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2008/09/29

書評:『カトリーナが洗い流せなかった貧困のアメリカ』

アメリカで最近活躍が目立っている黒人知識人を挙げるとしたら、とりあえず3人の名が頭に浮かぶ:ボブ・ハーバート※1、タビス・スマイリー※2、そして今回の書籍の著者、マイケル・エリック・ダイソンである。

そのダイソンが、2005年のハリケーン・カトリーナ大災害について論じ、ベストセラーとなった書籍『Come Hell or High Water: Hurricane Kartina and the Color of Disaster』の邦訳版が刊行されている。日本版書籍タイトルは『カトリーナが洗い流せなかった貧困のアメリカ 格差社会で起きた最悪の災害 (P-Vine BOOks) 』。

本書においてダイソンは、カトリーナ大災害の最中に起きた出来事を通じて、普段なら米国民がもっとも避けたい話題、つまり人種差別と経済格差、さらには信仰の問題について論じている。そして、彼が得意とするヒップホップ文化の代表者たちが、カトリーナ大災害について語った数々の言葉の意味を検討しながら、白人のアメリカと黒人のアメリカの経済的・意識的な格差、さらに黒人富裕層と貧困層の間に生じている溝を埋めるために今後どうすべきかを模索している。

合衆国史上未曾有の大災害がもたらした問題意識について、ダイソンは序章にわかりやすい言葉で書いている。ちょっと長いが、本書のテーマを理解する手助けになると思われるので、以下に引用しておこう※3

黒人と貧しき者はなぜ取り残されたのだろう。メキシコ湾岸地域、特にニューオーリンズに政府の援助が届くのにどうしてあんなにも時間がかかったのだろう。政府の援助を必要とし、またそれを受けるに値する人びとに対して、小さな政府を説く人びとは何を提示できるのだろうか。わたしたちと利害関係がないとしても、わたしたちにはどうしてニューオーリンズの貧困層の人びと、否、この国の貧困層の人びとの姿が目に入らなくなってしまっているのだろう。嵐によって彼らの窮状が明らかになったとき、わたしたちはどうして今さら驚くことになったのだろう。地球温暖化のような科学的問題に敵愾心をもっている現政権のために、わたしたちはかつてより自然災害に弱くなったのではなかろうか。イラク戦争が原因で社会に対する批判的眼目が国内問題から離れてしまい、わたしたちの精力は枯渇したのではないか。テロとの戦争を遂行するにあたり、わたしたちは、緊迫した必要性を、危機を未然に管理し軽減することの必要性を忘れてしまったのではないか。ジョージ・ブッシュは黒人のことなんか考えちゃいない、これは本当なのだろうか。では、裕福になった黒人たちは、貧困な黒人同胞のことを考えているのだろうか。カトリーナは神が遣わした者だったのだろうか。人種、貧困、そして階層の問題が一緒になってわたしたちアメリカ市民の多くに攻撃をかけて将来を奪っている、その過程を解明せずに、一体感をもった国民として未来へと歩んでいけるのだろうか。

カトリーナ大災害について論じるにあたり、ダイソンがもっともインスピレーションを受けたのは、文中に何度も登場するラッパーの1人、カニエ・ウェストがテレビの生放送で発した言葉だったにちがいない。2005年9月2日、カトリーナ災害被災地に未だ大勢の貧困層住民が救援物資を待ち続け、取り残される中で、NBC放送に生出演したウェストは、共演したコメディアンのマイク・マイヤーズが台本どおり丁寧に募金について説明するのとは対照的に、普通のアメリカ人が心の底に抱えていたフラストレーションを代表して爆発させるように、切迫した口調で同胞の窮状について訴え始めた。とりわけ、カメラが切り替わる直前につぶやいた以下の一言は印象的だった。※4

ジョージ・ブッシュは黒人のことなんか気にしちゃいねぇ。

この言葉-元の英語では"George Bush doesn't care about black people.”-カトリーナ大災害におけるブッシュ政権と、合衆国連邦緊急事態管理庁(FEMA)の大失態を表現するのに、これほどの名文句は思い出せない。ダイソンが指摘するように、比喩的にも、文字通り受け取ったとしても、カニエ・ウェストの言葉は問題の本質を突いていた。

ウェストの言うとおり、ジョージ・ブッシュは黒人のことなんか気にしちゃいない。2005年1月26日、ホワイトハウスで黒人議員連盟メンバーとの40分間に及ぶ初会談に臨んだブッシュ大統領は、1965年成立の投票権法(Voting Rights Act:投票における差別の撤廃)の再認を求めるジェシー・ジャクソン・JR(下院・民主党)や他議員達に対してこう発言した※5

「1965年の投票権法についてはよく知らないんです。法案が私の手元に来たら、目を通すつもりですが、それ以上コメントすることはできないですね。とにかく、法案には目を通しますよ」

しかしながら、黒人のことを気にしていないのはブッシュだけではない。2000年大統領選挙以来、選挙があるたびに全米の各州で大量の黒人票がカウントされないまま不法に廃棄されたり、あるいは共和党支持者の妨害活動によって、大勢の黒人有権者が投票所から閉め出されている事実は、米国のアフリカ系アメリカ人なら誰でも知っている。米下院の黒人議員たちはずっとこの問題を訴え続けているが、共和党であれ民主党であれ、この問題に取り組もうとする白人政治家はほとんどいない。2008年大統領選挙では、いよいよ史上最悪・最大規模の黒人・貧困層有権者締め出し工作が進行中であるというから、バラク・オバマ陣営がどう対応するかが注目されるだろう。※6

また、ダイソンは黒人富裕層-ダイソンは彼らを「アフリトクラシー(Afritocracy)」と呼ぶ-がこうした人種問題に無関心になりつつある傾向についても指摘している。その代表格が、ブッシュ政権の国務長官コンドリーザ・ライスだ。彼女は公民権運動の真っ直中にアラバマ州で幼年期を過ごしているが、人種問題にはほとんど沈黙している。ハリケーン・カトリーナ大災害で連邦政府側の対応の遅れが指摘される真っ最中に、ライス長官がニューヨークのフェラガモでショッピングしたり観劇したりと、休暇を満喫していたのは、今では有名な話である。

ところで名文句といえば、本書にも登場するニューオリンズ市の頼りない指導者、ネイギン市長の言葉も忘れられない。スーパードームと会議場に大勢の被災者が立ち往生し、救援を待ち続ける中、連邦政府側の災害対策を主導するブッシュ大統領とチャートフ国土安全保障省長官、ブラウンFEMA局長は、マスコミを集めて記者会見を繰り返したり、インタビューで無知ぶりを披露したり、大統領専用機を着陸させるために救援部隊の空港利用を遅らせたりと、言ってみれば救援活動を妨害するためにあらゆる手段を試しているかのように振る舞っていた。そうした連邦政府及び州政府側のふざけた対応に業を煮やしていたネイギン市長は、ラジオの生放送中に、思わず本音で不満をぶちまけたのだった。彼は言った※7

「もうどこの誰にもクソ記者会見なんか開くなって言いたいね。記者会見禁止命令を出すぞ。必要な物資がこの街に届くまで記者会見なんかするんじゃねえ。どれだけの兵士がいて、どれだけの軍用トラックがあるのかわからないっていうのに、そんなときにはこの街に来て、傍に立って助けようとして当たり前だろ。4万人が向かっているとか、そんな話はウンザリだ。だって、ほら、そいつらいったいどこにいる。まだここに来てないじゃないか。遅すぎるっていってんだ。こののろま。ケツをあげて、行動しろ。そしてこの国の歴史で最大の危機をとっとと解決しろ。」

ネイギン市長のこの発言もまた、ヒップホップ的インスピレーションに満ちていたと思う。ちなみに著者のマイケル・エリック・ダイソンも、テレビ等のインタビューでは実に軽快なお喋りを披露する人物である※8

総じて、『カトリーナが洗い流せなかった貧困のアメリカ』は、アメリカ史上まれにみるハリケーン災害を記録した文献としても、アメリカの貧困問題、あるいは人種問題を扱う評論としても、充分な重みのある内容に仕上がっている。今後ブッシュ政権時代のアメリカを振り返るにあたり、欠かせない一冊になるだろう。

書籍ディテール評価
装丁と
カバーデザイン
適切なデザインだと思った。でも、原著タイトルを背だけでなく表紙にも入れておけば、原著を知っている読者が手にとりやすくなるだろう。
帯コピー「ここまでひどい!弱者切り捨て!」「最も影響力のあるアフリカ系アメリカ人100人(米エボニー誌)のひとりにも選ばれた黒人社会学者が怒りとともにつづる。」「対岸の火事ではない、先進国の現状。この悲劇は日本の明日か?」宣伝コピーとはいえ、かなり扇情的。書籍の内容はもうちょっと堅かったような・・・
印刷物としての読みやすさ283ページの本文は文字がギッシリで、活字中毒者には嬉しい分量だが、発言引用文の一部文字サイズが注釈並に小さいので、ちょっと読みにくいと感じた。
注釈と索引原注がきちんと翻訳され、掲載されている。索引もあり。適切。
注1:
ボブ・ハーバートはニューヨークタイムズ紙コラムニスト。人種差別を背景にした冤罪問題など、アメリカの暗部についてコラムで取り上げることが多い。主要著作『Promises Betrayed: Waking Up from the American Dream』はベストセラーになった。
注2:
タビス・スマイリーはテレビ司会者でアクティビスト。主な著作に『The Covenant with Black America』(共著)がある。公式サイトあり
注3:
『カトリーナが洗い流せなかった貧困のアメリカ』序章から抜粋。
注4:
『カトリーナが洗い流せなかった貧困のアメリカ』36ページから抜粋。youtubeで当時の映像も見られる
注5:
当サイト過去記事より:ブッシュ大統領、投票権法について「よく知らない」
注6:
米国の選挙と人種差別問題についてはジャーナリストのグレッグ・パラストの調査報道が詳しい。
注7:
『カトリーナが洗い流せなかった貧困のアメリカ』117ページから抜粋。当時のレイ・ネイギン市長の言葉については、CNNサイトで発言全文と音声も公開されている
注8:
マイケル・エリック・ダイソン公式サイト。MSNBC放送では本書に関する著者のインタビュー映像も公開されている。

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