支援金で、イラク石油油田施設を最優先で復興(イラク住民の生活基盤は崩壊したまま放置するか、戦争下請け国家に一任)
  7. 湾岸戦争を仕込んだ人物の「フセインの作った借金は返せないけど、イラクの石油の売り上げは全部アメリカのものだよ」というムチャクチャな主張に、なぜか日本の首相が大喜び
  8. CIAが仕込んだ刑務所での虐待シーンに世界中が釘付けになっている隙に、ブッシュの友人ブレマー氏は、エンロン社仕込みの不正な会計操作により、イラク産石油の売り上げ200億ドルと、イラク女性のハートを盗み出すことに成功する
  9. 「主権移譲」されたイラク新首相アラウィ氏、CIAとの素敵な思い出を活かすために旧フセインイラク情報部を再開あらためてイラク住民の弾圧を開始、米新任イラク大使ネグロポンテは(前任者に倣い)アラウィ氏の独裁体制を黙認。イラクの大量破壊兵器開発疑惑がアラウィ氏のでっち上げだった事実があまり注目されぬまま、現在に至る・・・

結局のところ、国外に逃げていたアヤド・アラウィは、CIAのセールストークに誘惑されて、イラクの石油資産と引き換えに、独裁権を買い取ったようなものである。これが「イラク主権移譲」の本質といったら、言いすぎだろうか。

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07/15/2004

ブッシュ政権破滅の序章?エンロン社元CEO、起訴される

2004年7月7日水曜日、不正会計を積み重ねて経営破綻した米国最大のエネルギー企業、エンロン社の元CEO、ケン・レイがようやく起訴され、手錠をかけられた。2001年12月の破綻から実に2年以上、ノラリクラリと捜査網から逃げ続けたこのテキサスの極悪経営者は、ブッシュ家のごく親しい友人で、ブッシュの2000年大統領選挙時における最大の献金者の1人でもある

テキサス州知事時代から、ジョージ・W・ブッシュはケン・レイを「ケニー・ボーイ」と愛称で呼んで、大口の政治献金に応えるべく、あらゆる便宜を提供してきたが、エンロン社が破綻してからは、このテキサスの友人との蜜月をひたすら隠蔽してきた。

しかし本人がいくら否定しても、ブッシュとケン・レイの間で交わされたラブレター(誕生日祝いから政治的話題まで記述されている)がウェブで公開されてしまっている現在では、トボけ続けるには無理があるのだ。
(大統領会見でエンロン問題を質問されたブッシュは、怒って退席してしまった

ケン・レイ逮捕でもうひとつ注目を集めるのが、チェイニー副大統領と「エネルギー計画書」である。ブッシュ政権が発足してすぐに、チェイニー副大統領は、ケン・レイを筆頭として、支援者である石油・エネルギー企業関係者をホワイトハウスに招集し、合衆国のエネルギー計画策定にとりかかった。副大統領が公開を拒み続ける計画書の中には、イラクの石油資源に関する地図も含まれていたことが、漏洩した極秘書類から判明している。つまり、ケン・レイはイラク戦争開戦の立役者の1人でもあるのだ。

ケン・レイの起訴はブッシュの他にも、トム・ディレイ共和党下院副院内総務に対する違法献金疑惑に波及している。また、アーノルド・シュワルツェネガーが州知事に就任できたのはケン・レイの密かな支援のお陰である。他にも、例えば牛肉問題で来日したロバート・ゼーリック米通商代表は、元エンロン社顧問だ。

ケン・レイの裁判が進行すれば、ブッシュ政権と議会にとって都合の悪い事実が次々に暴露されることだろう。問題は、裁判が無事進行するかどうかである。エンロン社他エネルギー企業各社の不正会計事件の調査では、これまでに以下のような事件で証人が死亡している

クリフォード・バクスター(エンロン社副会長、破綻前に辞職)
2002年1月25日、バクスター氏は自家用車の中で頭を撃ち抜かれた死体として発見された。彼はエンロン内部の不正会計と政治家との各種取引に精通する人物として、議会で証言する予定だった。事件は自殺として処理された。

ジェイムズ・ダニエル・ワトキンス(アンダーセン・コンサルティング社のコンサルタント)
2001年11月13日、ワトキンス氏は仕事から自家用車で帰宅する途中に行方不明になり、2001年12月1日、公園に停車された車の中で頭を撃ちぬかれた死体として発見された。事件は自殺として処理された。(アンダーセン・コンサルティング社はエンロン社に不正会計手法を教えた監査法人

ジェイク・ホートン(電力企業大手サザン・カンパニー社傘下ガルフ・パワー・ユニット社副社長)
1989年4月10日、ホートン氏は自社の不正会計を告発するつもりで、社用の航空機で役員会議へ出かけたが、離陸から10分後に搭乗機は爆破され死亡同社の不正会計を承認していたのは監査法人アンダーセン・コンサルティング社だった。つまりエンロン社の不正会計事件には元モデルがあったというわけだ

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07/13/2004

ホワイトハウスからパキスタン政府へ:7月末にビン・ラディンを拘束してくれ!

The New Republic2004/07/09付け記事より。

ホワイトハウスがパキスタン政府に、ビン・ラディン、その代理人といわれるアイマン・アル・ザワヒリ、もしくはタリバンのムラー・モハマド・オマル(この三人は高価値の標的/high-value targets :HVTsとの略号で呼ばれている)の拘束を、せめて11月の大統領選挙までに、可能であれば7月末に実行してほしいと強力な圧力をかけているという情報が、パキスタン軍事情報部(ISI)関係者から暴露されているという。

この情報によると、ホワイトハウスがパキスタン政府に、これら重要テロリストの拘束時期として要請しているのは、7月26日から28日、---ボストンで開催される民主党大会の最初の3日間----とのことである。

この拘束要請に関して、ホワイトハウスがパキスタン政府に報酬として用意しているのは、F-16戦闘機の販売と、カーン博士(パキスタン政府の支援で核兵器を開発し、北朝鮮、イラン、リビアに販売している人物)の黙認であるという。

ところで、パキスタン政府とその軍事情報部は、ムラー・モハマド・オマールの組織を直接支援してきた実績がある。さらに、同時多発テロ直前の2001年9月10日から、ビン・ラディンはパキスタンの軍事病院で腎臓病の治療のため入院していたという情報もある。

果たしてパキスタン政府がホワイトハウスから依頼されたのは、ビン・ラディンの「拘束」だろうか?あるいは「移動」なのか?

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07/11/2004

ブッシュが国民に見て欲しくないインタビュー

2004年6月24日、ブッシュ大統領のアイルランド訪問直前に、アイルランドの放送局RTEの女性記者、キャロル・コールマンがワシントンでブッシュ大統領に直撃インタビューを敢行。「ブッシュを怒らせたインタビュー」として世界で話題になっている。アイルランドの女性記者は、どんな質問をしたのだろうか?さっそく、以下にインタビューの冒頭部分を抜粋してみよう。(source/ホワイトハウス公式サイトの記録

キャロル・コールマン:
「大統領、これから24時間後にはアイルランドに到着し、アイルランドの閣僚から歓迎を受けるわけですが、残念ながら、アイルランド国民の大多数はあなたの訪問を歓迎していません。アイルランド国民はイラクの現状に怒っていますし、アブグレイブ刑務所の件でも怒りを感じています。そうしたアイルランド国民の考えに困惑されますか?」

ブッシュ:
「まあ聞いてください。アイルランドの皆さんが偉大なアメリカ合衆国の価値について理解してくれることを願います。もしアイルランドの人々が、一部の兵士の行為によってアメリカ全体を評価しているとしたら、まだ理解が足りないと思います。アイルランドとアメリカには強い絆があり、アメリカには大勢のアイルランド系アメリカ人が居て、母国を誇りにしています。しかし、もしそうした人々がアブグレイブ刑務所の件で怒っているとしたら、もしそれがアメリカの全てだと思われたのなら、それはアメリカを理解していないことになります。アメリカはそんな国ではありません。わが国は思いやりある国家であり、強い国家です。そして我々は自分の国を防衛しているのです。しかし同時に、人助けもします。アイルランドの人々をずっと助けてきたし、これからもそうするでしょう。アイルランドとアメリカの関係は良好なのです」

コールマン:
「(アイルランド国民は)イラクの件にも怒りを感じています。特にイラクで死亡者が増え続けることに対してです

ブッシュ:
「ああ、それはもちろん理解できますよ。誰だって戦争は嫌いですから。しかしアイルランド国民が怒るべきなのは、イラクには残虐な独裁者が居て、住民を攻撃して墓に入れたり、拷問室に入れたりしたという事実に対してでしょう。(中略)ほら、サダム・フセインはイラク国民に対しても、隣国の人にも大量破壊兵器を使っていたんですよ。彼は暴力的な独裁者で、世界の脅威だった・・・国連だって満場一致で、サダム・フセインのことを・・・」

コールマン:
ごもっともです大統領。しかし、大量破壊兵器は見つかっていないんですよ

大統領:
ちょっと待ってくれ。最後まで聞いてくれ。いいかい?・・・国連はこう言ったんだ。武装解除しないと深刻な事態になると。国連はそう言ったんだ。それでどうなった?サダムは武装解除しなかったんだ。彼は武器を公開しなかったから、深刻な事態に直面したんだ。それに我々はサダムが武器を作る能力があったことを発見している。わかるかね?彼は武器を開発できたんだよ。サダムは危険人物だ。サダムが実権を握ったままだったら、誰も世界が良くなるとは言わないだろう」

コールマン:
「しかし大統領、世界は以前よりもずっと危険になりましたよ。現状がお分かりになっているのですか?

大統領:
なんでそんなことを言うんだ?

コールマン:
「毎日テロリストの爆弾騒ぎがあります。毎日のようにです。2年前まではそんなことはありませんでした」

大統領:
「2001年9月11日