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2005/02/15

「息子の声が反戦へと駆り立てる」

ニュージャージーTheTimes紙2005/02/13付け記事より。全文を以下に翻訳して掲載。(文中リンクは訳者による)


息子の声が反戦へと駆り立てる(Son's voice drives war protester)


by カレン・アイルズ記者:ニュージャージーTheTimes紙2005/02/13付け記事


(ホープウェル町):毎晩ベッドに入る前に、スー・ニーデラーは息子に少しだけ問いかける。“今度の反戦集会に出席してもいい?インタビューに答えても大丈夫?”

セス・デボリン陸軍中尉は母親に答える---少なくとも母親の心に---そうすべきであると。

「いつでも息子に言うんです。“私に止めさせたい時は、そう言うか、タイヤをパンクさせてね”」ニーデラーは話す。

1年前の同時期に、ニーデラーは唯一人の息子、イラクの戦闘地区で爆破により24歳で死亡したデボリンを埋葬した。悲しみに暮れる他の家族同様、彼女はその後1年を、壁を叩き、ベッドで泣き、決して授かることのない孫のことを夢想した。

しかし、息子の精神に駆り立てられ、ニーデラーは数々のメディア取材や数え切れないほどの反戦集会でイラク戦争とブッシュ政権を強烈に批判することで、またしても悲嘆に暮れていた。

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行進するスー・ニーデラーさん(画像クリックで拡大)

ホープウェル町に住むこの母親は、彼女の活動に反対した友人1人以上を失い、一度は反戦集会で逮捕されたこともある。しかし彼女は決して後悔せず、活動を止める気もないと言う。

「息子に止めろといわれれば、止めるわ」ニーデラーは語る。「私は私。そしていつまでも私自身でありつづけたいの。誰も傷つけるつもりはなくて、ただ聞いて欲しいだけ」

自身がどうあれ、ニーデラーは人々に、自分が真のアメリカ人であるとわかって欲しいという。「愛国者でないと思われたくはない」彼女は言う。「ただ、この戦争が嫌なだけです」

昨年、喪が明けて3日目のニーデラーに、女性から電話があった。プリンストン区で行われる反戦集会に出席して欲しいとのことだった。

ベトナム戦争時には反対活動に参加しなかった経験から、彼女は参加すべきかどうか迷った。

「信じられないでしょうけど、私はものすごく保守的なんです」彼女は言った。

しかし、ショックと怒りに見舞われた結果、息子がそれを望んでいるとニーデラーは悟ったという。

ニーデラーは最初からイラク戦争が正当なものであると信じたことはない。しかし、もしあと1人でも息子か娘がいれば、正当化したかもしれない・・・彼女は1人つぶやいた。

彼女はプリンストンに向かった。そこではコリン・パウエル国務長官が賞を受け取っていた。「私の息子は死ぬ為、あなたは賞を受け取る為だったのね("You deserve this award like my son deserves to be dead,")」彼女は怒鳴った。

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パウエルに怒りの叫び(画像クリックで拡大)

その夜、帰宅したニーデラーは、少しだけ気が晴れた。「思い通り言えたような気がしたわ」彼女は話した。

その後すぐに、彼女は軍人家族のグループとドーバー空軍基地を訪問し、東海岸のあちこちで反戦集会に参加するようになった。

そして彼女は、メディアの取材を次々と受けることにし、それは地球上のさまざまな場所に配信されることになった。

CNNだろうと日本のテレビだろうと、メッセージは同じだ:兵士達を帰還させる。他の母親たちを自分と同じ目に遭わせるべきでない。

ニーデラーはほとんど毎回、息子の許可を取るという。息子は答えることもあるが、答えないこともある。

昨年夏までに、ニーデラーはベテラン活動家になっていた。

7月には、ハミルトンにあるクリス・スミス議員のオフィス外で活動を行い、妨害者と取っ組み合いになった。

1ヶ月後、彼女は“ブッシュ大統領、あなたは息子を殺した(President Bush, You Killed My Son)”とプリントされたTシャツを作成し、ニューヨークで開催された共和党全国大会に行進に向かった。

入場券を手にしていたにも関わらず、夫が反対したので会場内に入るのは止めた。

9月に、ニーデラーは、ハミルトンで開催されるファーストレディのローラ・ブッシュ講演会のチケットを入手した。

ニーデラーは息子に相談した。息子はトラブルになると警告したが、結局その行動を許可したという。

ローラ・ブッシュのスピーチ中に、名物のTシャツを着たニーデラーは声を上げ始めた。直後に、彼女は逮捕された

「意見を主張するには何か行う必要があるんです」ニーデラーは話す。「私の主張は伝わったのです」

州検察官は告訴を取り下げたが、監視を取り下げることはなかった。全国の民主党員がニーデラーへの支持を表明した。

公聴会の後で、ニーデラーは傍聴人の1人、州議員ビル・バローニ(共和党・ハミルトン)の発言に愕然とした。「彼女は暇つぶしに何か見つけたほうがいい」

バローニは後に、事態を誤解していたと語り、ニーデラーに個人的に謝罪した。彼女にとって忘れることのない振舞いだった。

「私達は仲間になったのです」彼女は最近話した。「彼が再選キャンペーンをするときは、お手伝いするつもりです」

ローラ・ブッシュの件の後、シークレット・サービスは大統領の生命を脅かすニーデラーの発言について、連邦犯罪の可能性があるとして調査中と公表した。

問題となっている発言の一つは、誤った情報に基づいて戦争が開始された事に関する質問に答えた際のものである。

「大統領の頭をぶっ飛ばしてやりたいわ」報道によれば、ニーデラーはそう言っている。「面と向かうことがあったら、股間を撃ち抜いてやる。苦しめばいいわ・・・あの男にはそれが似合いよ」

アメリカ市民自由連合(American Civil Liberties Union)と多くの個人弁護士が、ニーデラーの弁護を申し出ているが、彼女によればシークレットサービスは告訴に踏み切ることはないという。

それでも、彼女は申し出に感謝している。

息子が死んでから、ニーデラーは“人間のクズ”といった罵声から“真のアメリカ人”等、見知らぬ人々に呼ばれてきている。

ある女性は、ローラ・ブッシュの件について、夜中の2時にニーデラー宅に電話で嫌味を聞かせた。ニーデラーはその女性に、もっと早い時間に電話するように言った。

カードを寄越したり、スーパーマーケットで呼び止める人々のほとんどは支持を申し出てくれている。その他の人々は彼女に黙れと命令する。

しかし息子に背中を押されているので、ニーデラーは黙っているつもりはない。過去数ヶ月間、彼女は“米軍スカウト対抗”業務を行っている。

不動産販売と補欠教員をする合間に、彼女は高校や大学を訪問し、若者達に軍部スカウトの別の側面について話している。

結局のところ、大学の授業料と愛国心が全てではないのだ。彼女の死んだ息子が、それを証明している。

今までに、彼女は10回ほどスピーチをしている。

「私がやろうとしてるのは、軍の採用官の話の別の側面を説明して、若者が軍に登録する際の判断材料を提供しているんです」彼女は答えた。

ニーデラーは現在、一週間の内1日半ほどを活動に捧げている。

「財政的なことを言えば、フルタイムでやれるようになりたいわ」彼女は言う。「でもそれは無理」

全ての人が彼女のやりかたを受け入れるわけではないと、ニーデラーは知っている。

一方で、彼女の義理の娘はニーデラーの活動に少々イライラしているという。そして夫側の家族のほとんどは活動と無関係である。娘も母親の行動を理解していない。

しかし、彼女にとってもっとも気がかりなのは息子の意見なのだ。

活動と取材に明け暮れて1年が過ぎたが、心に空いた空洞は一インチも埋ることがないと彼女は言う。

息子に話しかけることはできても、玄関から本人が入ってくるわけでもない。「夜にシャワーを浴びながら泣き尽くすこともあります」ニーデラーは語った。

デボリンの軍靴と装備はベッドに置かれたままだが、息子の部屋の他の部分は1年前のままで、この先も変わることはない。

「息子の部屋ですから」彼女は言った。

ニーデラーは夫に、二度と逮捕されないと約束しているが、それ以外は約束できない。

最初、米軍の説明では、対空砲撃の訓練を経験したデボリンが、爆弾解体時に死亡したとのことだった。

現在、ニーデラーの話では、彼女は4つの異なる報告書を受け取っているという。一部は公式で、他の一部は、昨年2月3日に部隊傍で爆弾が爆発したとき、息子が何をしていたかに関する調査報告書である。

「何を信じていいのかわかりません」彼女は言った。「右手の言うことを左手が知らないということです」

最終報告を受け取るまで、彼女は矛盾する報告書について公に語り続けるつもりでいる。

そしてイラクが最終的に自立した民主主義を確立する日まで、ニーデラーは息子の死が無駄死にであると思い続けることだろう。

「もしセスがアフガニスタンで死んだとしたら、無駄死にではなかったかも知れません」ニーデラーは言う。「息子の死は無駄ではなかったでしょう。アフガニスタンは攻撃を仕掛けたのですから」

一方で、ニーデラーは心のどこかで、自身の責任を痛感している。もしデボリンを、自分を誰よりも大切にするよう育てていたなら、彼は生き残ったかもしれない。

「息子自身が誇りを持っていたように、私も誇りを持っていますが、いつも罪悪感にとらわれます」彼女は言った。「親は子供を埋葬するものじゃないんです。ただそれだけのことよ。あの子は私の人生を照らしてくれた。息子が望むなら、私は何でもやるわ」
(以上)

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