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09/30/2004

劣化ウラン弾が生んだ最も幼い犠牲者

ニューヨーク・デイリーニュース2004/09/29付け記事より。以下に全文翻訳して掲載。(文中リンクは訳者による)
(関連記事:サマワで被爆した米駐留軍兵士、テレビで告発



戦争が生んだ最も幼い犠牲者(The War's Littlest Victim)


兵士は劣化ウランに被曝した。兵士の娘までが、その代償を支払う羽目に陥っている。


by ホアン・ゴンザレス

2003年9月初旬、陸軍州兵のジェラルド・ダレン・マシューは、突然の体調不良によりイラクから帰還を許された。

マシューの顔面の半分は毎朝腫れるようになった。偏頭痛に襲われ、目は霞み、意識がはっきりせず、排尿の度に焼けるような痛みを感じるようになった。

米陸軍は、詳細な検査をするために、マシューをワシントンにあるウォルターリード陸軍病院へ移送した。しかし担当医は障害の原因を説明できなかった。

帰還してまもなく、マシューの妻ジャニスは妊娠した。今年6月29日、彼女は女の子を出産した。女の子はビクトリア・クローデットと名づけられた。

生まれたばかりの女の子は指が三本欠けており、右手はほとんど失われていた。

マシューと彼の妻は、娘の衝撃的な奇形と父親の症状、そして従軍経験の間に何か関係があるのではと考えた。夫妻の家系には先天的欠損症の記録はなかったからだ。

夫妻はイラクで生まれた奇形児の写真を見ていた。状況は不気味なほど似通っている。

6月に、マシューはデイリーニュース紙に連絡を寄越し、研究所での独自の尿検査の手配を依頼した。デイリーニュース紙が、他の州兵部隊である第442憲兵隊の兵士7人の内、4人から劣化ウランの放射線を確認したという記事を掲載した後の出来事である。

独自検査の結果、マシューの尿からも劣化ウランの放射線が確認された。天然ウランの濃縮時に派生する低レベルの残留放射線だ。

鉛の2倍の質量を持つことから、劣化ウランは湾岸戦争時から対戦車砲の弾丸として用いられ、エイブラムス戦車などに搭載されている。

放射線に被曝することと、被曝した両親から生まれた子供の奇形には、多くの研究により関連性が認められている。

「夫は祖国のためにイラクで闘ったんです」ジャニス・マシューは言う。「軍部は事態に責任を負うべきだと思います」

マシュー夫妻は、レノックス・ヒル病院で行われた4月の超音波診断器による定期検査で、初めて胎児の指が欠損していることを知ったという。

ニューヨークのハーレムから出征したマシューは、イラクでは第719輸送部隊のトラック運転手だった。彼の部隊はクウェートの陸軍基地からバクダッドの最前線まで補給品を運んでいた。マシューの話によれば、被弾した戦車や破壊された車両の部品をトラックの荷台に乗せてクウェートまで運ぶこともあったという。

出産前に胎児の奇形を知ってから、マシューはすぐに軍部に連絡し、尿の劣化ウラン被曝検査を求めた。4月には、ニュージャージーのフォートディックス基地で除隊を待つ間に、24時間分の尿サンプルを医者に提供していた。

5月、米陸軍は、マシューの抱える偏頭痛と、突発性血管浮腫(原因不明の慢性的なむくみ)の症状に対して、障害年金の40%支給を認可した。

しかしマシューは、陸軍での劣化ウラン被曝検査の結果を知らされることがなかった。検査から5ヶ月経過した先週、フォートディックスに連絡してみると、マシューが提供したはずの尿サンプルに関する記録は存在しないと伝えられた。

幸いなことに、マシューは陸軍の官僚主義のみを信頼するつもりはなかった。彼はデイリーニュース紙に頼ることになったのである。

今年始めに、本紙は第442部隊から提供された尿サンプルの検査を、元陸軍医アサフ・ドラコビッチ氏と、ドイツ・フランクフルトのゲーテ大学地質学者のアクセル・ゲルデス教授に依頼した。ドイツの研究所は、微量のウラン検査技術に優れているが、複雑なプロセスを必要とする検査は、1件あたり最大1,000ドル程度の費用がかかる。

依頼先は、世界におよそ50箇所あるといわれる、フェントグラム単位(1京分の1)で物質を検知する技術を保持する研究所のひとつである。

2ヶ月程前、本紙はマシューから24時間分の尿サンプルを受け取り、ゲルデス教授に検査依頼した。比較検証のために、本紙記者二人分の尿サンプルも一緒に検査依頼をした。

3つのサンプルはA、B、Cとだけラベルをつけられていたので、研究所側にはどのサンプルが兵士のものかは知ることができない。

3つのサンプルを解析してみて、ゲルデス教授はサンプルAのみが---マシューの尿であるが---劣化ウラン被曝を確認できたという。教授の話では、他のサンプルに比較して、サンプルAの総ウラン濃度は4倍から8倍高い数値を示していたとのことであった。

「この数値によれば、兵士は明らかに劣化ウランに被曝したと断定できる」レオナルド・ディエズ氏は説明している。彼はウラン検知器の一つを発明した元科学者である。

米陸軍のガイドラインによれば、ゲルデス教授がマシューの件で発見した程度の総ウラン濃度は、ほとんどのアメリカ人にとって許容範囲とされている。

しかしゲルデス教授は陸軍の基準に疑問を呈し、極微量の劣化ウランであっても懸念材料となると指摘する。

「マシューの尿で検出されたウラン濃度が低いとしても」ゲルデス教授は言う。「肺に残るウランの濃度は尿で検出した量の1000倍は高い可能性がある」

劣化ウランは、通常環境にある天然ウランとはまるで性質が違う。天然ウランは、食事や飲み物から摂取されることがあっても、24時間以内に体外に排出される。

劣化ウランで汚染された塵は、肺に吸収されると何年も残留し、低レベルの放射線を継続的に放出する。

「私は怒り困惑してる」マシューは言う。「私はただ答えが欲しいだけだ。連中は(陸軍は)私の子供の面倒を見てくれるのか?」

兵士の傷病を追求する

この5ヶ月間、デイリー・ニュース紙コラムニストのホアン・ゴンザレスは、奇怪な病気を背負ってイラクから帰還した兵士達の苦境を記録してきた。

彼の独占的な驚天動地の調査報道は、今年4月の本紙トップ記事から始まり、劣化ウラン汚染は国防総省が認めるよりもはるかに拡大していることを伝えてきた。

本紙の要求により、ニューヨーク州兵部隊のうちイラクで任務についた9人の兵士が放射線検査を受けて、療養中の4人は被曝が確認された。

ゴンザレスの記事が配信されてから、陸軍当局者はロックランド郡の第442憲兵部隊の全ての兵士の検査を急ぎ行った。

記事配信後の週末までに、騒動はニューヨーク・アルバニー全体に拡大し、国防総省に対してイラクから帰還した傷病兵士の対応改善を求める政治家達のリストには、パタキ知事も加わっている。

ゴンザレスの暴露記事は、検査拡大のきっかけとなった。4月中旬までに、800人の陸軍兵士が尿サンプルを軍部に提供し、検査を待つ兵士は何百人にも及んだ。

2週間後、国防総省は、第442部隊のうち劣化ウラン被曝が確認された者は1人もいないと宣言した。しかし本紙の依頼した専門家によれば、国防総省の検査手法には重大な問題があるとのことである。



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09/29/2004

イギリス:或る父親の怒り

デイリーテレグラフ紙2004/09/29付け記事より。

労働党の年次党大会が行われたイギリスのブレイトンで、ブレア英首相のスピーチの直前に、イラクで死亡した英兵士の父親が、党大会会場傍の海岸の鉄塔に登り、ブレア首相の謝罪を要求する抗議活動を行った。

鉄塔から首吊り自殺の準備をして抗議する父親
北ウェールズ出身のレジナルド・キーズ氏(52歳)は首にロープを巻いてブレア首相を糾弾した:
「息子を送り出した時、彼は胸を張って戦場に向かった。自分の国を守るためと信じていたからだ。しかしブレアは、国家にも、私にも、息子にも嘘をついた。大量破壊兵器はどこにも見つからない。首相は石油のために我々を戦争に巻き込んだ。私は彼に謝罪させたいのだ

キーズ氏の息子トーマス・リチャード・キーズは憲兵としてイラクのバスラ北方の街の警察署に勤務中、待ち伏せ攻撃を受けて死亡した。

「息子は31ヶ所に銃弾を受けて死んだ・・・トニー・ブレアの嘘のために」

警官の説得に応じて鉄塔を降りたキーズ氏は病院に搬送され、後に退院したという。

警官達に慰められるキーズ氏

警官達に慰められるキーズ氏

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09/28/2004

ブッシュ版「民主主義」が子供達を殺す

共和党全国大会でのスピーチで、ブッシュ大統領は「貧しい子供たちのために、新たに10億ドルを国家予算から拠出し」政府の抱える二つの低所得者向け医療保険制度に充てると約束した。

そのスピーチから1週間後、ブッシュ政権は低所得家庭児童向け医療保険基金(State Children's Health Insurance Program)から11億ドル財務省に戻す計画を提案した。

このブッシュの政策転換(簡単にいえば“嘘”だ)により、2005年度には新たに75万人の貧しい子供が医療保険を失うことになるという。しかしこれは、ブッシュ政権の得意な「カメラ前民主主義」が生み出す犠牲のほんの一部に過ぎない。

9月21日、国連総会演説でブッシュ大統領は「民主化基金」の設立を提案した。基金の目的は「法治国家に必要な裁判制度や報道の自由、複数政党制などの整備に必要な資金を途上国に支援するほか、選挙監視活動の支援」ということだ。

当面の間、「民主化基金」の資金は米政府が提供するとブッシュは主張している。しかし国連総会に参加した他国の閣僚たちは(日本政府はともかく)ブッシュの提案を全く信用できないと感じているだろう。米政府がイラク復興用に拠出した184億ドル(約2兆468億円)の内、今年6月22日までにイラク現地で使われた金額はその僅か2%の3億6,600万ドル(約407億円)。しかも拠出された資金の大部分は暫定占領当局(CPA)の維持費用であり、「イラク復興資金」の設立目的であるはずの建設、医療、公衆衛生、水道設備のためには1ドルも使われていない

ブッシュ政権が、自分達で破壊した国の復興のために国民から集めたはずのお金を、ハリバートン他米企業の金庫に大切に保管している間(多くはファルージャ他の爆撃のための費用に拠出される)、イラク復興のために実際に資金を提供している国がある。イラクだ。すでにイラク国民は、自国の資産である石油の売り上げ金約200億ドルを、自国の復興費用として拠出している---より正確に言えば、復興費用に使われているとイラク国民は信じて、暫定占領当局代表のルイス・ポール・ブレーマー三世に手渡しているはずだった。

代表者のおおげさな名前から著名な窃盗犯を連想された方は、鋭い勘の持ち主だ。結局のところ、暫定政府当局に渡ったイラク石油売り上げ金の大半は紛失し、CPA関係者達は27件の不正会計容疑で調査されることになったのである。(8月までの調査で、少なくともイラク石油売り上げ金のうち、19億ドルは、ハリバートン、ハリスコーポレーション(フロリダ企業)に渡ったことが判明している。)

アメリカ企業がイラクで他人のお金を使ったマネーゲームに興じている間に、現地の水道設備は壊れたまま、医療施設も薬品も不足したまま、衛生環境も悪く栄養不良状態のイラク住民の間には感染症が蔓延し、不発弾、地雷、米軍の爆撃から逃れることもできず、イラク保健省の話では1ヶ月間に約3,000人---1日平均100人のペースでイラクの子供が死亡しているという

ハーバード・ ビジネス・スクールでMBA(経営学修士)を獲得したはずの合衆国大統領に、正しい目的のためにお金を使って、正直に会計報告させるということがこんなにも困難だと、誰が想像しただろうか?

イラク復興を本気で考えるなら、日本政府は武器を持った自衛隊員を派遣するよりも、医療器具を持った医者と、電卓を持った会計士を大量に派遣すべきかもしれない。

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09/26/2004

イラク総選挙にサダム・フセインが出馬表明?

Zaman Newspaper2004/09/21付け記事より。

来年1月に実施予定のイラク総選挙に、拘束中のサダム・フセイン元大統領が新大統領として立候補する意思を固めていると、フセイン氏の弁護団の1人、ステファノ氏がデンマークのメディアとのインタビューで語っている。

ステファノ氏の話では、サダムの立候補を妨げる法律は国際法上存在していないと語り、フセイン元大統領はイラクで行われる予定の「民主的選挙」による再選を望んでいるとのこと。またステファノ氏は「イラク市民の42%が元大統領の復権を希望している」というギャロップの調査(source不明)を引用し、現在の不安定なイラク国内情勢はサダム・フセイン氏再選に有利に働くと予測しているという。

フセインの弁護士は冗談を言ってるんだろうか?もし本気なら、別のアイデアがある。アメリカ大統領選挙にイラク市民の投票枠を作り、イラク市民を参加させればいい。もしも、ブッシュやアラウィの言うとおりにイラク復興が順調であるとすれば、イラク市民はブッシュの再選を支持するはずだ。

あるいは、サダム・フセインをアメリカ大統領選挙に立候補させたらどうだろう?

外国人はアメリカ大統領になれないって?諦めるのは早い。幸いなことに、共和党全国大会でブッシュ応援演説を行った見返りを期待するアーノルド・シュワルツェネガー氏は、友人のカリフォルニア州下院議員デイナ・ローラバッハ氏(共和党)を通じて、合衆国大統領立候補資格に関する憲法改正案を議会に提出している。その改正案によれば、シュワルツェネガー氏は「合衆国市民として20年間過ごした場合、大統領立候補資格が与えられるべき」と提案しているのだ。(すでに「憲法改正でシュワルツェネガーを大統領に!」サイトも開設された)

サダム・フセインはアメリカ合衆国から20年間もサポートを受けている実績があるし、ラムズフェルド国防長官は(以前と同じように)フセインの推薦人になってくれるはずなので、立候補資格が与えられる可能性はある。フセインが大統領に立候補し、「ガソリン代の値下げ」を公約に掲げればブッシュにとって手ごわいライバルになるだろう。「私は戦時大統領だ!」とブッシュが言えば、「ブッシュはベトナム逃れの脱走兵に過ぎない。戦場経験豊富な私こそ最高司令官にふさわしい」とフセインが応酬。するとシュワルツェネガー氏が「フセイン氏は国連の要求に従って兵器査察を受け入れた腰抜けだ。私なら堂々と国連を無視できるだろう!」とズレたブッシュ応援演説を再演。「サダムはパパを殺そうとした悪党だ!」とブッシュが言えば、フセインは「ジョージ・ブッシュは私の息子たちを殺し、その死体映像を世界に放送させ、イラクの独裁者から奪った銃をホワイトハウスで見せびらかす危険な人物だ!」と批判し・・・・(キリがないのでおしまい)

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09/24/2004

ラムズフェルド国防長官、ペンタゴン取引企業の株を売却

ロイター通信2004/09/22付け記事より。

ラムズフェルド国防長官が、国防総省と取引のある企業の株を、今夏に大量売却していたことが判明。

国防長官が所有・売却していた国防関連企業株は、ミレニアム・ケミカルズ社(化学薬品製造)、セント・ポール・カンパニー社(保険業)、VF社(服飾製造)、ソノコ・プロダクツ社(包装用品製造)、ゼブラ・テクノロジー社(IDカード等印刷)の5社。(売却益は記事中でも明らかになっていない)

ロイター通信社が連邦政府倫理局から入手した報告書によると、ラムズフェルド長官の保有する資産内訳のうち大きなものは、信託財産(評価額2,500万ドルから5,000万ドル)に加え、ニューメキシコの農地(評価額は数百万ドル)、現政権入り直前まで役員として務めていたバイオテクノロジー企業ギリード・サイエンス社の株(評価額500万ドルから2,500万ドル)等があるという。

個人的な資産管理については細かく対応する能力を誇るラムズフェルド国防長官も、政府機関による税金の使い道については、きわめて大雑把だ。1999年度の会計調査で、米国防総省の抱える使途不明金が2兆3千億ドル(約254兆3,400億円)であることが暴露されると、ラムズフェルド国防長官は新たに会計システム再構築計画を宣言。その「会計システム再構築」費用として、新たに毎年1億ドルが国防総省予算として追加されることになった(その1億ドルの費用の使い道を調査するために、新たに1億ドルの調査費用が必要・・・なんてことになるかもしれない)。

ところで、ラムズフェルド国防長官が米軍取引企業の株を売却したのは、米軍のイラク占領体制の最新予測と、何か関係があるのだろうか?

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09/22/2004

「隠蔽されたヒロシマ:いかにして陸軍省のタイムズ記者はピューリッツア賞を勝ち取ったか」byエイミー・グッドマン

CommonDreams.org 2004/08/10付記事より。

米国の独立系ニュース「デモクラシー・ナウ!」のエイミー・グッドマンと兄のデビッド・グッドマンの共著「The Exception to the Rulers: Exposing Oily Politicians, War Profiteers, and the Media that Love Them」から、第16章全文が公開されたので、翻訳して以下に掲載。

The Exception to the Rulers: Exposing Oily Politicians, War Profiteers, and the Media that Love Them
The Exception to the Rulers: Exposing Oily Politicians, War Profiteers, and the Media that Love Them(写真はハードカバー版)現代ジャーナリズム関連の必読本!


「隠蔽されたヒロシマ:いかにして陸軍省のタイムズ記者はピューリッツア賞を勝ち取ったか」
Hiroshima Cover-up: How the War Department's Timesman Won a Pulitzer


by エイミー・グッドマン、デビッド・グッドマン(二人の著作「The Exception to the Rulers: Exposing Oily Politicians, War Profiteers, and the Media that Love Them」より:commondream転載


「政府は嘘をつく。(Governments lie. )」

---I・F・ストーン(ジャーナリスト)---


核時代が幕を開けはじめた頃、オーストラリアの独立系ジャーナリスト、ウィルフレッド・バーチェットは、ヒロシマの爆撃の影響を取材するために日本に行った。ひとつだけ問題だったのは、ダグラス・マッカーサー将軍は日本の南部を立ち入り禁止区域に指定し、報道陣を締め出していたことだった。20万人以上の日本人がヒロシマとナガサキに落とされた原爆によって死亡していたが、西欧のジャーナリストでその爆撃の影響を目撃して語るものは一人もいなかった。日本の港から離れた米軍艦ミズーリ上に、世界中のメディアが素直に集まり、日本の降伏について取材をしていた。

ウィルフレッド・バーチェットは単独取材することを決心した。彼は、核爆弾がどんな災害を生み出したのかを自分で見て、おおげさに賞賛されているこの新兵器の正体を理解するつもりだった。汽車に乗り、30時間をかけてヒロシマ市内に潜入し、ダグラス・マッカーサーの命令に挑戦した。

バーチェットは汽車から悪夢の世界に放り込まれた思いがした。彼の相対した惨状は、それ以前に他の戦場で経験した光景とは違っていた。35万の住民を抱えるヒロシマの街は跡形もなく破壊されていた。高層建築物は黒こげの柱だけとなった。壁や舗道には、人々の影が焼き付けられていた。肌が溶けて剥がれたままの人々に遭遇した。病院では、大量の出血で紫色の肌をした人、壊疽、高熱、毛髪が抜け落ちた患者が溢れていた。バーチェットは原爆症について目撃し伝えた最初の人物となった。

バーチェットは瓦礫の上に座り、ヘルメスのタイプライターを打ち始めた。彼の報道が始まった:
「ヒロシマでは、史上初めて落とされた原子爆弾が街を破壊し、世界を驚愕させてから30日が経過しているが、現在でも住民の死亡者が増加しつづけている。怪我をしていない人々は、原子の伝染病としか表現しようのない未知の大異変に襲われている。」

彼は文字を打ち続け、今日まで脳裏に刻まれることになる言葉を続けた:
「ヒロシマは、爆撃された都市には見えない。まるで巨大なローラーの化け物が通り過ぎて、存在する全てを押しつぶしてしまったかのようだ。私はこれらの事実を、世界への警告として伝達されることを願い、可能な限り冷静に書き記しておこうと思う」

バーチェットの記事は、「原子の伝染病(THE ATOMIC PLAGUE)」という見出しで、1945年9月5日に、ロンドン・デイリーエクスプレス紙に掲載された。この記事は世界にセンセーションを巻き起こした。バーチェットの、恐怖に対する飾り気のない反応は読者を驚愕させた。「原爆の最初の試験地となった現場で、私は4年間の戦争取材中、もっとも悲惨な、恐ろしく荒廃した世界を目撃した。この光景に比較すれば、攻撃に荒れた太平洋の島々でさえ、まるでエデンの園に見えることだろう。被害は写真で表現できないほど酷い」

「ヒロシマに到着したら、25から30マイル四方(約49キロ四方)は見渡せる。建物ひとつ建っていない。このような人類による破壊の惨状を目にすれば、誰でも吐き気を催すことだろう」

バーチェットの煽情的な、独立した報道は、米軍にとっては大失態だった。マッカーサー将軍はジャーナリストが爆心地に近づくことを必死で禁止し、米軍の検閲はより厳格になり、恐怖を伝える報道は抹殺された。公式の報道では、原爆による住民被害は過小に評価され、被爆による死亡は断固として隠蔽された。被害を取材した記者たちは口を塞がれた:シカゴ・デイリーニュースのジョージ・ウェラー記者は、ナガサキに潜入し、そこで目にした悪夢を25,000文字の記事にした。そして彼は致命的な過ちを犯した・・・記事を軍部の検閲官に渡したのだ。彼の新聞社はその記事を受け取ることがなかった。ウェラー記者は、マッカーサーの検閲に直面した体験を、後にこう締めくくった。「奴等の勝ちだ」

米国の政府当局者は、バーチェットの暴露に対して昔ながらのやり方で対抗した。報道した者を攻撃したのだ。マッカーサー将軍はバーチェットを日本から追い出すよう命令し(命令は後に破棄された)、ヒロシマの写真を収めたバーチェットのカメラは、彼が病院に居る間に謎の消失を遂げた。米国の政府関係者は、バーチェットを日本のプロパガンダに毒された人物と非難した。被爆による病状という考えは政府により一蹴された。米軍はヒロシマ原爆投下直後に記者会見を行い、人的被害については過小報告し、代わりに爆撃地が軍事・工業地として重要であったことを強調した。

バーチェットの記事が世界の新聞の第1面を飾ってから4日後、原爆計画の責任者であるレスリー・R・グローブ少将は、ニューメキシコに30名の精選された記者たちを招待した。記者たちの中でも重要な役割を果たしたのは、ウィリアム・L・ローレンス---ニューヨークタイムズの記者で、科学に関する報道でピューリッツア賞を受賞した記者だった。グローブ少将は記者たちを最初の原爆実験地に案内した。少将の意図は、放射能の残存が実験地で見られないということを実証してみせたかったのだ。グローブズ少将はローレンスを信頼しており、軍の意図どおりに報道してくれるものと期待していた。そして、少将の期待は裏切られることがなかった。

ローレンスのトップ記事---「米国の原爆実験地は東京の話と矛盾:ニューメキシコの試験地で、放射能ではなく爆撃のみ損害を及ぼすことが確認された」---は、軍部の3日に渡る詳細な検閲を受けて後、1945年9月12日に一斉に報道された。記事はこう始まる:「史上最初の原爆が爆破した現場、人類の文明の新しい段階の発祥の地であるこの歴史的なニューメキシコの土地は、8月6日の原爆投下以降にヒロシマの住民が死亡している原因は放射能であり、ヒロシマに入った人々が残留放射線で謎の病気にかかるという日本のプロパガンダに対し、最も効果的な反論を提供した」ローレンスは悪びれることなく、米軍への取材について「それらプロパガンダの虚偽性を実証するため」と宣言した。

ローレンスはグローブス少将の言葉を引用した。「日本側は、放射能で人が死ぬと主張しているが、もしそれが本当だとしても、被害は非常に少ないはずだ」

その後、ローレンスは、発生した事実について自身の印象を述べた。「日本側は未だに、わが国が不正な手段で戦争に勝利したという印象を捏造するためのプロパガンダを継続している。それにより同情を引き起こし、降伏条件を緩めてもらうつもりだ。このように、日本側が主張する「症状」は真実とは思われない」

しかしローレンスは知っていた。1945年7月16日に、彼は最初の原爆実験を観察していたのだ。彼は放射能が南西部の砂漠に残留し、地元住民や家畜に悪影響を及ぼすことを知りながら、見て見ぬふりをした。彼は試験地のガイガーカウンターが封じられている件について無言を通した。

ウィリアム・L・ローレンスはタイムズに10回の連載記事を書き、核開発計画の技術的成果と精巧さを伝えることに専念した。これらの一連の報道の中で、彼は原爆が人類に与える被害について過小に伝えていた。ローレンスはこの報道により、ピューリッツア賞を受賞した。

実のところ、ウィリアム・L・ローレンスに給料を支払う雇用主はニューヨークタイムズ紙だけではなかった。彼は陸軍省からも給与を受け取っていたのである。1945年5月、レスリー・グローブス少将はニューヨークタイムズでローレンスと秘密の会合を開き、米国の原爆開発計画「マンハッタン・プロジェクト」についてのプレスリリースを書く仕事を紹介された。タイムズによれば、その意図は、「原爆の実施原則の複雑さを素人の言葉で解説するため」だという。ローレンスは、トルーマン大統領と陸軍省秘書官のヘンリー・スティムソンのために、爆弾投下の宣言文も書いた。

ローレンスは喜んで政府の仕事を請け負った。「彼の科学への好奇心と愛国心への熱意は、おそらくジャーナリストとしての独立性を損なう危険性から彼自身の目を覆うことになる」エッセイストのハロルド・エバンズは戦争史の記事で述べている。エバンズは言う:「爆弾の投下後、明晰だが残忍なグローブス少将は放射能の影響について隠蔽、歪曲を続けた。日本人の死に関する報告を“でっち上げ、もしくはプロパガンダ”と一蹴した。タイムズ紙のローレンスもまた彼の味方となり、バーチェットの記事の後でさえ、政府側の情報を繰り返した。」まさしく、ヒロシマ原爆投下後に米軍から発表された幾多もの政府広報文は、目撃者の説明もないまま、米国内の新聞紙上に、他ならぬローレンス自身によって丸写しされ、掲載された。

「陸軍省のために広報文を書き、世界中にそれが配信されるという私の仕事は名誉なことで、ジャーナリズムの歴史上でもユニークな試みだった」回顧録「Dawn Over Zero」の中でローレンスはそう誇っている。「他のどの記者に対しても、あれを上回る名誉が与えられることはなかっただろう」

「原子爆弾のビル」ローレンスは核兵器を崇拝していた。はるか1929年の昔から、ローレンスはアメリカ核開発計画を追随していた。彼の、政府エージェントと新聞記者という二足のわらじ状態は、米軍関係者への前代未聞の接近を可能にし、ナガサキに原爆を落とした飛行隊に同乗するまでに発展した。ローレンスの書いた原爆やその効果に関する記事は、神聖なトーンで彩られ、ほとんど宗教的な畏怖にも似た解説で脚色されていた。

(米軍によって検閲され、投下から1ヶ月間経過して公表された)ローレンスの記事中に書かれるナガサキへの原爆投下は、10万人の住民を焼却すると説明されている。ローレンスは歓喜に酔いしれていた:「まるで地球外ではなく地中からやってきた流星のように、我々は爆発が上方に伸びる光景を畏敬の念に打たれながら見ていた・・・白い煙が空を昇る姿はまるで生き物のようだ・・・それはまさしく生きている・・・瞠目する我々の目前で生まれた新種の生物なのだ。」

後に、ローレンスは原爆の印象についてこう話している:「近づいて観れば、まるで生き物のように形作られたもので、彫刻家が誇りを持てるほどこの上なく見事に作られている・・・まるで観るものに超自然的な存在を感じさせるほどだ」

ローレンスは雇い主の秘密を守ることに長けていたので、ニューメキシコの致死的な被曝情報を隠蔽することにより、日本での被害についても否定することができた。タイムズ紙はさらに秘密を守ることに長けていたので、単にローレンスの、政府広報役と新聞記者という立場を、ヒロシマ原爆投下の次の日である8月7日、ローレンスがペンタゴンのために働き始めて4ヶ月経過してから公開するにとどめることができたのだ。ロバート・ジェイ・リフトンとグレッグ・ミッチェルが書いた素晴らしい著作「アメリカのヒロシマ:50年間の否定(Hiroshima in America: Fifty Years of Denial)」にはこう記されている:「国家の指導的立場にある科学記者が、深刻なほど妥協して、同時代の最も重大な科学上の発見に関して発生する可能性のある災害について知っていること全てを話さなかったのだ」

放射線:わかっていても話さない(Radiation: Now You See It, Now You Don't)

ニューヨークタイムズ紙のもう1人の記者がヒロシマ取材に関わることにより、この物語は奇妙な展開を見せることになる。彼の名前は、信じられないかもしれないが、ウィリアム・ローレンスという。(署名はW.H. Lawrence)彼は長い間、ウィリアム・L・ローレンスと混同されてきた。(ウィルフレッド・バーチェットですら、1983年に刊行された自身の回顧録によれば、この二人を混同して記憶している)

陸軍省のピューリッツア賞受賞記者と違い、W・H・ローレンスはきちんとヒロシマに行き、バーチェット記者と同じ日に取材をしていた。(ウィリアム・L・ローレンスは、ナガサキへ原爆投下した飛行隊に同乗した後、そのまま合衆国に呼び戻されたので、爆撃された土地に降り立つことはなかった)

W・H・ローレンスの、ヒロシマからの元の報道記事は1945年9月5日に公開された。彼は放射線の危険な影響について事実に基づく記事を書き、「ヒロシマに居る全ての人は原爆の残留放射線の影響で死んでいくだろう」と日本の医者が懸念しているという事実を記事にした。彼は、原爆投下の日に少しの怪我しかしなかった人々が、白血球の86%を失って、華氏104度の高熱を出し、髪が抜け落ち、気力を失くし、血を吐いて死ぬ様子を説明した。

ところが非常に奇妙なことに、W・H・ローレンスは一週間後の新聞記事で「ヒロシマの残骸に放射線の影響なし」という見出しで、全く正反対の記事を書くことになった。この記事では、ペンタゴンの歪曲マシンは最速ギアでバーチェットの「放射線障害」に関する恐ろしい報告に対抗している。記事の中で、W・H・ローレンスは、陸軍准将T・F・ファレル---陸軍省のヒロシマ原爆投下責任者が「(原爆が)危険な残留放射線を放出する疑惑についてきっぱりと否定した」と書いている。ローレンスの記事で引用されたのはファレル准将の発言のみで、その前の週に彼自身が記事に書いた、放射線障害で死んでいく人々の目撃証言については記事内で言及されなかった。

ウィルフレッド・バーチェットとウィリアム・L・ローレンスの相反する記事は、遥か昔の歴史となり、現在に至るも何ら変更がない。2003年10月23日、ニューヨーク・タイムズ紙は、1932年度にピューリッツア賞を受賞したタイムズ紙記者のウォルター・デュランティについての問題に関する記事を掲載した。旧ソビエト連邦に派遣されたデュランティは、1932年から1933年の間に大勢のウクライナ住民が飢饉によって死亡した事実を否定していた。ピューリッツア賞選考委員会は2つの照会を通して、デュランティ記者の受賞資格を剥奪することを考慮していた。タイムズ紙は記者の「退廃を遺憾に思う」と表明し、編集署名記事としてデュランティ記者の仕事を「タイムズ紙に掲載された最悪の記事の一つ」として自己批判した。現在のタイムズ紙編集長ビル・ケラーはデュランティ記者の行為を「軽率な、批判的視点を持たないプロパガンダのオウム返し」と批判した。

2003年11月21日、ピューリッツア賞選考委員会はデュランティ記者の受賞剥奪を取り消す決定を下し、受賞した記事内容について「意図的に偽ったことを確信させる明確な証拠に欠ける」と結論づけた。

ジョセフ・スターリンの擁護者であったデュランティにとって、まさにぬれ手に粟のぼろもうけだったわけだ。ウィリアム・L・ローレンス記者が放射線の危険な影響について否定した記事は「意図的な偽り」ではなかったのか?ピューリッツア賞選考委員会は、国防総省に雇われた広報担当者が、何百万人もの日本人が苦しんでいる事実を否定している記事を書いたことに対して、どういう理由でジャーナリズム賞を受賞させる資格があると判断したのだろう?ピューリッツア賞選考委員とタイムズ紙は、米国発の報道に対しては、「批判的視点を持たないプロパガンダのオウム返し」を是認してきたではないか。

ヒロシマ原爆投下を擁護した記者からピューリッツア賞を剥奪する期限はとうの昔に過ぎている。


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09/21/2004

ボブ・ノヴァック「米軍のイラク早期撤退もありうる」

シカゴ・サンタイムズ2004/09/20付記事より。

ブッシュ政権に極めて近い保守派コラムニストであるロバート(ボブ)・ノヴァックが、最新の記事でブッシュ政権内の内情を暴露している。重要な情報が多く含まれているので、以下に記事の主要部分を要約して引用する:

現在、ブッシュ政権の政策決定機構の内部では、米軍は来年にもイラクから撤退すべきという考えが強まっている。この決定はイラク民主化の完成度合いや暴動の沈静化を前提としていない。むしろ政府当局者は「状況の如何に関わらず、撤退すべき」と言っている。

この政策予測はイラク国内選挙が来年1月下旬に実施されることを基準にしているが、反乱の沈静化や政治的安定を前提にしているわけではない。イラクからの撤退は、アラブ世界に民主主義を定着させるという新保守派(ネオコン)の夢を諦めることになる。アメリカ合衆国はサダム・フセインの大量破壊兵器への熱望から世界を救ったということで満足すべきであろう。(中略)

ブッシュ、もしくはケリーが大統領に選ばれた際には、ただちに統合参謀本部に加わることになり、軍部は新大統領に、イラクで戦闘を遂行することが困難になっていることを告げるだろう。現実的な選択肢は3つしかない:とにかくイラク駐留米軍を増強させること、現状を維持すること、あるいは、撤退すること。

政府内の情報筋によれば、ブッシュ大統領は早期撤退を選択するであろうということである。イラクからの早期撤退は現在の国家安全保障委員会の推奨している計画であり、再選時に閣僚となる予定のメンバーも推奨している。第二期閣僚については、コンドリーザ・ライスは国務長官となり、ポール・ウォルフォウィッツが国防長官、国家安全保障担当大統領補佐官のポジションにはスティーブン・ハドリーという予測がある。私の情報源によれば、これら次期閣僚予定者は全て早期撤退を選択するであろうとのことである。(以下略)

ボブ・ノヴァックの「情報源」の語る内容が全て事実かどうかは、慎重に考える必要がある。ボブ・ノヴァックといえば、ブッシュを批判した外交官のジョー・ウィルソンを痛めつけるために、ウィルソンの妻が現役のCIA工作員であることを、ホワイトハウス内部スタッフの意図どおり自らのコラム記事で暴露して問題になった人物である。

今回の記事についても、ケリー側よりも先にイラク撤退を匂わせることで、兵士の遺族や退役軍人層からのブッシュに対する批判を和らげる等、政権内情の暴露とは別の意図があるのかもしれない。

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09/20/2004

イギリスもイラク駐留兵を削減へ

英ガーディアン紙2004/09/19付け記事より。

イギリス陸軍は、イラクに駐留している英軍兵士の人数を、大幅削減させる予定であることが判明した。

現在のところ、イラクに駐留する主要なイギリス陸軍部隊の人数は5,000人強であるが、来月10月末までにその人数をおよそ1/3程度削減するとのことである。同部隊はイラクのバスラとメイサン地方の保安を担当している。

先週、フーン英国防相はイラクの選挙時に英陸軍駐留兵を増加させる可能性があると示唆していたが、英国政府関係者によれば、英軍はそれを保障しているわけではないとのこと。

イギリス軍当局者は、駐留軍の削減について「イラク暫定政府による復興が成功している兆候」と話している。しかし英軍が展開するバスラとメイサン地方は現在も激しい戦闘が続いており、35%の兵士が犠牲となった部隊もあるなど、死傷者の数は増加している。地元の武装勢力であるアル・マハディ軍の戦力も強力なまま維持されているという。

ところで日本のマスメディアによるイラク関連報道と、ガーディアンの報道を比較すると、今更ながらその報道姿勢の違いに愕然とすることがある。BBC、ガーディアン、アル・ジャジーラあたりが日本語で情報を本格配信するようなことになれば、日本の新聞は国際欄を広告スペースに変えないとやっていけなくなるだろう。もちろん、主な広告クライアントは政府になるんだろうが・・・

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09/17/2004

イラクの「非戦闘地域」に派遣されたニュージーランド軍、密かに撤退へ

The Dominion Post紙2004/09/16付け記事より。

イラクの「非戦闘地域」に派遣されたニュージーランド軍の技術部隊60人強が、イラクから密かに撤退する予定であることが判明している。ニュージーランド軍部はイラクからの撤退について説明を拒んでいるが、早ければ今週中にも撤退は開始される予定であるという。

ニュージーランド軍の技術部隊は、昨年9月からイラクのバスラに派遣されており、今年3月に兵士の交代があったばかり。技術部隊は現地住民への水の供給などの復興作業を主要な任務としているが、イラク国内の治安の悪化により、ここ5週間ほどは作業ができぬまま現地に足止めされた状態であるとのこと。

前ニュージーランド空軍中将キャリー・アダムソンの談話:「わが国の兵士達が無事に帰還するのを誰でも楽しみにしていることだろう。(中略)わが国の兵士は非戦闘員としてイラクに派遣されたが、現在のイラクは望むと望まざるとを問わず、誰もが“戦闘員”なのだ。時間の経過と共に状況は悪化しており、誰も安全を保障できない」

イラク現地では、これまでに二人のニュージーランド政府関係者が負傷しているとのこと。

ところで、ニュージーランド軍の撤退が判明した同じ日に、アナン国連事務総長は「米国主導のイラク戦争は国連憲章に反する違法行為である(US-led invasion of Iraq was an illegal act that contravened the UN charter)」と英BBCに語った。一方、平和憲法を擁するはずの日本国・小泉首相driven by Bush政権©)は日本のメディアに「日本に調査能力はない。(開戦は)国連憲章にのっとっている」と語っている。はて?調査もなにもせずに戦争を支持したことを自慢し、国連事務総長の代わりに国連憲章の妥当性を判断しようとするとは・・・偉大な日本の将軍様を讃えよ!というわけだ。

かくして、日本の歴史教科書に、新たな項目が追加されることになった。見出しはこんな感じ:「21世紀初頭、日本は米国によるイラク市民の大量虐殺に加担した」代わりに、さほど重要でないページ---例えば、オリンピックに関するページは削除される予定だ。

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09/15/2004

米軍、イラク人女性達を人質にして武装グループに投降呼びかけ

イスラム・オンライン2004/09/13付け記事より。

イラクのスンニ派武装グループのひとつ、サルダン・アル・アユービ旅団の声明によると、バグダッドの南70キロに位置するアル・ラティフィア地区で、イラク駐留米軍は8月26日に武装グループ側のイラク人妻と三人の娘を拘束しており、人質解放の条件として武装グループ側に武装解除と投降を呼びかけているという。

「シーア派もスンニ派も、アラブ人もクルド人も、名誉を守るために闘ってきた。女子供を守るために命を投げ出す覚悟はいつでもできている」と武装グループ側は態度を一層硬化させている。

イラク駐留米軍がイラクの女性住民を人質にするのはこれが初めてではない。サダム体制が崩壊した直後に、米軍はイラク前副大統領の二人の妻とその姉妹を人質として拘束し、投降をよびかけていた。2004年5月に拘束から解放されたイラク人女性弁護士の証言によると、人質とされた妻の1人は5月に解放されたが、残りの女性たちの消息は不明のままであるという。

イラク人側の情報によれば、少なくとも15人のイラク人女性が、駐留米軍キャンプに拘束されたままとされている。米軍による拘束から解放されたイラク人女性の1人は、ロンドンのAl Hayat紙に、刑務所内で米軍兵士によってレイプされた地獄の経験を証言している。

日々のニュースを追っていると忘れてしまいがちな事実をあらためて書いておくと、2004年6月30日に、イラクの主権は一応イラク人側に移譲されたことになっている。一方で、例えば2004/09/13日付けロイター通信記事によれば、イラク駐留米軍はヒーラ地区の村で住民に発砲し、6人のイラク人医師を殺している。同じ日にバグダッドでは、パレスティナ人ジャーナリストが、アル・アラビア放送の衛星生中継の最中に米軍ヘリの銃撃を受けてカメラの前で死亡している(この死亡映像は殺された記者の故郷でも生放送された)。これらの事件は、イラク住民の視点からみれば、近代兵器で武装した外国人テロリストによる犯罪としか映らないはずだ。

米国政府が密かにアルカイダを支援してきた事実はすでに世界中で知れ渡っている。そして今、人質をとってイラク各地で殺戮を繰り返している武装グループを、日本政府は公式に支援している。アメリカと競合する分野は、もはや自動車業界だけでもなさそうだ。

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09/14/2004

3年経過:アメリカ国民の42%が「フセインは911テロに直接関係している」と回答

Editor & Publisher 2004/09/10付けコラムより。

米Newsweek紙のアメリカ国内最新調査によると、米国民の42%が「サダム・フセインは911テロ実行に直接関係している」と誤解しているとのこと。一方で、フセインと911テロは無関係と回答した人は44%。まさしくアメリカ国民は真っ二つに分かれているわけである。

オンラインで公開され、ペーパーバック版もベストセラーになっている「911テロ調査委員会最終報告書(9/11 Commission Report)」で、キチンと「フセインと911テロは無関係」と発表されているにも関わらず、この状態である。ブッシュ政権とフォックスニュースチャンネル共同で嘘をばら蒔いた結果、アメリカ国民の知性は深刻なダメージを受けたまま回復していないらしい。

さらに悪いことに、ブッシュ再選チームは今でも911テロ、アルカイダとフセインを結びつける発言を繰り返している。例えば9月10日には、チェイニー副大統領が、オハイオ州でのスピーチの中で、サダム・フセインは「アルカイダに隠れ家と避難所を提供してきた」と発言し、またしても嘘をばらまいている

偶然にも同じ9月10日、チェイニーの嘘に合わせるように、ラムズフェルド国防長官もまた、ナショナルプレスクラブのスピーチで以下のようなムチャクチャな発言をして嘲笑されている。

「北部同盟のマスード将軍は殺されていたが、彼の暗殺を命令したのはサダム・フセイン、オサマ・ビン・ラディン---タリバンの共謀者だ
"The leader of the opposition Northern Alliance, Masood, lay dead, his murder ordered by Saddam Hussein, by Osama bin Laden, Taliban's co-conspirator,"

サダム・フセインが今生きているとしたら、捕まらないよう必死だろう。2001年のビデオ以来姿を見せていないが
"Saddam Hussein, if he's alive, is spending a whale of a lot of time trying to not get caught. And we've not seen him on a video since 2001,"

アブグレイブ刑務所虐待事件の発覚以降、マスコミ登場を控えている国防長官は、嘘をくりかえしているうちにフセインとビン・ラディンの区別ができなくなってしまったようだ。

ところでチェイニー副大統領は、「今年11月2日に国民が選択を誤れば(ケリーに投票すれば)アメリカは再びテロ攻撃を受けるだろう」と発言している。まさしく「ブッシュに投票するか、さもなくば死ね」と国民を脅迫しているわけだ。なんとわかりやすい恐怖政治体制だろう。

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09/11/2004

911:あなたが「知るべきでないこと」byグレッグ・パラスト

英BBCで活躍するアメリカ人ジャーナリスト、グレッグ・パラストの2004/9/10付けコラムを以下に全文翻訳して掲載。
(ブッシュ政権が911テロ以前にビン・ラディン捜査を取りやめていた件は、パラスト氏の代表作「金で買えるアメリカ民主主義」にも言及されている。)



911:あなたが「知るべきでないこと」---書類番号199-I、そして魂も凍りつくFBIの言葉


by グレッグ・パラスト(2004年9月10日付けコラム

2001年11月9日、まだアメリカ国民が同時多発テロ現場周辺で埃に喉を詰まらせていた時期、米国情報部の或る上級情報部員から英BBC放送に電話が入った。情報部員は不機嫌だった。彼がためらいながら我々に伝えた話では、ジョージ・W・ブッシュがホワイトハウスにやってきてから、CIA(中央情報局)DIA(国防情報局)、FBI(連邦捜査局)の各情報機関は、「サウジ王家の捜査から手を引け」と命令されていたということだった。

我々もそれを知っていた。英BBCのニュース局内で、我々は「部署を問わず極秘:199-I」という書類、つまり、国防関連書類を意味するタイトルの書類を既に手にしていたのだ。

情報部員向けに配信されたその極秘書類によれば、「テロ集団の疑いのある組織」を米国内で運営しているという件でビン・ラディンファミリーの内二人を捕捉せよとのことだった。そのメモの日付は2001年9月13日、多くの国民を救うには2日ほど遅すぎたわけだ。他の多くの情報源に沿ってメモが示していたのは、情報部員達はこの二人を尋問することを望んでいたが、911テロ以前には許されなかったということだった。テロ発生直後には、これら二人のビン・ラディン関係者はアメリカの網から逃げ出してしまっていた。

上級情報部員の話に戻ろう。私は彼に、一体どういう捜査が取りやめになったのか教えてくれるよう念