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2006/05/30

ポール・クルーグマン:「私達の病める社会」

NYタイムズ紙に5月5日付で掲載された経済学者ポール・クルーグマンの連載コラムを以下に全文翻訳して掲載。(文中リンク・注は訳者による)

クルーグマンがコラムで嘆くように、米国の医療システムは党派に関係なく問題視されており、その改善政策案は2008年度大統領選挙の争点のひとつになると思われる。世論調査によれば、2004年度選挙でブッシュに投票した有権者の内62%が、大統領と議会が現在の医療危機に対応できていないと感じているという

一方、戦争費用により膨れ上がった財政赤字の削減に取り組むことになったブッシュは、軍事関連では相変わらず太陽系最大の支出を目指しているが、国内医療向け予算については今よりもっと小さな政府を目指すことにしたらしい。ブッシュ政権の2007年度予算案では、国内貧困層向けの各種医療サービスや疾病対策支援予算---例えば、先住民族向け医療サービス、田舎向け医療器具補助、アルツハイマー対策啓蒙活動、さらにはスーパーマン役で名声を博したクリストファー・リーブ夫妻の設立したリーブ財団(クリストファー・アンド・ディナ・リーヴ麻痺資源センター)向け予算まで全額カットされている(クリストファー・リーブ氏は2004年に死去し、妻のディナ・リーブさんも2006年3月6日に肺がんで亡くなった。ブッシュ大統領が予算案を公表したのは2006年2月6日で、ディナさんが死亡する一ヶ月前だった。)

私達の病める社会(Our Sick Society)

by ポール・クルーグマン:ニューヨークタイムズ紙2006年5月5日掲載

アメリカ人であることは健康に悪いことだろうか?米国医師会学会誌に掲載された最新研究によれば、そういうことになる。

アメリカ国民の健康状態に何か重大な間違いがあることはもはやニュースでも何でもない。世界各国と比較してみれば、アメリカ合衆国が何らかの奇跡的偉業を達成したことは明らかだ。我が国では、国民1人当たりの医療費負担額が世界最高であるにも関わらず、カナダや日本、その他ヨーロッパの大半の国々よりも短い平均寿命と、高い乳児死亡率を誇っている。訳注1

しかし、この驚くべき悲惨な成績をもたらす正確な原因は判然としていない。富裕な国としては珍しいことに、我が国では国民全体への医療保険提供をやり損なっているが、それはアメリカ人の粗末な健康状態にどの程度影響しているのだろうか?人種と社会階級のもたらす影響は?アメリカ的生活の影響はどうか?

『合衆国と英国における疾病と不都合』という最新研究でも、これらの疑問の全てに回答されているわけではない。しかしこの研究報告には、国民を不健康にする原因が、アメリカ社会の何かにあるという有力な証拠が示されている。

同研究の著者は、55歳から64歳のアメリカ国民における糖尿病や高血圧などの有病率を、イギリスのそれと比較している。イギリスとの比較は、アメリカの問題を際立たせるために選択されたわけではない。イギリスでは、国民1人当たりの医療費負担は合衆国と比較して40%程度で、周辺各国、特にフランスと比べて、その医療サービスシステムは概して劣っている。さらに、イギリスは食生活や生活スタイルの健康度においても特筆すべきものがない。

それにも関わらず、同研究では、「アメリカ人はイギリス人よりもはるかに病的である」と結論づけられている。例えば、アメリカの中年層が糖尿病に苦しむ確率はイギリスの中年層に比較して2倍。これだけでも十分衝撃的な発見である。

さらに衝撃なのは、人種・社会階級を問わず、アメリカ人であるというだけで健康が損なわれていると思われる事実である。

社会階級が全く無関係であるということではない。(同研究では、非ラテン系白人への調査に限定したことで人種的要因が排除されている。)実際、どの国においても、健康と富裕には強い相関関係がみられる。しかし、アメリカ人の不健康ぶりは桁外れなので、アメリカの富裕な3分の1は、イギリスの下流な3分の1よりも不健康であるとのことだ。訳注2

どういうことだろう?医療保険に加入できないことの多いアメリカの低所得層にとって、それが不健康の要因となっているのは確実である。訳注3イギリスでは、全ての国民が政府の提供する医療保険に加入できるからだ。しかし、アメリカでも富裕層はほぼ全員が医療保険に入っている。

では、研究上「行動上の危険要因」と呼ばれる類の、悪い生活習慣についてはどうだろう?固定観念は正しい。イギリス人はアメリカ人よりもすこぶるアルコール好きで、アメリカ人はイギリス人よりも強烈に肥満に陥りやすい。しかし、統計に基づく解析によれば、悪い生活習慣がもたらす両国の格差は僅かである。

結局、研究を行った学者達は、相対的に富裕なアメリカ人でも不健康であるという事実に当惑している。だが私は、ここでいくつか可能性のある解釈を提示してみたい。

まず第一に、医療保険は優れた医療サービスを約束するわけではないということだ。例えば、糖尿病をめぐるニューヨークタイムズ紙の報道で指摘されているように、一般的に保険企業は病気を予防するための手当てについては支払いたがらないが、予防し損なった後で必要になる切断手術のような非常措置には支払う傾向にある。イギリスの全国民保険サービスは、民間の医療保険企業よりも広範且つ長期的視点に立って運営されており、限られた予算にも関わらず、実際にはアメリカ合衆国の医療システムよりも多方面に渡る医療サービスを提供できている可能性がある。

もうひとつの原因は、アメリカ人はあまりにもよく働くので、過剰なストレスを抱えているという可能性だ。フルタイムで働くアメリカ人の年間平均労働日数は46週。イギリス、フランス、ドイツの労働者の場合、フルタイム勤務でも年間平均労働日数はたったの41週にすぎない。過去にも指摘しているが、法的規制や組合の力により労働時間短縮が実現されているヨーロッパの経済よりも、我が国の仕事中毒経済は、国民が誇り高く主張する「家族の価値」に対してはるかに破壊的なのである。

働きすぎに加えて、最小限の社会的セーフティ・ネットしかない我が国の経済は、国民の健康を家族同様に損なっているのかもしれない。これは単なる提案である。確実に分かっていることは、アメリカ的人生は、2001年当時のホワイトハウス広報官アリ・フライシャーの有名な言葉を借りれば「恵まれている(a blessed one)」かもしれないが、国民の健康にとっては、深刻なほど悪い何かがあるということだ。
(以上)

訳注1

米国における医療システム問題の概要シンクタンク・アメリカ進歩財団の資料から抜粋)


The Medical Malpractice Myth

The Medical Malpractice Myth「医療ミス訴訟が多いのではなく、あまりにも医療ミスが多すぎるのである。医療ミスで毎年1万人ほどの患者が死亡しているが、被害者のほとんどは訴訟を起こしていない」(source)アメリカ医療システム問題の本質を抉る話題の書籍。

  • アメリカ合衆国全体で医療サービスへ支払われる金額は年間1兆7,000億ドル(約190兆円)で、米国内総生産(GDP)の15%以上を占めている。医薬品の購入金額も世界一で、1人当たり728ドルを医薬品購入に費やしている。
  • ブッシュ大統領の任期中に、医療保険に加入していないアメリカ国民は620万人増加し、現在ではおよそ4,600万人が無保険。このペースが続けば、2010年に米国民5,200万人が無保険になると予測されている。州別で最大の無保険者を抱えるのはカリフォルニア州(無保険者710万人)で、テキサス州(同590万人)が2位。
  • 米国では労働者の医療保険料は2000年から現在までに73%上昇している。保険料の高騰に伴い、米国内中小企業の半数は、従業員向け医療保険の提供を止めている。
  • 米国民1人当たりの医療費負担額は、国民全保険制度のある他の先進国と比較して約2.5倍高く、2003年度は1人当たり年間5,635ドル(約62万9,681円)。民間の医療保険に加入してもカバーされる範囲はかなり限定的で、一端医者にかかると借金漬けになることも多く、アメリカでは自己破産の半数は高額な医療費が原因となっている。
  • アメリカの医療保険業界では巨大資本による市場支配が進行していて、例えば、294の都市部の内166都市で、地域保険市場の50%以上を1社が支配する事態となっている。こうした競争原理による市場の寡占化が、民間保険料の高騰を招いている。(米国系保険業界のCMを大量に配信する日本国内放送各局-或る外資系保険企業などは、小泉純一郎が首相に就任した2001年から、日本市場のテレビ広告予算を前年比の4倍に増加させたという・・・そうした日本の大手マスコミは、米国の保険業界の実情について、広告以上のことは我々日本人にあまり教えてくれないようだ。)
  • アメリカ国民の長寿度は世界で34番目と比較的短命。日本人の平均寿命は82歳、アメリカ人の平均寿命は77.2歳。(経済協力開発機構(OECD)加盟国全体の平均寿命は77.8歳。)
  • 米国では年間9万8,000人が単純医療ミスで死亡しているとの報告もある。米国の病院経営におけるコスト削減主義(利益至上主義)はしばしば医療現場の品質低下や医療事故を招いており、例えば2005年のワシントンポスト紙報道によれば、アメリカ国内にある病院の大半が、使い捨て仕様の医療器具(カテーテル等)を、節約のため別の患者に何度も使いまわす習慣があるという。こうした事情もあって、米国の医療サービスレベルは世界ランキング中37番目。
  • 米国の乳児死亡率は2002年度に増加に転じ、死亡率は新生児1,000人中7人であった。米中央情報局(CIA)の公表している世界乳児死亡率ランキングによれば、乳児死亡率が世界で最も低いのはシンガポール(新生児1000人あたり2.29人)で、日本は4番目に低く(同3.24人)、世界一富裕な先進国であるアメリカ合衆国は42番目である。保守系アメリカ人が批判しがちなキューバの乳児死亡率の低さは40番目で、この医療課題に関する限り米国はキューバに劣っている。ちなみにアメリカでは、黒人や先住民族の乳児死亡率は、白人に比較しておよそ1.5倍から2.5倍高い。

訳注2
この調査では、調査対象となった55歳から64歳までの非ヒスパニック系白人男女を、所得別に富裕・中流・下流の3つのグループに三等分している。アメリカ人の場合、週間世帯収入が322ドル以上635ドル以下を中流家庭、イギリス人の場合は、週間世帯収入が127ポンド以上241ポンド以下を中流家庭と設定している。クルーグマンの引用するとおり、アメリカでは富裕層の8.2%、中流層の11.8%、下流層の17.4%が糖尿病。対するイギリスでは、富裕層の4.4%、中流層の6.7%、下流層の7.3%が糖尿病で、アメリカの富裕層よりもイギリスの下流層は健康ということになる。(source:Disease and Disadvantage in the United States and in England

訳注3
2002年から2003年の間に、55歳から64歳のアメリカ人の内、医療保険未加入状態を少なくとも1ヶ月以上経験している人の割合は20%以上であった。(source:Young And Uninsured

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