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2005/05/30

ブッシュ:プロパガンダは私の仕事!

2005年5月24日にニューヨークで行われた社会保険改革キャンペーン遊説で、合衆国大統領ジョージ・W・ブッシュは聴衆に向かって堂々と以下のように言ってのけた(source:White House):

「退職しても心配することはありません---これを言うのは3回目だな(笑い)たぶん、もう3回は同じことを言うでしょう。まあ、私の職業では、真実を見えなくする理解してもらうために、同じことを何度も何度も繰り返し言い続ける必要があるんですよ。プロパガンダに注目させる感じでね。」(賞賛の拍手)

If you've retired, you don't have anything to worry about -- third time I've said that. (Laughter.) I'll probably say it three more times. See, in my line of work you got to keep repeating things over and over and over again for the truth to sink in, to kind of catapult the propaganda. (Applause.)

合衆国大統領のメチャクチャな発言に、なぜか賞賛の拍手を惜しまない聴衆。アメリカ国民の思考力は完全に麻痺してしまった!・・・と思うのは早合点である。税金を使った公共イベントにも関わらず、最近のブッシュ大統領の遊説イベントには、大統領支持者以外は入場できない仕組みになっている

ブッシュの社会保険改革政策支持率グラフ

大統領が遊説すれば、支持率が下がるという奇妙な事実(source

皮肉なことに、ブッシュが社会保険民営化キャンペーンで全米各地を遊説して同じ言葉を繰り返せば繰り返すほど、大統領のアイデアに反対する国民の数は増加している

(注:社会保険の『民営化(privatization)』という言葉が、エンロン社破綻の際に社員全員の積み立て年金が台無しになった事件など、暗いイメージを連想させることから、ブッシュ陣営は、社会保険の『個人勘定化(personal accounts)』という言葉を使っている)

(関連投稿:ニセのニュースで国民を欺くブッシュ政権

2005/05/27

「フレンチフライ禁止」提唱の共和党議員、反省してイラクからの撤退を呼びかけ

英ガーディアン紙2005/05/25付け記事によれば、米国のイラク侵攻に反対したフランスを非難するために、米国議会の食堂で「フレンチフライ」を「フリーダムフライ」に名称変更させるなど、反フランス運動を始めた議員が、地元の新聞のインタビューに、反省の弁を述べているとのこと。

問題の人物、ウォルター・ジョーンズ議員(共和党・ノースカロライナ州)は、「米国は何ら正当性のない戦争を行った」と答え、現在はイラク戦争に反対との姿勢を示している。

ジョーンズ議員はなぜそんな馬鹿な真似をしたのか?ガーディアンの記事から引用しておこう:

the North Carolina News and Observer紙の取材で、議員の説明によれば“神の手と、地元支持者の要求”によって思いついたという『フリーダムフライ』キャンペーンについて記者に聞かれ、ジョーンズ議員は、「あんなことをやるべきではなかった」と答えた。

ジョーンズ議員によれば、神は合衆国で外食コンサルティングまで行っているらしい・・・それはともかく、このガーディアンの記事が配信された同じ日に、米下院では、イラクからの早期撤退を大統領に求める修正案について話し合われ、投票が行われた。25日の時点で早期撤退案は否決されたが、米軍のイラク撤退について、公式に議会で投票が行われるのは初めてだったという。

今月、米議会はイラク駐留費用の追加予算450億ドルを承認したばかりで、イラク戦争の総費用は3,000億ドル(約32兆3,760億円)を超えてしまった。アメリカの片田舎からイラクに派遣された州兵・予備役兵の死亡率は、5月で過去最悪を記録し、さらに上昇している。米軍の爆撃で破壊された上下水道設備の復興も遅れており、飲料水に困ったイラクの子供達は、汚染された水を飲んで次々とコレラに感染している。ワシントン周辺の風向きが変わるのも当然だろう。

しかしそれでも、『フリーダムフライ』提唱者が反対し始めたにも関わらず、今でも米議会食堂メニューは『フレンチフライ』表記を禁止しているという。印刷費用が足りないのだろうか?それとも、メニューの修正作業まで神に押し付けるつもりなのだろうか?

(関連投稿:米軍の侵攻から2年:数字で知るイラクの現状

2005/05/25

エンロン社のウズベキスタン営業担当者:ジョージ・W・ブッシュ

2002年、ホワイトハウスでブッシュ大統領と握手するウズベキスタン・カリモフ大統領

2002年、米国とウズベキスタンの軍事提携を表明し、ホワイトハウスで握手するブッシュ大統領とウズベキスタン・カリモフ大統領。(source:ワシントンポスト紙


英テレグラフ紙は2005/05/16付社説で、ウズベキスタンのカリモフ大統領を「タシケントの暴君」と評した。クリスチャン・サイエンスモニターのトム・リーガン記者は「新たなサダム・フセイン」と呼んでいる

しかしアメリカ合衆国にとっては、カリモフ大統領は「テロとの戦いにおいて重要なパートナー」ということだ。 加えて、ブッシュ大統領個人にとっては、カリモフ大統領は大切なビジネスパートナーの1人であるという。

1997年4月3日、当時猛烈な勢いでビジネスを拡大していた巨大エネルギー企業、エンロン社のケン・レイCEOは、元大統領の息子で野心に燃えるテキサス州知事の友人、ジョージ・W・ブッシュ以下のような手紙を出した。


親愛なるブッシュ知事ジョージへ:


君は4月8日にウズベキスタンのサディック・サファーエフ大使に会う予定だね。サファーエフ大使といえば、外務大臣として、カリモフ大統領の上級補佐官として、同国の外交政策に最も大きな影響を与える人物だ。

エンロン社は現在タシケントに支社を構えて、ウズベキスタンのネフタガス社、ロシアのガズプロム社と共にウズベキスタンの天然ガス採掘とヨーロッパ、カザフスタン、トルコ等の市場への輸出を巡る20億ドルの共同開発プロジェクトの交渉を進めている最中だ。このプロジェクトはテキサス州とウズベキスタンの双方にとって、大きなビジネスチャンスなんだ。アメリカ合衆国とウズベキスタン両国の政治的利益にかかわる重要なものだよ。

サエフ大使は在ワシントン大使の中でも特に影響力のある人物の1人であり、ウズベキスタン大統領からも一目置かれており、我が国に対しても協力的な人物。以上の事情により、君と大使の会見について私は大変嬉しく思う。

君とサエフ大使が生産的な話し合いをして、テキサスとウズベキスタンの友好関係が築かれるよう、期待しているよ。


敬具 ケン

エンロンレター1997年、中央アジアの天然資源開発ビジネスを狙う巨大エネルギー企業エンロン社のCEOケン・レイが、当時のテキサス州知事ジョージ・W・ブッシュに宛てた口利き依頼の手紙。(情報公開法により、エンロンからブッシュに宛てた手紙は多数公開されている)エンロン社CEOのケン・レイはイラク侵攻計画の際にも重要な役割を果たしている


この問題---ブッシュがエンロン社CEOに頼まれてウズベキスタン大使に口利きをしていたという事実---を報じている米ビレッジボイス誌2005/05/20付け記事によれば、ジョージ・ブッシュ知事の働きによってエンロン社はウズベキスタン開発プロジェクトを受注したが、エンロン社破綻により、同プロジェクトはエクソン社が引き継ぐことになったということだ。(これはスムーズなサービス移管といえる。エンロン、エクソンの両社とも強力なブッシュ支援企業である)

ブッシュ家とその仲間にとって、カスピ海周辺は思い出の場所がたくさんあるらしい。ビレッジボイス誌記事の末尾を以下に引用しておこう。(強調は訳者による)

カリモフ大統領と事業取引をしたのはエンロンが初めてではない。1993年、ドレッサー・インダストリー社---ブッシュ大統領の祖父プレスコット・ブッシュが22年間役員を務め、第二次大戦後に復員した父ブッシュの最初の勤務先になった企業が、ウズベキスタン国有企業ネフタガス社から、2億ドルに及ぶ天然ガス採掘プラント建設事業を受注した。(中略)それから数年後の1998年、ハリバートン社CEOはドレッサー・インダストリー社買収を決定した。そのCEOは、ディック・チェイニー(現米国副大統領)だった。

2005/05/23

「チャイニーズ・コネクション」byクルーグマン

経済学者ポール・クルーグマンがニューヨークタイムズ紙に連載中の人気コラム最新号を以下に全文翻訳して掲載。

チャイニーズ・コネクション(The Chinese Connection)

by ポール・クルーグマン:ニューヨークタイムズ紙2005/05/20付けコラム

新たに発表された報告書の中で、財務省が中国の通貨政策を非難しているという話題を聞いて、ほとんどの読者の皆さんは「なんで??」と不思議に思うことだろう。率直に言って、この問題には経済の専門家ですら混乱することもある。しかし、何が起こっているかちょっと説明してみたい。

過去数年間、中国は、自国の事情により、米国の無責任な財政政策とナスダック式の理論マニアの両方に対して鍵を握ってきたが、今回の課題はアメリカの住宅市場が関わっている。今になって、合衆国政府はついに問題があることを認めた。ただし、我が国ではなく、中国が問題だと宣言したのだ。

そして、政府内の誰一人として、喜ばしくない現実を直視しようとする姿勢は未だみられない。今や、合衆国の経済は中国や諸外国からの低利融資に依存しており、その限度が近づくにつれて大きな問題に膨れ上がっているのである。

合衆国と中国の経済がどのように関係しているか示そう。

貿易黒字の急増と西側及び日本企業からの投資急増により、中国にはお金が流れ込んでいる。通常は、この資金の流れは自国で補正される:中国の貿易黒字と海外からの投資額は中国の貨幣である人民元の価値を押し上げ、中国の輸出品は国際競争力を削がれて貿易黒字は縮小していく。

しかし、中国政府は、そうした展開を防ぐために、人民元の価値を低く抑えるために流入する資金をそのまま外国への融資に回しており、大量のドル資産を買いあさっている。2004年度には2,000億ドル、今年はおそらく3,000億ドルほどになるだろう。これは経済的にはひねくれたやり方だ。西側諸国の基準からみると資本に乏しい国家である中国は、巨額の資金を低金利でアメリカ合衆国に融資している。

しかし、合衆国もまた、その歪んだやり方に依存することになってしまった。中国や諸外国によるドル買いにより、米国経済は巨額の財政赤字の影響からなんとか自立性を保っている。こうした海外からの資金の流れにより、財政赤字を補填するために政府が巨額の借り入れをしているにも関わらず、合衆国内の金利は低く抑えられているのである。

低金利は、翻って、アメリカ国内の住宅ブームの鍵を握っている。そして、急騰する住宅価格は単に建設業界の雇用を創造するだけでなく、多くの住宅所有者が、上昇する住宅価値を抵当債務借り換えによって現金化しており、結果として個人消費をも支えているのだ。

ではなぜ、合衆国政府は文句を言っているのだろう?財務省の報告は中国の通貨政策が合衆国にどう影響しているか全く触れていない。国内政策に関しては、いつも通り、ブッシュ政権へのゴマすりしか提示していない。一方で、中国自身のために、中国の政策の不当性について注目しているというのだ。いつからそれが合衆国の心配事になったのだろう?

もちろん現実には、合衆国政府は中国の経済など気にかけていない。ただ単に、中国の貿易黒字に怒る米国内の製造業界からの圧力から、中国の人民元に文句を言っているだけなのだ。全ては政治的動機なのである。そして、それこそが問題なのだ。政策決定が純粋に政治的動機だけで行われると、誰も現実世界の状況に応じた判断をしなくなってしまう。

もし中国政府が通貨政策を変更して、低金利の融資が行われなくなった際にはどうなるか、私の考えを述べよう。合衆国内の金利は上昇する。住宅バブルはおそらく弾けるだろう。建設業界の雇用と個人消費は共に落ち込む。住宅価格が下落するにつれて、自己破産も急増する。そして突然、国民は財政赤字の状態で資金繰りが簡単と誰が考えたのかを不思議がることになる。

言い換えれば、我が国は中国によるドル買い政策の中毒に陥り、それがなくなると禁断症状に苦しむようになってしまったのだ。

私は現状維持しろといいたいのではない。中毒は治療されるべきだし、早いほど良い。結局、近日中に中国はドル買いを控えるだろう。そして国民が何をしようと、やがて住宅バブルは弾けることになる。加えて、長期的に見れば、諸外国のドル買い依存からの脱却により、もっと健全な国内経済がもたらされるだろう。特に、人民元や他のアジア通貨の上昇は、2000年からこれまでに300万人の雇用を失ってきた米国製造業の競争力を、最終的にはより高めることになるだろう。

しかし、中国の通貨政策変更による悪影響はすぐに現れるが、良い影響が実感されるのは何年も先のことになる。私に言えることは、中国が合衆国の要求に応えて人民元の価値を上昇させた場合に、米国民がどうやって状況に対応するかについて、権力の座にある者達が全く考えていないということだ。(以上)


2005/05/20

ニューメキシコ州アルバカーキ:男は独り、今日も路上に立ち続ける

Intervention Magazine2005/04/22付記事を以下に全文翻訳して掲載。(強調・記事中リンクの一部は訳者による)

或る男の孤独な抵抗(One Man's Lone Stand)

アルバカーキで、より良いアメリカを目指し、毎日路上に立ち続ける男が居る。(There is a man in Albuquerque who stands every day for a better America.)

by スチュアート・ナスバウアー:Intervention Magazine2005/04/22付け記事

ニューメキシコ州アルバカーキ---ニューメキシコ大学への入り口そばの道路で、路上に立つ彼の姿を毎日見ていた。彼は看板を手にしていて、そこに書かれた数字は毎日書き換えられるが、言葉はずっと同じ。今日の看板にはこう書いてある:『1,737人:何人なら多過ぎると?(1,737 How Many’s Too Many?)』看板はもうひとつあって、それは舗道の街灯柱にテープで固定されている。『平和のためにクラクションを鳴らそう(Honk For Peace.)』前を通り過ぎる度に、私は毎日クラクションを鳴らす。しかし、今日は、停車する決心をしてみた。

明るい日差しの下で少なくなった白髪を覗かせている長身のジェス・アンレインは、たった独りの反戦活動を昨年の9月11日から始めたという。「やらなきゃならん。メディアは俺達のためには働いてくれんからな」

ジェス・アンレイン


彼の話し振りは慎重で、真剣そのものだ。ジェスは軽々しく行動するタイプではない。私は、メディアによる戦争報道は、人々を学習へと導くようには行われていないという彼の意見に同意する。

実際、世界が崩壊へと向かっているこの時期に、最近のメディアが執心していることといえば、ローマ法王の死と新法王を巡る乱痴気騒ぎをするばかりで、私自身も深刻に事態を考えるようになっている。メディアが人々の人生にとって大切な話題、例えばクリントンのジッパー問題とかに焦点を当てるのは理解するが、もしも世界の出来事が本当に重要ならば、メディアは世界中の疑惑を執拗に追及すべく、途方もない取材をしているはずだ。そして、国民から選ばれたはずの代表者たちは、もっと多くの審理で声を荒げ、世界を弾劾しているはずなのだ。しかし、崩壊へと向かう世界は白いシミを残す代わりに、赤い血で満たされた大きな川を生み出してしまった。

私が本当によく出来てると思った政治標語のひとつは、『クリントンの嘘では誰も死ななかった(Nobody Died When Clinton Lied!)』というやつだ。自分でも、あれぐらい少ない言葉で思い切り主張できたらいいのに。

1台のSUV車が猛スピードで通り過ぎながら、少なくとも3秒くらいクラクションを鳴らしていった。そのすぐ後には、赤いピックアップトラックが、短く2回クラクションを鳴らす。

「それにしても、これで何か効果があるんだろうか?」私は聞いてみた。

「うーむ・・・」ジェスは躊躇した。「俺も常に確信してるわけではないんだ」そして言葉を続けた。「でも、俺は連中の為にやってるわけじゃない。自分の為にやるのさ。それに、殺されちまった全ての友人達の為にもやってる。俺にもそういう親友が3人いたよ」そこでふいに言葉を止め、目を伏せた。「3人ともベトナムで死んだがね」

1台のダンプカーが轟音を立てて走りながら、クラクションを鳴らした。去っていくトラックを見送りながら、ジェスはゆっくりと手を振る。クラクションを鳴らした車に、ジェスはほとんど全部、そうやって手を振っている。

「ここには反戦の機運なんて全くないね」ジェスは言う。「アルバカーキには50万人ほど住民が居るけど、俺に賛同する奴は10人もいなかった」

私は、徴兵制が施行されていたなら学生達もすぐ行動しただろうと話した。すぐさま激論して、プラカードを掲げて狂ったように活動するだろう。するとジェスは苦笑しながら、現在も徴兵が実在することを思い起こさせた。

州兵及び予備役兵の徴収と、現役兵士の退役を禁ずる特別命令、貧しい家庭の子供を入隊させるための学費援助システム---これらは全て、徴兵制そのものだ。しかし、今回の徴兵制は、大学生達の関心を惹いていない。

「毎日感謝してるわ」1人の女子学生が、徒歩で校門に向かいながら声を上げた。学生達の一団が、セントラル・アベニューを渡り、大急ぎで大学に向かっている。しかし、ジェスの看板に気づく者はほとんどなく、彼の活動を知るものはもっと少ないようだ。あの女子学生は、感じの良い例外でしかない。

1台のホンダ車が、短く3回クラクションを鳴らした。ジェスはゆっくりと手を振る。たぶん、10台に1台ほどがクラクションを鳴らしているようだが、平和の警笛を鳴らす人たちの職業や車のタイプには、何のパターンも見出せない。若者だったり年寄りだったり、男性だったり女性だったり、SUVだったりボルボだったり、バイクだったりトラックだったりという具合だ。

「戦争の犠牲は常に無視されてきたのよ!」1人の女の子が、ジープの助手席から叫んだ。ジェスが手を揚げて応える---「特に今の戦争ではな・・・イラクとアフガニスタンで、人を殺す理由なんか何もないさ。これは自由のための闘いじゃあない。・・・でもな、アメリカ人は戦争をやりたがるんだ」突然、彼の目は険しくなった。

ジェスの連れた2匹のプードルの片方が、私の手を舐めている。彼は面白い話をしてくれた。これまでに3回、路肩に車を停車させた運転手が、看板に書かれた数字がよくわからなかったからと言い、尋ねてきた。「いくらでそのプードルを売ってるんだって?」私達は二人でおおいに笑いあった。いい気分だった。

支持のクラクションは続き、ジェスのゆっくりとした感謝も絶えることはない。しかしながら、ジェス・アンレインにとって大切なことは、クラクションではなく、正しい行いだ。不道徳な戦争が進行する時代に、正しい行いをする。死んでしまった幼なじみの友達のために、正しい行いをする。遠い過去に起こった出来事は、恐怖と対峙する勇気を持つ者にとっては、ほんの昨日の出来事なのである。そしてジェスは、恐怖と対峙している。過ちを糾し、自身の気持ちを証言するために、アルバカーキのセントラル・アベニューに、ジェスは毎日立ち続ける。


ゆっくりとした崩壊

ワシントンポスト紙の見出しが躍った:「ブッシュ大統領の支持率、最低記録を更新」

しかし、なぜ突然、ジョージ・ブッシュが歴史を作ることになったのか?ワシントンにおける共和党の一糸乱れぬ下劣な政治活動の度重なる効果によるものだろうか?あるいは、アルバカーキのジェス・アンレインがブッシュ帝国をゆっくりと崩し始めたのだろうか?もしかしたら、その両方かもしれない。そう、陰と陽の力が政治的災難を引き起こしたのだ。

「2期目の同時期でみると、ブッシュは第二次大戦以降の大統領としては最低の支持率となっている」ワシントンポスト紙は記している。

しかし、そもそもジョージ・ブッシュは未だかつて国全体では人気があったためしがない。最初の大統領選挙では、一般投票で負けているし、2期目の勝利も一般投票獲得数はわずか50.7パーセント---もっとも、それすら怪しいのだが。ブッシュ帝国の足元を崩し、無能な敗残者へと蹴落とすには、それほど大変でもない。

薄っぺらで空疎で無価値なメディアのヒステリー時代に、多くのアメリカ人が、古いやり方で、密かに血を流し傷ついた手を挙げたなら、と思う。現在進行中の政治的泥沼は、ブッシュを確実に追い詰めている。ジェス・アンレインは、紛れもなく私達の味方なのだ。もっと多くのアメリカ人が、ブッシュ支持を考え直しているかもしれない。一端人々が頭を使いはじめたなら、何が起きてもおかしくはない。

ブッシュ政権の環境に対する政策は、アメリカ国民の大部分にとって常に不安材料だったが、最近のアラスカにおける北極圏野生生物保護区への石油採掘をめぐる法案により、懸念は一層拡大している。ブッシュ政権の米外交における過激な変化---先制攻撃や人権無視政策など---どれも多くの人々を不安にさせている。穴だらけの国境問題、国家防衛や労働者の給与に対する共和党の無関心、特に最低賃金基準などは、誰にとっても問題だ。ブッシュ政権の社会保険民営化構想、金持ち減税政策とガソリン価格急騰、膨らむ財政赤字---次世代への贈り物だ---テリ・シャイボの悲劇につけ込んだ下品で下手な企図、それらは全て、ジョージ・ブッシュの信頼性低下と支持率低下へ貢献している。

今では『抑制と均衡』という合衆国憲法の大原則をひっくり返そうという共和党議員達の意図も、ブッシュ政権の誰にとっても利するものではなくなっている。それは実際、アメリカ国民とブッシュ政権の間にできた壁に、新たなレンガを積み上げただけのようだ。

そして、国家はイラク戦争という大問題を抱えている。アメリカ人の死亡者数は3ヶ月間ほど減少していたが、4月にはまたしても死亡者数は急増している。イラク戦争が間違いだったというアメリカ人の数はゆっくり増加しており、最新のギャロップ調査によれば、54%に昇っている。(訳注:5月に公表された最新調査では、57%に増加している)

大半のアメリカ国民の見方によれば、ジョージ・W・ブッシュと仲間達はほとんどの分野で間違いを犯しているというわけだ。これは、すでに充分危険領域に達するほど人気の落ち込んだ政権にとって、決して良い事態とはいえない。そんな事情で、ブッシュ政権は絶え間なく他の問題をでっち上げている---例えば、結婚に関する憲法問題等---本当に大切な問題における不同意から国民の目を逸らせるために。

ジェス・アンレインは、彼独自のやり方でこう示している:ジョージ・ブッシュの考え方は、アメリカ人の考え方を代表してはいない。ジェスのような人々は皆、毎日そのように主張している。或る者は道路の傍らに立ちながら、或る者は滅多に配信されない新聞に投書を書きながら、あるいは集会で声を上げ、報道されることのないデモ行進に参加しながら、・・・・社交上沈黙が礼儀とされていても黙ることなく、議員事務所に電話をしたり、国家から忘れなさいと言われても拒否し、インターネットフォーラムに書き込み、真夜中のシャワーで叫んでみたりする---苦しむ人々のために、手足を吹っ飛ばされるようなことを止めさせ、人類を殺しまくることを止めさせ、虐待を止めさせることを最上課題とする、ジェス・アンレインのような人々。彼等は言っている:ジョージ・ブッシュの考えは、国民の考えに沿っていない。

それでも、ジョージ・ブッシュの支持率を決定的に貶めるビッグバンは未だないが、ブッシュ政権に異議を唱える個人はじわじわと動き出し、或る日の大統領演説に困惑したり、別の日には新たな政策に憤ったりしている。無党派層の人々---ジョージ・ブッシュの選挙勝利をもたらし、ブッシュ政権の足元を溶かし始めているかもしれない人々---この人々こそ、最も新しい異論の現場となりつつある。指導層はなく、予測不可能であり地理的にも不規則。わが国の政治的現実のゴミをあさり始め、ジョージ・ブッシュが間違っていると偶然理解した類の人々が、この重大な層に含まれている。そして、全国のジェス・アンレイン達が、小さな灯りを手に、彼等を導いている。

数ヶ月前にセントルイスで、視界も遮られるほどの土砂降りの中で、州を跨ぐ橋の上に、『今すぐ戦争を止めろ(Stop the War Now.)』と書かれたびしょ濡れの看板を掲げて、男が独り立ち続けていた。あの酷い天気の日に外に立つなんて、たいした変わり者・・・ジェス・アンレインと同じ変わり者だ。

しかし、アメリカにはジェス・アンレインのような変わり者がとても少ない。あまりにも多くの人たちが、支持のクラクションを鳴らしては、通り過ぎていく。通り過ぎず、立ち止まって世界を変えよう---マーガレット・ミードはそう言った。「献身的な市民の小集団が世界を変えられるということを、疑ってはいけません。実際、そうした人々がそれを実現してきたんです。(“Never doubt that a small group of committed citizens can change the world. Indeed, it's the only thing that has.”)

ジェス・アンレインは、違う形でそれを語った。「言葉が変わっても気にするな。自分流でいけ。それが世界を変えていくんだ(“Don't worry about changing the word; live with yourself. That will change the world.”)

グループでも、たった独りでも構わない。世界を変えてやろう。ジョージ・ブッシュと奴の戦争仲間に、厄介な政治罰を与えてやろう。(以上)

2005/05/19

アメリカの差別と優生学:『貧困遺伝子』撲滅のため、貧しい市民6万5,000人が秘密裏に断種された

ABC News2005/05/15付け記事より。以下に全文を翻訳して掲載。

現在でも、アメリカ国内で白人至上主義や優生学を推進する人の数は少なくない。そして、アメリカ居住の黒人層の寿命が白人に比較して短いのは、人種差別が原因ではないかと言われている。

(関連エントリ:アメリカの選挙と人種差別

州の秘密:多くの住民が秘密裏に断種された

ノースカロライナ州の女性:20世紀、政府により本人への告知なしに断種手術された6万5,000人の1人

ABC News2005/05/15付け記事

riddick

エレイン・リディックは政府によって秘密裏に断種された。(ABC News

青々と生い茂る緑と曲がりくねった川岸にある南部の街の風景の裏側に、ほとんど忘れ去られていた遺産---苦痛、秘密、人類への侮辱が横たわっている。

「今でも心が痛みます。私の身に起こった事件は、永遠に痛みとなって残るのでしょう」地元住民のエレイン・リディックは話した。

リディックは、1929年から1974年の間、同州で秘密裏に断種された多くの住民の1人である。

1900年代初頭から70年代にかけて、アメリカ国内でおよそ6万5,000人もの男女が、ほとんど本人の承諾なしに断種手術を施されたが、それは州政府の推進していたいわゆる『繁殖に好ましくない』人々から生殖能力を奪う優生政策の一貫だった。

「そうした施術は貧困層の住民に対して行われたものです」メリーランド大学のスティーブン・セルダン教授は言う。「貧困は、悪い遺伝子もしくは悪い遺伝形質が原因と考えられていたのです。そんなわけで、貧困層の住民は断種の標的となったのです」

告知なしの手術
リディックは、13歳のときにレイプされ、妊娠していた。ソーシャル・ワーカーは彼女を、ふしだらで知能が低く、親として不適格という烙印を押した。そして、1968年に出産して後、リディックは告知されることなく断種手術を受けさせられた。

数年後に結婚し、もっと子供を作ろうとしていたリディックは、真実を知ることになる。

「彼等は私からあまりにも多くを奪ったのです」リディックは言う。「心も魂も奪われてしまった」

ノースカロライナ州では、およそ8,000人の女性が、病院で断種手術を施された。

優生政策は30年以上前に終了したが、多くの人々が償いを求めるべき時期と言っている。ノースカロライナ州は、断種を行ってきた33州のうち、最も早い時期から謝罪を表明していた州である。現在、同州議員のラリー・ワンブルは、賠償金支払い法案をまとめている最中とのこと。

だが、賠償金をどうやって捻出するか疑問視する人も多い。「“払えるわけがない”と連中は言ってます」民主党下院議員のワンブルは言う。「でも、“払えない”では済まされないのです」

リディックは大学の学位取得と、14歳で生んだ息子のためにがんばった。現在、息子は技術コンサルタントとして働いている。

「子供を授けていただいて、主に感謝しています」彼女は言った。(以上)

2005/05/16

イラクの自爆テロ実行者、大部分はサウジ出身

ワシントンポスト紙2005/05/15付記事によれば、過去6ヶ月間にイラクで自爆テロを実行した人の内、61%がサウジアラビア出身者で、残りの内25%をシリア人、イラク人、クウェート人が占めているとのこと。また、イスラム過激派により運営されている自爆テロ実行者を賞賛するWebサイト等を調べた結果では、自爆テロ実行者の70%がサウジアラビア人で、その多くが比較的高い教育を受けた20代後半の妻帯者であるという。

ファハド国王死亡説が伝えられるなど、政情不安に怯えるサウジ王家にとって、殉教に燃える若者達は政権転覆の火種になりつつある。そんなサウジアラビア政府に救いの手を差し伸べるのが、自称『任務完了(Mission Accomplished)』大統領、ジョージ・W・ブッシュである。

先月末、ブッシュ家の中東における最大のビジネスパートナー、サウジのアブダラ王子の訪問を受けたブッシュ大統領は(王子にとって真面目な話し相手は副大統領らしいがサウジの原油生産努力の御礼に、テロ対策のため施行していた諸外国から米国へ入国する際の渡航制限を、サウジアラビアに対して大幅緩和する約束をしている。

石油と一緒に自爆テロ志願者が輸出されたとしても驚くべきでない。米国内のテロ危機が高まれば、ブッシュ政権にとっては好都合なのだ。元米国土安全省長官のトム・リッジは、最新のインタビューで、情報部の確証なしに、ホワイトハウスの意向次第でテロ警報レベルが変わることを暴露している。(先日、ホワイトハウスにセスナ機が接近した際に最高度のテロ警報が発令されたが、ブッシュ大統領は郊外でサイクリングを楽しみつづけ、シークレットサービスは大統領に警告すらしなかった。一方で、それより前の4月末にテロ警告が発令された際、シークレットサービスは大統領を地下シェルターに避難させたが、未確認飛行物体の正体は雲だった。この事件により、米国のシークレットサービスは天候の変化に物凄く敏感ということが判明した)

ちなみに、米国が渡航制限の緩和を約束した相手国はサウジだけではない。1年前にはイスラエルに対しても同様に規制緩和を約束している。(米国政府はイスラエルに対して、どういうわけか国防機密情報の『規制緩和』も行っている。)

米国への渡航規制に関しては、日本の外務省も条件緩和を求めているが、さて米国政府の対応は・・・?

2005/05/12

暴露された極秘文書「ダウニングストリートメモ」の重大性

2005年5月1日、英国総選挙直前に英サンデータイムズ紙上で暴露された政府文書には、ブレア政権のみならずブッシュ政権をも揺るがす重大事実が記されていた。暴露された極秘文書の中で、2002年7月23日にブレア政権内でイラク戦争開戦について内密に会議が行われた際、英情報部(MI-6)長官は「(イラク侵攻のために)ブッシュ政権は情報を仕込んでいる」と明確に語っている

あまりにも重大な暴露情報のため、今のところ日米大手メディアはこの話題についてほとんど報じていないが、米下院ではジョン・コンヤーズ下院議員(民主党・ミシガン州)を中心に、ブッシュ大統領への疑惑追及準備が進行している。(ひょっとしたら、ようやくブッシュ大統領弾劾へと議会が動くかもしれない)

米国民のブッシュ政権に対する評価は今どうなっているか?4月26日に発表されたGallupの米世論調査によれば、米国民の50%は「イラク戦争開戦の際、ブッシュ大統領は意図的に国民を欺いた」と考えている。5月4日に発表されたUSA TODAY/CNN/Gallup共同の最新米世論調査によれば、米国民の57%が「イラク戦争に価値なし」と考えている。また、ワシントンポスト紙2005/05/10付け記事によれば、2004年選挙でブッシュ支持に傾倒した女性保守有権者層も、国内の経済事情の悪化を不安視し、民主党支持に移行しつつあるという。

米世論はホワイトハウスに対して、これまで以上の疑惑の目を向けはじめている。この「ダウニングストリートメモ」の件が、CNNやワシントンポスト紙など米国内主要メディアで報道され始めれば、ブッシュ辞任を求める声が一気に湧き上がるだろう。(もっとも、ブッシュ政権が危機を迎える度に、ビン・ラディンが華々しくテレビに登場したり、テロ事件が発生したり、ジャクソン家の誰かが自分の服を脱いだり子供の服を脱がせたりする話題が四六時中報道されたり、ダン・ラザーがヘマをやっておおげさに謝罪したりするのだ。非常に不思議だ!)

以下は、今のところ米国大手メディアで唯一、この疑惑の詳細を伝えているナイト・リッダー紙2005/05/06付け記事(全文翻訳して掲載)である。

メモ:ブッシュはイラク侵攻のために情報を歪曲(Memo: Bush made intel fit Iraq policy)

by ウォーレン・P・ストロベル、ジョン・ウォルコット:Knight Ridder Newspapers2005/05/06付け記事

ワシントン:英国総選挙前に漏洩した英国政府の極秘メモによれば、2002年夏の時点でブッシュ大統領がイラクのサダム・フセイン体制転覆を決心し、自身の政策に合致するように合衆国情報部の情報を確定する決心をしたと記されている。

2002年7月23日にまとめられた当該書類は、英国首相トニー・ブレアと英安全保障補佐官との間で交わされた会議をまとめたもので、ワシントンを訪問した英国情報部(MI-6)長官の報告が含まれている。

MI-6長官がワシントンを訪問した時期、ブッシュ政権は国民に対して、イラク侵攻を決定していないと宣言していた。

「(ブッシュ大統領の)決心が固まっているのが感じられる。軍事行動はもはや避けられない模様」メモの中で、MI-6長官は会議中にそう発言している。「ブッシュはテロリズムと大量破壊兵器を絡ませて軍事行動を正当化させ、サダムを排除したがっている」

メモにはこう記されている。「(イラク侵攻の)政策に合わせて、情報と事実が仕組まれつつある(the intelligence and facts were being fixed around the policy.)

2003年3月の米軍によるイラク侵攻以来、大量破壊兵器は全く発見されていない。

ホワイトハウスは、イラク侵攻のために情報操作を行ったという外国政府高官からの非難を、その都度否定してきた。

疑惑を否定するにあたり、ホワイトハウスは上院情報委員会と大統領特別調査委員会の2つの調査結果から、サダムの武装計画の判断について、CIA他政府情報機関が深刻な失敗をしてきたと示してきた。

米国情報部の主な解析報告である米国家情報報告は2002年10月以前には完了していなかったが、合衆国政府と英国政府はそれ以前にサダム・フセイン体制を軍事行動によって転覆させることを決定していたことになる。

新たに暴露されたメモは、最初に英サンデータイムズ紙に掲載されたが、現在まで英国政府はメモについて否認していない。ワシントンの英国大使館広報担当者は、他の政府担当者に問い合わせたが、コメントは得られていない。

或る合衆国政府元高官が匿名を条件に語ったところでは、メモの内容について、「(英国情報部長官がワシントンを訪問した際に)発生した事実について正確に記述されている」とのこと。

ホワイトハウスの或る高官は、漏洩した英国政府文書についてブッシュ政権は論評しないだろうと話している。

2002年7月、そしてその後しばらく、ブッシュ政権の外交補佐官は「大統領の机上にはイラク攻撃の計画はない」と主張していた。

しかし、漏洩したメモによれば、当時の国務長官コリン・パウエルと親しかった英外務大臣ジャック・ストローが、「ブッシュは軍事行動を決心している」と発言したことを記している。

また、ストローがイラクの脅威に疑問を感じていたことも記されている。

「根拠に乏しい。サダムは近隣諸国にとって脅威ではなく、(イラクの)大量破壊兵器の開発能力についてはリビヤや北朝鮮、イランほど危険でもない」メモにはそう発言したと記されている。

ストローはサダムが国連の兵器査察官を再度受け入れるよう最後通達すべきで、軍事行動はそれによって正当化されると繰り返し提案していた。

パウエルは2002年8月に、ブッシュ大統領を説得して、サダムの件を国連に付託して査察を再開させるよう推し進めていた。

軍事行動をめぐっては、ホワイトハウス内にも深刻な亀裂があった。当該メモによれば、当時コンドリーザ・ライスが率いていた国家安全保障会議は「国連の手順を我慢できない」と評されている。

下院司法委員会の主要メンバーであるジョン・コンヤーズ下院議員(民主党・ミシガン州)は、当該文書の内容についてブッシュ大統領に説明を求めるべく、同僚の民主党議員達の署名を集めていると伝えられている。
(以上)

2005/05/10

脚本どおりコメディを演じたローラ・ブッシュ

Online Journal2005/05/10付け記事を以下に全文翻訳して掲載。(記事中リンクは訳者による)

ホワイトハウス夕食会におけるローラ・ブッシュのジョークは日本を含め世界中のニュースのヘッドラインを飾った。しかし、ローラがジョークを飛ばした同じ日に、イラクのサマワで、虐殺されたクルド人の遺体が1,500体ほど発見されたというニュースは、あまり目立たなかったようだ。発見されたクルド人の遺体は、フセインにより80年代に化学兵器で虐殺された件の証拠と見られている。その化学兵器はメイド・イン・USA・・・当時のレーガン大統領特使、ラムズフェルドからの贈り物だった。

ローラ・ブッシュ:夫への忠誠はコメディを超えた(The dutiful wife: more than just a comedy)

By ウォルター・ブラッシュ:Online Journal2005/05/10付け記事

ローラ・ブッシュは、スタンダップ・コメディを演じるのは夫だけの特権ではないことを示してくれた。彼女の演目は、入念な計画の下、ホワイトハウス記者協会主催の夕食会で披露された。

100年ほどの伝統を誇るホワイトハウス記者協会夕食会では、記者や政治家に加え、多くの芸能人が着飾って出席し雑談をするが、スーツとドレス着用の一般向けパーティと違い、タキシードに3,000ドルの夜会服が溢れるパーティである。もうひとつの伝統として、合衆国大統領が夕食会に出席したら、コメディアンに徹して、自身や記者達を笑いものにしなければならない。夕食会の前後には、各ニュース企業は挙ってオスカー式独占パーティを開催し、自己申告型の重要人物(we-think-we're-important)を一同に集める。かつては、夕食会は非公開だった。しかし現在の夕食会は、建国の父達から政府の監視役に任命されながら役割を果たそうとしない記者達にとって、当たり障りのないニュースを提供する格好の機会となっている。

20年以上前、デザイナー仕立ての衣装で着飾るのを常としていたナンシー・レーガンは、自虐的なパロディを込めて『Second Hand Rose』の替え歌を披露した。しかし今回の夕食会では、ローラ・ブッシュは、計画通り大統領の古臭いジョークに割って入り、恒例となったコメディを始めている。大統領は妻の行動を熟知していた。妻の登場は大統領自身のアイデアだからだ。しかし、妻が何を言うかは知らされていなかった。でも、ランドン・パービン氏は知っていた。レーガン大統領、ブッシュ父、現ブッシュ大統領のスピーチライターを歴任したパービン氏は、今回のローラ・ブッシュのジョークを書いた張本人である。(訳注:パービン氏はシュワルツェネガー加州知事のジョークも担当している。ブッシュ大統領の悪名高いジョーク『大量破壊兵器はドコにある』ネタを書いたのもパービン氏であった。)

観客を喜ばすために、ローラ・ブッシュは最近夫にこう話したと言う:「ジョージ、本当に世界の圧政を解決したいのなら、遅くまで起きてなきゃ駄目よ・・・いつも夜9時になると、この情熱家(訳注:ジョージの事)は眠ってしまうので、私はテレビの『やけっぱちの妻たち(Desperate Housewives)』を観るんです。私こそやけっぱちの妻ですよね、皆さん」(訳注:その後、ホワイトハウス広報官は、ローラが『やけっぱちの妻たち』を未だかつて観た事がないと口を滑らせた)さらに夫の口下手をからかって:「ジョージと私は全く正反対。私は物静かで夫は話好き。私は内向的だけど、夫は外向的。そして私は『核(nuclear)』と正しく発音できます。」さらにローラは、夫のマッチョぶりをからかって言った:「牧場に居るときのジョージは、何でもチェーンソーで切り倒そうとします。チェイニーとラムズフェルドが夫と仲良くできる理由がわかった気がしますね。」さらに夫人は、バーバラ・ブッシュ(元ファーストレディで現大統領の母)と、メーン州ケネンバンクポートの大統領静養所についても言及。脚本通り見事にこなしたローラは、スターに夢中の出席者達から惜しみないスタンディング・オベーションで迎えられた。

ジョージ・W・ブッシュの第1期大統領選挙キャンペーン中、ローラ・ブッシュは滅多に人前で話さなかった。話す際には、脚本とメッセージが入念に準備された。人前で話さない理由のひとつは、元図書館司書で内気なローラが、演台に立つことを嫌がったからだ。妻は内気であれと信ずるアメリカ人向けの選挙キャンペーン方針に従い、夫に寄り添って、夫の施策を繰り返すだけの、相対的に従順な女性は、8年もの間ヒラリー・クリントンがアメリカ国民に見せたイメージとは好対照であった。

ブッシュ大統領の最初の4年間、従順な妻はまさしく従順に振舞った。ローラが行わなかったことの一つは、合衆国愛国法(USA PATRIOT Act)が図書館と市民に与える脅威に対して、反対の声を上げる同僚の図書館員たちの輪に加わらなかったことだ。彼女だけではない。ワシントンを根城に活躍するジャーナリスト達は、国民が問題視するようになるまで、愛国法の危険性についてほとんど何も書かずにいた。

反対意見を封殺し情報公開法を弱体化させる事例を確立させて憲法を軽視するブッシュ政権に対して、ローラ・ブッシュは反対を唱えることもできた。しかし彼女はそうしなかった。

イラク、アフガニスタン、グンタナモでの囚人虐待について、ローラ・ブッシュは批判することもできた。しかし彼女はそうしなかった。囚人虐待を黙認する覚書を書き、囚人にジュネーブ条約を適用しないというアルベルト・ゴンザレスが、大統領により司法長官に指名された際、ローラ・ブッシュは異論を唱えることもできた。しかし彼女はそうしなかった。判事の任命には、宗教上、政策上の理由ではなく判事としての適正が検討されるべきと主張することもできた。ジョン・ボルトンの国連大使指名が、世界の人々にとって『顔面に』平手打ちをされるほど不名誉であると言うこともできた。テキサス生まれの上院院内総務トム・ディレイ議員の欠落した政治倫理性を批判することもできた。しかし、それら全てにおいて、ローラ・ブッシュは声を上げなかった。

政治的動機によるイラク侵攻が大統領側近達による一連の嘘を元にしたもので、大統領もその嘘を国民に繰り返していたことがわかった際、ファーストレディは声を上げることもできた。しかし彼女はそうしなかった。

夫が世界のあちこちを気取って歩き、テロが減少したのは自分のおかげと宣言しながら、実際には2003年から2004年の間に世界中でテロが急増していることが判明した際、ローラ・ブッシュは夫の宣言を非現実と言うこともできた。しかし彼女はそうしなかった。

何億ドルもの国土防衛基金を政治資金に転用し、無能故に無実のアメリカ国民に嫌がらせを繰り返す運輸保安局のような政府機関に対して、ファーストレディは批判することもできた。しかし彼女はそうしなかった。

教育にもっと予算を割いたり、全国民に医療保険を提供したり、労働者の権利や環境破壊について声を上げることも、ファーストレディには可能だった。わずか1%の金持ちのために、国民に対して今後10年間で1兆ドルもの負担を強いることになった減税政策に、ローラは反対することもできた。しかし、彼女は何もしなかった。

キリスト教的慈善精神は信者以外に対しても適用されるべきで、あるいは信心こそ唯一の道徳的方法とばかりにブッシュ政権を支配する少数の狂信者によって骨抜きにされるべきではないと声を上げることもできた。しかし彼女はそうしなかった。

これまでの5年間、国民の注目を集める場所で、ローラ・ブッシュができることはたくさんあった。しかし、従順な妻が選択したのは、ジョークを暗唱することのみである。ゴマすり上手なワシントンの記者たちは、タキシードとガウンの下に下心を潜めながら、暖かく微笑み、ジョークを漏らさず記録し、お気軽な記事を書き、国内のほとんどのメディアは、その記事を繰り返し配信することになった。(以上)

2005/05/09

「アルカイダのナンバー3を逮捕」は間違い?

まずは、英BBC2005/05/04付け記事冒頭を以下に翻訳して引用する:

パキスタン政府、アルカイダ幹部を拘束( Pakistan 'catches al-Qaeda chief')

パキスタン政府は、アルカイダ幹部のリビア人、アブ・ファラジ・アル・リビ容疑者を逮捕したと発表した。リビ容疑者はアルカイダのナンバー3と言われており、パキスタン大統領暗殺を企てた件で手配されていた。米大統領ジョージ・W・ブッシュは今回の拘束について「テロとの闘いにおける重要な勝利」と説明した。(以下略)


上の記事から4日後に配信された、英サンデータイムズ紙2005/05/08付けの記事を以下に翻訳引用する(リンク、強調は訳者による)

「拘束されたアルカイダ幹部、身元誤認か」(Captured Al-Qaeda kingpin is case of ‘mistaken identity’)

先週、パキスタン情報部によりアルカイダ幹部とされる人物が拘束された件は、ブッシュ大統領から『テロとの闘いにおける重要な勝利』と歓迎された。しかしながら、欧州の情報専門家によると、拘束されたアブ・ファラジ・アル・リビ容疑者はアルカイダナンバー3などではなく単なる中堅メンバーであり、或る情報筋の言葉によれば『組織における半端者達の1人』に過ぎないとの事である。

先週水曜日にパキスタンで発表されたアル・リビの拘束劇は、合衆国内においては、オサマ・ビン・ラディン捜査における『大きな成果』であると説明されていた。

ブッシュはアル・リビ容疑者を「最高幹部」「アルカイダネットワークのまとめ役で最高計画者の1人」と呼んだ。コンドリーザ・ライス国務長官は同容疑者を「非常に重要な人物」と語った。しかし、ワシントンとイスラマバードで湧き上がった歓喜の声は、欧州のテロ専門家をおおいに驚かせている。専門家によれば、拘束されたリビア人はFBIの最高レベル手配リストには掲載されておらず、米国務省の掲げる『賞金』リストにも存在しなかったという。

一方で、別のリビア人はFBI手配リストに掲載されている。その人物、アナス・アル・リビー容疑者は、1998年の在東アフリカ米大使館爆破事件の容疑で手配されており、米国捜査当局者は二人を混同しているとみられる。当サンデー・タイムズ紙がFBIテロ対策局に、今回拘束された人物について照会したところ、FBIの担当者からは別のアル・リビー容疑者の資料が送付されてきた。

「(ファラジ)アル・リビは単なる中堅リーダーですよ」フランスの情報調査員でテロ資金網の専門家ジャン・シャルル・ブリザール氏は言った。「パキスタンと米国政府当局者は、彼の役割と重要度について完全に過大評価しています。彼はアルカイダ支部とパキスタンの地方イスラムグループのまとめ役以上の人物ではありません」

ブリザール氏によれば、拘束された(ファラジ)アル・リビ容疑者は、ビン・ラディンの側近アイマン・アル・ザワヒリ、911テロの首謀者ハリド・シェイク・モハマド、アナス・アル・リビー等のアルカイダ指導者達への連絡手段を持っていないという。

英国情報部では(ファラジ)アル・リビ容疑者と英国内工作員との電話連絡の証拠を握っているが、同容疑者が欧州でのアルカイダ作戦指令を行っているとはみられていないとのこと。

(ファラジ)アル・リビ容疑者が関与しているとみられる唯一の事件は、2003年に発生したムシャラフ大統領暗殺未遂事件であるという。昨年、同容疑者は、パキスタン政府から最高レベル手配犯として認定され、35万ドルの賞金がかけられていた。

欧州やアメリカの情報専門家達に連絡をとったところ、(ファラジ)アル・リビ容疑者がハリド・シェイク・モハマドの後任として幹部になったというパキスタン情報部の報告を知るものはいなかった。ビン・ラディンと以前親交があり、現在英国に住む或る人物は笑いながら答えた。「彼(ファラジ・アル・リビ容疑者)について憶えている事といえば、コーヒーを入れたりコピーをとったりしてた事ですね」(以下略)

『アルカイダのナンバー3を逮捕』はでっちあげなのか、誤解なのか?今のところ真相は不明である。

ところで、パキスタン情報部がアル・リビ容疑者拘束を発表した直後に、ブッシュ大統領はその成果を強調して以下の声明を世界中に配信した。

「(今回の)逮捕によって、アメリカや他の自由を愛する人々にとって直接的な脅威となる危険な敵は排除された」
(His arrest removes a dangerous enemy who was a direct threat to America and for those who love freedom.)

ブッシュ大統領は、ブレア首相への疑惑に揺れる英国民を選挙直前に安心させたかったのだろうか?

オサマ・ビン・ラディンひとくちメモ:FBIが公開している国際手配書の説明によると、オサマ・ビン・ラディンの公式容疑は1998年の在タンザニア米国大使館爆破等で、911同時多発テロに関する容疑は書かれていない。・・・ということは、FBIの考えでは、ビン・ラディンは911テロに加担していない?!

2005/05/06

タクシーでバグダッド空港まで:料金は?

ザ・ネイション誌The Daily Outrage2005/05/02付け投稿を以下に全文翻訳掲載。

特別料金(Off the Meter)

by アリ・バーマン:ザ・ネイション誌The Daily Outrage2005/05/02付け投稿

昨年11月、或るセキュリティコンサルタントがデビッド・コーン(訳注:ジャーナリスト)話したところによれば、バグダッド市街からバグダッド国際空港までタクシーに乗ると、走行距離6マイル(約9.65キロメートル)で料金は6,000ドル(約62万6,540円)だった。今、その料金は3万5,000ドル(約365万4,164円)に値上がりしたという。最近、NBCの『ミート・ザ・プレス』に出演したニューヨークタイムズ紙のデクスター・フィルキンズ記者がティム・ラサーに話した内容から引用してみよう:

(番組ホスト)ティム・ラサー:
「空港からバグダッド市街まで、皆から“死の道路”と呼ばれてる高速道路が通ってましたね。そこで市街から空港行きのタクシーが出てますよね」
フィルキンズ:
「ええ、空港まで往復する以外何もしないタクシー会社がバグダッドに一軒ありますね。武装車両と警備員が同行するやつです。料金が3万5,000ドルで・・・」
ティム・ラサー:
「3万5,000ドル?!」
フィルキンズ:
「空港に行くだけでね。それで、飛行機に乗り遅れて市街に戻るとなると、さらに3万5,000ドル支払うわけです。しかし・・・」
ティム・ラサー:
「距離は・・・6マイルでしたっけ?」
フィルキンズ:
「だいたい6マイルですね。ありがたくない距離です。まあそれで、連中は金を稼いでいるんです」
ティム・ラサー:
「なぜ米軍は・・・もしくはイラク人(警察官)は、道路の警備ができないんでしょうね?」
フィルキンズ:
「本当に不思議ですね。実に危険な場所を通っている道路なんで・・・つまり、(政府と武装勢力の)どちら側の人間も使うわけですから・・・真夜中になると、武装兵が爆弾を仕込んで攻撃を仕掛けるわけです」(以下略)

死の道路”では、ごく最近も、アメリカ人人道活動家のマーラ・ルジーカが自爆テロ攻撃で殺されている。“死の道路”はまた、米軍の占領体制における計算違いの象徴的存在となっている。リチャード・マイヤーズ将軍は、気まぐれな宣言をしてから数ヶ月経過して、“武装勢力の勢いが全く衰えていない”ことをようやく認めた。そして現在の状況は、“1年前からほとんど改善されていない”。武装勢力は1日に50から60回攻撃を仕掛けており、国民選挙直後の小康状態から増加している。先週木曜日から、アメリカ兵11人を含めて少なくとも127人が、25回以上のテロ攻撃によりで死亡している。週末に発生した劣悪な事件を除いても、過去6週間でイラク人保安部隊員300人が死亡した。

「週ごとに違うし、数ヶ月でまた状況は変化する」マイヤーズ将軍は言う。「しかし、2003年5月から現在までという見方をすれば、皆さんの結論づけた通りだ」。結論としては、バグダッド陥落から2年経過して、14万の同盟軍は、自分達よりはるかに装備の劣る反乱軍のゲリラ攻撃から、6マイルの高速道路を守れないというわけなのだ。

結果として、水道設備、下水、電力の復興や、イラク人の就業に使われるべきお金が、うなぎ上りの治安費用に転用されてしまっている。9ヶ月間で3度、ブッシュ政権はイラク復興計画を書き直している。「あらゆる建設計画において、費用の35%ほどが従業員の保安のために使われる」フィルキンズ記者はラサーに語った。「問題は暴力であり、復興努力のほとんどが暴力によって圧倒されてしまう」

おそらく、新内閣誕生の合意と新首相イブラヒム・アル・ジャファリへの権限委譲が事態好転への契機となるだろう。しかし、アーマド・チャラビ首相代理(そして暫定イラク石油収入監査担当)と彼の甥で大蔵大臣を務めるアリ・アブデル・アミール・アラウィには、イラクの問題を解決できるようには見えない。当分は、空港へのタクシー代金が3万5,000ドルから値下がりするようなことがあれば、イラクの状況が好転したといえるのだろう。
(以上)

2005/05/03

ラムズフェルドが獄中のフセインと交渉?「釈放するから武装勢力鎮圧に協力を」

「我々は武装解除というものを知っている。交渉などあり得ない。」
We know what it means to disarm. There's no negotiations.

イラク侵攻前の2003年1月31日、ブレア首相との共同会見におけるブッシュ大統領の発言

アル・ジャジーラ2005/05/01付記事より。以下に全文を翻訳掲載。(記事中リンクは訳者による)


ラムズフェルド、サダムに釈放提案との報道(Rumsfeld offered Saddam freedom- Report)

アル・ジャジーラ2005/05/01付記事

ドナルド・ラムズフェルド米国防長官は、獄中の前イラク大統領サダム・フセインと極秘裏に面会し、釈放と通常生活への復帰を約束する代わりに、テレビでイラク武装勢力への停戦呼びかけを行うよう提案していた、と報じられている。

ロンドンを拠点にしたアラブ系新聞Arab daily Al-Quds Al-Arabiの記事を引用したイスラエルのオンラインメディアYnetnewsの報道によると、サダムはその提案をすぐに拒絶したとの事。

アラブ・デイリー紙が報じるところによると、サダムとの面会は、2週間ほど前にラムズフェルド長官がイラクを電撃訪問した際に行われたが、面会の事実を知るのは在ヨルダンのイラク高官数名だけであるという。

およそ2週間前には、英国の新聞デイリー・テレグラフが、イラクの武装集団がサダムの減刑と引き換えに攻撃停止をするという取引を申し出ていると報じている。

しかしながら、或るイラク政府高官の話によれば、サダムのバース党が政権復帰を要求しているとも報じられている。
(以上)


英テレグラフ紙2005/05/02付け記事によれば、米国防総省はイラク駐留軍の撤退を今年12月から開始するつもりでいるらしい。ラムズフェルドとしては、武装勢力の銃弾が飛び交う中、兵士達がバグダッド空港をヘリで脱出するような事態はなんとしても避けたいのだろう。
Shaking Hands: Iraqi President Saddam Hussein greets Donald Rumsfeld, then special envoy of President Ronald Reagan, in Baghdad on December 20, 1983.

永遠の友情を誓い握手する二人:1983年12月20日、バクダッドにて(source

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