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2006/11/02

ティルマンは戦場へ行った

今回は、現在全米で話題となっているケビン・ティルマン氏のコラム以下に全文翻訳して掲載。

ケビン・ティルマン氏の兄、パット・ティルマンはNFLのスター選手で、911テロ事件後に愛国心に駆られ、プロ選手としての高額年収を蹴って、弟ケビンと共に陸軍に入隊。米陸軍レンジャー部隊兵士としてイラクに派遣された後、2004年4月22日にアフガニスタンで戦死した。ケビン・ティルマン氏は2005年に除隊している。

パット・ティルマンの戦死について、当初陸軍側は「敵との交戦で殺害された」と遺族に説明していた。しかし2年経過した現在では、友軍の誤射で死亡した事実が明らかになっている。その後、戦死した兵士の遺族達の追求により、米軍が友軍の誤射による死亡例を隠してきた事実が少なくとも7件確認されており、米軍の公式戦死報告への信頼性はさらに低下しつつある。

パットの誕生日の後で
(After Pat’s Birthday)

by ケビン・ティルマン:Truthdig2006年10月19日掲載

パット・ティルマン(左)とケビン

2003年、サウジアラビアにて、陸軍レンジャー部隊のイラク派遣に同行する直前、チヌークヘリコプターの前に立つパット・ティルマン(左)と弟のケビン。

11月6日はパットの誕生日で、その次の日は投票日だ。陸軍入隊前にパットと交わした会話を思い出す。彼は軍に志願するリスクについて話していた。ひとたび入隊の誓約をしたら、我々兵士は指導者達と国民にどれくらい翻弄されることになるのだろう。どれくらい個人の意に背いた行動に駆り立てられるだろうか。兵士として戦う上で、除隊するまでにどれくらい沈黙させられることになるのか。

我々兵士たちが言葉を奪われてから、心配していた多くの出来事が起きた。

どういうわけか、我々は他国へ侵攻するために駆り出された。その国がアメリカ国民にとって、あるいは世界にとって直接的な脅威で、テロリストを匿っていて、9/11テロ攻撃に関わっており、ニジェールから兵器転用可能なウランを購入しており、移動兵器研究施設を保有し、大量破壊兵器を保有し、自由化する必要があるといわれ、民主主義を確立させるべきといわれ、反乱軍を鎮圧させて、我々が開始させた内戦-そう口にすることもできない内戦を抑えるとか、そんな理由で我々は戦地に駆り出されてきた。

どういうわけか、アメリカは全てに口出しする国家になった。そうした国を非難してきたのに。

どういうわけか、我々の選択した指導者達は世界中に秘密の収容所を設置して国際法と人道を破滅させ、秘密裏に人々を誘拐し、密かに人々を無制限に拘束し、何の罪名も告げず、密かに拷問している。どういうわけか、明白な拷問政策が、軍隊の“一部の悪人”の責任にされてしまった。

故郷に戻ってみれば、どういうわけか、兵士を支えるということが、5歳の幼稚園児に写真へクレヨンで落書きさせて海外に送ったり、自動車にステッカーをベタベタ貼ってみたり、戦闘ヘルメットに詰め物を追加するために議会に働きかけることになってしまっている。戦地派遣が3回目や4回目になる兵士達が、5歳児の絵に興味を持てると思うなんて驚きだ。周りで同僚が死んでいるのに、自動車のステッカーなのか。路上爆弾が爆発すれば乗っている車輌が50フィートも吹っ飛ばされて、手足がバラバラになったり溶けた肌がシートにへばりつくのに、ヘルメットに詰め物を追加すれば無事で居られると思っているなんて驚きだ。

どういうわけか、兵士が死ねば死ぬほど、違法な侵攻が正当化されてしまっている。

国民にウソを言い、違法に他国へ侵攻することで唯一の名声を築いているアメリカの指導者が、戦地の兵士達から勇気、徳、名誉を盗むことがどういうわけか容認されてしまっている。

数十年前の違法な戦争では怯えて戦えなかった連中が、自分達の始めた違法な侵略戦争に兵士を派遣することが、どういうわけか許されるようになった。

経歴を偽り、美徳と力を偽ることが、どういうわけか容認されている。

悲劇と恐怖から利潤を稼ぐことが、どういうわけか容認されている。

数万人の人々の死が、どういうわけか容認されている。

権利章典や憲法の破壊が、どういうわけか容認されている。

どういうわけか、人身保護法を停止することで国家の安全が保たれるとされるようになった。

どういうわけか、拷問が容認されている。

どういうわけか、ウソが容認されている。

どういうわけか、信心、教義や無意味な事情で理性が放棄されている。

どういうわけか、アメリカの指導体制が世界を一層危険にしてしまった。

どういうわけか、現実よりも話術が重要になってしまっている。

最も理性的で、信頼され尊敬されるはずの国が、どういうわけか最も不合理で、好戦的で、臆病で、信用されない国になった。

どういうわけか積極的に無知になることで、政治通、勤勉、懐疑的な心性が、無関心に入れ替わってしまった。

いつもどおり無能で、自己陶酔的で、美徳もなく、空疎で悪意に満ちた犯罪者達が、どういうわけかこの国を未だに牛耳っている。

どういうわけか、それが容認されている。

どういうわけか、誰も説明責任を果たしていない。

民主主義においては、指導層の政策は国民の政策なのだ。我々の孫達が、現在の世代を売国奴として、あるいは世界と人道に対する反逆者として葬ることになっても、決して驚いてはいけない。恐怖と不安、無関心によって“どういうわけか”という状況が育まれ、国家に対する抑制不能な比類なき寄生を許してしまったということを、孫たちはやがて知ることになるだろう。

幸運なことに、この国にはまだ民主主義がある。国民にはまだ声がある。国民はまだ行動できる。パットの誕生日の後で、それを始めようじゃないか。

パット・ティルマンの兄弟且つ親友
ケビン・ティルマン

(以上)

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とても良く出来た、とても悲しい詩だな。と、思った。 [続きを読む]

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