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カテゴリー別過去記事:アメリカの正義


2007/12/06

87歳の気骨:ヘレン・トーマスの怒り

ヘレン・トーマスは怒っている。かつてないほどに。

Helen Thomas

ホワイトハウス報道の最長老記者ヘレン・トーマス


Watchdog

ヘレン・トーマス最新著作『Watchdogs of Democracy?: The Waning Washington Press Corps and How It Has Failed the Public

レバノン系アメリカ人のヘレン・トーマス女史は、ケネディ政権時代から現在まで、ずっとホワイトハウス番記者を続けている87歳の名物ジャーナリストだ。ホワイトハウス定例記者会見では、いつも最前列に座って、大統領報道官がもっとも答えたくない類の質問をする。

2007年11月30日のホワイトハウス定例記者会見では、デイナ・ペリノ大統領報道官を相手に、いつもどおりの辛辣な言葉を浴びせた。二人のやりとりを以下に抜粋して翻訳する:

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2007/09/25

"Maverick"と呼ばれた男:マイク・グラベル猛語録(2)

「私は非常にユニークな大統領になると約束するよ」

2007年9月14日、デンバーポスト紙インタビューでの発言

マイク・グラベル

デンバーポスト紙評:「木曜日に行われたインタビューに、グラベル氏は息子のマーティンと、彼自身のアイデアを伴って現れた。側近はなし。話を遮る広報担当者もいない。護衛もなく、コロラド州予備選での勝利という幻想も持たず・・・」

(マイク・グラベル関連過去記事:異色のド根性大統領候補:マイク・グラベル2008年合衆国大統領選挙:選挙資金情勢、CNN・YouTubeディベート:バラク・オバマの欺瞞Stop and Think:マイク・グラベル猛語録(1)

同情するなら献金しろ!

(ラジオの電話質問コーナーで、リスナーから):
「私はエドワーズ候補に献金しているんです-彼を支持しているので・・・でも実際のところ、あなたのことを以前より気に入ってるんです・・・」
グラベル:
「お願いだから私に献金してくれ。エドワーズに献金した額の2倍で頼む!」

(2007年7月:ネヴァダ州ラジオ局KNPRのインタビューにて)

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2006/11/02

ティルマンは戦場へ行った

今回は、現在全米で話題となっているケビン・ティルマン氏のコラム以下に全文翻訳して掲載。

ケビン・ティルマン氏の兄、パット・ティルマンはNFLのスター選手で、911テロ事件後に愛国心に駆られ、プロ選手としての高額年収を蹴って、弟ケビンと共に陸軍に入隊。米陸軍レンジャー部隊兵士としてイラクに派遣された後、2004年4月22日にアフガニスタンで戦死した。ケビン・ティルマン氏は2005年に除隊している。

パット・ティルマンの戦死について、当初陸軍側は「敵との交戦で殺害された」と遺族に説明していた。しかし2年経過した現在では、友軍の誤射で死亡した事実が明らかになっている。その後、戦死した兵士の遺族達の追求により、米軍が友軍の誤射による死亡例を隠してきた事実が少なくとも7件確認されており、米軍の公式戦死報告への信頼性はさらに低下しつつある。

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2005/04/03

フレッド・コレマツ氏が世界に学んで欲しかった事

2005年3月30日、第二次大戦中の米政府による日系人強制収容の不当性を訴えた権利擁護活動家、フレッド・コレマツ氏がサンフランシスコの家族宅で亡くなった(享年86歳)。

近年のコレマツ氏は、米国で進行するアラブ系アメリカ人への差別、グンタナモ刑務所の不当性を訴え、ブッシュ政権との闘いに臨んでいた。今回はコレマツ氏追悼の意を込めて、サンフランシスコクロニクル紙に2004年9月16日付けで掲載されたコレマツ氏自身による文章を、以下に全文翻訳して掲載する。(文中リンクと脚注は訳者による)

コレマツ氏の鳴らした警鐘は、日米両国に届いているだろうか?


我々は日系アメリカ人強制収容の教訓を再び学ぶべきなのか(Do we really need to relearn the lessons of Japanese American internment?)

by フレッド・コレマツ:サンフランシスコクロニクル紙2004/09/16付け寄稿文

大統領自由勲章を授与されるフレッド・コレマツ氏

「我が国の正義を希求する長い歴史の中で、多くの魂のために闘った市民の名が輝いています---その栄光の人々の列に、今日、フレッド・コレマツという名が新たに刻まれたのです」1998年、大統領自由勲章を授与したクリントン大統領はコレマツ氏を讃えた。しかし、それから僅か6年後、グアンタナモ刑務所の存在にコレマツ氏は愕然とすることになる。収容事件当時からコレマツ氏の裁判を支え続けた市民団体ACLU(American Civil Liberties Union)は、米政府が隠し続けたイラク駐留米軍による囚人虐待の実態を独自調査によって明るみにし、現在も政府の責任を追及しつづけている。

1942年、湾岸地区に住んでいた私は、日系アメリカ人ということで逮捕され、有罪を宣告された。私が逮捕された当日、新聞は見出しで大々的にこう報じた。

「ジャップのスパイ、サン・リアンドロで逮捕」

もちろん、私はスパイではなかった。当時の政府も私をスパイ容疑で逮捕したのではない。私は生まれも育ちもオークランドで、米国市民である。沿岸警備隊に志願したこともあるくらいだ(人種を理由に、私は不採用となった)。しかし、私の市民権も忠誠心も、当時の連邦政府にとってはたいした問題ではなかった。1942年2月19日、日本人の血を引く市民は全て、西海岸から退去するよう命じられた。日系アメリカ人である私は告発され、有罪宣告を受けたが、同じ土地に住んでいた日系人もまた全員強制収容所行きを命じられた。

当時の私はその有罪宣告を巡り闘争した。私の主張は米最高裁まで持ち込まれたが、憲法の下で保護を訴える私の努力は1944年に否決された。

1945年に釈放されてからも、私の犯罪歴は人生に影を落とした。仕事を見つけることも困難だった。私は犯罪者として扱われていた。40年もの月日と多くの人々の協力により、私の事件の再審が認められた。1983年、連邦裁判所判事は、米国政府が証拠隠しを行い、最高裁で偽証していたことを見出した。判事は、日系アメリカ人が、政府が主張するような脅威ではなかったことを認めた。私の犯罪歴は抹消された。

多くの人々の助力により、私の処分が裁判で撤回されたことに伴い、米国議会は日系アメリカ人の排除と拘禁に関する研究委員会を開設した。委員会の調査により、当時の日系アメリカ人による諜報活動や破壊行為が行われたことはなく、軍事上も強制収容する正当性がないと結論づけた。議会の調査結果と、戦史研究家による戦争記録の再調査により、議会は1988年度に人権擁護法案を採択し、日系アメリカ人の強制収容が不当なものであったと宣言した。長い間両肩に圧し掛かっていた“敵性人種”という非難の苦しみから、私達はついに解放されたかに見えた。

しかし、今になって、そうした過去の非難がよみがえっている。フォックス・ニュースのパーソナリティ、ミッシェル・マルキンは、第二次大戦中に一部の日系アメリカ人がスパイをしていたと主張している。彼女は自身の疑念を元に、全ての日系アメリカ人を強制収容することは結局悪い考えではなかったと主張している。さらに彼女は、アラブ系アメリカ人を人種的に選別することはテロとの闘いにおいて正当化されるとまで言っている。マルキンによれば、特定民族に属する個人が怪しいとなれば、特定民族全体の市民権を剥奪することは問題なしということだ。マルキンは古い罪の概念を復活させることに賛成している。訳注

第二次大戦中の日系アメリカ人強制収容が正当化されるかどうかについて、再び真剣に討論されることになろうとは、なんとも悲しいことだ。人種や民族がスケープゴートにされることの危険性を考える際に、私の裁判や、日系アメリカ人強制収容問題が想起されることを、私は望んでいたのだが。

少数民族に対する恐怖や先入観は、あまりにも容易に想起・誇張され、それら恐怖を促進させる人々の政治課題に貢献する。スケープゴートがどのような事態を引き起こすか、不当な容疑が政府により事実と承認された後、疑いを晴らすのがいかに困難であるかを、私はよく知っている。もし誰かをスパイやテロリストとして告発するなら、その行為に対して行われるべきである。ただ単に同じ人種とか民族であるとか、宗教とかを理由に、スパイやテロリスト扱いするなどあってはならない。日系アメリカ人強制収容問題により、そうした教訓が学ばれていないとしたら、私達の民主主義にとって極めて危険な時代を迎えたといわざるをえない。(以上)


(訳注):ミッシェル・マルキン
主に米フォックスニュースで活躍し、極右の若手政治評論家としてアン・カルターと並ぶ人気を博している。日系アメリカ人の強制収容を賞賛するマルキンの著作「In Defense Of Internment: The Case for "Racial Profiling" in World War II and the War on Terror」は全米ベストセラーとなっている。マルキンは本作で、強制収容所体験者である米運輸長官ノーマン・ミネタ氏について、「収容体験者は思考が歪んでいる」と批判し、ミネタ氏の更迭をブッシュ大統領に要求している。ところで、マルキンの主張するような人種によるプロファイリングを米政府が推進すれば、フィリピン系アメリカ人である彼女自身、不快な目にあうと思われるが・・・

2005/02/05

大リーガーの静かなる抗議

Editor&Publisher2005/01/27付記事より。以下に全文を翻訳掲載。



カルロス・デルガド、“ゴッド・ブレス・アメリカ”に起立するつもりはないと記者に答える(Carlos Delgado Tells Reporters He Still Won't Stand for 'God Bless America' )

Editor&Publisher2005/01/27付記事

自らの信念のために、カルロス・デルガドは立ち上がる---というより彼の場合は、立ち上がらない。

木曜日に行われたフロリダ・マーリンズ入団会見で、デルガドは“ゴッド・ブレス・アメリカ”演奏中に起立しないという方針を継続すると話した。

イラク戦争への抗議として、昨シーズンのデルガドは、トロント・ブルージェイズ所属時の試合も含め、“ゴッド・ブレス・アメリカ”が演奏される際に敬意を表することを拒否してきた。起立する代わりに、ベンチかダグアウトに引っ込むことにした。

「政治的主張というつもりはない。政治は嫌いなんだ」4年間で5,200万ドルという契約を交わした後で、デルガドは言った。「ゴッド・ブレス・アメリカに対して起立しない理由は、ゴッド・ブレス・アメリカと911テロ、イラク戦争を野球に絡ませるというやり方が気に入らないからだ」

「アメリカに幸あれ、マイアミに幸いあれ、プエルトリコ、世界中に幸いあれと言うよ。世界が平和になるまでね」

自身の戦争反対姿勢について、デルガドは質問に明確に回答した。彼は言葉でもヒットを飛ばせるらしい。

マーリンズの12年の歴史上でシーズン最高額の契約をデルガドにもたらした球団上層部は、彼の戦争反対姿勢についてなんの反論もしなかった。

「マーリンズは支持も不支持もしない」球団社長のデビッド・サムソンは答えた。「彼は大人だよ。球団の姿勢としては、彼の行動は彼自身が決めるということだ」

carlosdelgado

カルロス・デルガド、入団会見にて

デルガドのエージェントを務めるデビッド・スローンの話では、契約交渉の際、球団側はデルガドのイラク戦争に対する姿勢を問題にしていたという。デルガドは“ゴッド・ブレス・アメリカ”に関する球団の方針には素直に従うという意思を示したので、どの球団と契約したとしても障害にはならなかったとスローンは言った。

「彼は歌を利用して野球を政治化することが嫌いなのです」スローンは言う。「しかし彼は、“チームメイトを無視して何でもやるということはない”と言ってます。球団側に皆が敬意を表すべきという政策があるなら、彼も従うでしょう」

ブルージェイズにはそうした政策はなかった。マーリンズにもそのような政策はない。

トロント・ブルージェイズ時代には、デルガドの姿勢に同意しない同僚さえも、演奏中に彼が起立を拒否する権利を認めていた。トロントの同僚は、デルガドが新しいチームメイトと揉めることはないと予測している。

「彼の意見なんだから、敬意を示さなきゃね」元同僚は言う。「度胸のある男さ。クラブハウスでも異論は出ないだろう」

デルガドは自身の主張について公表しているわけではないが、昨シーズンにヤンキースタジアムで試合に出た際にはヤジの標的になった。同スタジアムは、911テロ以降、毎試合必ず“ゴッド・ブレス・アメリカ”を演奏する唯一のメジャー用野球場である。

もっともデルガドは、自身の姿勢について概ね支持を受けていると語った。

「話し相手の90%くらいは同意してくれるよ」彼は言う。「同意してもらうために何かするつもりはないが、支持があるってのはいいことだよ」

(以上)

(関連記事)4年54億円 大砲デルガドがマーリンズと合意

2005/01/08

過去100年間で2度目:米上院・下院合同議会でブッシュ大統領再選に異議申し立て

2004年1月6日に開催されたアメリカ合衆国米上下両院合同会議について、毎日新聞は2004/01/07付け記事で以下のようにシンプルに報じている:

「米大統領選で、米上下両院は合同本会議を開き、昨年12月13日に実施した大統領選挙人(総数538人)による投票結果を公式に開票した。・・・(中略)・・・これでブッシュ氏の当選が正式に承認された。」
しかし、当の議会の討議内容はそれほど単純ではなかったのである。ブッシュ大統領再選を決定付けたオハイオ州選挙の結果について、上院・下院議員が異議申し立てを行い、議会は騒然としていたのだ。
人種差別による選挙不正を糾弾する下院議員の面々

オハイオ州の人種差別による選挙不正を糾弾する下院議員の面々。議会においても人種間の格差は根強い


大統領選挙の選挙人認定をめぐる異議申し立ては過去100年に僅か1度だけ行われたとされる。1969年:ニクソン再選認定の年

議会では、多くの下院議員(大多数が有色人種)が、オハイオ州での選挙不正について声を荒げた。2000年のフロリダ州における選挙不正---ゴア支持層であるアフリカ系アメリカ人の公民権が州知事であるブッシュ実弟によって剥奪された事件---に揺れた議会の風景がまるきり再現されたかのようである。

下院での申し立てを上院で討議するためには少なくとも1人の上院議員の署名を必要とする。映画「華氏911」冒頭シーンで観られたように、2000年度のフロリダ州における公民権剥奪事件について、当時の下院議員に同意する上院議員は登場しなかったのである。

しかし今回は違っていた。上院で唯一人、カリフォルニア州選出のバーバラ・ボクサー議員が、ステファニー・タブズ下院議員と共に、正式に異議申し立てを行ったのである。当日の議長役を務めたチェイニー副大統領は冷静に振舞っていたが、体内のペースメーカーは暴走寸前だったに違いない。(議会のハイライト場面はエイミー・グッドマンのデモクラシー・ナウで視聴できる

アメリカ合衆国の選挙システムに異論を唱えることは、国家の根幹を揺るがす行為であり、激烈な勇気を必要とされる。国民の分裂を恐れたジョン・ケリーは、アル・ゴア同様、疑問を呈しながらも声を上げる気骨を持たなかった。異議申し立てをした議員達の勇気に対して、マイケル・ムーアの賞賛だけではとても足りないと感じられる。

そこで、手始めにバーバラ・ボクサー上院議員の異議申し立て声明文を公式ウェブサイトから翻訳し以下に掲載した。ボクサー上院議員の申し立ては、上院74対1、下院267対31で却下され、その結果ブッシュ大統領再選が議会により公式に認定された。異議申し立てに賛同した他の下院議員達の発言内容についても、後日翻訳掲載する予定である。)

バーバラ・ボクサー上院議員の異議申し立て声明文(公式サイトより

上院、下院の議員として、私達は自らの信念のために・・・常により良い国家を創出するべく闘いながら生きているものと思います。

私達は社会正義のために闘ってきました。経済の公正化のためにも闘ってきました。環境正義のために闘ってきました。司法の正義のために闘ってきました。

今、私達はもうひとつの闘いを加えるべきです。選挙の公正化のための闘いです。

この国では、選挙登録した全ての市民は、自らの投票が重要であり、全ての票が数えられることが保証されるべきなのです。そして、投票ブースの中では、あらゆる市民の投票は、上院議員、下院議員、大統領、閣僚、あるいはフォーチュン誌500ランクに入る企業のCEOの投票と等しい価値を持つのです。

私は、同僚である民主党員、共和党員、そして独立派の方々が、この主張に同意していただけると確信しています。投票ブースの中では、皆が平等なのです。

そこで、合衆国憲法の名の下に投票の権利が保証されているものとして、私達は以下の如く問い直すべきです。

なぜオハイオ州の有権者は、雨の降る中、何時間も待たねばならなかったのでしょうか?例えば、なぜケニオン大学に投票に来た有権者は、1,300人の投票者に対して2台しか投票機が設置されず、投票日の深夜、午前4時まで行列に並ばされたのでしょうか?

なぜ貧困なアフリカ系アメリカ人が多く居住する地区だけが、長く待たねばならなかったのでしょうか?

なぜフランクリン郡の選挙管理委員達は、5,000台の投票機が必要であると知りながら僅か2,798台しか設置しなかったのでしょう?なぜ委員達は68台の投票機を倉庫に引っ込めたのですか?その内42台の機械が、アフリカ系アメリカ人が多数を占める地区から排除されていたのはなぜですか?

なぜ、コロンバス地区だけで、およそ5,000から10,000人の有権者が、投票ができないまま、投票所から去らねばならなかったのでしょう?この知らせを聞いてから、何人が投票することもなく去ったのでしょうか?訳注1

フランクリン郡の一つの地区では638人が投票しただけなのに、投票集計機は4,258票をブッシュ票として加算したのはなぜですか?幸いにもその間違いは修正されましたが、それ以外にどれほどの票が間違えて加算されたのでしょうか?

なぜフランクリン郡の選挙委員達は、下町(ダウンタウン)では電子投票機械の設置を削減し、郊外では設置件数を増やしたのでしょう?それが長い行列の原因だったのです。

クリーブランドでは、選挙委員が有権者に間違った説明をした結果、何千票もの暫定投票が無効にされてしまったのはなぜでしょう?

お聞きのように、あまりにも多くの地域で投票の不具合が発覚しておりますので、私はステファニー・タブス・ジョーンズ下院議員と共に、今すぐ修正すべき欠陥システムの実情に光明をあてるべく行動しているのです。

民主主義は、私達の国家全体の最重要項目です。それこそ、私達が一番大切にしてきた望みであり、世界の隅々まで伝えるために尽力していることなのです。

そうした努力のために、我が国の兵士が血を流し続けているという時に、私達自身の選挙システムが非常に多くの改善を必要としており、その信頼性を失いつつあるという事実を自覚すべきなのです。

しかしながら、過去何年もの間、議会は国民の投票の重要性を確信させるための努力を怠っています。

選挙改革法(Help America Vote Act)施行後も、改善点は見られません。訳注2

1年前、グラハム上院議員とクリントン上院議員、そして私は、電子投票機における投票記録を紙で出力させる法案を提出しました。紙の記録があれば、より安全な投票と再集計の不具合を防ぐことができるのです。

上院は理由もなくその法案を却下しています。少なくとも、公聴会が開催されるべきでした。しかしその公聴会すらも未だ行われていないのです。

涙を拭うバーバラ・ボクサー上院議員

異議申し立てが却下され、涙を拭うバーバラ・ボクサー上院議員(民主党:カリフォルニア州)


最後に、下院の同僚、ステファニー・タブス・ジョーンズ議員に感謝を述べたいと思います。

彼女の署名依頼の手紙は、適切で切実なものでした。

彼女への返信に記したとおり、今回の不具合を含め、選挙システムの全体的改革を議会に検討させることは事実上不可能であるという彼女の指摘が、殊更に私を(異議申し立てへ)突き動かしたのです。

ジョーンズ議員は、自分の故郷であるオハイオ州に、並々ならぬ敬意を表しています。そして、そのオハイオ州こそが今回の争点となっているのです。

ステファニー・タブス・ジョーンズ議員は、判事として10年間活躍されました。検事としても8年間を務めた方です。2002年には、全米女性栄誉の殿堂入りを果たしています。

彼女と共にこの異議申し立てを行うことを誇りに思います。(以上)


訳注1:アフリカ系アメリカ人有権者を狙い打ちする投票妨害行為を指していると思われる)

訳注2グレッグ・パラスト記者の記事を参照の事)

2004/11/04

「皆さんがテレビで聞くことができなかった事柄」byハワード・ディーン

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ハワード・ディーン新刊

Democracy for Americaブログより。次期大統領候補ハワード・ディーン氏のコメントを以下に全文掲載。

皆さんがテレビで聞くことができなかった事柄(What You Won't Hear on TV Today)

もっとも共和党の強い土地と言われたモンタナ州は、新知事に民主党員を迎えることになった。

ハワイからコネチカットまで、初出馬の候補者が現職の共和党候補を打ち倒した。

記録的な数の有権者が、この国の方向を変える為に投票している。史上最大数のアメリカ国民が、反ブッシュに票を投じたのだ。

今日は終末の日ではない。

昨日の結末がどうであれ、私達は民主主義の再興のために立ち上がっている。大統領選挙では、望むような結果が得られなかったが、私達は民主主義の指導者となる新世代のために土台を築いてきたのだ。

Democracy for America」は数千人の幹事役を教育し、政策現場に新指導者を送り込んできた。投票現場では、各州で、民主党再興の曙を飾る役割を担う「ディーン軍団」からの候補者を選出してきた。

何千万人ものアメリカ国民が本日落胆したのは、あまりにも今回の選挙に入れ込んでいたからだ。献金し、友人を説得し、いくつものドアをノックしてきた。私達は政治プロセスに自らを投じてきた。

その試みは終わらない。短期間で終わる投資などありえない。義務感と責任感がずっと私達の人生の一部となったとき、私達はこれからも終わりなき変革を作り出していくだろう。

マーチン・ルーサー・キング牧師は仰った。「問題に口をつぐむようになったとき、我々は終末へと歩み始める。」

私達は沈黙するつもりはない。

この選挙を戦うために皆さんが果たした全ての献身に感謝したい。しかし私達は立ち止まることはないのだ。

ハワード・ディーン

2004/07/20

「正直な話し合い」byハワード・ディーン

Cagle Cartoons2004/07/05付けコラム記事より。ハワード・ディーンの人気コラムを以下に全文翻訳しました。米国の人種差別がいかに深刻な問題であるかについては、グレッグ・パラストのコラム「消えていく投票」も参照してください。



「正直な話し合い」

by ハワード・ディーン


合衆国建国記念日となるこの週末、私たちがアメリカ人としてどれほど誇ることができるかを考え直してみた。その誇りには確信がある。これまでの228年間、アメリカは世界中で正義と民主主義に力を注いできた。しかし、単に成果を褒め称えるのではなく、未来に向かって考えるのもアメリカ人気質というものだ。そこで、私はアメリカの白人の1人として、7月4日の建国記念日を祝うにあたり、人種問題について正直に話したい。50年間、さらには遥か150年間かけて、私たちは長い道のりを歩いてきた。しかし、まだまだ先は遠いのである。

昨年、ウォールストリートジャーナル紙の伝えたところでは、何らかの資格を持ち、過去に犯歴のないアフリカ系アメリカ人の求職者が二次面接を受ける確率は、同じくらいの資格を持ち、薬物犯罪で有罪判決を受けた経験のある白人求職者よりも、はるかに低いという事実が調査で判明したという。ヒスパニック系アメリカ人の子供が、他のどの層の子供よりも医療保険加入率が低いことはすでに知れ渡っているし、アフリカ系アメリカ人は幼児死亡率が最も高いことも周知の事実である。

白人の全てが人種差別主義であるとは信じたくない。しかし、白人は人種問題に関して無関心であることが多く、それが非白人にとっては人種差別と受け取られていると思う。元来、人類は自民族中心主義的な存在なのだ。誰でも、同じ境遇で育ってきた人々同士で寄り添うことを好むものである。同じ宗教、同じ文化、同じ言語に肌の色も同じ人々同士のことである。

残念ながら、雇用の際にも、以上と同じような理由で、我々は自分と同じ境遇の人材を採用する傾向にある。我々全て---白人、黒人、ヒスパニック、男性、女性、同性愛者、異性愛者---誰もが無意識のうちに、同じ境遇の人材を雇用しがちだ。白人が多数を占める社会では、通常は雇用側でも多数派を占めることから、白人はしばしば優遇されることになる。雇用における人種差別が発生する理由は、意識的に人種差別をしているのではなく、無意識のうちに同じ人種を採用している事実に気づかないことが原因なのだ。

アファーマティブ・アクション(マイノリティー優遇措置)は、反対論者が言っているような、白人に対する差別とはならない。アファーマティブ・アクションは割り当て措置ではないのだ。大企業の人事担当者なら理解しているだろうが、アファーマティブ・アクションとは、無意識のうちに自民族中心主義的バイアスに陥り、それが採用場面で異なるバックグラウンドを持つ求職者への面接に影響を与えていることを雇用者側に対して理解させることに重点を置く措置なのである。

アメリカの有色人種は、制度化された人種差別と批判し、白人は自分達が不当に非難されていると思っている。制度化された人種差別とは、雇用する側が常に人種差別主義者であるという意味ではない。制度化された人種差別とは、私たち自身の、自分達と違う集団に対するバイアスへの無関心によって、人種差別が慣習となってしまう状態を意味する。

まだまだ道のりは遠い。人種に関わる不愉快な事態に、立ち止まってみる必要もある。人種問題に関しておおっぴらに話すことは、難しい上に感情的になりがちである。しかし、そうした話し合いこそ、アメリカが常に目指している変化へと我々を導くのである。課題は解決されていないのだから、この重要な話し合いを、さらに継続していくべきなのである。


2004/06/07

グレッグ・パラスト、レーガンの死に贈る強烈コラム

ジャーナリスト、グレッグ・パラスト氏の2004/06/06付けコラムより。以下に全文を翻訳掲載。

美談だけが語られているレーガン元大統領の死に関する報道に対して、パラスト氏は強烈な怒りを表明しているようである。無理もない。レーガン政権はブッシュ政権の原型といわれ、イラン・コントラ事件は今日のアメリカ政府の暗黒面を象徴する先駆的な事件だった。(イラン・コントラ事件の闇の部分に関してはドキュメンタリー「COVERUP:Behind The Iran Contra Affair」が詳しい)
2004/06/10追加アルフランケンのラジオショー6月8日放送分にゲスト出演したパラスト氏の話「このコラム記事を公開した後、“オマエを殺してやる”っていうメールをゴマンと受け取ったよ


「殺人者で、臆病者で、詐欺師のレーガンの死にひと安心。
早死にするのは善人だけという証明がまたひとつ」

by グレッグ・パラスト

誰でもやりたくないことだ。死んだ人間のことを悪くいうべきじゃあないだろう。しかし今回は、誰かがそれをやらなきゃならない。

ロナルド・レーガンは詐欺師だった。レーガンは臆病者だった。そして、レーガンは殺人者だった。

1987年、私はニカラグアのチャグイティロ(Chaguitillo)という安っぽい小さな町で立ち往生していた。人々は腹を空かしていたが、充分親切だった。ただ1人、或る不機嫌な若い男を除いて。彼の妻は結核で死んだばかりだった。

抗生物質がいくらかでも手に入るなら、人は結核で死なずに済む。しかし、ロナルド・レーガンは---広い心を持つといわれた男だが---地元の人間によって選ばれた政府が気に入らないという理由で、ニカラグアへの医薬品の輸出を禁止したのだ。

若い女性の肺が詰まり、呼吸が止まっていく間、ロニー(レーガン)はにやにや笑って、ジョークを口にしていた。そして、三人の子の母親であるその女性が埋葬されている間、レーガンはお得意のB級映画の笑顔を見せたのだ。

ヒズボラのテロリスト達が、レバノンに居たアメリカ海兵隊の寝込みを一斉攻撃し、何百人も殺した時、テレビ向け兵士のレーガンは鞭を打たれた犬のように逃げ出し、それからくるりと向きを変えてグレナダに侵攻した。あの地中海のちっぽけな戦争は、レーガンが空港建設中のキューバ人達を撃ち殺す行列を維持するための残忍なPRスタントだった。

それに、私はナンシー夫人---デザイナードレスを着て意気揚々と歩く骸骨---のことも憶えている。レーガン家に流れ着いた贈り物のいくつかは---帽子から百万ドルの邸宅まで---政府の略奪品で充分な報酬を得た仲間たちから贈られたものだ。それは、かつては賄賂と呼ばれていたものである。

そして始終、おじいちゃんは笑顔で、自分の孫達の面倒すら見ようともしないのに「家族の大切さ」を繰り返し唱えて見せたのだ。

ニューヨークタイムズは、そのお決まりの死亡記事の中で、レーガンは「アメリカの小さな町の信条」「古きよき時代の価値観」が投影された人物だと書いた。「価値観」とは聞いて呆れる。それは組合つぶしであり、貧乏でデザイナードレスも買えないような連中に対する戦争宣言であり、億万長者がより多く稼ぐためにアメリカに飢餓を持ち込むことになった新しい下劣さの象徴だったのだ。

「小さな町」の信条だって?カリフォルニアの映画スターで、マリブの大御所が?いいかげんにしてくれ。

四六時中ホワイトハウスの地下にいて、脳みそが蒸発していった彼の最後の意識行動といったら、議会に対するクーデターの容認だった。レーガン政権の国防長官、キャスパー“ザ・ゴースト”ワインバーガーと発狂したオリバーノース大佐は、中東の怪物、アヤトラ・ホメイニ氏に武器を与えることを企んでいたのだ。

レーガンの子分達はジミー・カーターのことを嫌われ者の意気地なしと呼んだが、カーターはアヤトラ政権に一歩も譲らなかった。映画のファンタジーに生きるカメラ前だけのタフガイペテン師のレーガンは、怖気づいたゴキブリみたいにホメイニ氏に跪いて、人質解放を懇願したのだ。

オリバー・ノースはイランに飛び、狂信的な宗教指導者のための誕生日ケーキを持参した。それは鍵の形をしていた。レーガンのハートを開く鍵だ。

それから、レーガンは自らの臆病さに犯罪をミックスさせた。人質を獲られた相手から金を受け取り、「コントラ」のための銃を買ったのだ。コントラはニカラグアで自由の戦士を装っていた麻薬密売人たちのことである。

バークレイで学生時代を過ごした者として、拡声器でがなりたてられていた言葉を私は憶えている。「カリフォルニア州知事、ロナルド・レーガン、ここにデモの解散を命令する」そして、催涙ガスと警棒の登場だ。その間ずっと、毒牙が隠れた笑顔を浮かべるレーガンが居た。

チャグイティロでは、一晩中、レーガン仕込みのコントラテロリスト達から子供達を守るために、農民たちは眠らずに見張っていた。頭の壊れた合衆国大統領言うところの「共産主義者」である農民たちは、サンディニエスタ支持者でないというだけでなく、テキサスから車でわずか48時間の場所にいたのだ。連中はテキサスにとって一体なんだというのだ?

それでもなお、農民とその家族たちは、レーガンにとって標的だったのだ。

チャグイティロの閑散とした闇の中、TVは踊った。奇妙なことに、それは「悪党兄弟」というタイトルの三流ギャング映画で、主演はロナルド・レーガン!というわけだ。

まあ、皆さん、今夜は少しだけ落ち着いて眠れるでしょう。悪党は死んだのだから。

殺人者、臆病者、詐欺師のロナルド・レーガンよ、グッドバイ。いなくなって清々したよ。



2004/05/17

ニューヨークタイムズコラム:「我々を信用してくれ(Just Trust Us)」byポール・クルーグマン

ニューヨークタイムズ2004/05/11付記事より。いつの間にか政治批評で人気者になってしまっている経済学者ポール・クルーグマンの人気連載コラムのひとつを以下に全訳掲載。(文中リンクはDeepthroatによる)


「我々を信用してくれ(Just Trust Us)」

by ポール・クルーグマン


アブグレイブ刑務所のような事件が明るみに出ることは、誰もが予感していたことではなかったのか?

囚人の虐待事件が世界中に知れ渡ってから、ブッシュ大統領は言った。「(事件は)アメリカ人本来の性質を反映したものではない。」もちろん、彼は正しい。大多数のアメリカ人は礼儀正しくて、愛想がいい。しかし世界の大多数の人々も、同じように礼儀正しいのである。もしもアメリカ人のほうが他国より良い成績があるというなら---実際そうなのだが---それはそのようなシステムがあるからだ:公開性、検証、バランスという伝統のことである。

しかしブッシュ氏は、善悪についてさんざん話したがるにも関わらず、そうした伝統あるシステムを信じていない。彼の政権がスタートしてから登場したスローガンは「我々を信用してくれ」というものだ。ニクソン時代以降、監査も説明責任もないまま政策が実行されることに固執する政権は存在しなかったし、ニクソン時代以降こんなにも信頼性に欠ける政権は存在していない。愛国の意味を取り違えたまま、議会はひたすらブッシュ政権の要求に従ってきた。遅かれ早かれ、モラルの破滅は避けられなかったのである。

「我々を信用してくれ」そう言ったアッシュクロフト司法長官は、議会に愛国法を承認することを要求し、誰からも質問されることはなかった。それから2年半が経過して、千人以上の人々を密かに逮捕・拘束したあげくに、アッシュクロフトは未だに1人として有罪のテロ実行犯を見つけていないのである。(ダリア・リスウィックがスレイト誌上で言うところの「古臭いトレーニングビデオを見て不満一杯の悪党」に関する実際の裁判を見れば、私の言いたいことがわかるだろう)

「我々を信用してくれ」ジョージ・ブッシュはそう言って、明白な脅威でもなく、我が国へ直接攻撃すらしていないイラクを、テロとの戦争の場にすることに固執した。実際に戦争をしてみると、大量破壊兵器は見つからず、アル・カイダとの関係を示す新たな証拠もなかったのである。

「我々を信用してくれ」ポール・ブレマーはそう言って、イラク統治を引き継いだ。ところでブレマー氏が統治する資格があるという法的根拠は?連合軍暫定当局は政府機関だが、米国法の統治下にある。しかし、実際には法律だけでなく大統領の指令も、ブレマー氏の権限の裏付けにはなっていないのだ。我々が伝えられる範囲では、ブレマー氏は、大統領以外の誰にも報告義務がないので、イラクを個人的な領地ぐらいに考えているようである。その領地の中では、アメリカ人が適法と認めるような行為はなにひとつ行われていない。例えば、国防総省の古い友人であるアーマッド・チャラビは、サダムの記録を管理する権限を与えられているが、それは個人的な政敵の脅迫にも使えるものだ。

そしてあげくはこれである。「我々を信用してくれ」ドナルド・ラムズフェルドは2002年初頭にそう言って、「敵国の戦闘員」---結局のところ、ブッシュ政権がそのように指定したアメリカ市民を含む全ての人々を意味するのだが、そうした人々はジュネーブ条約で定められた権利を認められないと宣言した。今では世界中の人々が「アメリカの強制収容所」について話し、シーモア・ハーシュが「ソンミ村虐殺」を暴露したときと同じことになっている。

政府高官が拷問を命令したのだろうか?それは「命令」と「拷問」という言葉の定義次第であろう。昨年8月に、ラムズフェルド配下の上級情報部高官が、グアンタナモ収容所の司令官、ジェフリー・ミラー少将をイラクに送り込んだ。ミラー少将は、警備員に尋問者を手伝うように促し、民間の請負業者も含めて、囚人たちを「尋問と虐待がうまくいく」ように「条件を整える」ために協力させた。少将やその上官は、一体何が起こることを期待していたのだろう?

彼等の名誉のために、いくらかの政権高官は口を開き始めている。「これはシステムの不具合によって引き起こされたのである」と言っているのはサウスカロライナの共和党議員、リンゼー・グラハム氏だ。しかし、グラハム氏や、ジョン・マケイン議員や他の与党議員達は、その不具合について彼等が果たした役割を理解しているのだろうか?彼等は政府を信頼に足る組織にするための努力を妨害しながら、国家を災難へ導くためのお膳立てをしてきたのである。ジョージ・ブッシュが、実在しない大量破壊兵器を壊滅させるため、アルカイダと想像上の関係しかないサダムフセインを退治するために、我々を戦争へと巻き込んでおきながら、ブッシュ政権が他の場面でルールに従わなかったからといってショックを表明するとは、何ともおかしなことではないか。

ところで、アブグレイブ刑務所はまだ利用されつづけており、新しい司令官の指揮下にあるという。つまり、グアンタナモ収容所のミラー少将のことである。ドナルド・ラムズフェルドは「責任を受け止め」たというが、それは代償を支払うという意味では全くないのだ。

「ドン・ラムズフェルド氏は米国の歴史上最高の国防長官である・・・国民は今回の事件に関わることを止めて、彼を仕事に戻すべきなのだ」とはディック・チェイニーの言葉である。つまり彼はこう言いたいのだ:「我々を信用してくれ」。



2004/03/25

リチャード・クラークと真実の瞬間:超タカ派官僚の見せた人間性がアメリカを変える

2004年3月24日、水曜日。この日の午後、米国史上歴史に残る衝撃が世界を覆った。

アメリカ国防総省と情報部に30年間も在籍し、「テロ対策の権威」「超タカ派官僚」として、国民からも政府内部からも嫌われていたという前大統領特別顧問リチャード・クラーク氏が、911同時多発テロ調査委員会の公聴会のはじめに、以下のような声明をしたのである。(Cspanで録画を観ることができる


「今回の公聴会に召喚されたことをありがたく思います。なぜなら、911テロの被害者と遺族の方にようやく謝罪する機会ができたからです。・・・公聴会に参加されているご遺族の皆さん、今テレビで公聴会をご覧の皆さんに伝えたい・・・わが国の政府はあなた方を裏切ったのです。国民を守る立場にありながら、皆さんを裏切っていました。そして私自身も、皆さんを裏切った人間です。努力はしたが、意味のないことだ。失敗したのだから・・・その失敗について、全ての事実が明らかになった暁には、皆さんに理解と許しを請いたいのです。
(...I also welcomed this hearing, because it is finally a forum where I can apologize to the loved ones of the victims of 9/11. To [those] who are here in the room, to those who are watching on television, Your government failed you. Those entrusted with protecting you failed you. And I failed you. We tried hard, but that doesn't matter, because we failed. And for that failure, I would ask, once all the facts are out, for your understanding and for your forgiveness.)」

世界のマスメディアも息を呑んだに違いない。政府閣僚としてテロ対策に従事していた中心人物が、政府と自分の失敗を認め、謝罪するという、(アメリカ人官僚のもっとも苦手な)謙虚な行動に出ると誰が想像しただろう。(江角マキコさんも驚きですかな?)

そして、「政府批判するなんて愛国的でない」「事件の調査はもう充分」とアメリカ国内で逆風にさらされてきた911テロの遺族は、クラーク氏の勇気ある謝罪の言葉に、どんなに救われたことだろうか。
ニューヨークデイリーニュースの記事(Commondreams転載)から、公聴会に参加した遺族の言葉を引用しておこう。


「(遺族に)謝罪した人はクラークがはじめてです。泣きたい気持ちになりました」夫を911テロで亡くした女性、ミンディ・クレインバーグは言った。
メアリー・フェチェットは息子のブラッドレーをテロで亡くしている。彼女はクラーク氏が非難を受け入れたことを賞賛、「勇気をもって真実を語ってくれた」と讃えた。

公聴会で911テロ遺族と会見するリチャード・クラーク氏


もちろん、全てはクラーク氏の計算どおり、と批判されるのも無理はない。クラーク氏はペンシルバニア大学とMITを卒業し、ペンタゴンで核兵器問題とヨーロッパの安全情報に関わり、CIA、NSA他にコネを持つという筋金入りのエリート情報部員である。しかも公聴会前には自著「Against All Enemies : Inside the White House's War on Terror--What Really Happened」を発売、「ブッシュ政権批判は注目を浴びるための演出」とわかりやすい批判が起こることも予測済みであろう。

だが、考えてみて欲しい。防衛・軍事関連にコネのある元閣僚なら、ロビー活動ビジネスだけでも莫大な資産を築くことができるし、ブッシュ政権と共和党のご機嫌をとれば今後も様々なポストが約束されたのだ。たかが一冊のベストセラーを作るために、ネオコン連中を敵に回すのはエリート官僚のすることではない。だいいち、ホワイトハウスに誤りを認めさせることがどんなに自分の身を危険にさらすことになるか、クラーク氏自身もよくわかっているはずだ

ポール・クルーグマンがニューヨークタイムズで書いているように、「彼は国民に真実を知ってほしかっただけ」のために暴露本を書き、謝罪したのではないか。リチャード・クラーク氏は確かにどうしようもない戦争マニアで、危険な情報部員だった。しかし今回は、その良心を信じ、その勇気ある発言と謝罪を賞賛したいのである。

さて、アメリカ国内政治の流れは変わり、ブッシュ政権は任期終了前に最大のピンチを迎えることになった。クラーク氏の後に公聴会に登場した「日和見軍人」アーミテージ米国務副長官は、どちらかといえばクラーク氏の証言に沿った発言をしている。そのアーミテージの証言によりウソを暴かれつつあるのは、公聴会での証人喚問を拒否しつづけているコンドリーザ・ライス大統領補佐官である。(911テロ情報を事前に察知していたとされる彼女は、今のブッシュ政権にとって、邪魔な存在になりつつある)

もちろん、今回の「リチャード・クラーク:真実の瞬間」の意味は、アメリカ人だけでなく世界の人々にとっても、とてつもなく大きく、重い。なぜなら、「謝罪」と「反省」「真実」こそ、アメリカ政府に(あるいは自国の政府に)求められていることだからである。

分断されていた世界は、今日を境に、再び「グラウンド・ゼロ」へ立ち戻ることになった。
2001年9月11日、同時多発テロはどのようにして起こったか。真犯人は誰なのか?アメリカ政府は何をしていた

そして日本政府はなぜ、テロ対策と関係のない米国のイラク侵攻を支持したのか?
残念ながら、観光旅行を「留学」と嘯く小泉首相に、これら疑問へのマトモな回答は期待できない。日本にとっても、真実の瞬間は迫っているというのに。

2004/03/14

解剖用の遺体を地雷の実験で爆破している米陸軍

英BBC2004/3/11の記事より。ニューヨークタイムズにも2004/03/12付け関連記事あり。

ルイジアナ州チューレーン大学へ、医療向け解剖実習用に献体された遺体のうち、少なくとも7体が米国陸軍に転売され、地雷の爆破実験で使われて、遺体は爆破されたという。この事実は、カリフォルニア大学ロスアンゼルス校(UCLA)医学部に献体された遺体を不法に転売した容疑で2人が逮捕された事件の周辺調査により発覚したとのこと。

チューレーン大学では毎年150体の献体を受けているが、解剖実習で必要なのは45体程度。米ハーパーズ誌の調査によると、National Anatomical Service(全国解剖サービス社)はそのうち7体を7,000ドルで買取り、米国陸軍へ約30,000ドルで転売。その遺体はテキサス州で、陸軍の対地雷用防護服靴の実証実験中に爆破されたことが判明している。

米国陸軍は大量の遺体を数々の調査プロジェクトで使用しており、そのいくつかは爆破実験に用いられていると説明しているが、問題は、献体した遺族はそうした事実を知らされていないということである。

2004/01/20

銃社会アメリカのホンネとタテマエ

NRA(全米ライフル協会)の2004/01/12付けの誇らしげなプレスリリースより。

オハイオ州で銃の所有許可を持つ一般人による銃火器の携行を認める条例が可決され、全米で37番目の「何処でも銃が撃てる」州になったとのこと。NRAは「オハイオ州知事に感謝の手紙を送ろう」と拍手喝采の態である。

オハイオ州といえば民主党の超リベラル系大統領候補デニス・クシニッチの出身地。「反戦候補」のお膝元で、市民が懐に銃を隠し持つ・・・「反イラク戦争」を唱えるマイケル・ムーアが、戦争プロフェッショナルを大統領として推薦する事態にとても良く似ているではないか。

これがアメリカのホンネだろうか?だとすればアメリカ人の「平和活動」とは何とも虚しい「タテマエ」ではないか。

2004/01/19

骨抜きにされたアメリカ最高裁:判事とチェイニー副大統領の危険な関係

ボストン・グローブ紙2004/01/18の記事より。

イラク戦争のきっかけのひとつと言われている米国エネルギー政策会議。それを指揮したチェイニー副大統領は、会議資料の一部、ケン・レイ(元エンロンCEO)との会談記録や、イラク石油資源に関する情報を検討した議事録の一般公開を拒否している。これに対しいくつかの市民団体がこれらエネルギー計画書類の公開を求めて訴訟を展開しており、アメリカ最高裁は2003/12/15に、参考人聴取の目的でチェイニー副大統領に出廷を求める判決を下した。

それから3週間後、保守系で知られる最高裁判事のアントニン・スカリアとチェイニー副大統領は、揃ってルイジアナ州南部の湿地で狩猟を楽しんだ。二人は狩猟仲間というだけでなく、長年の友人同士であるという。ひとつの訴訟の判事と参考人が、判決前にプライベートな交流をもつというのは、誰の目から見ても怪しい行動である。当然ながら米国内の司法関係者は、スカリア判事が、友人が関わる裁判について公平さを保てるかどうかおおいに疑問を抱いている。

しかし司法関係者は最高裁判事について、間違った期待をしているのかもしれない。そもそもスカリア判事にとっては、法の公正さなど最初から眼中にないからだ。彼は2000年大統領選挙で、ゴア=民主党が求めた、手作業によるフロリダ州での投票数えなおし要請を却下した最高裁判決の「異例の決定」に関わった判事の1人である。アメリカ国民の選挙権を公式に否定した同判決により、結果としてジョージ・W・ブッシュは、アメリカ建国史上はじめて、選挙の投票数ではなく最高裁の判決によって選ばれた「大統領」となった。ブッシュがチェイニーと同じように、スカリア判事の息子が絡んだ「友人」であることは、決して偶然の出来事ではない。

アントニン判事は、伝統的な権威を内容を問わず嫌悪するという意味で、反抗精神旺盛である。最近では、カソリック教徒であるにも関わらず、彼は自身を「ローマ法王よりも聖なる存在」と捉えているという

アメリカの「法の正義」も、1人の判事の野心的な人間関係に対しては、あまりにも無力なのである。

2003/12/24

レニー・ブルースとアメリカの自由の皮肉

CBSニュース2003/12/23の記事。アメリカを代表するスタンダップコメディアンとして、あるいは反体制と言論の自由の象徴として語られる故レニー・ブルース氏の40年前のわいせつ罪について、恩赦による記録消去が決定したとのこと。

レニー・ブルースの活躍については、ダスティン・ホフマンがレニーを演じた世紀の名作「レニー・ブルース」で充分にその過激さを堪能できる。(ちなみにこの作品の監督はミュージカル「シカゴ」の脚本・演出家として評判になった振り付け師ボブ・フォッシーである。)リベラル系ユダヤ人のレニーを、やはりリベラル系ユダヤ人のホフマンが熱演することによって、この映画は現実と区別がつかないほど強烈な存在感を持っている。実際、作品中に登場するレニー氏の自殺現場の死体は、本人の映像がそのまま使われている。

レニーの発言(芸風)は、当時のアメリカとしては政治的にも道徳的にも過激であった。しかしライブハウスで「猥褻なジョーク」を言っただけで逮捕されるというのは、いかにアメリカが不自由な国であるかを象徴している。それにも関わらず今回の恩赦についてニューヨーク知事のパタキ氏は「ニューヨークは言論の自由を守るという象徴的な出来事」としている。

40年前の権利をやっと認められた社会派コメディアンは、今はなきWTCの空の上で、この皮肉な宣言を、悪趣味なアメリカンジョークとして笑い飛ばしていることだろう。

2003/12/22

アメリカは病気?

Sydney Morning Herald紙の辛辣な記事より。

アメリカを理解する最良の方法は、患者の病気を診断する医者と同じように、その症状を分析することであり、その「病気」を治すにはアメリカ人と非アメリカ人の両方の協力が必要である。
ちなみにアメリカ国家を「脅迫神経症」と定義して、精神分析的手法によってアメリカの社会病理を説明したのは和光大学の岸田秀教授で、彼の著作「ものぐさ精神分析」はアメリカ社会、日本社会を理解する上で必読書としてお薦めしたい。

2003/12/09

アメリカ大使館は日本政府への土地賃貸金を6年間滞納している

Japan Todayの記事によると、赤坂にあるアメリカ大使館は敷地の一部を日本政府から借りているが、その地代を6年前から滞納しているそうだ。滞納金額はおよそ1500万円。全くアメリカってやつは・・・

滞納の理由は、アメリカ側が「土地は日本から譲り受けた」として日本側の主張を退けているということらしい。さてさて、官邸はこの問題をどう解決するか・・・何もせず曖昧なまま次世代に引き継ぐのはやめてほしいね、官房長官。

2003/12/03

ノースカロライナではTVを盗んだだけで終身刑

WRAL.comの記事より。1970年、ノースカロライナ州ジョンストン郡で、ジュニア・アレンという日雇い労働者が、TVセット(140ドル相当の白黒テレビ)を盗んだという容疑で終身刑を宣告され、33年経過した現在も同州の刑務所に服役中とのこと。アレン氏は現在63歳。仮出所請求は25回も却下されたが、次回審査がもうすぐ行われるそうだ。

アメリカで泥棒といえば、最近ではなんといっても破綻したエネルギー企業、エンロンのケン・レイ元CEOでしょう。ブッシュファミリーときわめて親しいこのテキサスの詐欺師は、3千人以上の従業員を騙して1兆円を超える会社の資産を自分のポケットに入れて、さっさと引退。熱心なロビー活動と共和党やブッシュファミリーへの巨額献金のおかげで、刑務所に入る代わりに、今現在も悠々自適の生活を送っている。