カテゴリー

アクセスの多い記事

« 元NSA職員:「タイムズ紙の情報源は私」 | トップページ | オサマ・ビン・ラディンがまたしても合衆国攻撃を宣言 »

2006/01/16

ベトナム、イラク、そしてヒュー・トンプソンの死

ベトナム戦争時に米軍が行ったソンミ村虐殺事件で、同僚の砲火から住民を救った米軍兵士、ヒュー・トンプソン氏が死去した。今回は、訃報を伝えるAP通信2006年1月7日の記事以下に全文翻訳して掲載した。

米軍による市民虐殺を命がけで止めた米陸軍兵ヒュー・トンプソン氏は、戦場から帰還し故郷に戻ってからは、見知らぬ米国市民からの殺人脅迫電話に怯えることになった。自宅玄関にバラバラにされた動物の死骸が置かれることもあった。客で一杯の店に行けば、5分後には彼とバーテンダーの二人きりになったという。2004年5月のCBS放送『60ミニッツ』で、トンプソン氏は虐殺事件で生き残ったベトナム住民と対面を果たしている)

サイゴン陥落から30年以上経過した現在も、ベトナム戦争関係の報道は続いている。今年始めには、ラオスの共産勢力パテト・ラオと敵対したモン族を支援し、終戦後からラオス政府にずっと拘束されていた4人のCIA工作員が、ようやく釈放されたという報道があった。

昨年末には、40年前にベトナム従軍を逃れ軍を脱走し、偽名を使ってフロリダ州で中古車販売業を営んでいた元海兵隊員が、『米軍脱走兵逮捕部隊』によって拘束、起訴されている(一方で、ホワイトハウスに居る脱走兵についてはお咎めナシということだ)

さらに、ベトナム戦争激化のきっかけとなったトンキン湾事件---停泊中の米軍艦が北ベトナム軍により攻撃されたという騒動---が米国側による捏造であったという疑惑は、昨年機密解除された公式文書により正式に確認されている。具体的には、当時北ベトナム軍の通信を傍受していたNSA(米国家安全保障局)が、傍受内容を意図的に歪曲していたというのが真相であると、2001年にNSAの極秘内部調査を担当した歴史家が明かしている

NSAによって歪曲された情報は、当時の大統領リンドン・ジョンソンによって議会に提示され、ベトナムへの積極軍事介入の口実となり、米国は泥沼の戦争に嵌っていった。

一方で、ジョンソン大統領がベトナム戦争を拡大させる以前、前任者であるケネディ大統領は、1962年から63年にかけて、北ベトナム側と第三国を通じて連絡をとり、外交手段による紛争解決の道を探っていたという歴史秘話も、新たに公開された文書で明らかになっている

1963年11月、ケネディは暗殺された。

ケネディの後任となったジョンソン大統領は、出身地テキサスの軍事兵站企業ブラウン&ルート社から選挙資金を現金で受け取っていたという。そのブラウン&ルート社は、現在ではチェイニー副大統領がCEOを務めたハリバートン社の子会社として、米政府のイラク戦争兵站業務を大量受注している。

開戦の口実から泥沼化、背後に蠢く組織まで、ベトナム戦争とイラク戦争はとても似通っているわけだ。

ベトナム戦争では、22万4,000人の南ベトナム軍兵士、110万人の北ベトナム軍兵士、200万人のベトナム市民が死亡したと言われている。米軍の戦死者数は5万8,245人で、米軍兵士1,800人以上が現在も『戦闘中行方不明(MIA)』。

また、ベトナム戦争退役米軍人の内約85万人が、現在も戦傷障害年金を受け取っており、合衆国政府の負担する年金費用は年間86億ドル(約9,826億円)となっている。

ベトナム・ミライの英雄ヒュー・トンプソン・ジュニア氏が62歳で死去

by ジェシカ・ブジョール記者:AP通信2006年1月7日付記事

ベトナム・ミライ地区(ソンミ村)の大量虐殺事件で、米兵の虐殺行為からベトナム市民を救った元陸軍ヘリコプターパイロット、ヒュー・トンプソン・ジュニア氏が1月6日早朝に死去した。62歳だった。

1968年に発生した同虐殺事件で、トンプソン氏が果たした役割は長い間知られずにいた。トンプソン氏は米ルイジアナ州アレクサンドリアの退役軍人医療センターで死亡したと、同病院のジェイ・デワース広報官は伝えた。

トンプソン氏の伝記作家で近親者であるトレント・アンガーズ氏の話では、トンプソン氏の死因はガンであったという。

「彼等は助けを求めて私を見つめていた。背を向けて去ることはできなかった。」AP通信が1998年に行ったインタビューで、トンプソン氏は当時を振り返って話している。

1968年3月16日の早朝、ベトナム・ミライ地区の村落で、トンプソン氏と、同乗していた射撃手ローレンス・コルバーン氏、グレン・アンドレオッタ隊長の3人は、米軍兵が地元市民を虐殺している場面に遭遇した。

トンプソン氏らは、米軍兵の砲火の前にヘリコプターを着陸させて、ベトナム市民を避難させ、虐殺を止めさせるために、米軍の地上部隊へ銃を向けた。

コルバーン氏とアンドレオッタ隊長は、米軍地上部隊の指揮官に向かって行くトンプソン氏を援護した。トンプソン氏は地下壕に隠れた市民を説得して避難させ、負傷した子供を病院に運ぶために再度ヘリコプターを着陸させた。トンプソン氏らの行動により、ミライ地区に休戦命令が発令されることになった。

1998年、米陸軍は、戦闘行為以外の勇敢な行いに対する陸軍最高位の勲章である「軍人勲章」を、トンプソン氏ら3人に贈呈し栄誉を讃えた。ミライの虐殺事件から3週間後に戦闘で死亡したアンドレオッタ氏は、死後に叙勲することになった。

「彼等の行為を導いたのは、自らの身を危険に晒しても正しいことをするという能力である」1998年の勲章授与式でマイケル・アッカーマン陸軍少将は言った。「(3人は)全ての兵士が従うべき基準をもたらした。」

虐殺を指揮したウィリアム・L・キャリー小隊長は、有罪判決を受け終身刑を宣告されたが、当時大統領だったニクソンの恩赦により、3年間の執行猶予に減刑された。

セイモア・ハーシュ記者は、フリーランスのジャーナリストとして1969年に虐殺事件を暴露しピューリッツア賞を受賞した。ミライの虐殺事件は、合衆国内で反戦気運が湧き上がる契機となる重要な出来事となった。

ハーシュ氏はトンプソン氏について「善人の1人」と評した。

「どれほどの勇気が彼をその行為に駆り立てたのか、想像もできない。」ハーシュ氏は言った。

ハーシュ氏の報道においてトンプソン氏の物語は重要な部分を占めており、議会でも証言したが、ミライの虐殺を終わらせる際にトンプソン氏が果たした役割については、ドキュメンタリー作品中のインタビューを観たクレムソン大学名誉教授のデビッド・イーガン氏が、1980年代後半に署名運動を率いて1998年の叙勲を導くまで、ほとんど知られることがなかった。

「彼こそ、勇気ある行動によって米軍に道徳と威厳を与えた人物なのです。」チューレーン大学歴史学教授ダグラス・ブリンクレイ氏は評した。

トンプソン氏は、彼を非国民と見なす人々によって、長い間酷く冷遇されてきた。「ミレイ虐殺で唯一罰せられるべき兵士はトンプソン自身だ」という怒れる議員の発言を、トンプソン氏は回想していた。

時が過ぎて、トンプソン氏は次世代の兵士達の模範となった・・・米陸軍士官学校で行動科学と指導学部門の責任者を務めるトム・コルディッツ大佐は言う。大佐によれば、年に一度、トンプソン氏は同校で自らの経験を講演していたという。

「トンプソン氏のおかげで生き延びた人は、ベトナム以外にも大勢いるでしょう。彼の話を聞いて、自らの部隊を統制できた者もいるのです。彼が実際にどれだけの命を救ったのか、我々は決して知ることはないでしょう。」
(以上)

« 元NSA職員:「タイムズ紙の情報源は私」 | トップページ | オサマ・ビン・ラディンがまたしても合衆国攻撃を宣言 »

遥かなる平和への祈り」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/1730/8184753

この記事へのトラックバック一覧です: ベトナム、イラク、そしてヒュー・トンプソンの死:

» 「大変な世の中」とはいうけれど・・・ [Make Your Peace]
「最近、物騒な世の中になったなぁ」 「いろんな事件があって、なんか、すごい不安やなぁ」 「世界各地で紛争とかあって、いやな世界になったなぁ」 ここ数年、社会は悪い方向に変わってしまったんじゃないか、というような雰囲気が随所に見受けられますよね。 ほんとにそうなのかな? ちょっと疑問に感じる時があります。 昨日、10年前に放映されていた某放送局スペシャル「映像の世紀」を観ました。20世紀はとても大変な時代だったんだと改めて思いました。 でも、もっと遡ってみて、戦争が日常茶飯事だった時代... [続きを読む]

» 日韓は、腹を割って話しても簡単にはわかりあえないけれど・・・「その河をこえて、五月」 [読んだもん勝ちBLOG]
皆様、新年おめでとうございます。 毎年、食べ過ぎで動けなくなるお正月。「今年こそ [続きを読む]

» 対サイバーテロ 重要度リスト [英文 ダウジング翻訳のメモ]
今日はネッドの記事がお休みなので英語の先生に頂いたテキストを翻訳します。Bruce SterlingというSF作家の文です。典拠と日付は今のところわかりません。(誤訳あり)(苦手分野) サイバーセキュリティー 電産複合体 FBIは全米情報基盤を保護するために、大掛かりな複数機関設置計画を立てている。ITポリスとNetworkスマート爆弾にご用心! By Bruce Sterling 情報化時代の夜明けから、コンピュータセキュリティ特攻隊はいつも4人の敵と戦ってきた。〓児童..... [続きを読む]

» 対サイバーテロ 重要度リスト [英文 ダウジング翻訳のメモ]
今日はネッドの記事がお休みなので英語の先生に頂いたテキストを翻訳します。Bruce SterlingというSF作家の文です。典拠と日付は今のところわかりません。(誤訳あり)(苦手分野) サイバーセキュリティー 電産複合体 FBIは全米情報基盤を保護するために、大掛かりな複数機関設置計画を立てている。ITポリスとNetworkスマート爆弾にご用心! By Bruce Sterling 情報化時代の夜明けから、コンピュータセキュリティ特攻隊はいつも4人の敵と戦ってきた。〓児童..... [続きを読む]

» ベトナム、イラク、そしてヒュー・トンプソンの死 [FWF -フットボールは未来の兵器である-]
ベトナム、イラク、そしてヒュー・トンプソンの死 ベトナム・ミライ地区(ソンミ村)の大量虐殺事件で、米兵の虐殺行為からベトナム市民を救った元陸軍ヘリコプターパイロット、ヒュー・トンプソン・ジュニア氏が1月6日早朝に死去した。62歳だった。 「彼等は助けを求めて私を見つめていた。背を向けて去ることはできなかった。」AP通信が1998年に行ったインタビューで、トンプソン氏は当時を振り返って話している。 1968年3月16日の早朝、ベトナム・ミライ地区の村落で、トンプソン氏と、同乗していた射... [続きを読む]

» 天を仰ぎ見る者 [Make Your Peace]
スーパーマクロな話をします。 40億年前、直系400kmの小惑星が地球に激突し、そのエネルギーで熱せられた岩石が蒸発し、摂氏数千度の岩石蒸気となって地球を覆いました。このとき生き残ったのは、地下1500mあたりに生きていたカビのような微生物で、彼らが今の地球の生き物全ての祖先です。 6億年前、メタンと酸素のバランスが崩れ、地球は平均気温摂氏-50度の極寒の惑星になり、生き残ったのは温泉とその周囲にいた微生物だけでした。 2億5000万年前、スーパープルームと呼ばれる大噴火が起こって... [続きを読む]

» ■Rescue Dawn レスキュー・ドーン [ツボヤキ日記★TSUBOYAKI DIARY]
■原題:Rescue Dawn レスキュー・ドーン ●1966年、アメリカからヴェトナムに派兵されたディーター・デングラー。彼は最初の任務中、ラオスで撃たれて捕虜になった、という。ベトコンの執拗な拷問、飢えの中でデングラーはどうやって死の淵から脱出し、アメリカに生還するこ... [続きを読む]

» GIVE PEACE A CHANCE [SWANの 「Trust me!」]
私達の望んでいるのものそれは?    “PEACE!” ただそれだけ・・・・ 戦 [続きを読む]

» Hugh Thompson の死亡記事から [Looking for Mr.Goodbar]
Hugh Thompson の死亡記事がいくつかの新聞に掲載されました。振り返ると高3の夏休み直前にアポロが月面に着陸し、2学期には友人が自殺し、受験直前になってソンミでの虐殺が紙面を賑わしました。ソンミとトンプソ...... [続きを読む]

» [stage]NODAMAP「ロープ」 [mokka1967の日記]
会場は渋谷Bunkamuraのシアターコクーン。今回は初めて1階のバルコニー席だった。前列だったので見やすかったけど、足が延ばせいのはキツいですね。平日でも2階バルコニーに立見の人が多かったです。 劇場に入るとギルバート・オサリバンが流れていて、懐かしい。”Get Dow... [続きを読む]

« 元NSA職員:「タイムズ紙の情報源は私」 | トップページ | オサマ・ビン・ラディンがまたしても合衆国攻撃を宣言 »

2016年5月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31