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2005/03/31

ウォルフォウィッツ米国防副長官の愛人騒動で世銀が大揺れ

ウォルフォウィッツ米国防副長官

イスラエル/アラブ諸国和平の実践か、単なる政界失楽園か?次期世銀総裁候補、ウォルフォウィッツ国防副長官(軍隊経験ゼロ

ブッシュ大統領から世界銀行の次期総裁に推薦され、有頂天のウォルフォウィッツ米国防副長官が、意外な話題で注目を集めている。米・英タブロイド紙、ワシントンポスト紙などが伝えているところでは、ウォルフォウィッツ氏の愛人が世界銀行の上級職員を務めており、しかもその女性が国防副長官のイラク戦争計画に多大な影響を与えたというのだ。

ネオコン内部でも超タカ派で知られるウォルフォウィッツ国防副長官の愛人の名は、チュニジア生まれのアラブ系女性、シャハ・アリ・リザ(Shaha Ali Riza)。そもそも彼女が世銀の上級職員になれたのも、愛人である国防副長官の根回しがあったからと噂されている。そうした状況を問題視し、ウォルフォウィッツの総裁就任に異議を唱える世銀関係者も大勢いるようだ。

シャハ・アリ・リザ

国防副長官を虜にしている女性、シャハ・アリ・リザ

ワシントンポスト紙の報道によれば、リザとウォルフォウィッツの関係は米政界における公然の秘密であり、シークレットサービスを引き連れてリザ宅から朝帰りする国防副長官の姿を、隣人たちは何回も目撃し、呆れている。

ホワイトハウス周辺で“女たらし”として知られる61歳のウォルフォウィッツは、1968年に結婚したクレア夫人との間に3人の子供をもうけている。ブッシュ政権入閣前にジョン・ホプキンス大学高等国際問題研究院の学部長を務めたウォルフォウィッツは、同学院の女性職員との不倫がきっかけで、2001年から家族と別居しているが、どうやら離婚届は出されていないらしい

一方のシャハ・アリ・リザは、チュニジアで生まれサウジアラビアで育ち、オクスフォード大卒で英国籍を持つ女性活動家である。近親者の話によると、中東における女性の権利拡大を目指すリザは、ウォルフォウィッツ国防副長官とのデートで、熱心に“打倒フセイン政権”“イラクの民主化”を説いていたという。そして、現在彼女は、世銀のイラク復興計画広報担当を務めている。(まあ、熱意は報われたわけだ)

さて、クイズの時間だ。米国防副長官がイラク戦争を推進した際の、正しい動機を以下から選択してみよう。


答え:侵略戦争に“正しい”動機など存在しない)

2005/03/26

役に立たない雑学を少々

Ohio.com2005/03/21日付け記事より。同記事から面白い(?)雑学をいくつか以下に抜粋。

  • イタリア語よりタガログ語を話すアメリカ人のほうが多い。
  • アメリカでは、過去4年間で億万長者の数が37%増加したが、同時にフードスタンプ(低所得者向け食料補助制度)利用者は41%増加した。
  • フォーブス誌が世界でもっともパワーのある有名人として挙げたのは、メル・ギブソン、タイガー・ウッズ、オプラ・ウィンフリー、トム・クルーズ、ローリング・ストーンズ。
  • 高校を卒業したアメリカ人の内11%はアメリカ合衆国を地図で示せない。
  • ジョージ・W・ブッシュとダライラマは同じ誕生日(7月6日)
  • トム・ハンクスとO.J.シンプソンは同じ誕生日(7月9日)
  • チャック・ノリスとオサマ・ビン・ラディンは同じ誕生日(3月10日)
  • エルビス・プレスリーとスティーブン・ホーキングは同じ誕生日(1月8日)
  • ドナルド・トランプとチェ・ゲバラは同じ誕生日(6月14日)
  • 2004年10月4日は、1999年以来初めてシカゴで誰も撃たれなかった日である。
  • チェイニー副大統領は10EEEサイズの靴を履いている。
  • 2004年、北京では24万個以上のマンホールのフタが盗まれた。
  • 米空軍の防弾ショーツは重さ8ポンド(約3.6キログラム)
  • 1939年、5歳のペルー人少女が出産した。
  • 毎日平均70人のアメリカ人が臓器移植を受けている。
  • 第一次世界大戦で生き残った退役アメリカ兵の人数は100人以下になった。
  • 米国企業はスパムメールの処理に年間216億ドルを費やしている。
  • コネチカット州の住民は“コネチカッター(Connecticuters)”と呼ばれる。
  • サダム・フセイン、ウラジミール・レーニン、マキシミリアン・ロベスピエールは弁護士出身。
  • アレクサンダー・ハミルトン(米国の初代財務長官)は不倫で脅迫された。
  • エイブラハム・リンカーンの墓は、死体窃盗の企てにより一度だけ開けられた。
  • アメリカ国民全体でおよそ100億ドル分の小銭を所有している。
  • 昨年アメリカでは150万人以上のドライバーが飲酒運転で逮捕された。
  • パスポートを所有するアメリカ人は全体の20%以下、ディズニーランド、ディズニーワールドに行ったことのあるアメリカ人は70%以上。
  • ツインキー(米国のスポンジ菓子)の80%は空気。
  • デミ・ムーアが16歳で学校を退学した理由は、本人の弁によれば“イかれたブサイクな、本当に醜いアヒルの子だったから”
  • カレン・ブラックはノースウェスタン大学に15歳で入学した。
  • 北京の紫禁城にはスターバックスがある。
  • 韓国人ホームレスの4人に1人はクレジットカードを持っている。
  • 米国で死刑制度を認める38州の内、2004年度に死刑執行したのは12州。
  • 世界中で、英語を話す人の内3/4は、第二言語として英語を使っている。
  • オーストリア、クロアチア、デンマーク、キプロス、フィンランド、ノルウェイ、ドイツ、スウェーデン、イスラエル、アイスランド、ラトビアでは、子供のお尻を叩くことを禁じている。
  • ジャン・クロード・ヴァンダムは当初プレデター役だったが、身長が低すぎてエイリアンの着ぐるみに合わないので辞退した。
最後に一言:
「最新の調査によると、米国民の50%は自分の仕事に不満を持っているということだ。なぜかわかる?仕事の大半をインドに持っていかれてるからさ」

---ジェイ・レノ

2005/03/25

英ガーディアン紙:「ボビー・フィッシャーは最高の一手を終えた」

英ガーディアン紙2005/03/23付け記事を以下に全文翻訳して掲載。(記事中リンクは訳者による)英国流のひねくれたセンスが見事に発揮された良い記事だと思う。(本人には失礼だろうが、記事タイトルも絶妙)

3月23日、東日本入国管理センターに8ヶ月間も拘束されていた元チェス名人ボビー・フィッシャーは、アイスランド市民権を得て同国に無事出国した

フィッシャーさん、あなたに平穏無事な日々が訪れますように。

ボビー・フィッシャー関連の過去記事

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2005/03/22

北朝鮮の核物質販売先はリビアではなくパキスタン政府?

ワシントンポスト紙2005/03/20付け記事より。まずは記事冒頭を翻訳して以下に引用する。(記事中リンク及びテキスト強調は訳者による)

米政府、北朝鮮の核物質輸出で同盟国を惑わす(U.S. Misled Allies About Nuclear Export)

北朝鮮が核物質を輸出した相手は、リビアではなくパキスタン(North Korea Sent Material To Pakistan, Not to Libya)

by ダフナ・リンザー記者:ワシントンポスト紙2005/03/20付け記事

今年年頭、北朝鮮への圧力強化を目指すブッシュ政権は、アジア各国首脳に対して、北朝鮮政府が核物質をリビアに販売していたと説明していた。それは重要な新情報であり、北朝鮮が新たな核兵器開発を開発中であるという具体的疑惑を初めて提起するものであった。

しかし、北朝鮮の核物質取引の詳細について知る2人の政府高官の説明によると、それは米国情報機関の報告内容と異なるという。情報部の報告によれば、北朝鮮は、核兵器に転用可能となる六フッ化ウラニウムを、当初はパキスタンに販売していた。米国にとって重要な同盟国であるパキスタンは、その六フッ化ウラニウムをリビアに転売した。政府高官の話によれば、パキスタンが核物質を転売していた事実を北朝鮮が知っていたかどうかについて、米国政府は証拠を掴んでいない。

政府高官が匿名を条件に本紙に語ったところでは、パキスタンが核物質の売り手と買い手の両方の役割を演じていた事実は、アル・カイダ幹部捜索活動の協力者という役割の隠蔽のために秘匿されたという。また、北朝鮮とパキスタンの間でそうした取引が行われていた件は米国政府にとって真新しい事実ではなく、主権国家同士のビジネス関係として、過去数年間見過ごされてきたとのことである。

北朝鮮の核物質取引に関する報告の際、基本的な詳細情報を省いたブッシュ政権の政策は、北朝鮮の孤立化を目的としたが、同盟国をますます懐疑的にさせてしまったと、米政府高官は外交官はインタビューで話している。先月の米国政府の説明に呼応して、北朝鮮は周辺各国協議から離脱を表明した。

関係修復を試みるべく、コンドリーザ・ライス国務長官は現在東アジア各国を歴訪し、6者協議再開のために各国首脳の説得を図っている。(中略)

今年1月末から2月初旬にかけて、米国政府は関係各国に対し北朝鮮に関する報告を行った。それからまもなく、米政府関係者が匿名を条件にワシントンポスト紙に話したところでは、北朝鮮が六フッ化ウラニウムをリビアに販売したとのことだった。その高官の説明では、アジア各国への報告会は、北朝鮮の核開発計画に関する交渉を鑑み、中国、韓国、日本との間で情報交換のために行われたということであった。

しかし最近、別の米政府関係者二人が本紙に語ったところでは、アジア各国への報告会は、中国と韓国が6社協議から突如離脱の意思表明をした直後に、大慌てで設定されたとのことである。報告会は大部分無駄なものであったが、北朝鮮政府との2国間協議を拒否するブッシュ政権は、そうした会談が北朝鮮の核開発を抑止する重大な役割を果たすと主張している。

パキスタンの取引に関する新たな詳細情報に関して、ホワイトハウスは言及を避けている。政権幹部の対応によれば、米政府は「北朝鮮の核拡散活動について、正確な説明を行っている」とのことである。

アジア各国への報告では、パキスタン側の特定人物については言及されていないが、政府関係者の話によれば、パキスタンの原子物理学研究第一人者アブドル・カディル・カーン博士のネットワークが使われたと明言されていたという。しかし報告会では、核物質がパキスタンによって購入され、北朝鮮から輸出される際もパキスタン政府所有のコンテナが使われている件を米国情報部が掴んでいる件は示されなかった。

また、六フッ化ウラニウムが或るパキスタン企業を通じて輸出され、アラブ首長国連合を経由してリビアに持ち込まれた事実についても、米政府は報告していなかった。それら事実は、リビアを独自調査していた国際原子力機関の説明と一致する。リビアは核兵器開発を2003年12月に断念している。

米国政府にとって、パキスタンはアル・カイダ幹部捜索活動において主要な役割を担うようになっているが、カーン博士がかつてムシャラフ政権の閣僚に名を連ね、同国の核開発に協力していた件について、ブッシュ政権はムシャラフ大統領に未だ説明を求めていない。

「米国の利益を損ねている最中のパキスタンに、米政府はやりたい放題させていたんです」2003年8月までブッシュ政権の北朝鮮特使を務めたチャールズ・L・プリチャード氏は語っている。「同盟国はそうした全体像を把握しているので、我が国の信頼性は揺らいでいる」
(記事引用ここまで、以下略)

米情報部と協力してビン・ラディンとアル・カイダ幹部捜索を行っているパキスタン政府機関といえば、パキスタン軍統合情報局(ISI)であることは誰でも知っている。今回のワシントンポスト記事の情報源は、まるでISIが北朝鮮との取引に関与しているとでも言いたげだ。

仮にパキスタン政府関係者、もしくはISI関係者が北朝鮮・パキスタン間の取引にも関与しているとすれば、CIA/ISIのアル・カイダ捜査活動の内実---ブッシュ政権にとって非常に都合悪い情報を含む---が北朝鮮側に漏れている可能性も・・・いや、まさかそんなことはないだろう。ライス国務長官が北朝鮮との2国間協議や経済制裁を避けているように見えるのは、単に慎重に行動しているだけのことだ。

過去に遡ってみよう。911同時多発テロ事件が発生した後、米情報部とISIは共同捜査を行うと宣言したが、直後の10月に、パキスタン側は当時のISI局長ムハマド・アーマッド将軍を更迭した。更迭理由は、ハイジャック犯の1人、モハメド・アッタ容疑者への資金提供疑惑といわれている。(911テロの朝、ワシントンでは上院・下院情報委員会の朝食会が開催されていたが、そこには、上院情報委員会委員長ボブ・グレアム議員と、ISI局長ムハマド・アーマッド将軍、そして偶然にも、当時の下院情報委員会委員長で現CIA長官のポーター・ゴスが同席していた

ビン・ラディン、タリバン、アル・カイダ、ムジャ・ヒディン・・・これらは全て、元々CIAとISIが大切に支援・育成してきた軍事ネットワークである。ISI幹部がアル・カイダと親密だからといって、米政府はそれを簡単には批判できない。ましてやパキスタンのムシャラフ将軍は米国の軍事産業にとって大切なお客様なのだ。

そんなわけで、米国はパキスタンの裏ビジネスに対して、もっとポジティブな態度で付き合うようになったのだろう。“北朝鮮から核物質輸入?うーん、まあいいや。その代わり転売先を教えてくれたら、悪の枢軸国認定作業が楽になるんだけどね”とか何とか。以上、本日の妄想終わり。

2005/03/21

米軍の侵攻から2年:数字で知るイラクの現状

Center for American Progress2005/03/18付記事より。イラクの現状を数字で紹介するリストを以下に翻訳して引用。


2,000億ドル
(約20兆9,530億円)
これまでにイラク戦争に投入された米国民の税金額(最低見積額)
15万2,000人現在イラクに駐留している米軍兵士の人数(source
1,511人イラク侵攻開始から現在までの米軍戦死者数(米軍公式発表による:source
1万1,285人イラク侵攻開始から現在までの米軍負傷者数(米軍公式発表による:source
2万1,100人−
3万9,300人
イラク戦争とそれに関わる犯罪により死亡したイラク市民の数(米ブルッキングス研究所による:source
176人米軍以外の連合軍兵士の戦死者数(source
339人IED(Improvised Explosive Devices:簡易爆発物)で死亡した連合軍兵士の戦死者数(source
70件2005年2月における、武装勢力による攻撃の1日平均発生件数(source
14件2004年2月における、武装勢力による攻撃の1日平均発生件数(source
1万8,000人現在のイラク国内武装勢力推定構成人数(米ブルッキングス研究所による:source
5,000人2003年6月時点でのイラク国内武装勢力の推定構成人数(米ブルッキングス研究所による:source
27ヶ国 vs. 14ヶ国“有志連合”国の数と、イラク駐留兵の一部及び全面撤退を宣言もしくは完了させた国の数の対比(source
2万5,000人米国以外の連合軍兵士のイラク駐留人数(source
4,500人イタリアとオランダが今年中に撤退させる兵士の人数(source
27万1,000人米国が2006年7月までに訓練完了を期待する、イラク人警察官、国境警備員、治安部隊兵士の人数
14万2,472人訓練・装備を完了したイラク人治安要員の人数(国防総省の発表人数:source
4万人統合参謀本部長リチャード・マイヤーズ将軍が発言した、適切な訓練と装備を施されたイラク人治安要員の人数(source
40%イラク駐留米軍の内、州兵が占める割合
0(ゼロ)イラクに派遣された戦闘部隊の内、国防総省の規定どおり1年間の休暇をもらった部隊の数(source
30%2004年11月と12月における、米国州兵部隊の新兵募集人数目標に対する不足率(source
27%米軍全体における目標新兵人数に対する不足率(source
15%イラクとアフガニスタンに派遣された米軍兵士の内、PTSDと診断される者の比率(米会計監査院の調査による:source
200万バレル現在のイラク国内油田における1日平均の石油生産量(source
280万バレル米軍侵攻前の、イラク国内油田における1日平均の石油生産量(source
8時間イラク国民が電気を使用できる時間(1日平均)(source
28%−40%現在のイラク国民失業率(source
430万人イラクで現在小学校に通う子供の人数(source
360万人2000年時点のイラクで小学校に通っていた子供の人数(source
1億800万ドル
(約113億974万円
ハリバートン社が密かに国防総省に過剰請求していた金額(source
90億ドル
(約9,424億円)
イラク復興基金の内、連合軍暫定当局が不正に支出したと見られる金額(source

2005/03/19

イラクでの戦闘で撮影した殺戮ビデオを、娯楽映像作品として楽しむ米駐留軍の兵士達

「理性の言うことに必ず従うという力は、我々に備わっておらぬ。」

---ラ・ロシュフコー『箴言集』---

ロスアンゼルスタイムズ紙2005/03/14付け記事より。以下に記事全文を翻訳して掲載。

行き過ぎたシネマ・ヴェリエ(Extreme Cinema Verite)

イラクに駐留する米兵達は自分達の戦闘をビデオ撮影し、死と破壊にまみれたミュージックビデオを制作している。しかも彼等はそれを娯楽作品として人に紹介している。(GIs shoot Iraq battle footage and edit it into music videos filled with death and destruction. And they display their work as entertainment. )

by ルイス・ローグ記者:ロスアンゼルスタイムズ紙2005/03/14付け記事

バクーバ、イラク:昨年11月、海兵隊員のチェイス・マッコロウがイラクから帰還した時、彼はイラクで同僚たちと撮影した映画を持参していた。テキサスの実家に戻って両親と過ごす最初の夜、チェイスは自作ビデオを婚約者、家族、友人らに披露した。

映画の内容はこんな感じ:ナイト・ビジョンのゴーグルを通してグリーンに染まった視界に、少数のアメリカ兵達が映し出される。二人の兵士の無線での会話が、BGMのヘヴィ・メタル音楽にかき消されていく。

“Don't need your forgiveness,”バンド『Dope』の歌が始まると、イメージが展開する:ブラッドリー先頭車輌の前でポーズを決める武装兵達、黒いアバーヤ(アラビア女性の着用するコート)を着た二人の女性が埃の舞う道路を歩く姿、青いドームのモスク、ムクタダ・サドル氏のポスター・・・“死ね、抵抗は止めろ 死ね、祈る必要などない(Die, don't need your resistance. Die, don't need your prayers)”そして、BGMのビートがいよいよ高まり、黒く焦げたり、首を斬られたり、血まみれになった死体の数々が画面を覆いつくす。

「戦勝記念みたいなもんだから」バクーバ近郊の軍馬野営場の窮屈な住まいを背景に、20歳のマッコロウは言った。「俺はあそこに居たんだ。俺がやったんだよ」



第二次大戦中から、撮影機材は戦線に持ち込まれていたが、ベトナム戦争以前には、兵士達が自らの戦闘経験を実際に記録することはなかった。(スーパー8カメラが開発される以前、撮影機材は技術的にもアマチュアの手に負えないシロモノだった)

現在では、ビデオカメラは軽くなり、デジタル技術によって編集も容易になった。、戦闘をビデオに収めた兵士達は、映画を作って電子メールで配布することも可能で、軍部の検閲も受けることがない。Avidなどの編集ソフトとインターネットアクセスが可能な基地では、実際の戦闘や殺戮シーンを使ってMTVスタイルの音楽ビデオを制作することが米国兵士達の間で急速に広まっている。

兵士達はしばしば個人用カメラやビデオ機材を戦闘現場に持ち込んでいる。時折、米軍の公式撮影チームである“コンバットカメラ”隊が、捜査やパトロールの兵士の後につづくこともある。米軍はそうした映像を訓練や広報業務で使用しているが、個人のコンピューターや商用Webサイトに流出することもある。

その結果、虐殺や死、破壊を捕捉した写真やビデオ映像はカットされるが、兵士達はそれを集めて野球カードのように交換しているのだ。

「イラク人達の死体写真はたくさん持ってるよ・・・誰でも持ってるだろ」バクーバ近郊に駐留する22歳の海兵隊員ジャック・ベンソンは言った。彼は他の兵士達から5つのビデオを入手し、自分でもビデオを撮影している。

BGM音楽を入れて、兵士達は戦争に関する自作のドキュメンタリー風映画を制作している。多くはユーモラスもしくは愛国風であるが、マッコロウ一等兵が好むような血みどろ風のものもある。

「ポイントは押さえてるよ」彼は言う。「これはひどく陽気な平和維持活動とはワケが違うんだ」


司令官達は基地での写真を規制することについては慎重な姿勢をとっているが、常識的な規則づけは必要だろう、と米軍広報担当者は言う。作戦行動の安全を脅かす映像、軍用施設や装備などの撮影は、禁止されている。

イラクに派遣される以前、海兵隊員は拘束された者や死体、負傷したイラク人、死亡したアメリカ兵などを撮影してはいけないと指導されていた。しかし、イラク人の死体や、不具になったイラク人達の写真やビデオは蔓延している。

「こっちに向かって撃ってくる奴等の写真を撮影するくらい、なんでもないだろう」マッコロウは言う。彼はまた、死んだ米兵の死体写真は見たことがないと付け加えた。「そりゃいくらなんでも気分悪いだろうし、身近すぎる」

ベンソンやマッコロウの駐留する基地において、米軍は定期的に兵士の宿舎を検査し、ドラッグ、アルコール、ポルノ写真の有無を、健康安全管理の一貫として取り調べる。しかし、第三戦闘部隊付きの軍法務官ダグラス・ムーア大尉の説明によれば、個人のノートパソコンを調べることは兵士のプライバシー侵害になるという。映画制作が規定違反ということであれば、それはまた別の話となる。

「悪趣味ですよ」ムーア大尉は言う。「気分が悪くなる」


マッコロウは、自分の好きなビデオがテキサスの親類たちの気分を害したことに驚いている。

「家に持ち帰って、いかにあれが気味悪いものか分かったよ」マッコロウは言う。彼の使うスクリーンセイバーはビデオよりもはるかに温和で、自分の結婚式を映したものだ。

かつての婚約者で現在の妻であるブランディ・マッコロウの話では、夫がビデオを友人に見せているときに部屋に入っていくと、友人たちは飛び上がって悲鳴を上げていたという。

18歳だったブランディは、“体の一部が失くなったり、爆弾が爆発したり人が銃撃されたり”という映像に驚愕した。

「怖かったわ」テキサスからの電話で彼女は答えた。「チェイスはイラクのことを何も話してくれなかったし、私はニュースを見るけど、いつも見てるわけじゃないもの。あんなに暴力的なんて思いもしなかった」

彼女はまた、なぜ皆が戦闘を撮影しているのか不思議に思っている。

「異様に思うわ・・・だって、ホームビデオなのよ」彼女は言う。「人が目の前で撃たれてるのに、傍でカメラを持って座ってるなんて」

マッコロウの話によると、海軍予備役兵隊長の父親は、息子にこう言ったという:「おまえ、これは正常なことじゃないぞ」

「皆は本当にショックだったみたいだ」マッコロウは言う。「俺たちが見てきたものが信じられないらしい」

シンシナティ医科大学精神学科教授のダニエル・ネルソンは、そうした意識のすれ違いを理解できるという。

「驚くことではありません・・・この先、我々が経験することになる新たな感情です」教授はそう言いながら、ビデオ映像をアブグレイブ刑務所での虐待写真と比較して見せた。「この状況で起きているのは、米国本土において禁止されている行為を、推奨する土壌があるということです」

罰当たりなことが平凡化されるというのは、兵士達がトラウマから距離を置くための一つの方法なのだと教授は言う。つまり“自分が実行したり経験した事を現実と受け止めたくない”ということなのである。

ビデオ制作については、ネルソン教授が研究の中で見てきたような、トラウマを負った子供やベトナム帰還兵達にも似たものがあるという。

「我々は自身の人生の物語をどのように創造するでしょう?」教授は問いかける。「治療の過程の一部では、自らに体験を語らせ、感情的な物語を体系化することにより、自分で問題に対処できるようになるのです」

ブランダイス大学で映像研究プログラムの委員長を務め、書籍『Projections of War: Hollywood, American Culture and World War II』の著者でもあるトーマス・ドハーティ氏は、そうしたビデオを、正真正銘の戦場日記と呼んでいる。

「最前線の兵士と安全な故郷の間には、常に断絶があるものです」ドハーティ氏は言う。「第二次大戦の規範にもあります:故郷に持ち帰らないこと」

ビデオを観た後で、ドハーティ氏は言った。「もちろん大虐殺の恐ろしさに度肝を抜かれますが、しかし映像には幅がありますね」

ドハーティ氏は賞賛もした。「対照性編集の手法ですね・・・楽曲のリズムとイメージの点滅ですな、とても器用な仕事だ」

「MTV世代が戦争に行ってるんですな」ドハーティ氏は言う。「サンダンス映画際にでも出品すればいい」

他にも、フロリダ州兵が作ったビデオには、兵士達が負傷した囚人の顔面を蹴り、死体の腕を弄んでいる様子が収められていた。3月初旬には、米国自由人権協会(ACLU)が情報公開法により入手した書類によって、“ずるい奴等”“いつもの1日、いつもの任務、いつものクソ”等のタイトルのついた映像を含む“ラマディの狂気”という名のついたDVDの所在が明らかになっている。

人権擁護団体ヒューマン・ライツ・ウォッチの法務アドバイザーを務めるジェイムズ・ロス氏は、「兵士達がそうしたビデオを制作してことは問題である」としている。しかし彼はこうつけ加えた。「しかしそれがただちにジュネーブ協定に違反しているとはいえない」

ジュネーブ協定では、死者の遺骸は大切にされるべきで、“公衆の好奇の目にさらされるべきでない”と記している。ロス氏の話では、「明確な禁止行為を規定しているわけではないのです。死体を撮影してはいけないというのなら、少し拡大解釈されることになるでしょう」

戦場のビデオを販売しているウェブサイトもある。

efootage.comのサイト上には「バグダッド路上での戦闘、略奪、無法」という広告文が見受けられる。ラスベガスを拠点にした企業Gotfootage.comは、50ドルから100ドルの料金設定で、過去のサダム・フセインの映像、ジェシカ・リンチ、空爆や爆破シーンの映像を販売している。同サイトでは、2003年3月の侵攻時にイラク軍の燃料トラックが米軍の爆撃により破壊される映像の広告も行っている。

他のウェブサイト上でも“GrouchyMedia.comなら、巷で話題の、悪い-奴等を-殺せ型ビデオが見つかります”という広告が見受けられた。

海兵隊2-63特別部隊射撃手スコット・シュローダー軍曹は、彼が言うところの“悪魔的な、汚れた殺人ビデオ”を家族に見せたくはないという。

「仲間達なら喜ぶだろうが」彼は言う。「自分の母親が気に入るとは思えないね」

他の特殊部隊隊員も、匿名で語ったところでは、そうした血まみれビデオに吐き気を感じると言った。

「観るつもりはないね。俺の部隊の仲間も観る奴はいないだろう」イラク北部のモスルに駐留する特殊部隊員は語った。「マトモな神経じゃない」

その特殊部隊員は、そうしたビデオを、武装集団によって公開された斬首映像と比較している。

「連中と同じレベルに落ちてるじゃないか」彼は言った。「なんでそんなことをやりたがる?」


駐留基地にあるマッコロウの部屋のドアには、“Grand Theft Auto(重窃盗車)”というビデオゲームのポスターが貼られている。

ビデオゲームを観ていると、マッコロウは戦闘に対して別の視点を得られると言う。戦闘の最中には詳細部分を忘れてしまうので、軍部はそうしたゲームを“高校のフットボールのように、教育ツールとして”導入すべきであると彼は言う。訳注

マッコロウのルームメイト、インディアナ州ラファイエット出身で30歳になるベンジャミン・ブロンクマは、制作した戦闘ビデオを誰も売りに出さないことに驚いていると話した。

「もし手元にビデオがあって、MTVから申し出があれば、すぐ売るね」彼は言った。ベンジャミンの話では、兵士が制作したビデオは映画館で放映されているような、暴力を売り物にした作品と対して違いはないという。

「“プライベート・ライアン”ほどナマナマしいものでもないよ」ベンジャミンは言った。「俺たちにとっては、映画を観てるのと変わらないね」
(以上)


訳注):実のところ、米国陸軍は戦闘ビデオゲームを実際に新兵採用に利用しており、公式ビデオゲームも世界中で販売している。また米海兵隊は、イラク赴任前に戦闘ビデオゲーム「Operation Flashpoint」による戦闘シミュレーション教育を受けている

2005/03/16

史上空前のプロパガンダ:ニセのニュースで国民を欺くブッシュ政権

3月13日、ニューヨークタイムズ紙の一面トップに、ブッシュ政権のプロパガンダ政策を暴露する調査報道記事が掲載され、全米のジャーナリズム界で大きな話題になっている。(大手新聞社がこのような話題で大量に紙面を割くのは極めて珍しいのではないかと思う)

話題の記事はタイムズ紙ウェブサイト上で公開されているが、8ページに及ぶ大特集であり、いつものように全文翻訳するにはちょっと大変・・・というわけで、とりあえずこのスクープを要約したアメリカン・プログレス基金のDaily Talking Points2005/03/14付記事を以下に翻訳引用する(記事中リンクは訳者による)

ニセのニュースで国民を欺くブッシュ政権(Bush Administration Deceives Public with Fake News)

アメリカン・プログレス基金のDaily Talking Points20050314付記事

先週末、ニューヨークタイムズ紙は、ブッシュ政権が大規模な公的資金の不正使用により、各放送網で政府プロパガンダを配信している事実を特集報道した。過去4年間の間に、少なくとも政府内20の部局が、何百ものニセテレビ報道フィルム製作に関わっており、そのフィルムの多くは、政府機関が主宰している事実を知らせぬままに、次々と全米各地の地域テレビ放送網で配信されたという。

  • ブッシュ政権は、ニセの政府PRフィルムを制作する費用として、これまでにおよそ2億5,000万ドルを納税者のお金で賄っている。2001年にブッシュ大統領が着任してから、ホワイトハウスは少なくとも2億5,400万ドルをニセのニュースフィルム制作や他のPR活動に投資してきた。保険社会福祉省によって実施され、先に暴露された悪名高き放送フィルムでは、PR企業役員を務めるカレン・ライアンが記者のフリをして、当時の福祉省長官トミー・トンプソンにインタビューを行っている。会計監査院(GAO)の調査によれば、その報道フィルムは“地方の放送局が取材した報道と見分けがつかないように”PR企業が企画・制作を担当したとのことである。
  • ブッシュ政権は、政府による“偽装宣伝”への制限取り決めを故意に違反している。無党派である会計監査院と議会調査局は、“政府が製作元である事実を、視聴者に知らせず、あるいは明確に表示しないように”仕組まれたニュース報道の制作に連邦政府機関が関わることを禁じている。この制限に対するブッシュ政権の対応は?タイムズ紙の金曜版報道によれば、“全ての行政機関に対して、会計監査院の結論を無視する旨を指示した覚書が、司法省と行政管理予算局の間で交わされていた”。
  • 議会もしくは裁判所は、ブッシュ政権に対して、税金の不正使用を止めるよう早急に干渉するべきである。立法機関、司法当局は、行政機関に対して国民を欺く行為を止めるよう、立法機関としての業務を行使すべきである。こうした行政権の乱用は、米国民に対する侮辱であり、我が国の民主主義の基本理念を侵害するものである。もしブッシュ大統領が、自ら公言する“民主主義の伝播”を自国において順守するためにお金を使わないというなら、他の政府機関が介入して大統領に注意すべきだ。
ホワイトハウスの情報工作員達(いずれも保守派批評家)ホワイトハウスからコッソリお金を受け取っていた保守派評論家達(上から)
アームストロング・ウィリアムズ(教育省から24万ドルもらってブッシュの“落ちこぼれゼロ法”を賞賛)/
マギー・ギャラガー(保険社会福祉省から2万1,500ドルもらってブッシュの“正しい結婚”政策を賞賛)/
マイケル・マクマヌス(保険社会福祉省から1万ドルもらってブッシュの“正しい結婚”政策を賞賛)

イラク戦争開戦前、ブッシュ政権の情報を鵜呑みにした報道を行ってきた件で読者に謝罪したニューヨークタイムズ紙としては、自らも政府広報紙と罵られないために、思い切って一歩踏み出したという感じである。(暴露されたプロパガンダ放送の一部は、デモクラシーナウ!の特集でも見ることができる)

さて、タイムズ紙の会心の一撃にたいして、ブッシュ政権はすでにCNN放送において「政府プロパガンダに法的問題なし」と強弁している。(相変わらずのCNNスタイル・・・“政府に問い合わせたら問題ないと言われました!”というパターンである)

先だって暴露された政府プロパガンダ工作の一部、ジェフ・ギャノン事件はどうなったか?同事件を重大視する議員達から調査要求が出され、慌てたホワイトハウスは、これまでの態度を一変させ、定例会見への参加資格を大幅に緩和して(これまでは、例えばNYタイムズ紙寄稿ジャーナリストすら参加拒否される厳しさだった)あたかもホワイトハウス記者会見が“広く国民に開かれている”かのように演出し、当該事件を追求する事は“ジェフ・ギャノンという同性愛者への個人攻撃である”という形に議論をスピンさせ、大量の保守派要員(ブロガーを含む)を動員して真相の隠蔽に邁進している。(CNN放送のウォルフ・ブリッツアが行った報道などもこうした“印象操作”の典型例である)

言うまでもなく、ジェフ・ギャノン事件の焦点は、記者としてのバックグラウンドの全くない人物が、偽名を使って取材許可証を入手し(前ホワイトハウス報道官アリ・フライシャーも驚いている!")、米情報部の極秘情報を簡単に入手した経緯(CIA工作員漏洩の件以外にも、ギャノン氏はイラク侵攻時期について公表前に知っていたと、そうした偽装活動の資金提供者が大統領に極めて近いポジションに居るという点なのであり(ジェフ・ギャノンの雇い主は大統領次席補佐官カール・ローブの知人、その人物の性癖が焦点ではないのである。(とはいえ、ギャノン氏が行っている大規模なゲイ売春サービスは、州法次第では違法スレスレであり、“倫理価値”を重視すると喧伝するホワイトハウスにあっては、問題とされてしかるべきであるが・・・)

ワシントンポスト紙の3月14日付け報道によれば、最近のブッシュ大統領は公的な場でジョークやギャグの回数を増やし、“親しみやすいテキサス人”という人物像を前面に押し出して上機嫌でいるという。さらに先日ホワイトハウスは、熱心な聖書原理主義者で“ジョージの母親役”カレン・ヒューズを、米国の広報外交(つまり、海外向けプロパガンダ)を担当する国務次官として再雇用すると発表している。どうやら、ブッシュ政権の“人形遣い”カール・ローブは、FOX、CNN他放送網の手を借りて、さらに大掛かりな印象操作(perception management)で事態を乗り切るつもりらしい。

2005/03/10

ブッシュ大統領:「津波災害援助は米国に利益をもたらす」

ワシントンポスト紙2005/03/09付け記事によれば、ブッシュ政権は、先にライス国務長官が口を滑らせたとおり、スマトラ沖大地震の津波支援が、“アメリカ合衆国は善行を促進する力があるとイスラム圏の人々を説得するための好材料になる(訳注:ホワイトハウス高官の説明)”と期待しているという。

ブッシュ自身はこう言っている:

世界はアメリカに対して違った印象を持ち始めている

"I think the world is beginning to see a different impression of America."

確かに、イタリアのベルルスコーニ首相ブルガリアのパルバノフ大統領は米国に対して“違った印象”を持ち始めているだろうし、危険な牛肉電話で押し売りされた日本の首相も、少々遅すぎた感があるにせよ、自分の恋が片思いであったことに気づく頃かもしれない。しかしブッシュの考えでは、アジアの被災者達にお金を与えると、アメリカが中東で現在進行させている虐殺ゲームのことを、世界が忘れてくれる、ということらしい。

ところで、スマトラ沖大地震の津波災害援助額について、支援額を1,500万ドルと発表したばかりに、国連をはじめとして世界各国から“ケチ”呼ばわりされたブッシュ政権は、“発表するだけならタダ”といわんばかりに、今年2月9日には追加支援額を総額9億5,000万ドルまで釣り上げた

しかし、2月25日付けの国連の発表によると、津波災害支援額(約束ベース)のトップはドイツの6億8.300万ドルであり、アメリカ合衆国の約束支援額は3億5,400万ドルで、今年1月1日に発表された額から変わらず、世界で8番目である

ブッシュ政権は最新の支援額を国連に伝え忘れたのだろうか?あるいは、パウエルが退任間際にコッソリ言い残したように、“発表だけ”で終わるのだろうか?

2005/03/09

カナダ王立騎馬警官4人が麻薬密造犯に撃たれ殉職:「1885年以来の惨劇」

Seattle Post-Intelligencer紙2005/03/05付け記事より。以下に全文を翻訳して掲載。(記事中写真は訳者が追加)

危険になりつつあるカナダだが、治安悪化を扇動する警察国家・日本から見ると、彼等の風土を見習いたいような気もする。

騎馬警官達の死に動揺するカナダ国民(Canadians stunned over Mounties killings)

by ベス・ダフ−ブラウン(AP通信記者):Seattle Post-Intelligencer紙2005/03/05付け記事

カナダ王立騎馬警官

トロント---南の隣国よりもはるかに銃犯罪が少ないことが誇りのカナダにとって、4人のカナダ警官が殺害された事件は国家全体を震撼させている。

半旗が舞う金曜日、過去120年間で最悪の、警官に対する攻撃に立ち向かったカナダ人達のために、バグパイプ奏者は“アメイジング・グレース”を奏でた。4人の騎馬警官は、木曜日に西部地方の小集落にあるマリファナ栽培地を捜査している最中に殺害された。

「カナダ国民はこのような残忍な行為に愕然としており、警官達の死をもたらした暴力行為を糾弾すべく結束している」ポール・マーティン首相は話した。

4人の騎馬警官は、アルバータ州西部の1,300人ほどが住む小集落メイヤーソープにある農場を捜査していた。

広報担当官のウェイン・オークス巡査長の話では、4人の警官と容疑者は、木曜遅くに農場の小屋で発見された。政府当局者がカナディアン・プレスに語ったところでは、容疑者は警官を射殺した後に自殺したとのことである。

「4人もの警官が殉職した事件は近年前例のないものだ」アルバータ州騎馬警官隊のビル・スウィーニィ隊長は言う。「遡ること1885年頃、“ノースウェストの反乱”時代に同じ規模の惨劇があった」

“ノースウェストの反乱”は、ノースウェスト地区で発生し未遂に終わった、先住民による独立戦争のことである。

鮮やかな赤いチュニック(制服)につば広のステットソン帽で知られるカナダ王立騎馬警官は、警察官であり、国家のシンボルでもある。伝説によれば、1873年に設立されたノースウェスト山岳警察がカナダ西部に招聘された際に、先住民達から青い制服を着た米国の騎馬隊と誤認されないように、緋色のチュニックを着たことが発祥だという。

警察の調査によると、容疑者は46歳のジェームズ・ロスコという人物。警察の話では容疑者は多くの犯歴があり、それには違法銃火器の使用や性犯罪も含まれていたとのこと。

リック・オンセク軍曹の話では、木曜日午後に、4人の騎馬警官が無線に応答しなくなったので、2つのSWATチームと周辺地区を管轄する警官達が急行したという。

金曜日、メイヤーソープにあるカナダ騎馬警官隊本部の正面にある旗棒には子供達が花束を供え、バグパイプ奏者の女性は“アメイジング・グレイス”を演奏した。

殉職した警官達が通っていた地元のバーガー・バロン(ハンバーガー店)に務めていたトレイシー・アイサートさんは、花束を供えながら泣いた。「お店で働いていた頃、この人たちを接客してました。ありがとうと言いたかった」彼女は話した。

「ハリウッドならともかく、ここでは滅多にない事件です」アルバート・シャルム市長はCBC放送で話した。「事件は地域を変えるでしょう。カナダの田舎であるこの場所でさえ、人々はより一層ドラッグ問題に注視することになる」

ドキュメンタリー作家のマイケル・ムーアが「ボウリング・フォー・コロンバイン」で指摘したように、この国の大半の地域では、ドアに鍵をかけるような事情は少ない。

連邦政府の統計によれば、2002年度のカナダ国内における銃による殺人事件の件数は152件であったが、同年にアメリカ合衆国では、銃による殺人事件が1万1,829件発生している。カナダの人口はおよそ3,250万人、合衆国の人口は約2億9,300万人である。

カナダで1995年から施行されている銃火器法では、国内の全ての銃火器は登録が義務付けられ、所有するには免許を取得する必要がある。

しかし、近年のカナダは、数百億ドル規模のマリファナ市場を背景に、急増する組織犯罪に取り組んでいる。

「前代未聞であり、言葉にならないほど残念だ」カナダ王立騎馬警官隊のジュリアノ・ザカーデリ長官は声明を出した。「組織犯罪の関与、入手可能な銃火器の拡大、平和と善意に対して暴力と破壊を選択する者たちがもたらす危機により複雑化された深刻な難問を認識しなければならない」

警官達は拳銃のみで武装していた。なぜ警官達がより効果的な支援を得られなかったか、そして4人が1人の容疑者にどうやって殺害されたかを問う向きもある。

殉職した警官は、ピーター・クリストファー・シーマン、アンソニー・フィッツジェラルド・オリオン・ゴードン、リオナイド・ニコラス・ジョンストン、ブロック・ウォーレン・マイロルの4人。

享年29歳のマイロル巡査は、着任してわずか2週間だった。

「彼はカナダ王立騎馬警察とその任務を愛していました」遺族は声明を読み上げた。「我が国は酷く傷ついています。私達は身を尽くして問題に立ち向かった4人の市民を失ったのです」
(以上)

2005/03/08

「戦傷がアメリカン・ドリームに影を落とす」

(西海岸のローカル紙)The Union Democrat紙2005/03/03付け記事より。以下に全文翻訳して掲載。

米退役軍人局は、湾岸戦争症候群に苦しむ退役軍人約20万人の障害年金請求を拒否しつづけている。さらに、ブッシュ政権は財政赤字解消(というよりイラク占領費用捻出のため)退役軍人向けサービスをどんどん縮小しており、2003年度には退役軍人向け医療予算を30億ドルも削減している


戦傷がアメリカン・ドリームに影を落とす(American Dream clouded by war illness)

by エイミー・リンドブロム:The Union Democrat紙2005/03/03付け記事


ビルとアンナ・デルーエン夫妻の息子は、目だった戦傷を負うことなく、湾岸戦争からコロンビア(サウスカロライナ州)に帰還した。

骨折もなく、銃創もなかった。容姿も以前と変わらぬままだった。

しかし、ビル・デルーエン三世は傷を負っていた。

1989年、幸福で健康な27歳のビルは、陸軍に入隊した。

1991年、戦場から帰還したビルは、重い頭痛と、慢性的な下痢、原因不明の熱に悩まされていた。彼はうつ状態になり、信じられないほど疲労しており、悪夢のせいで夜寝付くことが出来ない。ひとたび眠れば、シーツは汗でずぶぬれになった。

退役軍人局の精神科医は、デルーエンの症状をPTSD(心的外傷後ストレス障害)と診断した。ビルは、サダム・フセインの共和国防衛隊を攻撃するために編成された陸軍の秘密部隊に所属していたことから、デルーエンの両親は、息子が枯葉剤や神経ガスを浴びたと信じている。

陸軍を退役して13年経過した今、ビル・デルーエンは懲役16年の刑に服している。2001年、彼は覚せい剤を販売していた容疑で有罪を宣告された。両親の話では、ビルは長年の痛みを抑えるために覚せい剤を使用していたという。

このまま何事もなければ、42歳のビル・デルーエンは2013年に出所することになる。

デルーエンの両親は、すでに夫妻ともに70代中盤だが、50歳になった息子が家に戻るまで生きていたいと願っている。

夫妻は、現在のイラク戦争から帰還する兵士達の両親のために、自身の経験が活かされることを期待している。夫妻のアドバイスは警戒を促している:「見えない病気に注視しなさい」

「気をつけて。隠れた兆候を見逃さないで。帰還した兵士達は酷い状態になっているものなんです」アンナ・デルーエンは涙ながらに語った。

デルーエン夫妻はアメリカ人であることに大変な誇りをもっており、1950年代以来の頑固な共和党員である。ベッドルームの壁には、フレームに入ったロナルド・レーガンの肖像とともに、制服を着た息子の写真が飾られている。

ロシア軍とドイツ軍が激突していた頃のハンガリーから、10代のアンナ・デルーエンは母親と一緒に祖国を脱出した。

「ここに居られることは本当に素晴らしいことだし、夫にとっても息子にとっても、アメリカ人であることはとても素晴らしいことです」アンナ・デルーエンは言う。「もしもハンガリーに留まっていたら、こんな素敵な人生を送ることが出来なかったでしょう。あそこでは今でも人々が苦闘しています」

しかし、アメリカへの愛にも関わらず、デルーエン家は半ば政府に裏切られたように感じている。夫妻の話では、湾岸戦争で化学兵器に侵された退役軍人達に、合衆国政府は十分な支援をしていないという。

「私達の息子は、退役軍人局から、汚れたぼろ切れのように棄てられているんです」アンナは言った。


戦傷者(War wounds)
ビル・デルーエンがソノラに戻った時、彼の腕には大きな赤い湿疹ができていた。夜にはゴールド・スプリングスにある両親の家の玄関に到着したが、悪夢と断続的な頭痛に襲われ寝付くことが出来ず、しばしば救急治療室に担ぎ込まれることもあったという。

ビルは際限のない下痢に苦しみ、痩せていった。不眠と原因不明の倦怠感から、彼は日中に眠るようになった。簡単な事も思い出せなくなり、全身が痛むようになった、と父親は語った。

デルーエン夫妻は何かがおかしいと感じた。息子はそのような病気に罹ったことがなかったので、夫妻は怖くなった。

「息子はもがいていました。私達も四苦八苦していました」アンナ・デルーエンは言った。

ビルとアンナ・デルーエンは、息子を医者や精神科医に診せ、原因を解明できると期待した。ベイ・エリア病院に向かう途中、病気で息子の内臓が破裂寸前になり、オークデイルまでしか到達できなかった。

湾岸戦争に派遣された兵士達に対する何年もの医療調査の結果、連邦政府はようやく湾岸戦争症候群が実在する問題であると認識することになった。

退役軍人局のアンソニー・プリンシピ長官が昨年11月に公表した報告によれば、デルーエンが罹っているような症状をさらに調査するために、今後の4年間に毎年1,500万ドルの費用が必要になるとのことだった。

しかし1991年の時点で、退役軍人局の精神科医はデルーエンをPTSDと診断したので、政府は彼に追加の医療手当てを給付することを渋っている。

当時の米国政府は、神経ガスとの関連が懸念される湾岸戦争症候群の存在を否定していた。その代わりに、政府当局者は、兵士達の障害について単に心理的なものと主張していた。

帰還から数ヶ月が過ぎても、ビル・デルーエンの症状が好転する様子はなかった。彼は仕事に就くことができず、痛みが酷いことから普段の生活にも支障をきたしていたと父親は語った。

ビルはソノラを出て、陸軍入隊前に知り合った女性と一緒になるためストックトンに向かった。

アン・デルーエンの話によれば、彼女と友人達は覚せい剤の常用者だったという。

覚せい剤で痛みを紛らわせることを知ったビル・デルーエンは、途端に重度の薬物依存に陥った。


犯罪(Criminal trouble)
ビル・デルーエンとガールフレンドは、ドラッグを買うために金を盗むようになっていた。彼等は、羊牧場の別荘に忍び込んだ際、保安官代理人達に拘束された。

1993年、4件の第一級住居侵入窃盗の罪で、デルーエンは有罪を宣告された。カリフォルニア州におけるスリーストライク法で、ワンストライクにあたる。カラベラス郡判事は、デルーエンを刑務所に収監する代わりに、薬物依存症の治療のために南カリフォルニアのリハビリ施設に送還することにした。

1年の内に、デルーエンは釈放された。しかし、無職の上、頭痛や他の痛みに苦しみ、再び問題を起こすことになる。

2001年、彼はトゥオルミ郡保安官事務所の情報提供者にドラッグを販売した。販売目的でドラッグを所持した容疑で、彼は有罪となった。

1993年の有罪判決と、ストライク法の影響により、判事から16年の懲役刑を宣告された時、デルーエンは事情を知らなかったという。

判決記録によれば、デルーエンは後に、刑務所内で精神科治療を受けられず、明瞭な思考ができないまま罪を認めてしまったと話している。

1994年から施行されたカリフォルニア州のスリーストライク法に、デルーエン家は賛成票を投じていた。それから、昨年、第66提案に賛成を投じた。非暴力犯罪で収監されている囚人をスリーストライク法の例外とする同法案は、否決された。

「息子は過ちを犯しました。彼も私達もそれは理解します」アンナ・デルーエンは言う。「5年の刑期なら我慢できますが、16年というのは度が過ぎています。息子が刑務所に行くことになった理由は、犯罪というよりも病気のためなのです」

デルーエン夫妻は、息子が出所した時の医療援助と生活費を捻出するために、退役軍人局相手に追加の障害年金を要求するべく、新たに弁護士を雇いいれた。

しかし、デルーエンの有罪記録により、ラ・ホーラ郡退役軍人向け弁護グループのマーク・リップマン氏はクライアントの依頼を完全には楽観視できない。

「政府は、国民を入隊させる時には軍部に最大限の賛美を惜しまないが、戻ってきた退役軍人には誠に不親切なのです」リップマンは言った。


忠誠を忘れない(Remaining faithful)
月に一度、天気の良い日には、デルーエン夫妻はスーザンビルのハイデザート州刑務所に5時間かけて出かけ、息子と数時間を過ごすようにしている。それが終わると、5時間運転して自宅に戻るのだ。

刑務所では、ビル・デルーエンはいくらかの精神的支援を得て、頭痛と悪夢に対しても投薬を受けている。

先日、デルーエン夫妻は、事態の改善のために何かできることがあるかどうか、面会の際に息子に聞いてみたところ、息子は泣いた。

「母さん、気分が悪かったり頭が痛いとき、覚せい剤だと具合がいいんだよ」息子が繰り返す言葉を、アンナは話した。

デルーエン夫妻は、今でも信仰を欠かさず、何か息子が救われることが起きるよう祈っている。

退役軍人局に失望したにも関わらず、夫妻は今でも、政府が息子に手を差し伸べてくれると確信しているという。

「息子は祖国のために喜んで身を捧げました。しかし祖国は息子を切り捨てたのです」アンナは言う。「息子が苦しむ姿をみると心が痛みますが、彼は不平を言いません。この国に暮らせることも、アメリカ国民であることも素晴らしいことです。ただ私は、この国の法廷と政府が、息子を救うために変わってくれることを願っているのです」(以上)


2005/03/07

イタリア人女性記者銃撃事件:誤射?

イラクで、反米武装勢力から解放されたばかりのイタリア人女性記者ジュリアナ・スグレーナ氏の乗った車が、バグダッドで空港に向かう途中に駐留米軍に銃撃され、スグレーナ氏と同乗していた2人のイタリア情報機関員が負傷し、人質解放交渉を指揮した情報部員ニコラ・カリパリ氏が死亡するという事件が発生したが、事実内容を巡り疑惑が噴出している。

これまでに伝えられているところでは、当事者達の説明のポイントは以下のとおりである。(source:英ガーディアン英BBCAP通信インターナショナルヘラルドトリビューン

駐留米軍側の説明
  • 記者らの乗った車は猛スピードで米軍検問所を通過しようとした。
  • 米軍側は警告射撃をおこなった。
  • イタリア人記者人質が解放され空港に向かう旨は、イタリア情報部から米軍に伝達されていなかった。

ジュリアナ・スグレーナ記者の説明
  • 車は通常のスピードで、すでに米軍検問所を数箇所通過しており、空港にあと少しという場所で銃撃された。
  • 装甲車両に乗った米兵が、フラッシュライトをかざしてから、自分達の車に向かって300−400発ほど銃撃をした。
  • 銃撃直後、米兵達はケガ人の手当てをせずに、イタリア情報部員達の武器と携帯電話を没収し、イタリア本国との連絡を1時間以上中断させた。(同乗していたイタリア情報部員は銃撃の最中にベルスコーニ首相官邸と携帯電話で通話しており、米軍が銃撃した事実がリアルタイムで報告されていた
  • イタリア政府当局者は米軍に情報を伝達していた。
エンゾ・ビアンコ議員(イタリア野党党首で情報部監査委員)の説明
  • 事件当日のバグダッドは土砂降りだったので、記者らの車が猛スピードで走行したという米軍の説明は信用できない。

待ち伏せ攻撃?

スグレーナ記者は、武装勢力に拘束される直前、バグダッド近郊のモスクで、米軍の攻撃に遭ったファルージャ住民のインタビュー取材をしていたという。

負傷したスグレーナ記者は、直後のインタビューで奇妙な証言をしている:「(米軍の銃撃を受けて)私はすぐに誘拐犯達の警告を思い出しました。彼等は私を解放すると約束しましたが、“あなたの帰国を望まないアメリカ人が居るから気をつけるべき”と言われました」

米軍はファルージャ攻撃の際、化学兵器を用いたと言われている。ファルージャについて嗅ぎまわるジャーナリストを、駐留米軍が疎ましく思う可能性は否定できない。そして、もしもスグレーナ記者達が皆殺しになっていたら、米軍側は事件を“ザルカウィ容疑者グループの犯行”と簡単に断定できたことだろう。

救出されたジャーナリストがどのような記事を書くか、あるいは書かないのか・・・場合によっては、危機は去っていないのである。

2005/03/04

イラク戦争開戦時、サダムの息子はフセイン政権転覆を図っていた

イラク戦争報道で有名なジャーナリスト、ピーター・アーネットがプレイボーイ誌に語った衝撃の事実。AF通信2005/03/02付け記事を以下に全文翻訳掲載。

米軍のイラク侵攻が始まった頃、米軍情報部はフセイン政権内部に情報源を持っていると伝えられていたが、それはひょっとしたら息子のウダイのことだったのだろうか?ウダイとクサイが射殺された際、戦争中であるにも関わらずクサイは10代の息子を同行させ(戦闘で射殺された)、AK-47sを持ったボディーガードを1人しか連れておらず、軽装だったのも謎だったが、それはあらかじめ米軍との間にフセイン政権崩壊後の体制について何らかの合意があり、油断していたからではないだろうか?

サダムの息子ウダイは父親の政権転覆を図っていた:論議を呼ぶ米国ジャーナリスト(Saddam's son Uday was poised to topple dad : controversial US journalist)

AF通信2005/03/02付け記事

2003年3月、米軍がバグダッドを目指し侵攻している最中、イラクの独裁者サダム・フセインの長男が、父親の政権転覆を目論んでいた---米プレイボーイ誌最新号で、ジャーナリストのピーター・アーネット氏は語っている。

冷酷な性格と派手な生活で知られたウダイ・フセインは、35年続いていたサダムの支配体制転覆のため、父親の軍隊であるサダム・フェダイーンの司令官から支持を取り付けていたことが、発売前にAF通信が入手した米プレイボーイ誌4月号コピーに記されている。

この情報を伝えたのは、2003年のイラク戦争開戦前に、米国の侵攻作戦が失敗すると警告した件で米NBC放送を解雇されるなど、物議を醸したジャーナリストのピーター・アネット氏であり、ウダイ・フセインの側近グループ内部に接近を許され、18ヶ月間に及ぶ調査により判明したという。

問題の記事は、サダム・フェダイーンの司令官、マキ・フムダット将軍が、フェダイーン指揮官であるウダイ・フセインの管理の下、新生イラク政権に忠誠を誓うという2003年3月26日付の手紙を引用している。

手紙はこう伝えている:「閣下(ウダイ)を長として、閣下の指令と命令により新たに政権を確立する件について、我々サダム・フェダイーン部隊の上官達全員に、新政権での閣僚へ加わるという閣下の希望を伝達済みであります」

アーネット氏によれば、手紙の日付と同日に、ウダイは権力の一部を掌握した旨を正式に公表する予定であったが、米国の爆撃により、彼が設立したバグダッドの放送局が破壊されたことで計画が挫折したという。

野心的な相続人ウダイは、自身が率いたオリンピック委員会を隠れ蓑に、不透明な石油取引で資金を得て、イラク首都のバグダッド郊外に影の政府を設立していたという。

アーネット氏によれば、イラク独裁者の長男は、長年に渡る父親の鉄拳支配に苛立ち、国連から経済制裁を受けた件で父親を非難していたという。

「今日まで伝えられることがなかったが、ウダイ・フセインはイラク内部で政権交代を唱えた最大の人物であった」アーネット氏は書いている。

「遡ること10年前、ウダイはゆっくりと権力要素を組み立てていった---軍部と政治家達を集めて、専制的な父親を屈服させるつもりでいた」米軍による2003年3月19日の侵攻開始が近づく中、バグダッドに居たアーネット氏は言う。

しかし、同氏によれば、イラク首都に米軍が迫る中、ウダイのクーデター計画はあまりにも遅すぎたという。

ウダイと弟のクサイは、バース党の軍隊が4月初旬に米軍により破壊されるに伴い、陥落したバグダッドから父親とともに敗走せざるをえなくなった。

ウダイとクサイは、2003年7月22日に、モスル北部の市街で激しい戦闘により射殺され、同年12月にはサダム・フセインも、故郷のティクリートで身柄を拘束されている。

アーネット氏は、ベトナム戦争時の報道でピューリッツア賞を受賞し、湾岸戦争時には米CNN放送記者としてバグダッドから報道していたが、2003年3月末にイラク国営放送のインタビューを受けた件で、NBCから解雇された。

バグダッド陥落の数日前、アーネット氏は米国の戦争計画が失敗するとインタビュー中に語っている。「明らかに、米国の戦争立案者達は、イラクの戦力判断を誤った」彼は語った。(以上)

2005/03/03

「グラウンド・ゼロで大もうけ」byグレッグ・パラスト

英BBC放送のジャーナリスト、グレッグ・パラスト氏の2005年2月23日付けコラムを以下に全文翻訳掲載。(記事中リンクは訳者による。)(このコラムの原文はInTheseTimes誌2004/05/12付けコラム「Fear for Sale」

金で買えるアメリカ民主主義

文庫本で読めるグレッグ・パラスト氏のベストセラー「金で買えるアメリカ民主主義(The Best Democracy Money can buy)」

以下のコラム中に登場するチョイスポイント社は、今年2月になって、保有する顧客の財務・社会保険番号などの個人情報14万5,000人分を、個人情報窃盗組織に販売していた事実が発覚し、一気に知られることになった企業である。

しかも顧客の個人情報横流しが公表される直前、株価暴落を予測した同社の経営幹部達は、自身が所有する自社株を売り抜けていたことも判明し、批判にさらされている。まさしく、ブッシュ大統領の支援企業にふさわしい振舞いである。



グラウンド・ゼロで大もうけ(Ground Zero as Profit Center)

by グレッグ・パラスト:公式サイト2005年2月23日付けコラム


本日(2005年2月23日)、ニューヨーク市は911同時多発テロ被害者の遺骸の特定作業を停止した。類まれなる惨事の結末を飾るこの悲劇的な物語の中には、テロの恐怖から手っ取り早く金を稼ぎ出す方法を見つけた者達についての記述はない。さあ、金の流れを追うとしよう・・・


2001年9月11日、デレク・スミス氏にとってそれはラッキーな日だった。、DM(マンハッタンの惨事:Disaster Manhattan)と記されたチューブには、辺り一面に散らばった人間の欠片が詰まっていた。スミス氏の会社の仕事は、そのチューブの中身からDNAを抽出し、被害者を特定することであり、ニューヨーク市はその業務に1,200万ドルを支払うことになっていた。

他の多くの人々同様、無実の友人や同胞達が惨殺された事実を前に、スミス氏が悲嘆に暮れ、恐怖に怯え、悲痛な面持ちでいたことは疑うべくもない。1,200万ドルの死体確認料金に関しても、ほんの4年前に設立したばかりで40億ドルの資産を誇るスミス氏の会社、ジョージア州アトランタ郊外アルファレッタに本拠を構えるチョイスポイント社(ChoicePoint)から見れば、たいした額でもない。

合衆国内に流通する生死情報150億件以上の記録を扱うチョイスポイント社にとって、グラウンド・ゼロは、まさしく金に縁取られた利益センターとなった。チョイスポイント社がジョージ・W・ブッシュのために、他の有権者が決してやらないことをやってのけたという事実も、テロとの戦争という熱狂から溢れ出す業務契約を損なうことはない。チョイスポイント社は我が国の大統領を選んだのである。

そのやり方はこうだ。2000年の大統領選挙前、チョイスポイント社の子会社であるデータベース・テクノロジー社は、フロリダ州務長官キャサリン・ハリスの監督の下、400万ドルに及ぶ政府との業務契約を競争入札なしで獲得し、選挙登録人リストに違法登録された重罪犯を特定する業務を行った。チョイスポイント社は総計で94,000人のフロリダ住民を選び出した。後に判明したところでは、その住民リストの中で、実際に重罪犯歴があったのは3,000人以下であり、リスト中の住民のほとんどは投票する権利を保持していたわけだ。権利を剥奪された数万もの市民には、無実である他にも共通項があった:そのリストに掲載された大半の人が、アフリカ系アメリカ人と南米系アメリカ人であり、民主党支持者が圧倒的多数を占めていたのだ。このリストは大統領選挙の勝敗を決定付け、キャサリン・ハリスは、僅か537票差でブッシュを選挙の勝者と宣言したのである。

2億7,000万人の容疑者
しかし、チョイスポイント社の保有するアメリカ市民情報が戦時の武器になる為には、合衆国が過激な変化を遂げる必要があった。その変化はブッシュ大統領により宣言された。9月11日、アメリカ国民は皆、過酷な攻撃の犠牲者となったのである。

しかし9月12日には、国民全員が容疑者になった。

航空機をハイジャックした米国民は1人もいなかったが、ブッシュ大統領とアッシュクロフト司法長官は、米国愛国法(USA PATRIOT Act)に条文化された権力により、米国市民2億7,000万人全てを監視、調査、追跡、観察の対象にしたのである。

チョイスポイント社を単なる“データ”企業として扱ってしまえば、同社のマーケットコンセプトを完全に誤解することになる。彼等は恐怖産業の住人なのだ。秘められた危機があらゆる場所で潜行している。アル・カイダなんて氷山の一角だ。ピザの配達人は怪しくないか?---チョイスポイント社はただちに調査を行い、ピザ配達人の25%が刑務所帰りであると発表した。「あなたの好きなピザは?」スミスCEOは問いかけた。「ピザのお値段は?皆さんはリスクを背負う覚悟がありますかな・・・?」

戦争の熱狂は、恐怖産業に新たな市場をもたらしたのだ。

ハリウッドでは、ジャック・ニコルソンが時代精神を体現してみせた:「もし私がアラブ系アメリカ人なら、自分で当局に申し出るよ。市民権なんて主張してる時じゃないんだ(If I were an Arab American I would insist on being profiled. This is not the time for civil rights.)」I imagined hardened pillboxes on Malibu beach.(訳注:ジョークがうまく訳せないので原文ママ)

ひょっとしたらジャックは正しいのかもしれない:人権なんて放棄しろ、国民は安全が欲しいんだ。

待てよ、ジャック、我々はキューバ危機を経験した年寄りの愚か者じゃないか。1962年、ロシア人たちは我が国に対して“でかい奴”で攻撃するつもりでいた。しかし、我々は心配する必要もなかった。ゴードン先生が教えたとおり、机の下にもぐって、首を隠せばいい。先生が警告したとおり、“閃光を見つめない”限り、全て問題ないということだった。

チョイスポイント社のDNA情報にFBIの“CODIS”ファイル、データ収集に“テロ情報認知システム(Terrorist Information Awareness)”・・・新たな“伏せて隠れろ(Duck and Cover)”作戦というわけである。これで本当にアメリカは安全になっているのだろうか?

チョイスポイント社のスミス氏が忠告するとおり、9月11日、空港に彼のデータベースが導入されていたなら、実名を使っていたハイジャック犯達は、搭乗を拒否されたことだろう。しかしながら、専門家の話によれば、オサマ・ビン・ラディンは、マイレージサービスが無駄になったとしても、もはやチェックイン時に“ビン・ラディン”とは名乗りそうもないということだ。

それでもなお、我等が大統領が言うには、全アメリカ国民とベネズエラ国民の精子サンプルを収集し、空港で靴を脱いで、誰が拘束されて収監されているかという質問をせず、あるいは契約金額についても決して疑問を持たずにいれば、サウジ人ハイジャック犯からも、赤ん坊泥棒からも、他の連中・・・それが誰であろうと、我々は安全に暮らせるらしい。

憶えておこう。閃光を見つめてはいけない!(以上)

2005/03/02

米軍兵士と合成麻薬MDMA

米海軍横須賀基地の兵士達が、合成麻薬MDMA(通称エクスタシー)使用により除隊などの処分を受けていた事件で、在日米海軍司令部は「一度でも薬物を使った乗員には厳罰で臨む」としているが、こうした在日米軍による薬物の国内流通は、今後も大幅に拡大する可能性がある。

2001年11月、米国の食品医薬品局(FDA)は、合成麻薬MDMAをPTSD(心的外傷後ストレス障害)患者の治療手段として処方し、経過を調査する研究計画を承認しているが、アフガニスタン・イラクから帰還し、PTSD症状に苦しむ米軍兵達も、今年から被験者としてこの治療実験に加わっている

MDMA処方の実験を主導するマイケル・ミソファー医師によれば、戦闘ストレスが原因でPTSDに陥った兵士達にMDMAを処方することにより、心理的障壁を取り除き、治療にあたるセラピストに対しても戦場での体験を話し易くなるなどの効果が期待されているという。

USAtoday紙2005/02/28付け記事によると、アフガニスタンとイラクに従軍し帰国した米軍兵士の内、すでに24万4,054人が除隊し、1万2,422人がPTSD症状により米退役軍人局のカウンセリングを受けている。米国では戦闘を経験した退役軍人の約30%がなんらかの精神障害を抱えるというから、米政府にとって軍人向けPTSD治療体制の確立は急務であり、MDMAなどの薬物による治療法が本格承認されるのも時間の問題だろう。

アフガニスタン・イラクの戦場から帰還した米軍兵士達にとって、退役後の仕事を見つけるのは至難の業である。そして、イラクの戦闘には沖縄駐留の海兵隊からも多くの兵士が派遣されている。戦場から帰還した彼等が、沖縄の米軍基地内医療施設で、PTSD治療の為にMDMAを処方されることが日常となり、退役後の蓄えのためにその薬物を国内流通させるようになった時、私達は薬物汚染を嘆くと同時に、戦争の影に恐怖し、たいした調査も討議もせず戦争支持を表明した日本という国家にあらためて愕然とするのだろう。

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