キャンパスが“アーリントン墓地”になった日
オハイオ州トレドの地域情報サイトtoledoblade.com 2005/03/20付け記事を、以下に全文翻訳して掲載。
トレド大学キャンパスが“中西部のアーリントン墓地”になった日(UT campus becomes 'Arlington Midwest')
白い墓標に、戦死した米兵1,678人の名が印された(White boards mark 1,678 U.S. war dead)
by エリカ・ブレイク:toledoblade.com 2005/03/20付け記事
レイチェル・フェイルズとマシュー・ゴインズは、墓標を模した白い板切れの間をゆっくりと歩いた。ミシガン州兵の区画にたどり着くと、そこに印された墓標を注意深く見つめた。
クレイグ・フランク技術兵(24歳)の墓標を前に、ゴインは立ち止まった。2004年7月17日---兵士の名の下には死亡日も印されていた。
「この名はモンロー高校の頃から知ってます。海外に行ってたなんて知らなかった」オハイオ州モンロー出身で25歳のゴインは、たまたまその墓標展示に立ち寄っていた。「本当に彼なのか確信はないけど、それでもショックですよ」
二人の他にも、イラクとアフガニスタンで戦死した兵士1,678人の墓標を、大勢の人々が黙々と見つめていた。オハイオ州出身者の50人分の墓標もある。トレド大学の芝生で週末に行われた展示会では、アーリントン国立墓地を模して並べられた白い板の墓標が長い列を作った。展示会の主宰者は戦死者の名前を順に呼び、訪問者はそれに聞き入る。
北西オハイオ平和連合(Northwest Ohio Peace Coalition)、平和のための退役軍人会(Veterans for Peace)、トレド大学女性と性差研究会(UT department of women's and gender studies)が共同で行った展示会は、イラク戦争開始2周年を記して、戦争を熟考し戦死した人々を追悼する場として企画されたという。
昨日午後、主宰者達は計画を変更し、展示を明日午後6時まで延長することにした。
「並んだ墓標のひとつひとつが戦争によって作られ、未だ終わっていないことを人々に自覚してほしいと思いました」主宰者のテリー・ロッジは言う。「ここは中西部のアーリントン墓地です。今日だけは、死者の街なのです」
展示会は、平和を推進するために企画された数々のイベントのひとつであり、他にも同団体は、毎日曜日の平和の祈りに加え、11月にはルーカス郡庁舎前で、戦争で死んだ兵士の靴を並べるイベントを主催した。
ドナルドとシェリル・アンドリセックは、墓標が並べられたことを知って、昨日大学に行った。
“戦争反対”のボタンを身に付けたトレド出身の二人は、墓標に名の印された兵士の遺族を支援するためにやってきたと話した。
26歳のジヤシ・プラムは、トレド大学院の生徒で、キャンパスを横切る際に展示に気がついた。インディアナ州出身のプラムは、とりわけ自分の故郷から出征した人々の墓標を注視した。知っている名前は見当たらない。
「家族を戦争に送り出していない人にとっても、心に触れるものですね」彼は言った。「戦争に対する意見がどうであれ、ここを立ち去る頃には、人の心には何かが残るはずです」(以上)
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