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2005/03/04

イラク戦争開戦時、サダムの息子はフセイン政権転覆を図っていた

イラク戦争報道で有名なジャーナリスト、ピーター・アーネットがプレイボーイ誌に語った衝撃の事実。AF通信2005/03/02付け記事を以下に全文翻訳掲載。

米軍のイラク侵攻が始まった頃、米軍情報部はフセイン政権内部に情報源を持っていると伝えられていたが、それはひょっとしたら息子のウダイのことだったのだろうか?ウダイとクサイが射殺された際、戦争中であるにも関わらずクサイは10代の息子を同行させ(戦闘で射殺された)、AK-47sを持ったボディーガードを1人しか連れておらず、軽装だったのも謎だったが、それはあらかじめ米軍との間にフセイン政権崩壊後の体制について何らかの合意があり、油断していたからではないだろうか?

サダムの息子ウダイは父親の政権転覆を図っていた:論議を呼ぶ米国ジャーナリスト(Saddam's son Uday was poised to topple dad : controversial US journalist)

AF通信2005/03/02付け記事

2003年3月、米軍がバグダッドを目指し侵攻している最中、イラクの独裁者サダム・フセインの長男が、父親の政権転覆を目論んでいた---米プレイボーイ誌最新号で、ジャーナリストのピーター・アーネット氏は語っている。

冷酷な性格と派手な生活で知られたウダイ・フセインは、35年続いていたサダムの支配体制転覆のため、父親の軍隊であるサダム・フェダイーンの司令官から支持を取り付けていたことが、発売前にAF通信が入手した米プレイボーイ誌4月号コピーに記されている。

この情報を伝えたのは、2003年のイラク戦争開戦前に、米国の侵攻作戦が失敗すると警告した件で米NBC放送を解雇されるなど、物議を醸したジャーナリストのピーター・アネット氏であり、ウダイ・フセインの側近グループ内部に接近を許され、18ヶ月間に及ぶ調査により判明したという。

問題の記事は、サダム・フェダイーンの司令官、マキ・フムダット将軍が、フェダイーン指揮官であるウダイ・フセインの管理の下、新生イラク政権に忠誠を誓うという2003年3月26日付の手紙を引用している。

手紙はこう伝えている:「閣下(ウダイ)を長として、閣下の指令と命令により新たに政権を確立する件について、我々サダム・フェダイーン部隊の上官達全員に、新政権での閣僚へ加わるという閣下の希望を伝達済みであります」

アーネット氏によれば、手紙の日付と同日に、ウダイは権力の一部を掌握した旨を正式に公表する予定であったが、米国の爆撃により、彼が設立したバグダッドの放送局が破壊されたことで計画が挫折したという。

野心的な相続人ウダイは、自身が率いたオリンピック委員会を隠れ蓑に、不透明な石油取引で資金を得て、イラク首都のバグダッド郊外に影の政府を設立していたという。

アーネット氏によれば、イラク独裁者の長男は、長年に渡る父親の鉄拳支配に苛立ち、国連から経済制裁を受けた件で父親を非難していたという。

「今日まで伝えられることがなかったが、ウダイ・フセインはイラク内部で政権交代を唱えた最大の人物であった」アーネット氏は書いている。

「遡ること10年前、ウダイはゆっくりと権力要素を組み立てていった---軍部と政治家達を集めて、専制的な父親を屈服させるつもりでいた」米軍による2003年3月19日の侵攻開始が近づく中、バグダッドに居たアーネット氏は言う。

しかし、同氏によれば、イラク首都に米軍が迫る中、ウダイのクーデター計画はあまりにも遅すぎたという。

ウダイと弟のクサイは、バース党の軍隊が4月初旬に米軍により破壊されるに伴い、陥落したバグダッドから父親とともに敗走せざるをえなくなった。

ウダイとクサイは、2003年7月22日に、モスル北部の市街で激しい戦闘により射殺され、同年12月にはサダム・フセインも、故郷のティクリートで身柄を拘束されている。

アーネット氏は、ベトナム戦争時の報道でピューリッツア賞を受賞し、湾岸戦争時には米CNN放送記者としてバグダッドから報道していたが、2003年3月末にイラク国営放送のインタビューを受けた件で、NBCから解雇された。

バグダッド陥落の数日前、アーネット氏は米国の戦争計画が失敗するとインタビュー中に語っている。「明らかに、米国の戦争立案者達は、イラクの戦力判断を誤った」彼は語った。(以上)

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