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2007/05/15

カート・ヴォネガットのラストインタビュー

In These Times誌のサイト上にカート・ヴォネガットの最後のインタビューが掲載されたので、以下に翻訳して掲載。

カート・ヴォネガットのラスト・インタビュー

今は亡き偉大なる作家にとって家族、無神論、インディアナでの楽しみとは

by ヘザー・オーグスティン(The Times of Northwest Indiana新聞記者):In These Times WEB2007年5月9日掲載

今年4月27日、カート・ヴォネガットはインディアナポリスの特別文化事業「ヴォネガット年」のために講演を行う予定でした。2月28日、私はニューヨーク在住のヴォネガット氏と電話で話しましたが、それが彼の最後のインタビューになったのです。

ヴォネガット氏は具合が悪かったため、長くは話せませんでしたが、家族旅行の思い出や、先祖、家族とは何かについて話しました。悲しいことに、我等家族の一員、我々カラス(karass)の1人、真のアメリカ人、偉大な作家であるヴォネガット氏は他界されました。以下はその会話です。

質問者:
「作品を書く動機、作品の素材、あなた自身の成り立ちについてインディアナ州を説明するとどうなりますか?」
ヴォネガット:
「まあ、書くことはたくさんあったな。インディアナ州は分裂していて、刺激になっている。南北戦争当時は、インディアナ州南部が南部連合につくことを恐れた州知事は議会を閉鎖したんだよ。その緊張感はとても刺激的だ。しかも、インディアナ州には人種差別の激しい地区もあちこちある。メイソン・ディクソン境界線以北でリンチが起きたのはマリオン郡で、1930年だった。当時私は子供で、クークラックス・クランの本部は私の住むインディアナポリスの地元にあった。しかし、インディアナ州は偉大なるアメリカ人社会主義者ユージーン・デブスの生地でもある。だから、騒々しくて、前進あり後退ありで楽しいんだ。私はもちろん、デブスの味方だがね。」
質問者:
「それが若い頃のあなたに影響し、作品の元になったということですか?」
ヴォネガット:
「小学校の頃、私はアメリカが・・・まあ、つまり、世界にとって自由の指標になるものと習った。そして、言うまでもなく、そうじゃなかった。私はイラクあてに米国市民として公開書簡を送ったが、それにこう書いた:“親愛なるイラクへ。我々を好きになれ。民主主義の始まりには、多少の虐殺や民族浄化も全く問題ないさ。100年たったら、奴隷を解放しろ。それで、150年たったら、女性に投票権を与えて政治に参加させてやれ。”たいした民主主義だな。ともかく、若い頃に、こういう矛盾に気づいて、他の大勢の人にはそれも容認できただろうが、私にはだめだった。」
質問者:
「インディアナ州での子供時代について話してください。すでに執筆活動をしていて、よくマキシンクッキー湖に行ったそうですね。」
ヴォネガット:
「ああ、講演になるといつも言うんだが、大家族は必要だね。孤独こそアメリカの重大な病だ。もはや大家族を持てなくなった。しかし我が家はそうだった。電話帳を見るとヴォネガット姓は大勢いたし、母方はリーバー家というんだが、リーバー姓も大勢いた。それで、マキシンクッキー湖にはコテージがたくさんあって、我が家が一軒あると、まわりは親戚だらけになった。いとこに、叔父に、叔母だ。天国だった。今では離れ離れだがね。」
質問者:
「『猫のゆりかご』にもその影響はあるのでしょうか?」
ヴォネガット:
「アイディアの源泉を辿るということはあまりやらないんだ。家族から私が学んだ基本的な態度というのは、皆が無神論者であったということかな。自分達を無神論者と呼ばなくなったのは、それがあまりにも明確にドイツ的で、第一次世界大戦からドイツ人は非常に嫌われてたからだな。私は今アメリカ人間主義協会の名誉総裁をやってるが、それも同じことだな。
でも、宗教をばかにするつもりは全くないんだよ。人々の役に立つんだからね。私にはバーニー・オハラという名の戦友がいるが、我々が市民を爆撃したことに彼は激怒した。自分たちが善人だと考えていたんだな。彼の考えでは、我々は市民をケガさせないように注意深くしていて、悪人であるナチのほうは、市民が死んでも気にしないと思っていたんだ。それでドレスデン爆撃を目撃し、戦後に船で帰国してから、除隊すると、私は彼に言った。“何か教訓は?”すると彼は答えた。“俺は二度とこの国の政府を信じないぞ”。
無神論者たちだ。人間主義だが、科学に影響を受けても、旧約聖書には影響をうけない。」
質問者:
「そういう人については私もちょっと知ってます。」
ヴォネガット:
「私の先祖は両家族とも南北戦争時代にこの国に移住した。先祖の1人は足を失くしてドイツに帰った。それでも、ともかく彼らはみな無神論者たちだった。彼らには教育があった。難民ではなかった。日和見主義者で、もの作りの仕事に就けると期待していた。
曽祖父のクレメンス・ヴォネガットはイエスについてこう言っている:“彼が良いことを言ったとして、それが素晴らしいことであれば、彼が神であるかどうかは問題じゃないだろう?”さらに私は山上の垂訓に多大な影響を受けている。さて、もう行くよ。具合が良くないんだ。グッドラック。」

(以上)


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» 「カート・ヴォネガットのラストインタビュー」の和訳について [読書録その他(仮)]
“親愛なるイラクへ。我々を好きになれ。民主主義の始まりには、多少の虐殺や民族浄化も全く問題ないさ。100年たったら、奴隷を解放しろ。それで、 150年たったら、女性に投票権を与えて政治に参加させてやれ。”たいした民主主義だな。ともかく、若い頃に、こういう矛盾に... [続きを読む]

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