テキサスの名物ジャーナリスト、モリー・アイヴィンズが死亡
1月31日水曜日午後、テキサスの名物ジャーナリスト、モリー・アイヴィンズ(本名マリー・タイラー・アイヴィンズ)が、乳癌のためテキサス州オースティンの自宅で死亡した。62歳だった。
テキサス・リベラルを自認する彼女は反骨精神に富む政治コラムで全米に知られており、主な著書に『Shrub: The Short but Happy Political Life of George W. Bush』『Bushwhacked: Life in George W. Bush's America (Vintage)
(邦訳版は阪急コミュニケーションズ刊『ブッシュには、もううんざり!』)』等がある。
アイヴィンズが最初に乳癌と診断されたのは1999年。2003年に再発し、2005年にも乳癌と診断されたが、病に屈するつもりはないと言い、コラム連載を続けながら闘病生活を送っていた。
アイヴィンズのテキサス流ユーモアと毒舌は闘病宣言後でも衰えることはなかった。昨年10月には、インタビューにやってきた記者に向かって、記事見出しを「モリー・アイヴィンズ、未だ死亡せず」にするよう薦めた。さらに笑いながらこんなことも言っていたという。「死の運命に直面したら善人になれると望んでたけど、どうも無理だったみたいね。」
AP通信によると、元大統領のビル・クリントンは、昨年オースティンで行われた演説で、アイヴィンズのことをこう評したという:「私を褒めるのも上手いけど、私を批判する時がまた痛烈に上手いんだ。」
テキサス・オブザーバー紙は追悼記事でこんなことを書いている:
モーリー・アイヴィンズは公式履歴書の中で、生涯の名誉として二つの経験を挙げている。一つは、ミネアポリス警察がマスコットのブタに彼女の名前を付けたこと(アイヴィンズは同警察の番記者をしていた)。もうひとつは、テキサス・オブザーバー紙勤務時にテキサスA&M大学での講演を少なくとも一度拒否されたこと。しかし彼女は、常日頃から非常に率直に、素面で死ねたら生涯最高の名誉だと話していた。そして実際、そうなった。
今年1月11日に発表された彼女の最期のコラムは、以下の言葉で締めくくられている。:
この国を動かしているのは私達国民なのだ。決定するのは私達だ。毎日、国民一人一人が表に出て、この戦争を止めるために行動を起こす必要がある。もっと声を上げて。馬鹿げた事は馬鹿げて見えるように何か考えよう。私達が味方で、戦地から脱出できるよう頑張っていると兵士達に知らせよう。ブッシュの増派に抗議するために路上に出よう。可能であれば、1月27日のワシントン平和行進に参加しよう。路上に出て、鍋やフライパンを叩いて「すぐ止めろ」と要求する仲間が必要なのだ。
国の現状に苦悩しながら、モリー・アイヴィンズは亡くなった。しかし彼女の言葉は、今日も世界のどこかで、知らぬ者同士である私達を、強く突き動かしていくことだろう。
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