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2005/10/10

イラクの米軍基地を支えるアジアの貧困層

この世界には皆が共存できる余地があり、偉大なる大地には人類全体を養う富がある。
人生とは自由で素敵であるはずなのに、我々は道を見失ってしまった。
貪欲が人々の魂を汚し、世界を憎悪で隔て、我々を悲惨な流血へと行進させている。

In this world there is room for everyone, and the good earth is rich and can provide for everyone. The way of life can be free and beautiful, but we have lost the way. Greed has poisoned men's souls, has barricaded the world with hate, has goose-stepped us into misery and bloodshed.

---チャールズ・チャップリン:『独裁者』ラストシーンの一節より(1940年度作品・演説全文

サンフランシスコの優秀な企業監視団体であるCorpWatchが公開している2005年10月3日付け記事を全文翻訳して以下に掲載。(文中リンクは訳者による)

血と汗と涙:イラクの米軍基地を支えるアジアの貧困層
Blood, Sweat & Tears:Asia’s Poor Build U.S. Bases in Iraq

by デビッド・フィニー:CorpWatch特別寄稿版2005年10月3日掲載


ジン・ソリマンは、家族を故郷のフィリピンに残して、きちんとした仕事に就くつもりでいた・・・イラク駐留米軍基地キャンプ・アナコンダの倉庫作業だ。ジンの新しい雇い主、ドバイのプライム・プロジェクト・インターナショナル社(PPI)は、ペンタゴンと巨額の事業契約を結んでいるハリバートン社の下請け企業としては大手だが、あまり目立たない分野で米軍の業務を支えている。

しかし、ソリマンの稼ぎは、ハリバートンの技術・建設部門を担当する子会社ケロッグ・ブラウン&ルート社が合衆国から連れてきたトラック運転手や事務員、その他従業員の給料・・・着任時の年収8万ドルから、時に10万ドルを超えることもある・・・にはとても及ばない。その代わりに、35歳で二人の子の親であるソリマンの稼ぎは、残業代を含む週40時間労働という条件で、月収615ドルほどになる。この条件では、時給3ドルといったところだ。しかし、ソリマンや同僚が実際に働くのは1日12時間、週7日間が普通で、実質は時給1ドル56セントになってしまう。

ソリマンは一年の稼ぎである7,380ドルの大半を、フィリピンに残した家族に仕送りすることにした。フィリピンでは、失業率と不完全雇用率の合計は28%を超える。マニラでは、住民の平均年収は4,384ドルで、世銀の見積によれば、フィリピンの抱える8,400万人の国民のおよそ半数は、1日あたり2ドル以下で暮らしているという。

「私は平均的な人間です」マニラ近郊のケソンシティにある自宅から、ソリマンは電話インタビューの最中に言った。「あれはいい稼ぎでした」

彼の野望は、イラクで働く多くのアメリカ市民同様、控えめなものだ。「貯金をして、家を買って家族と住みたいんです」ソリマンは言った。

そうしたささやかな夢のために、ソリマンのような低賃金労働者が、36カ国以上の国から1万人ほど、イラクに出稼ぎに来ている。労働者達は、軍務・建設業務を提供するために雇われた、ハリバートンや他の合衆国大手政府契約企業の主導する復興計画に参加する企業からの求人に惹かれてやってきたのだ。

業界用語で『第三国人労働者』(third country nationals:TCN)と呼ばれる彼等は、アジア地区の概して貧困な国家---フィリピン、インド、パキスタン、スリランカ、ネパール等---や、トルコのような中東各国から働きに来ている。イラクにくると、第三国人労働者はトラック運転手、建設作業員、大工、倉庫作業員、洗濯作業員、料理人、会計士、美容師、その他各種労働に従事し、月収200ドルから1,000ドルの収入を得ている。

目立たない陸軍の低賃金労働
そうした1万人ほどの第三国人労働者達は、合衆国の戦争を支えるために雇われた民間人労働力としては、史上最多記録を更新している。彼等は、イラクで活動する企業の複雑な階層の中で雇用されている。ピラミッドの頂点は合衆国政府で、過去2年間で240億ドルの事業予算を託されている。そのすぐ下の階層にいるのは、ハリバートンやベクテルなどの元請企業だ。その下には、数十社の下請企業---大半は中東を拠点にする企業で、PPI社、ファースト・クウェート貿易請負社(First Kuwaiti Trading & Contracting)、クウェートのアラーガン・トレーディング社(Alargan Trading)、ガルフ・ケイタリング社(Gulf Catering)、サウジアラビアのサウジ貿易建設社(Saudi Trading & Construction Company)等が並ぶ。そうした企業が、イラクで大量の労働者を募集・雇用しており、イラク侵攻以来、元請企業に労働力を提供することで急成長している。

この階層システムにより、元請企業はコスト削減を達成したが、追跡調査が困難な企業間契約により会社の責任関係は不明確にされ、合衆国政府の監査を妨げる要因を作り出している。今年4月には、合衆国議会の調査機関である会計監査院が、イラクで業務に従事している合衆国市民及び外国人労働者の正確な把握は不可能であると結論づけている。

会計監査院の調査は、米国企業と下請企業の従業員に対し、法律上義務付けられる保険の費用をめぐる懸念が議会で提起されたことがきっかけであった。その費用は合衆国政府が負担することになるからだ。

「信頼性あるデータを取得するのは困難である」会計監査院の報告は記している。「困難となった原因の一端は、下請け企業の膨大さと、その請負関係の複雑な階層構造によるものである。」

基地の維持や兵士への食事提供等、兵站支援業務の外注化が、納税者にとってはるかに費用効率の良いものであるという国防総省の主張においては、地元下請け企業の下で働く第三国人労働者の安い賃金は、重要な根拠になっている。

しかし、この節約術には人的損失が派生する。イラクから米国に帰国した元従業員の多くが、地味だが必要不可欠の低賃金労働者で構成される陸軍部隊の労働条件の酷さに驚いたと話している。彼等の話によれば、第三国人労働者は、混雑したトレイラーの中で就寝し、雇い主から配給される「残飯」を食べるために、摂氏37度を超える炎天下で行列を作っているという。多くの労働者は適切な医療サービスを受けられず、1日10時間以上、週7日間働いても、残業代はほとんど、あるいは全く支給されない。ほとんどの労働者には、業務に必要な安全性の配慮もなく、迫撃砲やロケット攻撃から身を護る装備も提供されていない。銃撃や、基地へのロケットや迫撃砲攻撃があると、アメリカ人従業員はヘルメットと防弾ベストを着用するが、第三国人労働者はシャツ一枚で、寝床となっている壊れそうなトレイラーの中に隠れることになる。

こうした危険な労働環境に加えて、多くの第三国人労働者は、期待通りの給与が支払われていないと表立って不平を言っている。他にも、雇い主が「オトリ販売」の手法を行っているとの批判もある。採用の際にはクウェートや中東諸国での勤務を謳いながら、後にイラク勤務を強制したのだ。これら問題の全てが、労働紛争やストライキ、勤務中の抗議行動を生む温床になっている。

イラクで勤務する第三国人労働者の正確な人数は不明だが、ハリバートン社自身によるおおざっぱな見積によれば、イラクで軍事支援業務に従事するハリバートン傘下の労働者48,000人の内、第三国人労働者の割合は35%を占めるという。『民間兵站増強計画契約(LOGCAP)』という呼称で知られる契約---イラクでの労働契約の大半を占める---は、総額150億ドルを超えようとしている。しかしながら、安全上の懸念を示しながらも、テキサス州ヒューストンに本社を構えるハリバートン社やその他の大手軍事契約企業は、10万人以上と推定される労働者について、詳細を公表しようとしない。

高いリスク、低い利益
「どれも単調な仕事だ」元ケロッグ・ブラウン&ルート社(KBR)監督官で、54歳のスティーブ・パウエルは、テキサス州エイズルで話した。「しかし彼等(第三国人労働者)の多くは一流だよ。」

今年5月に、パウエルはダイアモンドバック基地から戻ったばかりだ。彼の話では、KBR社の従業員の離職率の高さと、KBR社の下請けをしたトルコの企業が雇用する第三国人労働者への対応には幻滅させられたという。

「フィリピン人達は月収600ドルから1,200ドル稼いでた。彼等にとっては良い金額だが、日増しに緊張関係は高まっていた。彼等はあらゆる仕事をやらされてると考えることもしばしばだった」パウエルは言う。トラック運転手として30年の経験を持つパウエルは、KBR社のトラック整備主任として1年間イラクに勤務し、月額6,000ドルから8,000ドルの収入を得ていた。「私達は自分の手を汚すこともなかったんです。」

第三国人労働者は、汚れ仕事に従事するだけでなく、米軍で働く多くの人同様に、命を落とすリスクを負っている。労働者の多くは迫撃砲の犠牲になっている。撃たれる者もいる。死ぬ前に人質として拘束される場合もある。とりわけ陰惨な事件となった2004年8月30日の事例では、ヨルダンの企業に雇用されていた調理師と掃除夫からなる12人のネパール人を人質にとった犯人が、その内1人を斬首し、処刑ビデオをネット上で公開し声明を出した:「イスラム教徒と戦いユダヤ人やキリスト教徒に仕えるためにやってきた仏教徒である12人のネパール人に対し、我々は神の教えを実行したのだ。」

この事件により、ネパール政府は市民に対してイラクへの出稼ぎを禁止すると決定したが、相変わらずイラクで活躍する企業はネパール人の雇用を継続している。

第三国人労働者の犠牲者数について、国防総省は包括的な記録をしていない。しかし、ジョージア州に拠点を持つNPOサイト「イラク同盟軍犠牲者統計(Iraq Coalition Casualty Count)」によれば、一般市民犠牲者269人中、第三国人労働者は100人以上となっている。未報告分の犠牲者の実数は、それをはるかに超えると見られている。

第三国人労働者の1人であるソリマンは、2004年5月11日の夜に死地から脱出している。アナコンダ基地で、彼の住まいであるトレイラーの一部が爆破されたのだ。冷笑的に「迫撃村」とあだ名の付いた同基地は、バグダッドから北に42マイル(約67キロメートル)にある。1万7,000人の米軍兵士と数千人の契約労働者が、長期占領体制のために、かつてイラク空港だった同地に詰めている。

ソリマンと一緒に居た労働者3人も、その夜に負傷した。同僚の1人、25歳の燃料補給係員レイムンド・ナティビダッドは殺された。ソリマンは、祖国で医療サービスを受けるために、車椅子にのってフィリピンに帰国した。しかし、外科手術と皮膚移植の後でも、足に慢性的な痛みを感じるという。医師の説明では、ソリマンはこの先の人生を、手榴弾の破片が残った足で歩まなければならない。

「あまりに深い場所にあるので」摘出できない、とソリマンは言う。

同事件により、アナコンダ基地に勤務する1,300人のフィリピン人労働者達は動揺した。PPI社に雇われていた600人ほどのフィリピン人が、事件直後に安全性を懸念して辞職した。「もはや、フィリピン人は誰も、洗濯と燃料補給を受け持つこの酷い場所で働きたくないでしょう」バグダッドのフィリピン大使館高官は言った。「業務は停滞しています。」

2004年7月半ばまでに、フィリピン軍は「有志連合」を辞退し、43人の兵士と8人の警官を予定より1ヶ月早くイラクから撤退させた。撤退が早まった原因は、サウジアラビア貿易・建設社に雇われた46歳のトラック運転手で、フィリピン人アンジェロ・デ・ラ・クルーズが武装勢力の人質となり、犯人が斬首すると脅迫したからであった。撤退して1日後、人質拘束犯は8人の子を持つアンジェロ氏を解放した。フィリピンに帰国したアンジェロ氏はメディアから無事帰還の大歓迎を受け、無料の住居と子供の奨学金を提供された。

ソリマンの帰還を祝うニュースの見出しがマニラ中で溢れてから1ヶ月後、無職となったソリマンは、米軍兵士達について好意的に話している。PPI社監督官は、労働者が米軍兵士と会話することを禁止していたということだ。

「陸軍は私達を友人のように扱ってくれました」米陸軍工兵部隊が、倉庫作業員として基地で食料供給作業に従事したソリマンの貢献を讃えて賞状を与えた件を引き合いに出しながら、彼は話した。

PPI社に対するソリマンの思い出は喜ばしいものではない。上司は口汚い人物で、労働者を罵倒し、職場で出された食事も食用とはいえないシロモノであったという。PPI社は従業員に対して、故郷への電話を月2回、1回5分以内に制限し、通話料を給与から差し引いていた。

「通話料はPX(米軍基地内の売店)の電話より10ドル高かったけど、もし社外で電話をかけているのが見つかったら、クビになってしまうんだ」ソリマンは言った。

元KBR社監督官達は、第三国人労働者が、アメリカ人やヨーロッパ人労働者が耐えられないような、厳しい労働環境と残業に直面しながら働き続ける理由はわからないと話している。

「第三国人労働者達は、残業その他で非常に困っていました」テキサス州カービルのシャロン・レイノルズは言う。「4ヶ月間も給与が支払われなかった事もありましたね。」

元KBR社監督官として、今年4月までイラクに11ヶ月間勤務したレイノルズの話によれば、彼女はバグダッド近郊のビクトリー基地で、PPI社に雇われた665人の第三国人労働者の勤務時間表を管理する立場にあったという。かつてサダム・フセインによって、オリンピック競技クラスの水泳プールと特別なイベントや釣りのために人工的に作られた湖を備える宮殿跡の基地では、1万4,000人の兵士とアメリカ人労働者が詰めている。

しかし、第三国人労働者達は非常に少ない稼ぎで生活しなければならなかった。「彼等は病欠手当てもないし、もしかしたらPPI社には保険もなかったかもしれませんが、なにしろ誰もそれについて話さないので・・・」レイノルズは思い返した。「第三国人労働者達は残業手当やその他非常に困窮していましたので、彼等が靴やきちんとした身なりを得るために、私が彼等の弁護にまわることもありました。」

生活環境については、第三国労働者は「気温が60度近い外で食事を摂っていました」彼女は言う。アメリカ人労働者と米軍兵士はエアコンの効いたペガサス・ダイニングルームという施設で、KBR社の提供する即席グリル料理、サラダ、ピザ、サンドイッチ、アイスクリーム等を食べていた。

「第三国人労働者達は、プレートを持って行列に並び、大きな古びた壷から取り出されたカレーや魚を受け取ってました」レイノルズは信じられない面持ちで言った。「まるで強制収容所みたいでした。」

基本的な安全管理面でも、第三国人労働者に対しては二重基準が適用された。「警報が発令されても、彼等は防護服もなにも持っていないのです」レイノルズは言う。「警報発令中に、私達がヘルメットと防弾ベストを着て歩き回っていると、彼等は何が起きたかわからない様子で見ているのです。」

業者の言い訳
従業員の扱いに関する批判に対して、ドバイのPPI社からは何の返答も得られていない。「誰もコメントしたくないと思いますよ」電話に出た窓口担当者は答えた。役員への直通番号やメールアドレスについても教えてもらえなかった。

PPI社に関する情報はほとんど公開されていないが、他社の話によれば、同社の経営者はハリバートンとの緊密な関係を自慢しており、クウェートやサウジ・アラビアにおけるハリバートンの事業に関わったスタッフから社内情報を得ているということであった。複数の関係者によれば、PPI社はボスニアやキューバのグンタナモ刑務所でもハリバートンの下請け企業として活躍していたという。

ハリバートン社の広報担当者メリッサ・ノークロスは、同社とPPI社の間のいかなる資本関係についても否定している。ハリバートンは「日常的な危険に直面しながら、イラクや中東に駐留する兵士達に仕えている」従業員と下請け業者に誇りを持っているとノークロスは言い、ハリバートンは下請企業全てに、雇用した労働者に適切な生活と労働条件を提供するように指導していると付け加えた。

「KBR社は厳格な倫理基準の下に運営されており、単に品位基準だけではなく、労働者の雇用に際しても威厳と敬意を示すように確約しています」ノークロスはメールで返答している。同社は「過去に下請け業者とその被雇用者の間で問題があったのは承知しており、KBR社は適宜仲介に入り問題解決のために業者と共に尽力してきました。」ということであった。

第三国人労働者の雇用条件と、イラクとクウェートで勤務するKBR社マネージャーのレモ・バトラーが関わった過去の事件で、どのような問題があったかについては、ノークロスはメールでの詳細説明を避けている。しかし、ノークロスの説明によれば、もしも不正や契約違反が発覚したならば、ハリバートン社は問題解決に乗り出し、「然るべき当局筋や、顧客である米陸軍にも報告する所存です。」

しかしながら陸軍は、全く事態を知らないか、無視を決め込んでいるようだ。KBR社との契約を監督する米陸軍野外兵站支援部門の広報担当官マーガレット・A・ブラウンによれば、民間兵站増強計画契約(LOGCAP)を締結した請負企業は、医療、安全、生活支援の必要条件を、下請け企業に対しても満たすように要求されているという。

「あなたが言及している件は深刻な問題であり、現在詳細を調査中です」KBR社監督官と第三国人労働者の間で起こった問題について、彼女は説明している。「全ての労働者の就業環境を懸念しています」ブラウンはメールでそう言いながら、民間兵站増強計画契約(LOGCAP)においては、KBR社は外注先企業に対しても労働者の健康管理、安全、生活支援条件を満たすよう指導しなければならないと説明している。しかし、契約条件の施行監査範囲はハリバートン社とその下請け企業(KBR社)までに限定されている。

イラクへの異動
ハリバートンや陸軍の説明と裏腹に、元KBR社監査官の証言によれば、彼等はしばしば外注先企業が契約どおりの労働条件を満たしていない事態を目撃している。多くの第三国人労働者の説明によれば、彼等は騙されたと感じており、元はクウェートでの勤務を条件に契約したのに、雇い主が勝手にイラクに変更したという恐ろしい話が交わされている。

「まさかイラクに来るとは思わなかった」MGMワールドワイド・マンパワー&ジェネラルサービス社に雇われたラミル・アウテンシオは言う。37歳の空調整備担当者である彼は、月収450ドルで、クウェートのクラウンプラザホテルで働く契約だったという。

ラミルはクウェートに2003年12月に到着したが、そこでファースト・クウェート社が彼の雇用契約を買い上げた事実を知った。現在10億ドル相当の米連邦政府契約を抱える同社は、ラミルや他のフィリピン人労働者がイラクに行くことを承知しないなら、クウェート警察に逮捕させると労働者達を脅迫したという。「連れて行かれる以外に選択肢がなかった。なにしろ、あそこは彼等の国なんだ。」

イラクに到着すると、現地に整備すべき空調システムが存在しないと知ったアウテンシオは、最初はアナコンダ基地、後にティクリートで、基地の防衛強化のために「岩を移動させる」業務に毎日11時間従事することになった。

食事は酷いもので、労働者への支払いもなかったという。「アメリカ人達の残飯を食べてましたよ。それがなければ、全く食べられなかった。」

仕事と生活環境も酷いものだったので、2004年2月に、アウテンシオは同僚達と職場を脱走した。フィリピン生まれの米軍兵士の1人が、脱走の手伝いをしてくれて、同情したKBR社のトラック運転手が国を出る足を提供してくれた。クウェート国境にさしかかった時、逃亡してきた労働者があまりに大量だったので、国境警察は正式な手続きなしで国境を通してくれた、とアウテンシオは言う。

ファースト・クウェート社のゼネラルマネージャーであるワヒド・アル・アブシの説明によれば、アウテンシオはウソをついているということだ。提示された証拠は、称されるところではフィリピンでアウテンシオが署名した労働契約書だ。アル・アブシは、無法な人材募集会社が時々間違った仕事の説明をして、応募者から金を巻き上げることがあると認めたが、アウテンシオの日付入り労働契約書には、勤務地についてクウェートと「大部分はイラク」という記述があるとしている。

契約書上では、給与についても提示されている。週7日、1日8時間で月給346ドルに、毎日2時間の残業で月間104ドルの手当てが付く。

アル・アブシは、アウテンシオへの給与はきちんと支払われていたと主張している。

「彼がこの件で私を訴えれば、彼の負けだ」アル・アブシは言う。「だからわが社を告訴しないだろう。」

アル・アブシの話によれば、ファースト・クウェート社は米陸軍と6億ドルの契約を交わしているという。同社はまた、バグダッドに建設する5億ドルの米国大使館建設計画の第一入札業者で、現在は3億ドル以上の準備業務契約を保持しているという。

不正募集の手口
ハリバートンの下請け企業と第三者による人材募集組織から苦行を受けた第三国人労働者は、アウテンシオだけではない。

ワシントンポスト紙は、インドから出稼ぎに来て、数カ国を跨いだ5人のリクルーターと下請け業者の迷路に囚われた食堂従業員の物語を通じて、複雑な人材募集の仕組みを記事で取り上げている。2004年7月1日の同紙記事によれば、インド人たちは、クウェート勤務という条件で騙されてイラクに連れてこられたと申し立てている。戦線の基地における彼等の労働環境では、適切な飲料水や医療サービスも安全保障もなかったという。

「私は自らの運命を呪いました。安心が得られることは全くなく、戻ることも出来ないし、(1日7ドル以下の給与で)動物のように扱われたのです」ダーマパラン・アジャヤクマールはポスト紙の取材に答えている。

アジャクマールの事件は、イラクにおける複雑な業務請負構造の典型例だ。労働者達はまず、サウジアラビアの首都リヤドにある食堂サービス企業ガルフ・ケイタリング・カンパニー社で勤務するために、インドにあるサブハシュ・ヴィジャイ社によって採用された。ガルフ・ケイタリング・カンパニー社はクウェートのアラガン・グループ社の下請けで、アラガン・グループ社は合衆国ユタ州ソルトレイクにあるイベントソース社の下請け、イベントソース社はテキサス州ヒューストンのKBR社の下請けだった。そしてもちろん、KBR社はハリバートンの子会社である。

ネパール人労働者クリシュナ・バハドゥル・カドカもまた、カトマンズ・ポスト紙の2004年9月7日付け記事上で、似たような物語について話している。クウェート勤務のために雇われたクリシュナは、クウェートに到着すると、ファースト・クウェート社から、もし彼と同僚121人がイラク勤務を拒否するなら、ネパールに送り返すと脅迫された。

「最初は不満でした。雇い主が、当初の約束である大型車輌の運転手の仕事をくれないんですから。しかし、175,000ルピー(2,450ドル)の報酬を提示されたので・・・クウェートではその半額も稼げませんから、書類にサインしたんです」カドカはそう言って、ネパールに居る仲介人に対して、すでに1,680ドルを前払いしたと付け加えた。

ファースト・クウェート社のゼネラルマネージャーによれば、当該疑惑はウソであり、カドカは職能について虚偽の申告をしていたと主張している。またしてもアル・アブシは、「主な勤務地はイラク」と書かれた労働契約書を論拠としている。

「カドカはトラブルメーカーだ。彼は労働者を結束しようとした」アル・アブシはそう言い、ファースト・クェウート社に雇用されている第三国人労働者数千人が昇給のために契約書を更新したと強調した。「わが社は従業員に特別気をつかっているのです」彼は言った。

ストライキなら、あんたはクビ
気をつかっているか否かはともかく、イラクで働く数百人のフィリピン人は、陸軍基地での労働条件に抗議するためのストライキと病欠闘争のために、解雇の危機に直面している。2005年5月、300人のフィリピン人が、クック基地でPPI社とKBR社への抗議のためにストライキを行った。マニラ・タイムズ紙によれば、その活動にはまもなく500人ほどのインド、スリランカ、ネパール人労働者が加わったという。争議はフィリピン外務省の介入により収束した。

ストライキの際、フィリピン政府は労働者をフィリピンに帰国させるために航空料無料を申し出た。当初、その申し出はフィリピン政府がイラクへの出稼ぎを再度禁止した4月に呼びかけられたものだ。報道によれば、フィリピン政府の申し出は、マニラの米国大使館の懸念事項となった。イラクのフィリピン人労働者を帰国させれば、米駐留軍の活動に支障をきたすということだった。

その後4月27日に、駐マニラ米大使館は自らの立場を表明した。米大使報道官カレン・ケリーの説明によると、フィリピン人労働者は「長い間困窮していた人々へ、平和と民主主義をもたらすための同盟軍による試みにおいて、重大な役割を担っており」、米大使館側は「フィリピン政府が自国民の繁栄に関心があることも認識している。」

その他のストライキについては報道がないが、元KBR社従業員ポール・ディンスモアは憶えていた。彼は大工として雇われ、後に大型トラック運転手として、イラク北部のティクリートで24マイル四方に渡り展開しているスペイサー基地の物流部門に異動した。ディンスモアが言うには、かつてイラク空港だった場所で彼が監督した労働者達は、ファースト・クウェート社に雇われたインド人、パキスタン人、ネパール人、フィリピン人で構成されていた。

2005年5月に帰国するまで、スペイサー基地で7ヶ月間勤務したディンスモアは、第三国人労働者が、就業を拒否し座り込みをする事態を3回経験したという。事情を聞いてみると、労働者達が言うには、ファースト・クウェート社が数ヶ月間給与支払いをしていないので、腹を立てているということだった。

「私が仕事に来る以前、2004年9月に数百人のフィリピン人労働者が、就業問題を理由に解雇されたと聞きました」ディンスモアは言う。第三国人労働者達に残業手当が全く支払われていないと聞いて、1日10時間の就業時間が終わると、労働者達を宿舎に返すように気を配るようにしたという。

パウエルやレイノルズのように、ディンスモアもまた、惨めな労働条件を列挙した。建築現場のフィリピン人達の話によれば、彼等は「西洋人の従業員から家畜のように扱われ、病気の際にも医療サービスは受けられなかった」という。

ディンスモアの話によれば、特に2004年から2005年にかけて悪性ウィルスが基地内で流行した際、自分の監督する労働者のために、何回も非処方箋薬を基地売店で購入したという。深刻な病状の際には、労働者をKBR社内の診療所に連れて行った。上司や診療所に勤務する医者の説明によると、第三国人労働者を診るのは社内規約に反するという。「労働者の治療をするのはファースト・クウェート社の責任だと言われましたね」ディンスモアは言った。

ディンスモアは、食料調達のために陸軍へも掛け合った。ファースト・クウェート社の提供する食事は酷いので、彼や他のKBR社従業員は、米軍用携行食を労働者に配給していた。「陸軍から配給が止められると、KBR社の従業員達は食堂棟からテイクアウト用食料を持ち出し、自分の監督する第三国人労働者に配布するようになった。「しっかり働いてもらおうと思ったら、食べさせたほうがいいですからね。」

そうした劣悪な労働条件にも関わらず、第三国人労働者達は仕事を予定より早く片付けた、とディンスモアは言う。彼は自分の業務に対してKBR社や米軍から贈られた褒賞は、労働者達のおかげだと讃えている。「現実には、第三国人労働者の働きなしには、スペイサー基地の建設業務はほとんど成立しなかったでしょう」ディンスモアはそう言って、「KBR社はようやく給与問題に取り組むことになったと聞きましたよ。」

ファースト・クウェート社のマネージャー、ワヒド・アル・アブシは、彼の会社が労働者に提供する生活環境と食事は、米軍が兵士達に提供するのと同じレベルであり、米陸軍からその件で賞賛されていると主張している。「わが社は労働者とうまくやっている。彼等は素晴らしい待遇を受けていますよ。」

砂でも食わせとけ
ビクトリー基地とバグダッド国際空港付近で、建設重機他設備を監督していた元KBR社班長ランディ・マクデールは、多くの下請け業者と第三国人労働者の惨めな労働環境と不適切な安全基準について認めている。

「私達は毎日Tボーンステーキみたいなものでしたが、彼等の食べてるものを食うくらいなら飢え死にしたほうがマシでしょう」PPI社の労働者達の状況を指して彼は言った。「私達は食堂に行く際に、彼等のために昼食を調達して現場に持ち帰ってました。第三国労働者達は食事が間に合っていなかったんです。」

マクデールは、15ヶ月勤務したイラクから、今年4月に「パリとテキサーカナの途中」のテキサス州ボガタ郊外牧場地帯の、35エーカーの土地にある、居住8年目のトレーラーハウスに戻っていた。

昇給前にも月収7,500ドルから8,000ドルを得ていたマクデールは、アメリカ人労働者は第三国人労働者との間に明らかに差を感じていた。「冬で気温が4度くらいの環境で、泥の中をサンダルで歩いている者がいた」インド人、スリランカ人、フィリピン人労働者を指して彼は言った。「コートすら持っていない者もいたな。」

自分の監督する労働者用に20人分の安全帽を要求すると、KBR社はマクデールに不平を漏らしたという。「なぜKBR社は、労働者が充分な装備を得られない件でPPI社を非難しないのだろう。合衆国ではあたりまえの条件なのに。下請け業者が未熟なら、契約をやめるべきだ。」

職場に戻りたい
現在、フィリピン政府はイラクへの入国を禁止しているが、隣国からイラクに密入国するフィリピン人の数は、禁止前の2003年には4,000人だったが、今では6,000人に増加している。

フィリピン国民は「本国で朝食、昼食、夕食を食べられない危機に直面するよりは、命を危険にさらしてもイラクで働くほうが良いと考えているんです」海外に出稼ぎする百万人以上のフィリピン人を支援する団体、ミグランテ・インターナショナルの事務局長、マイタ・サンティアゴは言う。

ファースト・クウェート社への苦情にも関わらず、アウテンシオは正常な食事と給与が確保されるなら、再びイラクに戻りたいと言っている。「国内でまともな仕事が見つからないのなら、海外でチャンスをつかみたい」マニラの都市部、パシグ・シティの自宅から、電話インタビューを通じて彼は言った。「でも、中古車を買って自分で仕事を始められるくらいの金がここで手に入るなら、どんな仕事でもやるよ。」

PPI社の問題に直面し、イラクで負傷したソリマンは、フィリピンに戻っても青ざめている。仕事もなく、彼の人生は崖っぷちを彷徨っている。妻と離婚したら、新しい家に移る計画も延期しなければならないだろう。ソリマンの話では、PPI社が医療費や数か月分の未払い給与を送ってくるかどうかは疑問だが、それもたいした問題ではないという。

彼にとって最大の問題は、新しい仕事を見つけることなのだ。「何かいい話があったら、知らせてください」インタビューの終わりに、ソリマンは言った。「なんなら、イラクに戻ってもいいんですよ。」
(以上)

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