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12/25/2006

ボブ・ハーバート:『アメリカの傷口』

「私は皆さんが思っているよりもずっと良く眠っているんですよ。」
(I'm sleeping a lot better than people would assume.)

ジョージ・W・ブッシュ大統領、2006年12月14日に行われたインタビューで発言(source

Promises Betrayed

ボブ・ハーバート最新コラム集『Promises Betrayed: Waking Up from the American Dream

今回はニューヨークタイムズ紙の人気コラムニスト、ボブ・ハーバートの最新コラムを翻訳して掲載。

今回のコラムで指摘されているとおり、ハリケーン・カトリーナ被災地の復興は停滞している。その一方で、イラク戦争で米国政府はこれまでに3,500億ドル(約41兆5,992億5,000万円)を支出しており、アフガニスタン戦争その他テロ戦争費用を合計すると、米国の戦争関連支出は5,000億ドル(約59兆4,275億円)を超えているという。さらに先週、米国防総省はイラク・アフガニスタン戦争追加予算として997億ドル(約11兆8,498億4,400万円)を要求している

2003年5月に「イラクでは主要な戦闘は終了した」と宣言したジョージ・W・ブッシュ大統領は、2006年12月になると「我が国は勝っても負けてもいない」と勝利宣言を事実上取り消し、イラク駐留米軍の増強を訴え始めた。現在ホワイトハウスのウェブサイトに掲載されているあの悪名高き『トップガン大統領』演説ビデオをみると、いつのまにか『任務完了』の横断幕がフレームアウトされている。『任務完了(Mission Accomplished)』の文字は当時の公式写真にも見当たらない。)

今年の中間選挙で敗北し、政府職員の顔色が気になり始めたブッシュは、米軍兵士を含めた公務員の昇給を求める大統領命令に先日素早く署名した。この法律によって、2008年1月から米連邦政府職員は(兵士も含め)平均で2.2%昇給される。なお、この昇給命令には、米国議員全員及びディック・チェイニー副大統領の昇給(1.7%増)も含まれているという

アメリカの傷口(America’s Open Wound)

by ボブ・ハーバート:ニューヨークタイムズ紙2006年12月21日付けコラム

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「メリー・クリスマス」ルイジアナ州ニューオリンズ市9区南端部、ハリケーン・カトリーナ大災害の被災地の様子。(写真クリックで拡大)

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(Photograph provided by David Metraux: from www.davidmetraux.com


不気味だ。辺りは静まり返っている。雑踏もない。日が暮れていく。

私の足元にある5つの石段は、かつてベランダか、あるいは玄関へと続いていたことだろう。もはや確かめることもできない。住居は完全に無くなっている。残されたのは5つの石だけで、その一つには住所が記してある。レイネス通り1630番地。石段は、まるでミニマリストの芸術作品のように、雑草と瓦礫が残るちっぽけな区画の前に佇んでいる。その隣では家屋が、沈没する船のように完全にひっくり返っている。

ルイジアナ州ニューオリンズ市9区南端部へようこそ。ここではとても休日気分にはなれないだろう。どの方角を見ても、見渡す限り、荒廃が拡がっている。

他の区画では、朽ち果てた家屋の瓦礫が積まれた光景を前に、中年男性が涙目で立っていた。汚れた白い野球帽を被り、子供のように泣いている。近づいて質問を試みたが、拒否された。

ニューオリンズについて皆さんが何を耳にしていようとも、現実ははるかに酷い。まるで大きく広がった傷口のように、かつて偉大だったこのアメリカの地方都市は、ハリケーン・カトリーナ上陸時の壊滅的な洪水災害から1年以上経過した今でも、大部分が廃墟であり、地元住民の多くは苦痛に身を震わせている。

市中の大部分は、何マイルにも渡り、放棄されている。住民だった人々は親戚らと同居するか、FEMAが用意した仮設住宅に身を寄せるか、テキサス、ミシシッピ、ジョージアやその周辺へ移動した(永久に戻らない人たちもいる)。そのままホームレスとなった人たちもいる。

「人に尋ねられたら、ゴーストタウンと答えますよ」ウェイトレスのシェイラ・イーサリッジは言う。彼女の自宅は全壊し、3人の子供はアトランタ近辺の親戚宅に預けてある。「日が暮れると本当に不気味になるわ。レストランの奥で寝泊りさせてもらってるけど、本当のこと言うと、客があんまりいないの。近所があのとおりですもの。どこも空き家。みんな出てったんです。」

ニューオリンズ復興への取り組みはイラク戦争同様である。

2005年9月中旬、市の一部が未だ水没し、第82空挺師団が市中をパトロールする中、歴史に残るジャクソン広場において、ブッシュ大統領はドラマティックに姿を見せた。大統領は、全国放送された演説の中で、湾岸地区の再興のためにあらゆる手を尽くすだけでなく、深刻で根深い貧困の過酷な問題に取り組むと約束した。

「そうした貧困は人種差別の歴史に根ざしており、数世代に渡りアメリカから機会を奪ってきた。力強い行動によりこの貧困に立ち向かうのが我々の務めだ。」大統領は言った。

さて、それから1年以上が経過し、ニューオリンズの現在の人口は災害前の半分にも満たない。連邦政府は復興予算に数十億ドルを割り当てたが、予算のほとんどは無駄使いされ、あるいは官僚主義の下で絶望的に滞っている。援助を必要とする被災者-家を失い、嵐に気力を奪われた貧しい被災者達が再出発に必要とする支援はほとんど行き渡っていない。

市中にある病院や学校の多くは閉鎖されている。一部は今後も再開されないだろう。公共交通機関もほとんど動いていない。政治家達はカトリーナ災害後に驚くほど主導権を発揮したが、仰々しい復興計画は次から次へと行き詰まっている。

洪水の恐ろしい経験とその後遺症は、市内各所にある多くの建物に残された水面跡と同じように、住民達の心に傷を残した。私を乗せたタクシー運転手は、洪水で水面が上昇する頃に、或る肥りすぎの女性が枕を抱えていた事を話しながら、言葉を詰まらせた。彼女は枕が浮き輪代わりになると思っていたのだ。

「彼女も溺れて死んじまったよ」運転手は言った。

精神上の問題も山積だが、それに対応する精神衛生の専門家は極端に不足している。住民は深刻な不安や鬱、統合失調症や他の精神障害にさいなまれている。医師たちが私に話してくれたところでは、精神に障害を負った多くの患者達が、所定の治療を受けずに1年以上も行方不明だという。

市内に住む貧しい住民の多くが、連邦政府とアメリカから見棄てられ、大統領が約束を破ったと感じている。「ものすごく酷い目にあってるんです」デロレス・グードと名乗る女性が言う。彼女はスーパードームの外に立ち、通行人にベビーシッターの仕事がないかどうか尋ねている。「去年、私達はいつもテレビに出ていました。今では、また元の無名の人間に戻ってしまったんです。」
(以上)

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05/19/2005

アメリカの差別と優生学:『貧困遺伝子』撲滅のため、貧しい市民6万5,000人が秘密裏に断種された

ABC News2005/05/15付け記事より。以下に全文を翻訳して掲載。

現在でも、アメリカ国内で白人至上主義や優生学を推進する人の数は少なくない。そして、アメリカ居住の黒人層の寿命が白人に比較して短いのは、人種差別が原因ではないかと言われている。

(関連エントリ:アメリカの選挙と人種差別

州の秘密:多くの住民が秘密裏に断種された

ノースカロライナ州の女性:20世紀、政府により本人への告知なしに断種手術された6万5,000人の1人

ABC News2005/05/15付け記事

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エレイン・リディックは政府によって秘密裏に断種された。(ABC News

青々と生い茂る緑と曲がりくねった川岸にある南部の街の風景の裏側に、ほとんど忘れ去られていた遺産---苦痛、秘密、人類への侮辱が横たわっている。

「今でも心が痛みます。私の身に起こった事件は、永遠に痛みとなって残るのでしょう」地元住民のエレイン・リディックは話した。

リディックは、1929年から1974年の間、同州で秘密裏に断種された多くの住民の1人である。

1900年代初頭から70年代にかけて、アメリカ国内でおよそ6万5,000人もの男女が、ほとんど本人の承諾なしに断種手術を施されたが、それは州政府の推進していたいわゆる『繁殖に好ましくない』人々から生殖能力を奪う優生政策の一貫だった。

「そうした施術は貧困層の住民に対して行われたものです」メリーランド大学のスティーブン・セルダン教授は言う。「貧困は、悪い遺伝子もしくは悪い遺伝形質が原因と考えられていたのです。そんなわけで、貧困層の住民は断種の標的となったのです」

告知なしの手術
リディックは、13歳のときにレイプされ、妊娠していた。ソーシャル・ワーカーは彼女を、ふしだらで知能が低く、親として不適格という烙印を押した。そして、1968年に出産して後、リディックは告知されることなく断種手術を受けさせられた。

数年後に結婚し、もっと子供を作ろうとしていたリディックは、真実を知ることになる。

「彼等は私からあまりにも多くを奪ったのです」リディックは言う。「心も魂も奪われてしまった」

ノースカロライナ州では、およそ8,000人の女性が、病院で断種手術を施された。

優生政策は30年以上前に終了したが、多くの人々が償いを求めるべき時期と言っている。ノースカロライナ州は、断種を行ってきた33州のうち、最も早い時期から謝罪を表明していた州である。現在、同州議員のラリー・ワンブルは、賠償金支払い法案をまとめている最中とのこと。

だが、賠償金をどうやって捻出するか疑問視する人も多い。「“払えるわけがない”と連中は言ってます」民主党下院議員のワンブルは言う。「でも、“払えない”では済まされないのです」

リディックは大学の学位取得と、14歳で生んだ息子のためにがんばった。現在、息子は技術コンサルタントとして働いている。

「子供を授けていただいて、主に感謝しています」彼女は言った。(以上)

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02/03/2005

ブッシュ大統領、投票権法について「よく知らない」

「面と向かって“ニガー”と呼ばれたこともあるわ・・・でも、もっと巧妙で陰湿な人種差別がこのハリウッドでも起きているのよ。誰に何を言われようと構わない・・・差別じゃないと思うでしょうけど、大抵は黒人じゃない人達がそう考えるのよ」

---アカデミー女優ハル・ベリー(アイルランド・オンライン2005/01/30付け記事


2005年1月26日、ホワイトハウスで黒人議員連盟メンバーとの40分間に及ぶ初会談に臨んだブッシュ大統領は、1965年成立の投票権法(Voting Rights Act:投票における差別の撤廃)の再認を求めるジェシー・ジャクソン・JR(下院・民主党)や他議員達に対して、初対面の緊張からか、こんな発言をしたという

「1965年の投票権法についてはよく知らないんです。法案が私の手元に来たら、目を通すつもりですが、それ以上コメントすることはできないですね。とにかく、法案には目を通しますよ」
なんという率直な意見!会談に同席していた「大統領の家庭教師」コンドリーザ・ライス国務長官は、椅子から転げ落ちないように必死の形相だったに違いない。(出席者達の話では、40分の会談中、彼女はただの一言も話すことなく沈黙していたとのこと。)

集まった黒人議員達は唖然として怒りのコメントをしたが、ホワイトハウスにも大手ニュースメディアにも、その声が届くことはなかった。

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