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12/06/2007

87歳の気骨:ヘレン・トーマスの怒り

ヘレン・トーマスは怒っている。かつてないほどに。

Helen Thomas

ホワイトハウス報道の最長老記者ヘレン・トーマス


Watchdog

ヘレン・トーマス最新著作『Watchdogs of Democracy?: The Waning Washington Press Corps and How It Has Failed the Public

レバノン系アメリカ人のヘレン・トーマス女史は、ケネディ政権時代から現在まで、ずっとホワイトハウス番記者を続けている87歳の名物ジャーナリストだ。ホワイトハウス定例記者会見では、いつも最前列に座って、大統領報道官がもっとも答えたくない類の質問をする。

2007年11月30日のホワイトハウス定例記者会見では、デイナ・ペリノ大統領報道官を相手に、いつもどおりの辛辣な言葉を浴びせた。二人のやりとりを以下に抜粋して翻訳する:

ヘレン・トーマス:
「大統領は任期中に兵を撤退させるつもりはないんでしょうか?私の言ってるのは完全撤退のことですが」
デイナ・ペリノ報道官:
「ええと、5,700人が年内に帰還する予定ですから、兵の一部は撤退するわけです。大統領の意見は、兵員規模は戦地にいる司令官たちの判断次第なので、我々は司令官らと・・・成功裡に帰還できるように話し合います。」
ヘレン:
「なぜそんなことに?米国民が口を出す権利はないと?」
報道官:
「国民の意見はすでに反映されていますよ。国民は最高司令官として現大統領を選出したので、大統領は戦地の司令官の意見に従い決定を下すのです。」
ヘレン:
「アメリカ国民がそれに投票したとでも?」
報道官:
「国民は最高司令官として大統領を選出し、その大統領は戦地にいる司令官の提言に従い、5,700人の兵士を帰還させるのです。将来的にもっと帰還できることを望みますが、それはペトレイアス将軍の報告次第で、将軍の帰国は来年3月ですから。」
ヘレン:
「なぜ将軍次第なの?」
報道官:
「だから、彼が地上部隊の司令官だからですよ、ヘレン。戦況の変化を確認するのが彼の・・・」
ヘレン:
「じゃ、私達はあとどれくらいの人間を殺すつもりなの?」
報道官:
「・・・ヘレン、あなたが記者会見室の最前列に座ることができるのは同僚達の好意のおかげなのに、そのような主張をするとは実に嘆かわしいことですね。この記者会見室に入れることは名誉ある特権であり・・・我々アメリカ合衆国が、罪なき一般人を殺しているなどと示唆するのは、馬鹿げているうえに、非常に無作法ですよ。」
ヘレン:
「イラク戦争が始まってから現在までに、我が国が(一般市民を)何人殺したかわかってるの?」
報道官:
「何人かって?・・・ヘレン、我々は敵を追っているんですよ。無実のイラク国民が殺される事態に限っては、我が国はずっと遺憾の意を表してます。」
ヘレン:
「遺憾って?!そんなことしても命は戻ってきませんよ!」
報道官:
「ヘレン、我々は紛争地帯にいるんです。それでも、わが軍は、誰もが自由と解放、民主主義の機会を確実に得られるように、きわめて困難な任務を遂行しているんです。」
(以下略)

二人の険悪なやりとりは、以下のビデオでご確認いただきたい。ペリノ報道官の暗い視線も味わい深い。

辛辣な質問をするにあたって、ヘレン・トーマスは相手を選ばない。2006年3月21日、脚本ナシの質問を人一倍嫌うジョージ・W・ブッシュが特別記者会見の演壇に立ったとき、この最長老ホワイトハウス番記者は戦時大統領に言った

ヘレン・トーマス:
「私から質問させてください、大統領殿。あなたの決断したイラク侵攻は、多くのアメリカ国民及びイラク国民に死をもたらし、多くの者に生涯癒えぬ負傷を負わせました。開戦前の全ての大義、少なくとも公的に表明された大義は、結局のところ真実ではありませんでした。私の質問ですが、なぜあなたはそんなにも戦争をしたいと思ったのですか?ホワイトハウスに入ったその瞬間から、あなたの政権、あなたの政権の閣僚たち、諜報部門、それ以降・・・本当の理由は何ですか?あなたは石油が理由ではないと言いますが、石油獲得のためではなく、イスラエルのためでもないと・・・では、一体何が理由なのですか?」

2002年、マサチューセッツ工科大で講演を行った際に、若手ジャーナリストへのアドバイスとして、ヘレンはこう言っている:

「政治家を相手にインタビューするなら、彼らが公務員で、あなたが彼らの給料を払ってることを思い出させてやりなさい。常に道理に適った質問をしなさい。そして、諦めないで。必ず内部告発がありますから。国を救おうと努力する人は常に存在するんです。」

定例記者会見でヘレンと毎日対決していた相手の1人、スコット・マクレランもこの言葉には苦笑するに違いない。

それにしても・・・アメリカにはヘレン・トーマスがいる。アイルランドにはキャロル・コールマンがいる。ところが日本では・・・マスコミ業界の秘密結社、『記者クラブ』のおかげで、国民が憂鬱な真実を知って気を病むことがないように、あらかじめ業界側が報道を選別してくれているらしい。

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09/25/2007

"Maverick"と呼ばれた男:マイク・グラベル猛語録(2)

「私は非常にユニークな大統領になると約束するよ」

2007年9月14日、デンバーポスト紙インタビューでの発言

マイク・グラベル

デンバーポスト紙評:「木曜日に行われたインタビューに、グラベル氏は息子のマーティンと、彼自身のアイデアを伴って現れた。側近はなし。話を遮る広報担当者もいない。護衛もなく、コロラド州予備選での勝利という幻想も持たず・・・」

(マイク・グラベル関連過去記事:異色のド根性大統領候補:マイク・グラベル2008年合衆国大統領選挙:選挙資金情勢、CNN・YouTubeディベート:バラク・オバマの欺瞞Stop and Think:マイク・グラベル猛語録(1)

同情するなら献金しろ!

(ラジオの電話質問コーナーで、リスナーから):
「私はエドワーズ候補に献金しているんです-彼を支持しているので・・・でも実際のところ、あなたのことを以前より気に入ってるんです・・・」
グラベル:
「お願いだから私に献金してくれ。エドワーズに献金した額の2倍で頼む!」

(2007年7月:ネヴァダ州ラジオ局KNPRのインタビューにて)

民主党はチェイニーの策に嵌っている!

マイク・グラベル:
「・・・政府は数字を誤魔化して、イランに関する諜報も捏造していくだろう。そして我々は政府の計略に引っかかるんだ。私は非常に懸念している。私が望むのは、いかなる状況でもイランに侵攻しないという議決案を議会が可決することだ。ちょっと考えてみて欲しい。イランが我々に何をしたというのだ?政府はイランが我が国の兵士を攻撃しているとの諜報を持ち出すが、イラン政府を転覆させようと25年間も試みている我が国はどうなんだ?我々は彼らの民主主義を攻撃した。そして今、戦争を拡大する口実に彼らを持ち出そうとしている。ネオコンたちが1997年に立案した計画通りだ。だから、民主党がイラン問題を認める度に、チェイニー副大統領の試みを手助けすることになるんだよ。」

-ABC放送主催民主党大統領候補ディベートでの発言(2007年8月19日アイオワ州ドレイク大学にて)

傲慢なアメリカに喝!

マイク・グラベル:
「なぜ(イラクを)統治できると思うんだね?皆さんが耳にしているのはアメリカ帝国主義のことだ。それはうまくいってないし、今後も決してうまくいかないんだ。一体私らは何様のつもりだ?イラク国民を悪者にして、自分たちの失敗を認めようとしない。ああ、イラク国民がしっかりしてないからダメなんだというわけだ。

いいかね、全兵士を撤退させてイランに頼むんだ。イランはタリバン政権打倒を支援してくれたじゃないか。イランだ。もしイランの支援が望めず、シリアもサウジアラビアも助けてくれないとなれば、そりゃもちろん大失敗だ。」

ABC放送主催民主党大統領候補ディベートでの発言(2007年8月19日アイオワ州ドレイク大学にて)

神ではなく人間を愛するということ

マイク・グラベル:
「私が信じるのは愛だ。愛は勇気を与えてくれる。そして勇気は人生に大切な美徳をもたらしてくれる。誰でも祈ればいい-私はいつも人からそう説かれたが、祈る人の多くが戦争を好み、同胞である人類を殺したがるという事実に打ちひしがれた。それにはがっかりだ。我々に必要なのは、人類同士の愛ではないかと私は思うんだ。」

ABC放送主催民主党大統領候補ディベートでの発言(2007年8月19日アイオワ州ドレイク大学にて)

教育は北欧モデルを!

マイク・グラベル:
「我が国の識字率は世界第46位だ。我が国では児童の30%は高校を卒業できない。これがこの国の未来にとってどういう意味を持つことになる?それなのに我が国では、教育には競争が必要だという従来どおりの対応しかしない。ちょっと考えてみてくれ。イラン-いや、イランじゃなくて、スペイン、ノルウェイ、フィンランド-これらの国々は、超大国じゃないが、児童には幼児期から大学まで費用扶助があるんだ。なぜアメリカ人は教育を最優先事項にできない?・・・まあ、皆さんが大統領と同じように、兵士を10万人増派させるというなら無理だろうな。次はどこを核攻撃する?次は誰と戦うつもりだね?」

ABC放送主催民主党大統領候補ディベートでの発言(2007年8月19日アイオワ州ドレイク大学にて)

国境なき大統領候補

(以下は2007年9月9日にフロリダ州マイアミ大学で開催されたヒスパニック系住民向け民主党大統領候補ディベートでの発言集。珍しく発言時間が他候補者並に与えられたマイクは、会場の聴衆をおおいに沸かせた。ディベートはスペイン語に翻訳されテレビで放送された。)
司会者:
「グラベルさん、今回の(ヒスパニック系聴衆向け)討論会に参加することが重要と思った理由は?」
グラベル:
「(先に同じ質問に回答したバラク・オバマらを指して)彼らがすでに言ったとおりだよ。(会場笑い)良い機会だからね。

ところで、今、私はこの場を借りてソリアーノ氏の家族にお悔やみを言いたい。アーマンド・ソリアーノ氏は先日イラクで殺害されたが、彼の父親は本国に強制送還されようとしているんだ。私が思うに、この状況は何か根本から間違っている。(会場、喝采)

ちょっと考えてみてくれ。私は移民二世だ。私の両親は、皆さんの両親同様、この国に移住してきたんだ。それに私は、英語が話せるようになる前はフランス語を話していた。両親は苦労した-親父はとても謙虚な人間で、学問もできなかったが、働いてこの国で暮らすことができた。だから、私はこの国に移住してくる全ての人間に敬意を払おうと思う。なにしろ、私達は全員移民なんだからね。この偉大なる土地には、先住民族以外は住んでなかったのだから。」(会場、喝采)

テロは戦争ではなく犯罪

司会者:
「オサマ・ビン・ラディンが再びビデオで登場し、合衆国が未だ脆弱であると警告しています。9/11テロ発生から6周年を迎える2日前である本日、ビン・ラディンを拘束するためにこれまで実施されていない方法として、何ができると思いますか?」
グラベル:
「まあ、まず手始めに、テロリズムは戦争ではないと悟るべきでしょう。テロとの戦争なんて無意味だ。---(会場の喝采で中断)---文明社会の始まりからテロは存在したし、文明が終わるまでそれは続く。テロ自体は、犯罪として扱われるべきだよ。今後、アメリカ合衆国はインターポールや諸外国と協力して、テロリストたちを法に基づいて裁くべきだが、我が国の政府は全く正反対のことをしている。3年前、タリバンを追い払う時にはイラン政府の支援を求めたのに、今では彼らを『悪の枢軸』と呼んでいるんだ。諸外国の支援もあったのに、我が国の政府は必要ないというんだ。インターポールには700万件もの盗難パスポートのデータベースがあるのに、我が国の諜報機関はどこも接触しようとしない。海外どころか、国内でさえ協力しあうこともできないんだ。」(会場、喝采)

国境壁建設はアメリカの恥

司会者:
「では別の話題に移ります。移民に関する重要な課題です。オバマ議員から始めましょう。9/11テロの実行犯のうち、メキシコ国境から入国した者は1人もいませんが、国家安全保障の名目で何故メキシコ国境沿いに国境壁が建設されているのでしょうか?そして、なぜカナダ国境には建設されていないのでしょう?(会場、喝采)オバマ議員、クリントン議員、ドッド議員の3人は、壁の建設に賛成票を投じています。・・・(以下略)」
グラベル:
「我々が理解する必要があるのは、移民問題は国家的なスケープゴートにされているということだ。移民がスケープゴートにされている理由は、我が国の教育政策が失敗し、医療政策も失敗しているからで・・・(会場、拍手)周りのどこを見ても、私達の社会は崩壊しているんだ。それで我々は、責任をなすりつける相手を探しているというわけだ。

南部に国境壁を建設するなんて思いつきは恥ずかしい限りだ。・・・(会場、喝采)・・・恥ずかしいよ。ところで言っておきたいんだが、カナダにも塀があることは皆さんお気づきでないようだ。ご存知ないだろうな-私はつい最近カナダに行って来たんだ。カナダには3秒で入国できたよ。ところが帰国するには2時間もかかった。自分の国に戻るために2時間も行列に並ばなきゃいけないんだ。何かが間違ってる。人々をスケープゴートにするのは止めるべきだ。人々がここに来る理由は、家族を食わせるためで、他国に居たら飢えてしまうからだ。この件には、西半球全体で取り組むべく新たな外交政策が必要だ。」(会場、拍手)

不法滞在?制度を変えろ!

司会者:
「次の質問はグラベルさん宛てです。およそ6万世帯が連邦捜査で離散されましたが、合衆国内で生まれた不法滞在者の子供は500万人以上になります。大統領になったら、こうした捜査を中断しますか?」
グラベル:
「もちろんだ。私が思うに、あれは言語道断だ。強制捜査して家族を分断するなんて・・・ちょっと考えてほしい。この人たちの望みは、家族を食わせるための金を稼ぎたいだけなんだ。故郷に送金したり、家族を呼び寄せたりするだけじゃないか。もしも国境を越えてもっと簡単に行き来できるようにすれば、こんな問題は起きないんだよ。」

敵を作るよりも友人を作れ!

司会者:
「ウーゴ・チャベスは独裁者だと思いますか?彼との関係を絶ちますか?」
グラベル:
「とんでもない。実際のところ、私なら彼に手を差し出すよ。CIAが彼を失脚させようとした件はお忘れかな?どうかな?彼は敵か?違う。彼は敵じゃない。我々が彼を敵に仕立て上げたんだ。我が国はイランにも同じことをしている。チャベスがイランと取引したって構うもんか。たくさんの国々が互いの指導者同士で交流するようになって、ゆくゆくは地球がひとつだと考えられるようになればいい。そうすれば何も問題は生じない。フィデル・カストロも同じだ。なぜ我々はキューバを認めないんだ?なぜ?何が問題だというんだ?(会場、拍手)我が国から125マイルも離れた国の人々がなぜ25年間も差別されなきゃならないんだ?まったく無意味だよ。我々は手を広げて諸外国を友好的に受け入れるべきで、敵を探し出すような振舞いは止めるべきだ。」(会場、拍手)

マイク・グラベル公式サイトリンクYouTube公式ページリンク

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11/02/2006

ティルマンは戦場へ行った

今回は、現在全米で話題となっているケビン・ティルマン氏のコラム以下に全文翻訳して掲載。

ケビン・ティルマン氏の兄、パット・ティルマンはNFLのスター選手で、911テロ事件後に愛国心に駆られ、プロ選手としての高額年収を蹴って、弟ケビンと共に陸軍に入隊。米陸軍レンジャー部隊兵士としてイラクに派遣された後、2004年4月22日にアフガニスタンで戦死した。ケビン・ティルマン氏は2005年に除隊している。

パット・ティルマンの戦死について、当初陸軍側は「敵との交戦で殺害された」と遺族に説明していた。しかし2年経過した現在では、友軍の誤射で死亡した事実が明らかになっている。その後、戦死した兵士の遺族達の追求により、米軍が友軍の誤射による死亡例を隠してきた事実が少なくとも7件確認されており、米軍の公式戦死報告への信頼性はさらに低下しつつある。

パットの誕生日の後で
(After Pat’s Birthday)

by ケビン・ティルマン:Truthdig2006年10月19日掲載

パット・ティルマン(左)とケビン

2003年、サウジアラビアにて、陸軍レンジャー部隊のイラク派遣に同行する直前、チヌークヘリコプターの前に立つパット・ティルマン(左)と弟のケビン。

11月6日はパットの誕生日で、その次の日は投票日だ。陸軍入隊前にパットと交わした会話を思い出す。彼は軍に志願するリスクについて話していた。ひとたび入隊の誓約をしたら、我々兵士は指導者達と国民にどれくらい翻弄されることになるのだろう。どれくらい個人の意に背いた行動に駆り立てられるだろうか。兵士として戦う上で、除隊するまでにどれくらい沈黙させられることになるのか。

我々兵士たちが言葉を奪われてから、心配していた多くの出来事が起きた。

どういうわけか、我々は他国へ侵攻するために駆り出された。その国がアメリカ国民にとって、あるいは世界にとって直接的な脅威で、テロリストを匿っていて、9/11テロ攻撃に関わっており、ニジェールから兵器転用可能なウランを購入しており、移動兵器研究施設を保有し、大量破壊兵器を保有し、自由化する必要があるといわれ、民主主義を確立させるべきといわれ、反乱軍を鎮圧させて、我々が開始させた内戦-そう口にすることもできない内戦を抑えるとか、そんな理由で我々は戦地に駆り出されてきた。

どういうわけか、アメリカは全てに口出しする国家になった。そうした国を非難してきたのに。

どういうわけか、我々の選択した指導者達は世界中に秘密の収容所を設置して国際法と人道を破滅させ、秘密裏に人々を誘拐し、密かに人々を無制限に拘束し、何の罪名も告げず、密かに拷問している。どういうわけか、明白な拷問政策が、軍隊の“一部の悪人”の責任にされてしまった。

故郷に戻ってみれば、どういうわけか、兵士を支えるということが、5歳の幼稚園児に写真へクレヨンで落書きさせて海外に送ったり、自動車にステッカーをベタベタ貼ってみたり、戦闘ヘルメットに詰め物を追加するために議会に働きかけることになってしまっている。戦地派遣が3回目や4回目になる兵士達が、5歳児の絵に興味を持てると思うなんて驚きだ。周りで同僚が死んでいるのに、自動車のステッカーなのか。路上爆弾が爆発すれば乗っている車輌が50フィートも吹っ飛ばされて、手足がバラバラになったり溶けた肌がシートにへばりつくのに、ヘルメットに詰め物を追加すれば無事で居られると思っているなんて驚きだ。

どういうわけか、兵士が死ねば死ぬほど、違法な侵攻が正当化されてしまっている。

国民にウソを言い、違法に他国へ侵攻することで唯一の名声を築いているアメリカの指導者が、戦地の兵士達から勇気、徳、名誉を盗むことがどういうわけか容認されてしまっている。

数十年前の違法な戦争では怯えて戦えなかった連中が、自分達の始めた違法な侵略戦争に兵士を派遣することが、どういうわけか許されるようになった。

経歴を偽り、美徳と力を偽ることが、どういうわけか容認されている。

悲劇と恐怖から利潤を稼ぐことが、どういうわけか容認されている。

数万人の人々の死が、どういうわけか容認されている。

権利章典や憲法の破壊が、どういうわけか容認されている。

どういうわけか、人身保護法を停止することで国家の安全が保たれるとされるようになった。

どういうわけか、拷問が容認されている。

どういうわけか、ウソが容認されている。

どういうわけか、信心、教義や無意味な事情で理性が放棄されている。

どういうわけか、アメリカの指導体制が世界を一層危険にしてしまった。

どういうわけか、現実よりも話術が重要になってしまっている。

最も理性的で、信頼され尊敬されるはずの国が、どういうわけか最も不合理で、好戦的で、臆病で、信用されない国になった。

どういうわけか積極的に無知になることで、政治通、勤勉、懐疑的な心性が、無関心に入れ替わってしまった。

いつもどおり無能で、自己陶酔的で、美徳もなく、空疎で悪意に満ちた犯罪者達が、どういうわけかこの国を未だに牛耳っている。

どういうわけか、それが容認されている。

どういうわけか、誰も説明責任を果たしていない。

民主主義においては、指導層の政策は国民の政策なのだ。我々の孫達が、現在の世代を売国奴として、あるいは世界と人道に対する反逆者として葬ることになっても、決して驚いてはいけない。恐怖と不安、無関心によって“どういうわけか”という状況が育まれ、国家に対する抑制不能な比類なき寄生を許してしまったということを、孫たちはやがて知ることになるだろう。

幸運なことに、この国にはまだ民主主義がある。国民にはまだ声がある。国民はまだ行動できる。パットの誕生日の後で、それを始めようじゃないか。

パット・ティルマンの兄弟且つ親友
ケビン・ティルマン

(以上)

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04/03/2005

フレッド・コレマツ氏が世界に学んで欲しかった事

2005年3月30日、第二次大戦中の米政府による日系人強制収容の不当性を訴えた権利擁護活動家、フレッド・コレマツ氏がサンフランシスコの家族宅で亡くなった(享年86歳)。

近年のコレマツ氏は、米国で進行するアラブ系アメリカ人への差別、グンタナモ刑務所の不当性を訴え、ブッシュ政権との闘いに臨んでいた。今回はコレマツ氏追悼の意を込めて、サンフランシスコクロニクル紙に2004年9月16日付けで掲載されたコレマツ氏自身による文章を、以下に全文翻訳して掲載する。(文中リンクと脚注は訳者による)

コレマツ氏の鳴らした警鐘は、日米両国に届いているだろうか?


我々は日系アメリカ人強制収容の教訓を再び学ぶべきなのか(Do we really need to relearn the lessons of Japanese American internment?)

by フレッド・コレマツ:サンフランシスコクロニクル紙2004/09/16付け寄稿文

大統領自由勲章を授与されるフレッド・コレマツ氏

「我が国の正義を希求する長い歴史の中で、多くの魂のために闘った市民の名が輝いています---その栄光の人々の列に、今日、フレッド・コレマツという名が新たに刻まれたのです」1998年、大統領自由勲章を授与したクリントン大統領はコレマツ氏を讃えた。しかし、それから僅か6年後、グアンタナモ刑務所の存在にコレマツ氏は愕然とすることになる。収容事件当時からコレマツ氏の裁判を支え続けた市民団体ACLU(American Civil Liberties Union)は、米政府が隠し続けたイラク駐留米軍による囚人虐待の実態を独自調査によって明るみにし、現在も政府の責任を追及しつづけている。

1942年、湾岸地区に住んでいた私は、日系アメリカ人ということで逮捕され、有罪を宣告された。私が逮捕された当日、新聞は見出しで大々的にこう報じた。

「ジャップのスパイ、サン・リアンドロで逮捕」

もちろん、私はスパイではなかった。当時の政府も私をスパイ容疑で逮捕したのではない。私は生まれも育ちもオークランドで、米国市民である。沿岸警備隊に志願したこともあるくらいだ(人種を理由に、私は不採用となった)。しかし、私の市民権も忠誠心も、当時の連邦政府にとってはたいした問題ではなかった。1942年2月19日、日本人の血を引く市民は全て、西海岸から退去するよう命じられた。日系アメリカ人である私は告発され、有罪宣告を受けたが、同じ土地に住んでいた日系人もまた全員強制収容所行きを命じられた。

当時の私はその有罪宣告を巡り闘争した。私の主張は米最高裁まで持ち込まれたが、憲法の下で保護を訴える私の努力は1944年に否決された。

1945年に釈放されてからも、私の犯罪歴は人生に影を落とした。仕事を見つけることも困難だった。私は犯罪者として扱われていた。40年もの月日と多くの人々の協力により、私の事件の再審が認められた。1983年、連邦裁判所判事は、米国政府が証拠隠しを行い、最高裁で偽証していたことを見出した。判事は、日系アメリカ人が、政府が主張するような脅威ではなかったことを認めた。私の犯罪歴は抹消された。

多くの人々の助力により、私の処分が裁判で撤回されたことに伴い、米国議会は日系アメリカ人の排除と拘禁に関する研究委員会を開設した。委員会の調査により、当時の日系アメリカ人による諜報活動や破壊行為が行われたことはなく、軍事上も強制収容する正当性がないと結論づけた。議会の調査結果と、戦史研究家による戦争記録の再調査により、議会は1988年度に人権擁護法案を採択し、日系アメリカ人の強制収容が不当なものであったと宣言した。長い間両肩に圧し掛かっていた“敵性人種”という非難の苦しみから、私達はついに解放されたかに見えた。

しかし、今になって、そうした過去の非難がよみがえっている。フォックス・ニュースのパーソナリティ、ミッシェル・マルキンは、第二次大戦中に一部の日系アメリカ人がスパイをしていたと主張している。彼女は自身の疑念を元に、全ての日系アメリカ人を強制収容することは結局悪い考えではなかったと主張している。さらに彼女は、アラブ系アメリカ人を人種的に選別することはテロとの闘いにおいて正当化されるとまで言っている。マルキンによれば、特定民族に属する個人が怪しいとなれば、特定民族全体の市民権を剥奪することは問題なしということだ。マルキンは古い罪の概念を復活させることに賛成している。訳注

第二次大戦中の日系アメリカ人強制収容が正当化されるかどうかについて、再び真剣に討論されることになろうとは、なんとも悲しいことだ。人種や民族がスケープゴートにされることの危険性を考える際に、私の裁判や、日系アメリカ人強制収容問題が想起されることを、私は望んでいたのだが。

少数民族に対する恐怖や先入観は、あまりにも容易に想起・誇張され、それら恐怖を促進させる人々の政治課題に貢献する。スケープゴートがどのような事態を引き起こすか、不当な容疑が政府により事実と承認された後、疑いを晴らすのがいかに困難であるかを、私はよく知っている。もし誰かをスパイやテロリストとして告発するなら、その行為に対して行われるべきである。ただ単に同じ人種とか民族であるとか、宗教とかを理由に、スパイやテロリスト扱いするなどあってはならない。日系アメリカ人強制収容問題により、そうした教訓が学ばれていないとしたら、私達の民主主義にとって極めて危険な時代を迎えたといわざるをえない。(以上)


(訳注):ミッシェル・マルキン
主に米フォックスニュースで活躍し、極右の若手政治評論家としてアン・カルターと並ぶ人気を博している。日系アメリカ人の強制収容を賞賛するマルキンの著作「In Defense Of Internment: The Case for "Racial Profiling" in World War II and the War on Terror」は全米ベストセラーとなっている。マルキンは本作で、強制収容所体験者である米運輸長官ノーマン・ミネタ氏について、「収容体験者は思考が歪んでいる」と批判し、ミネタ氏の更迭をブッシュ大統領に要求している。ところで、マルキンの主張するような人種によるプロファイリングを米政府が推進すれば、フィリピン系アメリカ人である彼女自身、不快な目にあうと思われるが・・・

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02/05/2005

大リーガーの静かなる抗議

Editor&Publisher2005/01/27付記事より。以下に全文を翻訳掲載。



カルロス・デルガド、“ゴッド・ブレス・アメリカ”に起立するつもりはないと記者に答える(Carlos Delgado Tells Reporters He Still Won't Stand for 'God Bless America' )

Editor&Publisher2005/01/27付記事

自らの信念のために、カルロス・デルガドは立ち上がる---というより彼の場合は、立ち上がらない。

木曜日に行われたフロリダ・マーリンズ入団会見で、デルガドは“ゴッド・ブレス・アメリカ”演奏中に起立しないという方針を継続すると話した。

イラク戦争への抗議として、昨シーズンのデルガドは、トロント・ブルージェイズ所属時の試合も含め、“ゴッド・ブレス・アメリカ”が演奏される際に敬意を表することを拒否してきた。起立する代わりに、ベンチかダグアウトに引っ込むことにした。

「政治的主張というつもりはない。政治は嫌いなんだ」4年間で5,200万ドルという契約を交わした後で、デルガドは言った。「ゴッド・ブレス・アメリカに対して起立しない理由は、ゴッド・ブレス・アメリカと911テロ、イラク戦争を野球に絡ませるというやり方が気に入らないからだ」

「アメリカに幸あれ、マイアミに幸いあれ、プエルトリコ、世界中に幸いあれと言うよ。世界が平和になるまでね」

自身の戦争反対姿勢について、デルガドは質問に明確に回答した。彼は言葉でもヒットを飛ばせるらしい。

マーリンズの12年の歴史上でシーズン最高額の契約をデルガドにもたらした球団上層部は、彼の戦争反対姿勢についてなんの反論もしなかった。

「マーリンズは支持も不支持もしない」球団社長のデビッド・サムソンは答えた。「彼は大人だよ。球団の姿勢としては、彼の行動は彼自身が決めるということだ」

carlosdelgado

カルロス・デルガド、入団会見にて

デルガドのエージェントを務めるデビッド・スローンの話では、契約交渉の際、球団側はデルガドのイラク戦争に対する姿勢を問題にしていたという。デルガドは“ゴッド・ブレス・アメリカ”に関する球団の方針には素直に従うという意思を示したので、どの球団と契約したとしても障害にはならなかったとスローンは言った。

「彼は歌を利用して野球を政治化することが嫌いなのです」スローンは言う。「しかし彼は、“チームメイトを無視して何でもやるということはない”と言ってます。球団側に皆が敬意を表すべきという政策があるなら、彼も従うでしょう」

ブルージェイズにはそうした政策はなかった。マーリンズにもそのような政策はない。

トロント・ブルージェイズ時代には、デルガドの姿勢に同意しない同僚さえも、演奏中に彼が起立を拒否する権利を認めていた。トロントの同僚は、デルガドが新しいチームメイトと揉めることはないと予測している。

「彼の意見なんだから、敬意を示さなきゃね」元同僚は言う。「度胸のある男さ。クラブハウスでも異論は出ないだろう」

デルガドは自身の主張について公表しているわけではないが、昨シーズンにヤンキースタジアムで試合に出た際にはヤジの標的になった。同スタジアムは、911テロ以降、毎試合必ず“ゴッド・ブレス・アメリカ”を演奏する唯一のメジャー用野球場である。

もっともデルガドは、自身の姿勢について概ね支持を受けていると語った。

「話し相手の90%くらいは同意してくれるよ」彼は言う。「同意してもらうために何かするつもりはないが、支持があるってのはいいことだよ」

(以上)

(関連記事)4年54億円 大砲デルガドがマーリンズと合意

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01/08/2005

過去100年間で2度目:米上院・下院合同議会でブッシュ大統領再選に異議申し立て

2004年1月6日に開催されたアメリカ合衆国米上下両院合同会議について、毎日新聞は2004/01/07付け記事で以下のようにシンプルに報じている:

「米大統領選で、米上下両院は合同本会議を開き、昨年12月13日に実施した大統領選挙人(総数538人)による投票結果を公式に開票した。・・・(中略)・・・これでブッシュ氏の当選が正式に承認された。」
しかし、当の議会の討議内容はそれほど単純ではなかったのである。ブッシュ大統領再選を決定付けたオハイオ州選挙の結果について、上院・下院議員が異議申し立てを行い、議会は騒然としていたのだ。
人種差別による選挙不正を糾弾する下院議員の面々

オハイオ州の人種差別による選挙不正を糾弾する下院議員の面々。議会においても人種間の格差は根強い


大統領選挙の選挙人認定をめぐる異議申し立ては過去100年に僅か1度だけ行われたとされる。1969年:ニクソン再選認定の年

議会では、多くの下院議員(大多数が有色人種)が、オハイオ州での選挙不正について声を荒げた。2000年のフロリダ州における選挙不正---ゴア支持層であるアフリカ系アメリカ人の公民権が州知事であるブッシュ実弟によって剥奪された事件---に揺れた議会の風景がまるきり再現されたかのようである。

下院での申し立てを上院で討議するためには少なくとも1人の上院議員の署名を必要とする。映画「華氏911」冒頭シーンで観られたように、2000年度のフロリダ州における公民権剥奪事件について、当時の下院議員に同意する上院議員は登場しなかったのである。

しかし今回は違っていた。上院で唯一人、カリフォルニア州選出のバーバラ・ボクサー議員が、ステファニー・タブズ下院議員と共に、正式に異議申し立てを行ったのである。当日の議長役を務めたチェイニー副大統領は冷静に振舞っていたが、体内のペースメーカーは暴走寸前だったに違いない。(議会のハイライト場面はエイミー・グッドマンのデモクラシー・ナウで視聴できる

アメリカ合衆国の選挙システムに異論を唱えることは、国家の根幹を揺るがす行為であり、激烈な勇気を必要とされる。国民の分裂を恐れたジョン・ケリーは、アル・ゴア同様、疑問を呈しながらも声を上げる気骨を持たなかった。異議申し立てをした議員達の勇気に対して、マイケル・ムーアの賞賛だけではとても足りないと感じられる。

そこで、手始めにバーバラ・ボクサー上院議員の異議申し立て声明文を公式ウェブサイトから翻訳し以下に掲載した。ボクサー上院議員の申し立ては、上院74対1、下院267対31で却下され、その結果ブッシュ大統領再選が議会により公式に認定された。異議申し立てに賛同した他の下院議員達の発言内容についても、後日翻訳掲載する予定である。)

バーバラ・ボクサー上院議員の異議申し立て声明文(公式サイトより

上院、下院の議員として、私達は自らの信念のために・・・常により良い国家を創出するべく闘いながら生きているものと思います。

私達は社会正義のために闘ってきました。経済の公正化のためにも闘ってきました。環境正義のために闘ってきました。司法の正義のために闘ってきました。

今、私達はもうひとつの闘いを加えるべきです。選挙の公正化のための闘いです。

この国では、選挙登録した全ての市民は、自らの投票が重要であり、全ての票が数えられることが保証されるべきなのです。そして、投票ブースの中では、あらゆる市民の投票は、上院議員、下院議員、大統領、閣僚、あるいはフォーチュン誌500ランクに入る企業のCEOの投票と等しい価値を持つのです。

私は、同僚である民主党員、共和党員、そして独立派の方々が、この主張に同意していただけると確信しています。投票ブースの中では、皆が平等なのです。

そこで、合衆国憲法の名の下に投票の権利が保証されているものとして、私達は以下の如く問い直すべきです。

なぜオハイオ州の有権者は、雨の降る中、何時間も待たねばならなかったのでしょうか?例えば、なぜケニオン大学に投票に来た有権者は、1,300人の投票者に対して2台しか投票機が設置されず、投票日の深夜、午前4時まで行列に並ばされたのでしょうか?

なぜ貧困なアフリカ系アメリカ人が多く居住する地区だけが、長く待たねばならなかったのでしょうか?

なぜフランクリン郡の選挙管理委員達は、5,000台の投票機が必要であると知りながら僅か2,798台しか設置しなかったのでしょう?なぜ委員達は68台の投票機を倉庫に引っ込めたのですか?その内42台の機械が、アフリカ系アメリカ人が多数を占める地区から排除されていたのはなぜですか?

なぜ、コロンバス地区だけで、およそ5,000から10,000人の有権者が、投票ができないまま、投票所から去らねばならなかったのでしょう?この知らせを聞いてから、何人が投票することもなく去ったのでしょうか?訳注1

フランクリン郡の一つの地区では638人が投票しただけなのに、投票集計機は4,258票をブッシュ票として加算したのはなぜですか?幸いにもその間違いは修正されましたが、それ以外にどれほどの票が間違えて加算されたのでしょうか?

なぜフランクリン郡の選挙委員達は、下町(ダウンタウン)では電子投票機械の設置を削減し、郊外では設置件数を増やしたのでしょう?それが長い行列の原因だったのです。

クリーブランドでは、選挙委員が有権者に間違った説明をした結果、何千票もの暫定投票が無効にされてしまったのはなぜでしょう?

お聞きのように、あまりにも多くの地域で投票の不具合が発覚しておりますので、私はステファニー・タブス・ジョーンズ下院議員と共に、今すぐ修正すべき欠陥システムの実情に光明をあてるべく行動しているのです。

民主主義は、私達の国家全体の最重要項目です。それこそ、私達が一番大切にしてきた望みであり、世界の隅々まで伝えるために尽力していることなのです。

そうした努力のために、我が国の兵士が血を流し続けているという時に、私達自身の選挙システムが非常に多くの改善を必要としており、その信頼性を失いつつあるという事実を自覚すべきなのです。

しかしながら、過去何年もの間、議会は国民の投票の重要性を確信させるための努力を怠っています。

選挙改革法(Help America Vote Act)施行後も、改善点は見られません。訳注2

1年前、グラハム上院議員とクリントン上院議員、そして私は、電子投票機における投票記録を紙で出力させる法案を提出しました。紙の記録があれば、より安全な投票と再集計の不具合を防ぐことができるのです。

上院は理由もなくその法案を却下しています。少なくとも、公聴会が開催されるべきでした。しかしその公聴会すらも未だ行われていないのです。

涙を拭うバーバラ・ボクサー上院議員

異議申し立てが却下され、涙を拭うバーバラ・ボクサー上院議員(民主党:カリフォルニア州)


最後に、下院の同僚、ステファニー・タブス・ジョーンズ議員に感謝を述べたいと思います。

彼女の署名依頼の手紙は、適切で切実なものでした。

彼女への返信に記したとおり、今回の不具合を含め、選挙システムの全体的改革を議会に検討させることは事実上不可能であるという彼女の指摘が、殊更に私を(異議申し立てへ)突き動かしたのです。

ジョーンズ議員は、自分の故郷であるオハイオ州に、並々ならぬ敬意を表しています。そして、そのオハイオ州こそが今回の争点となっているのです。

ステファニー・タブス・ジョーンズ議員は、判事として10年間活躍されました。検事としても8年間を務めた方です。2002年には、全米女性栄誉の殿堂入りを果たしています。

彼女と共にこの異議申し立てを行うことを誇りに思います。(以上)


訳注1:アフリカ系アメリカ人有権者を狙い打ちする投票妨害行為を指していると思われる)

訳注2グレッグ・パラスト記者の記事を参照の事)

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11/04/2004

「皆さんがテレビで聞くことができなかった事柄」byハワード・ディーン

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ハワード・ディーン新刊

Democracy for Americaブログより。次期大統領候補ハワード・ディーン氏のコメントを以下に全文掲載。

皆さんがテレビで聞くことができなかった事柄(What You Won't Hear on TV Today)

もっとも共和党の強い土地と言われたモンタナ州は、新知事に民主党員を迎えることになった。

ハワイからコネチカットまで、初出馬の候補者が現職の共和党候補を打ち倒した。

記録的な数の有権者が、この国の方向を変える為に投票している。史上最大数のアメリカ国民が、反ブッシュに票を投じたのだ。

今日は終末の日ではない。

昨日の結末がどうであれ、私達は民主主義の再興のために立ち上がっている。大統領選挙では、望むような結果が得られなかったが、私達は民主主義の指導者となる新世代のために土台を築いてきたのだ。

Democracy for America」は数千人の幹事役を教育し、政策現場に新指導者を送り込んできた。投票現場では、各州で、民主党再興の曙を飾る役割を担う「ディーン軍団」からの候補者を選出してきた。

何千万人ものアメリカ国民が本日落胆したのは、あまりにも今回の選挙に入れ込んでいたからだ。献金し、友人を説得し、いくつものドアをノックしてきた。私達は政治プロセスに自らを投じてきた。

その試みは終わらない。短期間で終わる投資などありえない。義務感と責任感がずっと私達の人生の一部となったとき、私達はこれからも終わりなき変革を作り出していくだろう。

マーチン・ルーサー・キング牧師は仰った。「問題に口をつぐむようになったとき、我々は終末へと歩み始める。」

私達は沈黙するつもりはない。

この選挙を戦うために皆さんが果たした全ての献身に感謝したい。しかし私達は立ち止まることはないのだ。

ハワード・ディーン

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07/20/2004

「正直な話し合い」byハワード・ディーン

Cagle Cartoons2004/07/05付けコラム記事より。ハワード・ディーンの人気コラムを以下に全文翻訳しました。米国の人種差別がいかに深刻な問題であるかについては、グレッグ・パラストのコラム「消えていく投票」も参照してください。



「正直な話し合い」

by ハワード・ディーン


合衆国建国記念日となるこの週末、私たちがアメリカ人としてどれほど誇ることができるかを考え直してみた。その誇りには確信がある。これまでの228年間、アメリカは世界中で正義と民主主義に力を注いできた。しかし、単に成果を褒め称えるのではなく、未来に向かって考えるのもアメリカ人気質というものだ。そこで、私はアメリカの白人の1人として、7月4日の建国記念日を祝うにあたり、人種問題について正直に話したい。50年間、さらには遥か150年間かけて、私たちは長い道のりを歩いてきた。しかし、まだまだ先は遠いのである。

昨年、ウォールストリートジャーナル紙の伝えたところでは、何らかの資格を持ち、過去に犯歴のないアフリカ系アメリカ人の求職者が二次面接を受ける確率は、同じくらいの資格を持ち、薬物犯罪で有罪判決を受けた経験のある白人求職者よりも、はるかに低いという事実が調査で判明したという。ヒスパニック系アメリカ人の子供が、他のどの層の子供よりも医療保険加入率が低いことはすでに知れ渡っているし、アフリカ系アメリカ人は幼児死亡率が最も高いことも周知の事実である。

白人の全てが人種差別主義であるとは信じたくない。しかし、白人は人種問題に関して無関心であることが多く、それが非白人にとっては人種差別と受け取られていると思う。元来、人類は自民族中心主義的な存在なのだ。誰でも、同じ境遇で育ってきた人々同士で寄り添うことを好むものである。同じ宗教、同じ文化、同じ言語に肌の色も同じ人々同士のことである。

残念ながら、雇用の際にも、以上と同じような理由で、我々は自分と同じ境遇の人材を採用する傾向にある。我々全て---白人、黒人、ヒスパニック、男性、女性、同性愛者、異性愛者---誰もが無意識のうちに、同じ境遇の人材を雇用しがちだ。白人が多数を占める社会では、通常は雇用側でも多数派を占めることから、白人はしばしば優遇されることになる。雇用における人種差別が発生する理由は、意識的に人種差別をしているのではなく、無意識のうちに同じ人種を採用している事実に気づかないことが原因なのだ。

アファーマティブ・アクション(マイノリティー優遇措置)は、反対論者が言っているような、白人に対する差別とはならない。アファーマティブ・アクションは割り当て措置ではないのだ。大企業の人事担当者なら理解しているだろうが、アファーマティブ・アクションとは、無意識のうちに自民族中心主義的バイアスに陥り、それが採用場面で異なるバックグラウンドを持つ求職者への面接に影響を与えていることを雇用者側に対して理解させることに重点を置く措置なのである。

アメリカの有色人種は、制度化された人種差別と批判し、白人は自分達が不当に非難されていると思っている。制度化された人種差別とは、雇用する側が常に人種差別主義者であるという意味ではない。制度化された人種差別とは、私たち自身の、自分達と違う集団に対するバイアスへの無関心によって、人種差別が慣習となってしまう状態を意味する。

まだまだ道のりは遠い。人種に関わる不愉快な事態に、立ち止まってみる必要もある。人種問題に関しておおっぴらに話すことは、難しい上に感情的になりがちである。しかし、そうした話し合いこそ、アメリカが常に目指している変化へと我々を導くのである。課題は解決されていないのだから、この重要な話し合いを、さらに継続していくべきなのである。


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06/07/2004

グレッグ・パラスト、レーガンの死に贈る強烈コラム

ジャーナリスト、グレッグ・パラスト氏の2004/06/06付けコラムより。以下に全文を翻訳掲載。

美談だけが語られているレーガン元大統領の死に関する報道に対して、パラスト氏は強烈な怒りを表明しているようである。無理もない。レーガン政権はブッシュ政権の原型といわれ、イラン・コントラ事件は今日のアメリカ政府の暗黒面を象徴する先駆的な事件だった。(イラン・コントラ事件の闇の部分に関してはドキュメンタリー「COVERUP:Behind The Iran Contra Affair」が詳しい)
2004/06/10追加アルフランケンのラジオショー6月8日放送分にゲスト出演したパラスト氏の話「このコラム記事を公開した後、“オマエを殺してやる”っていうメールをゴマンと受け取ったよ


「殺人者で、臆病者で、詐欺師のレーガンの死にひと安心。
早死にするのは善人だけという証明がまたひとつ」

by グレッグ・パラスト

誰でもやりたくないことだ。死んだ人間のことを悪くいうべきじゃあないだろう。しかし今回は、誰かがそれをやらなきゃならない。

ロナルド・レーガンは詐欺師だった。レーガンは臆病者だった。そして、レーガンは殺人者だった。

1987年、私はニカラグアのチャグイティロ(Chaguitillo)という安っぽい小さな町で立ち往生していた。人々は腹を空かしていたが、充分親切だった。ただ1人、或る不機嫌な若い男を除いて。彼の妻は結核で死んだばかりだった。

抗生物質がいくらかでも手に入るなら、人は結核で死なずに済む。しかし、ロナルド・レーガンは---広い心を持つといわれた男だが---地元の人間によって選ば