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2010/12/30

ウィキリークス:その前夜

2007年1月15日、ワシントン・ポスト紙のエリザベス・ウィリアムソン記者が興味深い記事を公開した。オンライン百科事典サイトとしてすでに成功していたウィキペディアと同じアプリケーション環境を用い、「政府書類を匿名で投稿できるサイト」が2ヵ月後に公開されるというのだ。※1

そのサイトはウィキリークス(Wikileaks)という名称で、ジェイムズ・チェンという人物が主催し、Wikileaks.orgというドメイン名で公開される予定だった。正式公開前にも関わらず、すでにインターネット上では大変な話題になっているということだった。

「計画通りとはいえ予想外に早すぎますが、ウィキリークスは倫理的漏洩と開かれた政府を促進する人々にとって世界的なムーブメントになろうとしています。」チェン氏はポスト紙の取材にそう語っている。今や幻となった主催者のこの予言的な説明は、それから4年近く経過した今、現実の事態となっている。

2006年のある段階で、ウィキリークスの組織としての外枠は出来上がっていたらしい。中国、米国、台湾、欧州、オーストラリア、南アフリカに居住する反体制派、数学者、技術者が発起人になり、組織の監査を担う諮問委員会も準備されていた。

米科学者連盟の政府情報公開研究サイト「Secrecy News」の主筆、スティーブン・アフターグッドはウィキリークス構想について「興味をそそられる試み」「変革をもたらす可能性がある」としながらも、諮問委員への誘いを辞退してこう警告した。「見境のない暴露は見境のない秘密と同じくらいに問題になることもある。」ポスト紙報道の後、タイム誌の取材にアフターグッドは、理想に燃えるウィキリークス主催者側の姿勢を「ナイーブな人たち」と評した。

ウィキリークスに先行して政府文書を暴露していたCryptome.orgの主催者ジョン・ヤングも、諮問委員会に誘われていた。ヤングを誘ったのはジュリアン・アサンジという人物で、すでにハッカーとしてネット界で知られた人物だった。ヤングは公開前からウィキリークスの運営姿勢や資金集めの手法、あるいはアサンジ本人を嫌ったらしく、誘いを断るついでにウィキリークス側との一連のメールを自分のサイトで公開し、「暴露」のお手本を示した。

ヤングを含め、ネット界でこの分野に関心を持つ人々の一部は、ウィキリークスの理想主義過ぎる設立趣旨に疑いの目を向けた。正式公開前からすでに100万件を超える文書を確保していると公言するこの怪しい新参サイトを、CIAのフロント組織ではないかと訝る声もかなりあった。※2

また、アフターグッドがタイム誌の取材で指摘したように、匿名の人物が漏洩した文書を大量に集めたところで、その文書の真贋をどう判別するのかとの懸念も大きな課題だった。ヘタをすれば、ウィキリークスが標的とする「腐敗した政治体制を持つ国家」に偽文書をつかまされ、利用されてしまう危険がある。

専門家達によるそうした批判の声を浴びながら、正式公開前の2006年12月にウィキリークスが最初に暴露した文書は、ソマリアのイスラム法廷会議評議会議長が2005年11月に記した内戦政策書で、ウィキリークス運営スタッフによる分析レポートが添えられていた。公開前にウィキリークス側は、米ラトガース大学ニューアーク校のアフリカ史教授サマタル博士にあらかじめ記事について評価を求めたという。

おそらくこの時、すでに現在に続くウィキリークスの手法は確立されつつあったのだろう。既存の公文書暴露サイトと違い、ウィキリークスは設立当初から、荒削りながら新しい形の報道機関へ向かう方向性を示していた。それは、単に機密文書の漏洩を支援する仕組みだけでなく、集まった文書の内容を吟味する際に世界各国の専門家・ジャーナリストの協力を仰ぎ、ボランティアベースで手間のかかる調査を行い、漏洩文書のウラを取ってから公開する。それがウィキリークスの基本スタイルであった。

ウィキリークスのやり方について、当初ライバルと見なされた「Secrecy News」やCryptome.orgはそのイデオロギー性を危険視し、既存の報道機関・職業ジャーナリストの多くは今でも「あれはジャーナリズムとは違う」と亜流扱いしている。しかし一方でこの匿名による機密暴露サイトは、巨大権力の腐敗を注視する世界中の人々を惹きつける強力な武器となる可能性を、その公開前夜から秘めていた。

(続く)




※1 同じ日にUPIは、ポスト紙の記事を引用しつつ「オンライン版ディープスロート役を担うウィキリークス」と紹介している

※2 同じころ、米国内16の諜報機関の情報共有手段として、ウィキを利用した政府内サイト「Intellipedia」を立ち上げる計画が話題になっていた

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