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2006/11/21

英ガーディアン:『CIAはロバート・ケネディを暗殺したのか?』

昨夜、英BBC放送ニューズナイトで、映像ドキュメンタリー作家シェイン・オサリバン氏の取り組んでいるロバート・ケネディ暗殺事件調査レポートが放送された。同レポートでは、事件現場に3人のCIA工作員が居合わせた疑惑を調査し、暗殺の背後にCIAが関与した可能性を示唆している。作品のプロモーションであるとしても大変興味深いので、英ガーディアン紙にオサリバン氏が書いたコラム以下に全文翻訳して掲載する。(ちなみに、最新のケネディ暗殺研究本『Ultimate Sacrifice: John and Robert Kennedy, the Eplan for a Coup in Cuba, and the Murder of JFK』では、ューバに利権のあるマフィア各組織が、カストロ体制転覆を本気で計画していたケネディ兄弟を懸念し、暗殺を主導したという説が展開されている。詳細は同書の公式サイト上で説明されている。)

CIAはロバート・ケネディを暗殺したのか?(Did the CIA kill Bobby Kennedy?)

1968年、実兄ジョンと同じように、ロバート・ケネディはホワイトハウス入りするかに見えた。しかし6月6日、彼は暗殺された-1人の銃撃犯によって。しかし、シェイン・オサリバンは、暗殺に3人のCIA工作員が関与したことを示す証拠を掴んだと言う。

by シェーン・オサリバン:英ガーディアン紙2006年11月20日寄稿

一見すると、事件は即時解決したかに思われた。1968年6月5日、ロバート・ケネディはカリフォルニア州民主党予備選挙で勝利し、ホワイトハウスの座を巡り現職リチャード・ニクソンと対決するはずだった。深夜過ぎに、ロサンゼルスのアンバサダーホテルで勝利演説を終えて、混雑する食堂で厨房スタッフと握手を交わしていると、“病的な、極悪な笑み”を浮かべて食器棚から降りてきた24歳のパレスティナ人シーハン・シーハンが、8連発リボルバーでケネディを銃撃した。

ケネディが食堂床に倒れ死亡すると、シーハンは単独犯として現行犯逮捕された。彼はシャツのポケットに殺害動機を示す物品を所持しており(ケネディによるイスラエルへの武器輸出計画を伝える新聞切り抜き)、自宅には有罪の証拠となるノートを隠していた。しかし、司法解剖報告書には、シーハンの銃撃がケネディを殺したのではない事実が示唆されていた。目撃者達は、シーハンがケネディの正面から数フィート離れた場所に凶器の銃を発見したと証言したが、致命傷となった銃弾は背後から至近距離で発射されていた。さらに、食堂からは他にもシーハンの銃から発射できる以上の弾痕が発見され、第二の銃撃犯の存在が考えられた。シーハンのノートには奇妙な言葉が無機質に繰り返し綴られていた-『RFKは死ぬべきだRFKは殺されるべきだ-ロバート・F・ケネディは68年6月5日までに暗殺されなければならない』-さらに、催眠状態での尋問では、シーハンはケネディ暗殺を記憶していなかった。彼が思い出したのは「コーヒーを求める女の子に導かれ、暗い場所へ連れて行かれ」その後マフィアの男に首を絞められたという。国防精神科医達の結論によれば、シーハンは銃撃時にトランス状態にあり、催眠によって暗殺を指示されたのではと示唆された。

3年前、私はロバート・ケネディ暗殺に関する映画の脚本を書き始め、第二の銃撃犯説と「Manchurian Candidate」(洗脳による暗殺を扱った映画)の物語に夢中になった。事件を調査しているうちに、三人のCIA工作員が暗殺に関わっていることを示す新たな映像と写真を発見した。シーハンの単独犯行という公式の結論は信用していなかったので、「暗殺調査」という地下世界を調査し始めると、恐るべきヤキナ族インディアン、デビッド・サンチェス・モラレスに行き当たった。

モラレスはCIA工作界の伝説的人物だった。彼をよく知るトム・クラインズによれば、南米でモラレスを歩いているところを見たら、クーデターが発生しつつあると思え、とのことだ。1973年の深夜、友人と議論の最中にケネディが話題になると、モラレスは饒舌になり、こう口走った:「俺たちがあのクソッタレを仕留めた時、俺はダラスに居て、あの馬鹿を仕留めた時にはロサンゼルスに居たんだ。」この言葉により、60年代の暗黒世界とケネディの死を巡る旅へと私は導かれることになった。

1959年当時のモラレスの写真を調べながら、エル・ゴルド(肥った奴)と呼ばれるキューバ人が暗殺報道フィルムに映っているかどうか確認した。15分ほど経過したところで、ケネディの演説が終わって銃撃が始まる間の一瞬、会場の後ろに立っている彼を見つけた。30分ほど経過した部分で、もう一度彼は映し出された。暗い会場に浮かぶ彼の横で仲間とおぼしき鉛筆髭の男がメモをとっている。

モラレスに関する初期調査の情報源は、1963年当時CIAのマイアミ拠点であったJM-Waveに所属した元陸軍大尉ブラッドレイ・エイルズで、彼は工作責任者のモラレスと一緒に、カストロ体制に対する破壊活動のためにキューバ人亡命者達を訓練していた。ウィスコンシンの片田舎にエイルズが居ることを知り、モラレスともう1人の怪しい人物の写真をメールで送った。銃撃直後に食堂から演説会場に入り、小さなコンテナを掴んで、ラテン系の仲間に案内され出口へ向かう男だ。

エイルズは即座に反応した。彼は、1人がモラレスで、もう1人はゴードン・キャンベルであると95%確信があると言った。キャンベルはモラレス同様1963年当時にJM-Waveに勤務しており、JFK暗殺直前にエイルズ配下で工作員として働いた人物だ。

私は脚本の仕事を放り出して米国に飛び、展開しつつある物語のドキュメンタリー撮影のため証人達へのインタビューを行った。エイルズ本人に会うと、モラレスとキャンベルについて確認し、デビッド・ラバーンを紹介してくれた。彼はフリーの工作員で、1961年当時ピッグス湾侵攻部隊に関わっており、RFK暗殺時のアンバサダーホテルに居た人物だ。ラバーンはモラレスとキャンベルの知り合いではなかったが、銃撃当時にホテルのロビーで話す二人の姿を見ており、ケネディ陣営の護衛だと思ったという。また、ロバート・ケネディが暗殺される以前、キャンベルを警察署傍で何度も目撃したとも話した。

これは妙だ。CIAは国内を管轄としておらず、モラレスは1968年当時ラオスで勤務していた。当時は大統領候補にシークレットサービスの警護はなく、ケネディの護衛は武器を持たないオリンピック10種競技チャンピオンのラファー・ジョンソンとフットボール選手のローゼイ・グリエだった。とても暗殺専門集団にはとても見えない。

警察捜査のマイクロフィルムを探っていると、キャンベルの別の写真と、銃撃直前にアンバサダーホテルの演台に立つ第三の人物の写真を見つけた。一見するとギリシャ人で、ジョージ・ヨアニデスかもしれないと思った。ヨアニデスはJM-Waveで心理作戦を指揮した人物で、引退後の1978年に突然呼び出されて、ジョン・F・ケネディ暗殺事件の再調査を行った下院特別調査委員会でCIA連絡係を務めていた。

コーネル大学で弁護士を務めるエド・ロペスは、かつて法学研究生として下院特別調査委員会でヨアニデスと面識があった人物である。我々は彼を訪ねると、写真の人物がヨアニデスであると99%確信があるという。写真の出自を教えると、彼は驚くこともなく言った。「連中がやると決めたら、やるだろうね」

我々はウェイン・スミスに会うためにワシントンに行った。スミスは国務省職員として25年勤務し、1959年から60年にかけて駐ハバナ米大使館でモラレスと知己のあった人物だ。演説会場の映像を見せると、彼は即座に反応した。「これは彼だよ。モラレスだ」スミスは1975年当時ブエノス・アイレスで開催されたカクテル・パーティの場にいたモラレスを思い出し、ケネディの死は起こるべくして起こったと言った。モラレスがそこに居た合理的な理由は?ケネディの護衛のため?スミスは笑った。モラレスはケネディの護衛にしたくない最悪の人物だと彼は言った。モラレスはケネディ兄弟を嫌悪しており、1961年のピッグス湾侵攻時に空軍の支援をしなかった件でケネディ兄弟を非難していた。

CIA本部に近いホテルの一室でクラインズと会見した。彼はカメラ前で話したがらず友人の同席も認めず、少し苛立っていた。クラインズは“デイブ”(デビッド・モラレス)を憶えていた。ビデオに映った男はモラレスに似ているが、彼ではないという。「この男は肥りすぎだし、モラレスはもっと前かがみで歩き、ネクタイは緩めている」私には、映像の人物は前かがみで歩いているし、タイも緩めているように見える。

クラインズによれば、ヨアニデスもキャンベルも知っているが、映像に映っているのは別人だという。しかしエイルズがJM-Waveに蛇を持ってきて秘書たちを怖がらせた件を懐かしみ、スミスがモラレスを確認した件については動揺しているようだった。彼は我々の調査を阻止しようとはせず、他に助力となる人物を示唆した。或る事情通のジャーナリストは、クラインズは「誤魔化し」をしていて、正直に意見を言っているとは思えないと警告した。

ロサンゼルスを離れる時、移民局職員にケネディ暗殺の話を書いていると説明した。彼女は、ロバート・ケネディ暗殺を扱ったエミリオ・エステベスの新作映画の予告を見ていた。「誰が殺したと思う?私はマフィアだと思うわ」私が答える前に彼女は言った。

「1人の人間の仕業にはとても思えないね」私は控えめに答えた。

1978年、下院特別調査委員会で証言する直前に、モラレスは心臓発作で死亡した。ヨアニデスは1990年に死亡した。80歳前半のキャンベルは今も何処かで生きているかもしれない。これら3人の人物について得られた証言を考えると、CIAとロサンゼルス警察は彼らの当日の行動について説明する必要に迫られるだろう。ロペスは、CIAは3人を知る人物全員に事実を確認し、3人がCIAの作戦任務中であったかどうか明らかにすべきで、もし任務外なら、なぜその夜彼らが現場に居たのか明らかにすべきだと信じているという。

本日(11月20日)はロバート・ケネディの81回目の誕生日になるはずだった日だ。世界は彼のような思いやりある指導者を求めている。彼の暗殺の背後に闇の組織があったのなら、調査すべきだ。
(以上)

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