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02/23/2007

イラク駐留:連合各国の現状

イラクに兵士を駐留させている連合軍各国の現状について、AP通信がわかりやすくまとめているので、以下に列挙した。

  • アルバニア:非戦闘要員を120人駐留させており、主にモスル周辺でパトロール業務に従事している。撤退の予定はなし。

  • アルメニア:ポーランド軍の指揮下で、兵士46人が駐留。医療、エンジニアリング、運転手業務に従事している。2007年末まで駐留予定。

  • オーストラリア:550人の兵士が駐留。イラク南部で警備員を養成している。英インディペンデント紙によれば、オーストラリアはイラクとその周辺国に合計1,400人の兵士を派遣しているという)

  • アゼルバイジャン:150人の兵士のほとんどが歩哨、パトロール、ダム警備業務に就いている。撤退の予定はなし。

  • ボスニア・ヘルツェゴビナ:兵士36人が駐留。

  • イギリス:イラク南部に兵士7,100人が駐留。ブレア首相は今後数ヶ月で兵士1,600人を撤退させると発表している。

  • ブルガリア:155人が駐留、その内120人は非戦闘員でイラク北部の難民キャンプを警備し、35人は支援要員。

  • チェコ共和国:兵士99人が駐留。

  • デンマーク:兵士460人が駐留し、バスラ周辺を警備中。8月末までに完全撤退予定。

  • エルサルバドル共和国:380人の兵士が駐留。治安・人道支援業務に就いている。撤退計画はない。

  • エストニア共和国:米軍の指揮下で35人がバグダッドに駐留している。

  • グルジア:米軍の指揮下で、およそ900人の兵士が医療、支援、戦闘業務に就いている。撤退・削減予定はなし。

  • カザフスタン:27人の工兵が駐留。撤退予定なし。

  • ラトビア共和国:ポーランド軍の指揮下で125人の兵士が駐留。

  • リトアニア:デンマーク軍の指揮下で53人の兵士がバスラ周辺に駐留。8月末撤退の観測が強くなっている。

  • マケドニア:兵士40人がバグダッド北部のタジに駐留。

  • モルドバ共和国:駐留していた11人の爆弾処理専門家が1月末で帰国し、追加派遣の予定は未定。

  • モンゴル国:兵士160人が駐留、撤退予定なし。

  • オランダ王国:NATO指揮下で15人の兵士が警察官・兵士訓練業務に就いている。撤退予定なし。

  • ポーランド:非戦闘要員900人が駐留。2007年末まで駐留予定。

  • ルーマニア:兵士600人ほどがイギリス軍の指揮下で南部に駐留。他に20人ほどの諜報要員がバグダッド北部に駐留。トライアン・バセスク大統領は撤退計画に反対だが、カリン・ポぺスク=タリチャーヌ首相は撤退を要求している。

  • スロベニア:4人の訓練担当官がイラク治安部隊を訓練中。

  • 韓国:兵士2,300人がイラク北部に駐留。4月中に1,100人を削減予定で、議会は2007年末までに完全撤退するよう求めている。

  • アメリカ合衆国:およそ14万人の兵士が駐留。

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02/13/2007

米メディア:アル・カイダが神奈川で活動?

2月12日日午後11時頃に、神奈川県座間市の米陸軍キャンプ座間の近所にある県立座間谷戸山公園で、ゲリラ事件らしき出来事が発生したそうである。

読売新聞の見出しは『米軍キャンプ座間に飛しょう弾?過激派のゲリラ事件か』となっている。以下に記事を引用すると:

12日午後11時ごろ、神奈川県座間市入谷3、県立座間谷戸山公園で、「バーン」と2回、大きな爆発音がしたのを近所の住民が聞き、110番通報した。

座間署で公園内の林を調べたところ、飛しょう弾の発射装置とみられる金属製パイプ(直径6センチ)2本や三脚が見つかった。周囲には下草が燃えたあとがあり、火柱が見えたとの目撃情報もあったという。(以下略)


朝日新聞の見出しは『ゲリラか、公園で2回の爆発音 神奈川・座間』。同記事によれば、「谷戸山公園では02年11月にも、キャンプ座間を狙ったゲリラ事件が起きている。」ということだ。

なーんだまた過激派の事件か・・・日本人ならおそらくそれくらいの反応だと思うが、これがアメリカではどういう形で報道されているかというと、例えば米ABC放送のニュース速報ブログではこんな見出しになっている:『日本で最初のアルカイダ攻撃事件発生か?

米ABCの報道によれば、座間市の事件には以下の背景があるという:

キャンプ座間

日本とパキスタンの諜報関係者によれば、日本国内でアル・カイダは小規模ながらパワフルな基盤を持っているとされ、一部の関係者は、今回の事件が日本国内のアル・カイダによる最初のテロ攻撃の試みであったかどうかを懸念しているという。

パキスタン諜報筋がABCニュースに伝えたところによれば、アル・カイダと活動を共にするパキスタン系組織は、1999年頃から日本国内にネットワークを張り巡らせているとのこと。

パキスタン諜報筋の或る人物の話によると、日本国内のネットワークは、アル・カイダの最高幹部で現在グンタナモ刑務所に収容されているカリド・シェイク・モハンメドから直接指示を受けたものであり、モハンメドは日本国内での作戦行動に「重大な影響力」を持っていると伝えられている。

また、その人物がABCニュースに語ったところでは、90年代に二十人ほどのパキスタン人が日本国内に「潜伏組織」設立のために学生ビザを使って入国しており、それらの者たちはインドネシアのテロ組織ジェマー・イスラミヤと関連があるとのこと。(以上、ABCニュースブログから引用


いかがだろう?恐怖を売り物にする米メディアの報道としては、なかなかの出来ではないだろうか。

さて、以前から言われるとおり、現在のアメリカでは、ブッシュ政権に都合の悪い事件が起きたり大統領の支持率低下が報道される度に、なぜか国土安全省が根拠なくテロ警報を発令したり、イギリス国内でアル・カイダが米国本土で次のテロ攻撃を計画している事実が明らかになったりする。

支持率といえば、日本では「安倍内閣の支持率低下が止まらない。とうとう不支持率が支持率を上回った。琉球新報2月6日という政治的状況の中で、首相は「日本版国家安全保障会議(JNSC)創設」にえらくご執心である。どうやら、格差解消、少子化対策、「美しい国」づくりのためには「日本版NSC」を設立して、野党のテロ攻撃から自民党政権の安全を保障する必要があるということらしい。

「日本版NSC」創設には、“日本のコンドリーザ・ライス”小池百合子首相補佐官(国家安全保障問題担当)が精力的に活動しているらしいが(この人は何の楽器が得意なのだろう?)、こうした人達が安全保障の話題で座間市の件のような米メディア報道を引用し始めたら要注意だ。


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02/02/2007

テキサスの名物ジャーナリスト、モリー・アイヴィンズが死亡

1月31日水曜日午後、テキサスの名物ジャーナリスト、モリー・アイヴィンズ(本名マリー・タイラー・アイヴィンズ)が、乳癌のためテキサス州オースティンの自宅で死亡した。62歳だった。

モリー・アイヴィンズ

モリー・アイヴィンズ

ブッシュには、もううんざり!

邦訳されたアイヴィンズの代表作『ブッシュには、もううんざり!

テキサス・リベラルを自認する彼女は反骨精神に富む政治コラムで全米に知られており、主な著書に『Shrub: The Short but Happy Political Life of George W. Bush』『Bushwhacked: Life in George W. Bush's America (Vintage)(邦訳版は阪急コミュニケーションズ刊『ブッシュには、もううんざり!』)』等がある。

アイヴィンズが最初に乳癌と診断されたのは1999年。2003年に再発し、2005年にも乳癌と診断されたが、病に屈するつもりはないと言い、コラム連載を続けながら闘病生活を送っていた。


アイヴィンズのテキサス流ユーモアと毒舌は闘病宣言後でも衰えることはなかった。昨年10月には、インタビューにやってきた記者に向かって、記事見出しを「モリー・アイヴィンズ、未だ死亡せず」にするよう薦めた。さらに笑いながらこんなことも言っていたという。「死の運命に直面したら善人になれると望んでたけど、どうも無理だったみたいね。」

AP通信によると、元大統領のビル・クリントンは、昨年オースティンで行われた演説で、アイヴィンズのことをこう評したという:「私を褒めるのも上手いけど、私を批判する時がまた痛烈に上手いんだ。」

テキサス・オブザーバー紙は追悼記事でこんなことを書いている:

モーリー・アイヴィンズは公式履歴書の中で、生涯の名誉として二つの経験を挙げている。一つは、ミネアポリス警察がマスコットのブタに彼女の名前を付けたこと(アイヴィンズは同警察の番記者をしていた)。もうひとつは、テキサス・オブザーバー紙勤務時にテキサスA&M大学での講演を少なくとも一度拒否されたこと。しかし彼女は、常日頃から非常に率直に、素面で死ねたら生涯最高の名誉だと話していた。そして実際、そうなった。

今年1月11日に発表された彼女の最期のコラムは、以下の言葉で締めくくられている。:

この国を動かしているのは私達国民なのだ。決定するのは私達だ。毎日、国民一人一人が表に出て、この戦争を止めるために行動を起こす必要がある。もっと声を上げて。馬鹿げた事は馬鹿げて見えるように何か考えよう。私達が味方で、戦地から脱出できるよう頑張っていると兵士達に知らせよう。ブッシュの増派に抗議するために路上に出よう。可能であれば、1月27日のワシントン平和行進に参加しよう。路上に出て、鍋やフライパンを叩いて「すぐ止めろ」と要求する仲間が必要なのだ。

国の現状に苦悩しながら、モリー・アイヴィンズは亡くなった。しかし彼女の言葉は、今日も世界のどこかで、知らぬ者同士である私達を、強く突き動かしていくことだろう。

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