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2005/04/30

失われたベトナム戦争の教訓

ピッツバーグ・ポスト・ガゼット紙2005/04/29付け記事を以下に全文翻訳して掲載。(記事中リンクは訳者による)

失われたベトナム戦争の教訓(Vietnam's lost lessons)

ほとんどの米国の高校歴史課程は30年前の戦争について未だ教えていない

by マイケル・A・フーコ:ピッツバーグ・ポスト・ガゼット紙2005/04/29付け記事

悲惨な紛争の結末を告げるイメージとして、サイゴンのアメリカ大使館の屋根からアメリカ人や南ベトナム人たちがヘリコプターで脱出する際に見せた恐怖と混乱ほど、戦争論議にふさわしいものはないだろう。

最後の脱出者が海外に出て4時間後、南ベトナム政府はベトコン(ベトナム共産勢力)に対する無条件降伏宣言をした。長い間多大な犠牲を生んできた戦争は終わった。

その終戦から明日(4月30日)で30年目を迎えるが、戦争における不名誉な結末について、大規模な追悼が行われないのは無理もないだろう。

理解し難いのは、教育関係者の多くが言うように、アメリカ合衆国の政策、社会、文化に深刻な影響を与えたあの戦争の教訓について、なぜ充分に米国の学校で検証されないのだろうということである。

そして、ベトナムにおける犠牲者や、成功と失敗に関する知識不足が、アメリカの若者を駄目にしているのではないか。

スティーブ・ジャクソンもそれを恐れている。

ペンシルバニア州のインディアナ大学で政治学教授を務めるジャクソン氏の説明によると、彼が開講しているアメリカ政治学入門コースに籍を置く学生のほとんどが、ベトナム戦争とその教訓について全く知らないという。イラクへの介入が続く現在は特に、ジャクソン教授はそうした無知を問題視している。

「高校の世界史の課程において、先生達は第二次大戦までは話すが、そこで学年は終わってしまうことがしばしばです」教授は言う。「あいにくのところ、高校の教育課程では、教育委員会が要求するとおり、授業の明確性が重視されますので、微妙な立場については求められないのです。善悪だけが求められるわけで、第二次大戦の物語などは好都合でしょう」

「ベトナム戦争については、教えるとしたらとても複雑な問題なので、高校教師はそれを敬遠する傾向にあるのです」

教授はそれを、全く残念な事態であると話す。なぜなら、生徒達は「同時代への適応性を欠きつつあります。それは物事を批判的な目で見る能力であり、アメリカが戦争で負けることもあると知ることは重要です」

「多くの点で、91年の湾岸戦争や、コソボ紛争への介入などは、第二次大戦の感覚そのものでした」教授は言う。

「疑問が呈されるべきです。最高権威など存在しないし、我が国は全知全能ではないのです」

ジャクソン教授は、自分の講義を通して、ベトナム戦争に関する知識がほとんどない生徒達が、その紛争内容や、それに関わる微妙な立場について興味を持つようになったことを学んだ。

ウェスト・バージニア大学でジャーナリズムを教えているジョージ・エスパーも、同じ体験をしている。彼は元AP通信記者で、ベトナム戦争の報道を行った人物である。

講義の大半は、第一次大戦以降の戦争報道に関するものだが、エスパー氏によると、生徒の興味を最も惹いているのは、ベトナム戦争であり、生徒達はその予備知識がほとんどなかったという。

講義では、口頭でのプレゼンテーションのトピックは自由に選択できるが、生徒のほとんどはベトナム戦争を課題に選択するという。

「彼等は戦争報道に深い興味を持っています。彼等にとってベトナム戦争は新鮮な話題なのです。ベトナムについて取り上げれば、多大な興味を惹くことができます。生徒はベトナム戦争に最も興味があるのです」エスパー氏は説明する。

エスパー氏は最後までベトナムに留まった報道記者の1人で、大量脱出後5週間経過してから脱出している。

エスパー氏は講義の際、かつての報道記者仲間であるピーター・アーネット、デビッド・ハルバースタム、「ワンス・アンド・フォーエバー(We Were Soldiers Once and Young.)」の著者ハロルド・G・ムーア等を招いている。

「私が教えているのは、ベトナム戦争は戦争報道史上最もオープンなものであり、情熱とスタミナ、勇気があれば何処でも取材に行けたというものです」

「ベトナム戦争報道が成功した理由は、事実とそのアクセスであり、私達が政府に説明責任を求める報道記者の第一世代であったということです。今では大きく様変わりし、(報道界は)別方向に向かっていますが」エスパー氏は言う。

現在、エスパー氏は他の報道記者と再度集まるためにベトナムに居る。彼はまた、ウェスト・バージニア大学ジャーナリズム学部代表として、ベトナムとパートナーシップを組んで報道訓練プログラム開発に取り組んでいる。

教育、経済、文化面で合衆国とベトナムが連携しつつある今日、ベトナム戦争は「どの戦争よりも多くの苦悩と記憶を残し、30年経過しても歴史に醜悪なページを留めているので、多くの人々はそれを忘れることを選択している」とエスパー氏は語る。

そして、エスパー氏は、そうした選択を間違いだと指摘する。

ピッツバーグ公立学校地区市民教育課程担当官のレイ・マックレーンが言うような、ベトナムの教訓を生徒に教えることは不可欠という意見には、エスパー氏も議論の余地はないという。

ピッツバーグで20世紀歴史課程を学ぶ年少者は、ジャクソンやエスパーの提唱するような、ベトナム戦争や他の過去100年間に起きた重要事件について分析的な教育を受け始めている。

「ベトナム戦争は痛ましく悲しい事件であり、私達はそこから学ぶべきことがあります」42年間教育界に携わるマックレーンは言う。「絨毯の下に隠すような真似をしてはいけません。成功と失敗について文字通り考えるべきです。傷と汚れの違いや、情熱と財政のトレードオフなど、私達はベトナムから学ぼうとしているのです」

「私達は、生徒達に、当時の人々の身になって、その頃の認識について考えさせようとしています。そうした方法は生徒達が経験できるもっとも大切な歴史的手法なのです」

さらに、マックレーンによれば、教師たちは生徒の興味を惹くための基礎情報源として、ベトナム退役軍人達の協力を得て、授業で体験を語らせたり、従軍日記について議論をしているという。

「自分達と何ら違いのない実在した人々についての授業です」彼は言う。「時間をかける価値ある仕事ですよ」

他にも、時間をかける価値ある仕事はある。明日(4/30)、ベトナム退役軍人アメリカ基金(Vietnam Veterans of America Foundation)オンラインで戦争記録を公開し、兵士個人や、家族、友人等、戦争に関わり影響を受けた人々の個人的な体験を配信する。

そして、スミソニアン歴史博物館は、新たに恒久展示として「自由の代償:アメリカ人と戦争(The Price of Freedom: Americans at War)」を開始するが、それは今月初旬に全米44州から700人が出席してピッツバーグ・ヒルトンで開催された全国歴史教育協議会のセミナーによって提起されたものである。

ベトナム戦争の展示では、実際のイメージと言葉を伝える当時のニュース映像で、紛争から分裂していくアメリカを伝えている。

また、ベトナム戦争の展示には、戦場から戦傷者を運んだヒューイ・ヘリコプターも含まれている。

30年前に、アメリカ人達を乗せ、乗客超過になりながら街を脱出したそのヒューイ・ヘリコプターは、決して忘れてはならないあの戦争から、ようやくそこにたどり着いたのであった。
(以上)

2005/04/26

「戦争の苦痛」byボブ・ハーバート

ボブ・ハーバートのNYタイムズ紙連載コラム2005/04/25付版を以下に全文翻訳して掲載。(文中リンクは訳者による)

戦争の苦痛(The Agony of War)

by ボブ・ハーバート:NYタイムズ紙2005/04/25付けコラム

「美しく、素晴らしく、常に新鮮で驚きに満ち、甘美で絶えることなき恍惚、その最たるものは善行である。」

---シモーヌ・ヴェーユ(哲学者)

「もはや疑いの余地はない。今、神の両手は塞がっているのだ。」

---テッド・オズワルド牧師、マーラ・ルジーカの葬儀にて

マーラ・ルジーカさん遺影

マーラ・ルジーカさん(2005年4月16日死亡、享年28歳)支援活動の傍ら、ルジーカさんはイラクで市民犠牲者数を記録していた

2003年に起きた恐ろしい出来事の最中、米軍の誤射によりロケット攻撃に遭った車の中に居たイラク人女性が、二人の子供---幼児と小児を窓から放り出した。女性と残りの家族は、黒煙と残骸の中で死んだ。放り出された二人の子供の内、ザーラという名の小児は酷い火傷を負い、2週間後に亡くなった。

もう1人の子供、ハラーという名の幼児の怪我は、それほど酷くはなかった。その子は最近、カリフォルニア出身の若き人道活動家マーラ・ルジーカの膝の上に座っているところを写真に収められた。ほんの1週間ほど前、そのマーラ・ルジーカは、バグダッドで乗っていた車両が自爆テロ攻撃に遭い、炎に包まれた残骸の中で死んだ。

米軍のイラク侵攻がもたらしたイラク市民の死傷者達の大半は、普通のアメリカ人の意識から注意深く排除されている。ブッシュ政権も、そうした話題を避けている。死んだ子供達の話題を肯定的に情報操作することはできないからだ。

報道業界に関しては、戦争で苦しむ市民について報じるよりは、楽な話題がたくさんある。戦争の話題を嫌うあまり、浮かれた報道陣はローマ法王の死と後継者の問題に没頭し、躁状態のメディア界はマーサ・スチュアートやマイケル・ジャクソンの動向に夢中で、戦争とは対極の話題に走っている。

何万ものイラク市民の救済なき苦悩に興味を示すメディアはほとんどない。そうした話題は厄介であり、世論を動揺させる類の戦争のイメージや情報から、アメリカ国民を守るという考えが支配的だ。戦争を仕掛ける国家としては、戦争に対して国民にあまり狼狽してほしくないのである。

そんなわけで、罪もなき市民の家にアメリカ製の爆弾が誤って落ち、家族を皆殺しにしていても、米国民が知る由もない。イライラした兵士が無差別に銃撃し、全く脅威でない男女や子供達を死傷させる事態が頻繁に起きていても、米国民の耳には届かない。平和と自由の名の下に、多くの子供達が、様々な場面で、銃撃され、焼かれ、吹き飛ばされて死に至っても、米国民はそうした話題をあまり聞くことがない。

去る者は日々に疎し。(Out of sight, out of mind.)

この戦争が市民に強いている犠牲に対するそうした恐るべき無関心こそ、28歳で死んだルジーカさんが、個人として可能な限り犠牲者を記録しなければと思い立った理由であった。彼女は、最も危険な地域の家々をまわりながら、死傷した市民の情報を記録していった。ルジーカさんは、戦争がもたらす酷い苦痛をアメリカ国民は知っておくべきで、その苦痛を和らげるために私達は何かをする義務があると堅く信じていた。

ルジーカさんの最終目標は、バーモント州上院議員パトリック・リーヒーも求めているように、合衆国政府内の、おそらくは国務省の一部局において、米軍の軍事行動による市民の犠牲者数を記録する体制を確立させることであった。そして、その情報を広く公開させる。犠牲者家族、遺族に対して賠償を行い、今後の軍事行動で市民の犠牲者を最小にとどめるための研究材料に活かすのだ。

戦争は常に悲劇であり、深い苦痛を伴う。愚か者達は、いい加減な理由付けで戦争を華美に粉飾したがるが、現実の戦場は常に理不尽な流血に満ちており、肉体を蝕み、肉体的・精神的に不具となった者は生涯の傷を負うのである。

故郷のカリフォルニア州レイクポートで行われたルジーカさんの葬儀には、600人以上が参列した。参列者の中には、ベトナム退役軍人アメリカ基金(Vietnam Veterans of America Foundation)の委員長ボビー・ミューラー氏の姿があった。元海兵隊員として、ミューラー氏は戦争の苦痛を知っている。ベトナムで背中を撃たれ、彼の脊髄は切断された。

参列者を前に、ミューラー氏は語った。「個人こそがこの世界をおおいに変えられるということを、マーラは示してくれました。彼女の人生は紛争における無実の犠牲者達に捧げられましたが、まさしく彼女もその1人となったのです」
(以上)

2005/04/24

新ローマ法王とブッシュ家の意外な接点

Newsday2005/04/21付け記事によれば、1999年にスイスで設立された「異教間・異文化における研究と対話基金(The Foundation for Interreligious and Intercultural Research and Dialogue )」創立メンバーに、ブッシュ大統領の実弟ニール・ブッシュと新ローマ法王(当時はラツィンガー枢機卿)ベネディクト16世が名を連ねていたということだ。兄と違い宗教活動に無関心といわれるニール・ブッシュがなぜこのような海外の宗教基金に加わったのかについて、同基金側は説明を避けている。

ところで、どういうわけか、ベネディクト16世とブッシュ家の間には、以下のような面白い相似点がある。

ナチスとの関係:
新ローマ法王ベネディクト16世は、第二次大戦中に悪名高きヒットラー青年隊に入隊していた。一方でブッシュ大統領の祖父プレスコット・ブッシュは、第二次大戦中にナチスの資金を運用し、現在まで続くブッシュ家の莫大な資産の礎を築いている。
性的虐待事件との関係:
カソリック神父による児童への性的虐待事件が世界中で報道され始めてから、バチカンは世界中のカソリック司教に向けて事態の隠蔽を指示したが、その隠蔽工作で主要な役割を果たしたのが当時のラツィンガー枢機卿だった。1989年、ホワイトハウス周辺で児童買春ネットワーク疑惑が発覚した際、現大統領の父ジョージ・H・W・ブッシュ大統領もまた疑惑の渦中に居た

過去の相似性だけでなく、ブッシュ家とベネディクト16世は、2004年において素晴らしい連携も見せている。

2004年のアメリカ大統領選挙の際、新ローマ法王(当時はラツィンガー枢機卿)は、アメリカ国内カソリック教徒に対して「妊娠中絶権支持派(暗にケリー候補を指す)には投票すべきでない」と呼びかけた。その結果、大量のカソリック票がブッシュ陣営に流れ込むことになった。

1999年、共に同じ宗教基金創立者として名を連ねて以来、ニール・ブッシュと新ローマ法王が個人的な関係を築いていたかどうかは不明である。事実はこれだけ:2004年にブッシュ支持をした人物は、翌年にローマ法王になった。

2005/04/23

ブッシュと石油と大言壮語

2000年、デトロイトで遊説中のジョージ・ブッシュ大統領候補の発言:

「私なら、OPECにいる友人たちを説得して、(石油の)蛇口を開けさせて供給量を増やしてみせましょう」

"I would work with our friends in OPEC to convince them to open up the spigot, to increase the supply"


2005年、ジョージ・ブッシュ大統領の発言:

「魔法の棒を振るだけで明日にでも石油の値段を下げられるのなら、そうしたいね」

"I wish I could simply wave a magic wand and lower gas prices tomorrow; I'd do that"


OPECに居るはずのブッシュの友人は、一体何処に行ったのだろう?
(source:ヒューストンクロニクル紙2005/04/20付け記事

2005/04/21

米国労働事情:拡大する収入格差

米自動車メーカーのフォード社のCEOで、創業者のひ孫であるビル・フォード・ジュニア氏は、2004年度に総額でおよそ2,200万ドル(約23億5,026万円)を経営業務の報酬として受け取った。前年比でいえば52%もの上昇という気前の良さである。一方で同社は、2005年度に米国内の事務系社員を1,000人解雇すると発表した

クビになるフォード社の従業員達は、何か経営者を困らせることをやらかしたわけではないらしい。アメリカのビジネス現場で今、何が起きているのか?このあたりの事情を簡単にまとめたCenter for American Progressの記事を以下に翻訳引用しておこう。

保守政権下で一層苦しむ米国の労働者(American Workers Hit Hard Under Conservative Leadership)

Center for American Progress 2005/04/12付け記事

経済成長下で企業利益とCEOの給料が急上昇しているにも関わらず、昨年度の米国労働者の賃金上昇率は過去14年間で初めて減少を記録した。2004年度と2005年度初頭の賃金上昇は物価上昇に追い越され、すでに住宅費、光熱費、医療費の上昇に苦しむ中産階級を苦しめている。同じ時期に、米国企業は労働者の給与を引き上げることなく生産性を向上させ、記録的な利益を迎えることとなった。

企業のCEO達の報酬額が過去最大となっているときに、米国内労働者は生活基盤を失いつつある。
2004年度における賃金上昇率は2.5%、物価上昇率は2.7%であった。一方で、ウォールストリートジャーナル誌の調査によれば、同時期における企業CEOの報酬額は過去2年間の内に少なくとも14.5%上昇し、中央値は247万600ドル(約2億6,600万円)となっている。現金支払いによる報酬額は“1989年に調査を開始して以来最大の上昇率”を記録したとのことである。
医療費とガソリン代の急騰に米国民が苦しんでいるこの時代に、医療業界と石油業界は山賊のように振舞っている。
全米退職者協会(AARP)の調査によれば、人気の高いブランド系処方薬の仕入れ値は2004年度に平均7.1%上昇したが、これは“平均インフレ率の2倍以上となっている。”さらに調査によると、石油企業のCEOが2004年度に稼いだ報酬の中央値は1,660万ドル(約17億8,700万円)で、業種別の経営者報酬額でトップとなった(前年比109%の上昇率)。一方で、今週のガソリン代平均値は1ガロン2ドル28セントとなり、1年前から49セント値上がりしている。(引用以上、以下略)

2005/04/19

アメリカ:貿易赤字額の約1/3は米企業による海外工場からの製品輸入が原因

CNN2005/04/11付け記事で、米国の貿易赤字に関する面白いニュースが掲載されている。以下に同記事の冒頭部分を翻訳して抜粋。(記事中リンク・強調は訳者による)

貿易赤字:メイド・イン・USA(Trade gap: Made in the USA)

貿易赤字額の約1/3は米企業による海外工場からの製品輸入が原因(Study: About a third of the trade gap is due to imports from foreign-based units of U.S. companies.)

by クリス・アイドア(CNN金融担当記者):CNN2005/04/11付記事

ニューヨーク:貿易赤字の原因を探る米国企業は、鏡を覗いて見る必要がある。

マッキンゼー・コンサルティングのシンクタンク部門であるマッキンゼー・グローバル研究所の調査報告によると、仮に米国企業が海外工場からの輸入を廃止するならば、現在米国の抱える貿易赤字額のおよそ1/3は、解消されるとのことである。現在の貿易赤字額は各国間の貿易と資本の流通を測るおおまかな基準としてとらえられている。

「広範囲に拡大する貿易赤字額は、単に強力な米国企業の活動領域の国際性と成功を反映しているに過ぎない」最近公開された研究報告はそう記している。「例えば、自動車メーカーはメキシコで組み立てた車を輸入しているし、銀行はインドでコールセンター業務を行っており、これらが貿易不均衡をさらに加速させているが、同時に米国内の顧客や企業、株主にとって重要な価値を創造しているのである」(以下略)


つまり、米国にとって貿易赤字の拡大は米国式企業経営の成功の証というわけだ。なんと画期的な主張!

今年2月の時点で、米国の月間貿易赤字額は610億3,600万ドル(約6兆5,573億円)とまたしても過去最高記録を塗り替えている。

しかし、こうしたネガティブな統計値に関して、マッキンゼーはとてもユニークな主張を展開している。曰く、「貿易赤字はその問題性が誇張され過ぎなので、米国政府は貿易活動を測るために、所有権ベースで(ownership-based)貿易統計を見直し、製品が作られた場所ではなく、製品がどの国の企業に所属しているかを鑑み、新たな指標を用いるべき」であるという。(マッキンゼーの主張によれば、「米国企業の海外営業を問題視することは何の救いにもならず、本当の問題から目を逸らせている」のであり、「ワシントンで行われている無責任な支出増大」こそが、合衆国の経済的繁栄に対して遥かに大きな脅威とのこと。しかし、こうした米国の国際的大企業の大半が連邦税を全く支払っていないという事実は充分脅威だと思うが・・・)

米国産牛肉輸入再開問題をマッキンゼー流に解決するとしたらどうなるか?

まず、米国は国内の牛肉生産を全面廃止する。日本側は、新たに米国種の牛肉を日本型経営の下で国内生産し、全頭検査を行う。米国企業はその日本産米国牛肉を大量輸入し、米国企業のラベルを付けて米国消費者向けに販売すれば良い。(牛丼チェーンは米牛肉を国内で調達することになる。)日本産牛肉の輸入が拡大して米国の貿易赤字がさらに上昇したら、それは米農業ビジネスの成果であり、米農務省は勝利宣言をすべきなのだ!より安全な牛肉を食べられるので、日米両国の消費者も大喜びに違いない!

高額な日本産米牛肉の輸入を渋る米ファーストフードチェーンには、栄養豊富な臓物を食材として導入させるべく、科学的知見に基づいた説得を試みることも大切だ。2005年2月の時点で、米国は日本から7,020億ドル(約75兆4,584億円)を借金している。ブッシュ大統領に「私は毎日ホワイトハウスでモツ焼きを食べているよ」とムリヤリ言わせてみても良いだろう。

ところで、2004年度に米国企業はおよそ40万6,000人分の仕事を中国やインドなどの諸外国に移転したということだ。企業の海外アウトソーシングにより失業した米国の労働者達は、マッキンゼー流では何と呼ばれるべきだろう?

2005/04/14

「連中に爆弾を食わせてやれ」byテリー・ジョーンズ

terryjones

テリー・ジョーンズ最新著作『Terry Jones's War On The War On Terror

英テレビ界伝説のコメディ番組、『モンティ・パイソン』で活躍した1人、テリー・ジョーンズ氏の最新コラムを以下に全文翻訳して掲載。(文中リンクは訳者による)

(関連投稿:米軍の侵攻から2年:数字で知るイラクの現状

連中に爆弾を食わせてやれ(Let them eat bombs)

イラクで栄養失調の子供が倍増という不可解

by テリー・ジョーンズ:英ガーディアン紙2005/04/12付けコラム

ジュネーブで開催される国連人権委員会のために用意されたレポートによれば、イラクの子供にとっては、現在よりもフセイン政権時代のほうがマシだったと結論づけているそうだ。

ジョージ・ブッシュやトニー・ブレアのような、高いところから爆弾を落として街を破壊したり病院や学校、発電所を吹っ飛ばしたりすることが、子供の成長に最良であると信じている人々にとって、この報告はもちろん、手痛い一撃となる。

今になって明らかになったところでは、米国主導のイラク攻撃の結果、イラクの子供達の生活状況は改善するどころではなく、5歳以下の子供で栄養失調に陥る人数は、不可解なことに倍増している。サダム政権時代、5歳以下の子供で飢餓に苦しむ割合は約4%だったが、昨年末の段階でそうした子供は約8%に増加したというのだ

『軍隊を使って中東の子供達に良いことをしてあげよう省』に所属する我々にとって、この結果はさらに期待外れとなった。それ以前の、英国とアメリカによる、イラクの子供達の生活を改善するという試みもまた失望だった。例えば、かつての経済制裁においても、状況の改善には失敗していた。1990年に制裁が始まってから、5歳以下の子供の死亡率は増加した。我々の行った経済制裁のおかげで、1995年までにおよそ50万人の子供が死亡することになったのである。

それから1年後、当時の米国連大使マデリーン・オルブライトは、必死で強がった。経済制裁が原因で、ヒロシマで殺されたよりも多くの子供がイラクで死ぬことになったとテレビのインタビュアーに指摘されて、オルブライトは開き直って言った:「(制裁するだけの)価値はあったと思いますよ(we think the price is worth it)

しかし、ジョージ・ブッシュはそんなことはしなかった。代わりに、爆撃することを思いついたのだ。そして単に爆撃するだけでなく、子供達の父親を拷問し、母親達を辱め、路上で撃ち殺すことにした。しかしそのいずれも、無駄なことだった。イラクの子供達は、より栄養豊富な、健康的で死ぬ恐れの少ない生活を拒否している。本当に不可解なことだ。

そんなわけで、『軍隊を使って中東の子供達に良いことをしてあげよう省』の一員として、一般市民である皆さんから、知恵を拝借したいと訴える次第である。もしも皆さんが、私達が今までやってきたような、イラクの子供達に適用する軍事的手法を他にも思いついたなら、大至急教えていただきたい。我が国の現在の体制下において、イラクの子供達の問題に軍事的な対応をするためなら、使えるお金に制限など一切存在しないと、保証しておこう。

英国では、貧困ライン以下の生活をしている子供は360万人ほど居るが、米国も、そうした子供達を1,290万人ほど抱えている。英米両国政府が、そうした状況を改善すべく、現金を用意する見込みは全くない。しかし、これにお金を使う価値は充分あるはずだ。なにしろジョージ・ブッシュとトニー・ブレアは、イラクの子供達の生活を改善するという理由で、爆弾や砲弾や弾丸を買うお金をいくらでも用意できるというのだ。皆さんなら、よくお分かりだろう。


2005/04/12

米環境保護庁、幼児に対する殺虫剤の影響を調べる『人体実験』を中止

ニューヨークタイムズ紙2005/04/08付け記事によれば、米環境保護庁(EPA)長官代理スティーブン・L・ジョンソンは、『子供と環境汚染に関する調査研究計画(Children's Environmental Exposure Research Study:CHEERS)』の実施を中止すると発表したとのことだ。

米環境保護庁(EPA)が提示する調査の内容は、3歳以下の幼児、もしくは生後6ヶ月から12ヶ月の乳児の住む家庭で、2年間にわたり殺虫剤を日常的に使用し("spraying pesticides inside your home routinely.")、幼児の健康状態にどのような影響があるか調査するというものである。

この調査への協力を申し出る両親には、報酬として現金970ドルが渡され、加えてビデオカメラ、よだれかけ、Tシャツなどのノベルティが無料で支給され、さらに政府から感謝状も贈られるという。この危険な“研究”への参加呼びかけは、フロリダ州デュバル郡の住民に対して行われた。(この地区は前回大統領選挙で、共和党寄りの州務長官の指示により投票所を意図的に削減され、結果として投票所に長い行列が出来て多数の有権者が投票できなかった土地で、住民の大多数は有色人種が占めている)

実験の説明をする環境保護庁職員

説明する側もされる側も、生活費のために“科学的調査”に協力せざるを得ない。「調査に参加するなら、この殺虫剤を毎日家で撒いてくださいね!子供の健康が心配?それを調べるのが調査の目的なんですよ」(この写真コメントは訳者の勝手な創作なので真に受けないように!)


計画内容の危険さとは裏腹に、『CHEERS』という奇妙に陽気な略称がつけられたこの研究の資金を提供するのは、米国科学会(American Chemistry Council:ACC)と呼ばれる業界団体。旧称は化学製造業者協会(Chemical Manufacturers Association)であり、エクソン、モンサント、ダウケミカルなどの有名企業が加盟している団体である。つまり、殺虫剤業界が、殺虫剤の安全性を証明するために、貧困家庭の幼児を使って“調査”したいと申し出たということになる。(ヒネクレた見方だろうか?)

EPAに勤務する研究者達でさえ、同計画の発表当初からその危険性を懸念していた。例えばEPAコロラド州地区担当毒物学者スザンヌ・ワーサル氏は、計画に参加を希望すると予測される貧困家庭の両親に対して、EPA職員は殺虫剤汚染による障害の危険性について十分な説明をしないだろうと同僚に漏らしている。EPAのジョージア州支局に勤務する生命科学者トロイ・ピアースは電子メールで「子供の健康に関わる殺虫剤使用を考える際、環境保護庁の活動趣旨とまったく逆方向を向いている研究」と内部告発していた。

この問題に関して、各種市民団体や環境保護団体は「幼児に対する人体実験だ!」と反対キャンペーンを展開してきた。ワシントンでは、米議会のビル・ネルソン上院議員(民主党・フロリダ州)とバーバラ・ボクサー上院議員(民主党・カリフォルニア州)の二人が、同研究の実施に反対していた。

970ドル(約10万4,546円)と景品をもらって、子供の傍で殺虫剤を撒く生活を2年間続けると、政府から感謝状までもらえる?!(ジョンソン長官代理によれば、“子供に殺虫剤を浴びせる”というのは実験を曲解しているということだ。果たしてそうだろうか?)さすがに、危険な牛肉の押し売りをする国の科学はセンスが違うと、改めて驚かされてしまった。

2005/04/10

ブッシュ大統領、ローマ法王葬儀で・・・

My Wayニュース2005/04/08付け記事より。以下に記事の一部を翻訳して抜粋:

鐘の音が鳴り響く中、赤いクッションの敷かれた木製のシートに各国指導者たちが着席していった。葬儀開始予定時間の10分前、米国の指導者達が到着した。ブッシュ大統領を先頭に、大統領の父で前大統領のジョージ・H・W・ブッシュ氏、前大統領のクリントン氏が続いた。

ブッシュ大統領は2列目通路側で、隣には彼の妻ローラが着席した。その隣にはフランスのシラク大統領と妻のバーナデットが並んでいる。両大統領は握手を交わした。

葬儀会場に設置された巨大スクリーンにブッシュ大統領の顔が映し出されると、サンピエトロ広場の外に集まった群集の多くがブーイングし、口笛を吹いた(以下略)

2005/04/07

キャンパスが“アーリントン墓地”になった日

オハイオ州トレドの地域情報サイトtoledoblade.com 2005/03/20付け記事を、以下に全文翻訳して掲載。

トレド大学キャンパスが“中西部のアーリントン墓地”になった日(UT campus becomes 'Arlington Midwest')

白い墓標に、戦死した米兵1,678人の名が印された(White boards mark 1,678 U.S. war dead)

by エリカ・ブレイク:toledoblade.com 2005/03/20付け記事

トレド大学キャンパスの墓標

レイチェル・フェイルズとマシュー・ゴインズは二人ともオハイオ州モンロー出身。イラクとアフガニスタンで戦死した兵士の墓標を読む。ゴインは墓標の中に級友を見つけたと話した。

レイチェル・フェイルズとマシュー・ゴインズは、墓標を模した白い板切れの間をゆっくりと歩いた。ミシガン州兵の区画にたどり着くと、そこに印された墓標を注意深く見つめた。

クレイグ・フランク技術兵(24歳)の墓標を前に、ゴインは立ち止まった。2004年7月17日---兵士の名の下には死亡日も印されていた。

「この名はモンロー高校の頃から知ってます。海外に行ってたなんて知らなかった」オハイオ州モンロー出身で25歳のゴインは、たまたまその墓標展示に立ち寄っていた。「本当に彼なのか確信はないけど、それでもショックですよ」

二人の他にも、イラクとアフガニスタンで戦死した兵士1,678人の墓標を、大勢の人々が黙々と見つめていた。オハイオ州出身者の50人分の墓標もある。トレド大学の芝生で週末に行われた展示会では、アーリントン国立墓地を模して並べられた白い板の墓標が長い列を作った。展示会の主宰者は戦死者の名前を順に呼び、訪問者はそれに聞き入る。

北西オハイオ平和連合(Northwest Ohio Peace Coalition)、平和のための退役軍人会(Veterans for Peace)、トレド大学女性と性差研究会(UT department of women's and gender studies)が共同で行った展示会は、イラク戦争開始2周年を記して、戦争を熟考し戦死した人々を追悼する場として企画されたという。

昨日午後、主宰者達は計画を変更し、展示を明日午後6時まで延長することにした。

白い墓標

ワシントンのアーリントン墓地を想起させる白い墓標がキャンパスの芝生を埋めた

「並んだ墓標のひとつひとつが戦争によって作られ、未だ終わっていないことを人々に自覚してほしいと思いました」主宰者のテリー・ロッジは言う。「ここは中西部のアーリントン墓地です。今日だけは、死者の街なのです」

展示会は、平和を推進するために企画された数々のイベントのひとつであり、他にも同団体は、毎日曜日の平和の祈りに加え、11月にはルーカス郡庁舎前で、戦争で死んだ兵士の靴を並べるイベントを主催した。

ドナルドとシェリル・アンドリセックは、墓標が並べられたことを知って、昨日大学に行った。

“戦争反対”のボタンを身に付けたトレド出身の二人は、墓標に名の印された兵士の遺族を支援するためにやってきたと話した。

26歳のジヤシ・プラムは、トレド大学院の生徒で、キャンパスを横切る際に展示に気がついた。インディアナ州出身のプラムは、とりわけ自分の故郷から出征した人々の墓標を注視した。知っている名前は見当たらない。

「家族を戦争に送り出していない人にとっても、心に触れるものですね」彼は言った。「戦争に対する意見がどうであれ、ここを立ち去る頃には、人の心には何かが残るはずです」(以上)

2005/04/06

最新調査:米国人の56%が「イラクは大量破壊兵器を所有していた」と信じている

「マス・メディアは、事件を正確且つ誠実に報道し、状況と問題を十分に分析し、異論に対しては話し合いの場を設けることにより、人類が発展の中で生得した正しい展望に副った正義と連帯の普及を実現できますし、またそのように努めるべきです。」

"The mass media can and must promote justice and solidarity according to an organic and correct vision of human development, by reporting events accurately and truthfully, analyzing situations and problems completely, and providing a forum for different opinions."

---4月3日に死去したヨハネ・パウロ2世が遺した最期の公式メッセージの一部「通信にたずさわる者たちへ(TO THOSE RESPONSIBLE FOR COMMUNICATIONS)」より(source:2005年1月24日付


ワシントンポスト紙とABC放送が行った最新調査によると、現在においても米国民の56%が「イラクは大量破壊兵器を所有していた」と信じており、約60%が「イラクはアルカイダを支援していた」と信じているとのこと。昨年からたいして変わっていないわけだ。)

以下に主な調査結果を翻訳して引用する。(調査日:2005年3月10日から13日)

(質問)イラク戦争以前、イラクはアルカイダを支援していたと思うか?
61%:イラクはアルカイダを支援していた(イラクはアルカイダを支援していたと思う:39%、イラクがアルカイダを支援していた明確な証拠がある:21%
30%:イラクはアルカイダを支援していなかった。

(質問)戦争直前のイラクは大量破壊兵器を所有していたと思うか?
56%:イラクは大量破壊兵器を所有していた。
40%:イラクには大量破壊兵器はなかった。
(質問)ブッシュ政権はイラク戦争をするために、真実と信じていた情報を国民に説明したと思うか?あるいは、意図的に国民を誤解させたと思うか?
55%:真実と信じた情報を国民に説明した。
43%:意図的に国民を誤解させた。

米政府の独立調査委員会が3月31日に発表した報告によると、「イラクに大量破壊兵器が存在する」と誤った情報を伝えた人物は、いつも二日酔い状態でCIAに情報を出していたとのこと。40歳までアルコール漬けだったブッシュ大統領は、ホロ酔い気分のスパイを戦争の口実に利用したというわけだ。しかも、米国民の半数は、未だ酔いから醒めずにいるらしい。

2005/04/03

フレッド・コレマツ氏が世界に学んで欲しかった事

2005年3月30日、第二次大戦中の米政府による日系人強制収容の不当性を訴えた権利擁護活動家、フレッド・コレマツ氏がサンフランシスコの家族宅で亡くなった(享年86歳)。

近年のコレマツ氏は、米国で進行するアラブ系アメリカ人への差別、グンタナモ刑務所の不当性を訴え、ブッシュ政権との闘いに臨んでいた。今回はコレマツ氏追悼の意を込めて、サンフランシスコクロニクル紙に2004年9月16日付けで掲載されたコレマツ氏自身による文章を、以下に全文翻訳して掲載する。(文中リンクと脚注は訳者による)

コレマツ氏の鳴らした警鐘は、日米両国に届いているだろうか?


我々は日系アメリカ人強制収容の教訓を再び学ぶべきなのか(Do we really need to relearn the lessons of Japanese American internment?)

by フレッド・コレマツ:サンフランシスコクロニクル紙2004/09/16付け寄稿文

大統領自由勲章を授与されるフレッド・コレマツ氏

「我が国の正義を希求する長い歴史の中で、多くの魂のために闘った市民の名が輝いています---その栄光の人々の列に、今日、フレッド・コレマツという名が新たに刻まれたのです」1998年、大統領自由勲章を授与したクリントン大統領はコレマツ氏を讃えた。しかし、それから僅か6年後、グアンタナモ刑務所の存在にコレマツ氏は愕然とすることになる。収容事件当時からコレマツ氏の裁判を支え続けた市民団体ACLU(American Civil Liberties Union)は、米政府が隠し続けたイラク駐留米軍による囚人虐待の実態を独自調査によって明るみにし、現在も政府の責任を追及しつづけている。

1942年、湾岸地区に住んでいた私は、日系アメリカ人ということで逮捕され、有罪を宣告された。私が逮捕された当日、新聞は見出しで大々的にこう報じた。

「ジャップのスパイ、サン・リアンドロで逮捕」

もちろん、私はスパイではなかった。当時の政府も私をスパイ容疑で逮捕したのではない。私は生まれも育ちもオークランドで、米国市民である。沿岸警備隊に志願したこともあるくらいだ(人種を理由に、私は不採用となった)。しかし、私の市民権も忠誠心も、当時の連邦政府にとってはたいした問題ではなかった。1942年2月19日、日本人の血を引く市民は全て、西海岸から退去するよう命じられた。日系アメリカ人である私は告発され、有罪宣告を受けたが、同じ土地に住んでいた日系人もまた全員強制収容所行きを命じられた。

当時の私はその有罪宣告を巡り闘争した。私の主張は米最高裁まで持ち込まれたが、憲法の下で保護を訴える私の努力は1944年に否決された。

1945年に釈放されてからも、私の犯罪歴は人生に影を落とした。仕事を見つけることも困難だった。私は犯罪者として扱われていた。40年もの月日と多くの人々の協力により、私の事件の再審が認められた。1983年、連邦裁判所判事は、米国政府が証拠隠しを行い、最高裁で偽証していたことを見出した。判事は、日系アメリカ人が、政府が主張するような脅威ではなかったことを認めた。私の犯罪歴は抹消された。

多くの人々の助力により、私の処分が裁判で撤回されたことに伴い、米国議会は日系アメリカ人の排除と拘禁に関する研究委員会を開設した。委員会の調査により、当時の日系アメリカ人による諜報活動や破壊行為が行われたことはなく、軍事上も強制収容する正当性がないと結論づけた。議会の調査結果と、戦史研究家による戦争記録の再調査により、議会は1988年度に人権擁護法案を採択し、日系アメリカ人の強制収容が不当なものであったと宣言した。長い間両肩に圧し掛かっていた“敵性人種”という非難の苦しみから、私達はついに解放されたかに見えた。

しかし、今になって、そうした過去の非難がよみがえっている。フォックス・ニュースのパーソナリティ、ミッシェル・マルキンは、第二次大戦中に一部の日系アメリカ人がスパイをしていたと主張している。彼女は自身の疑念を元に、全ての日系アメリカ人を強制収容することは結局悪い考えではなかったと主張している。さらに彼女は、アラブ系アメリカ人を人種的に選別することはテロとの闘いにおいて正当化されるとまで言っている。マルキンによれば、特定民族に属する個人が怪しいとなれば、特定民族全体の市民権を剥奪することは問題なしということだ。マルキンは古い罪の概念を復活させることに賛成している。訳注

第二次大戦中の日系アメリカ人強制収容が正当化されるかどうかについて、再び真剣に討論されることになろうとは、なんとも悲しいことだ。人種や民族がスケープゴートにされることの危険性を考える際に、私の裁判や、日系アメリカ人強制収容問題が想起されることを、私は望んでいたのだが。

少数民族に対する恐怖や先入観は、あまりにも容易に想起・誇張され、それら恐怖を促進させる人々の政治課題に貢献する。スケープゴートがどのような事態を引き起こすか、不当な容疑が政府により事実と承認された後、疑いを晴らすのがいかに困難であるかを、私はよく知っている。もし誰かをスパイやテロリストとして告発するなら、その行為に対して行われるべきである。ただ単に同じ人種とか民族であるとか、宗教とかを理由に、スパイやテロリスト扱いするなどあってはならない。日系アメリカ人強制収容問題により、そうした教訓が学ばれていないとしたら、私達の民主主義にとって極めて危険な時代を迎えたといわざるをえない。(以上)


(訳注):ミッシェル・マルキン
主に米フォックスニュースで活躍し、極右の若手政治評論家としてアン・カルターと並ぶ人気を博している。日系アメリカ人の強制収容を賞賛するマルキンの著作「In Defense Of Internment: The Case for "Racial Profiling" in World War II and the War on Terror」は全米ベストセラーとなっている。マルキンは本作で、強制収容所体験者である米運輸長官ノーマン・ミネタ氏について、「収容体験者は思考が歪んでいる」と批判し、ミネタ氏の更迭をブッシュ大統領に要求している。ところで、マルキンの主張するような人種によるプロファイリングを米政府が推進すれば、フィリピン系アメリカ人である彼女自身、不快な目にあうと思われるが・・・

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