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12/25/2006

ボブ・ハーバート:『アメリカの傷口』

「私は皆さんが思っているよりもずっと良く眠っているんですよ。」
(I'm sleeping a lot better than people would assume.)

ジョージ・W・ブッシュ大統領、2006年12月14日に行われたインタビューで発言(source

Promises Betrayed

ボブ・ハーバート最新コラム集『Promises Betrayed: Waking Up from the American Dream

今回はニューヨークタイムズ紙の人気コラムニスト、ボブ・ハーバートの最新コラムを翻訳して掲載。

今回のコラムで指摘されているとおり、ハリケーン・カトリーナ被災地の復興は停滞している。その一方で、イラク戦争で米国政府はこれまでに3,500億ドル(約41兆5,992億5,000万円)を支出しており、アフガニスタン戦争その他テロ戦争費用を合計すると、米国の戦争関連支出は5,000億ドル(約59兆4,275億円)を超えているという。さらに先週、米国防総省はイラク・アフガニスタン戦争追加予算として997億ドル(約11兆8,498億4,400万円)を要求している

2003年5月に「イラクでは主要な戦闘は終了した」と宣言したジョージ・W・ブッシュ大統領は、2006年12月になると「我が国は勝っても負けてもいない」と勝利宣言を事実上取り消し、イラク駐留米軍の増強を訴え始めた。現在ホワイトハウスのウェブサイトに掲載されているあの悪名高き『トップガン大統領』演説ビデオをみると、いつのまにか『任務完了』の横断幕がフレームアウトされている。『任務完了(Mission Accomplished)』の文字は当時の公式写真にも見当たらない。)

今年の中間選挙で敗北し、政府職員の顔色が気になり始めたブッシュは、米軍兵士を含めた公務員の昇給を求める大統領命令に先日素早く署名した。この法律によって、2008年1月から米連邦政府職員は(兵士も含め)平均で2.2%昇給される。なお、この昇給命令には、米国議員全員及びディック・チェイニー副大統領の昇給(1.7%増)も含まれているという

アメリカの傷口(America’s Open Wound)

by ボブ・ハーバート:ニューヨークタイムズ紙2006年12月21日付けコラム

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「メリー・クリスマス」ルイジアナ州ニューオリンズ市9区南端部、ハリケーン・カトリーナ大災害の被災地の様子。(写真クリックで拡大)

Katrina_096

(Photograph provided by David Metraux: from www.davidmetraux.com


不気味だ。辺りは静まり返っている。雑踏もない。日が暮れていく。

私の足元にある5つの石段は、かつてベランダか、あるいは玄関へと続いていたことだろう。もはや確かめることもできない。住居は完全に無くなっている。残されたのは5つの石だけで、その一つには住所が記してある。レイネス通り1630番地。石段は、まるでミニマリストの芸術作品のように、雑草と瓦礫が残るちっぽけな区画の前に佇んでいる。その隣では家屋が、沈没する船のように完全にひっくり返っている。

ルイジアナ州ニューオリンズ市9区南端部へようこそ。ここではとても休日気分にはなれないだろう。どの方角を見ても、見渡す限り、荒廃が拡がっている。

他の区画では、朽ち果てた家屋の瓦礫が積まれた光景を前に、中年男性が涙目で立っていた。汚れた白い野球帽を被り、子供のように泣いている。近づいて質問を試みたが、拒否された。

ニューオリンズについて皆さんが何を耳にしていようとも、現実ははるかに酷い。まるで大きく広がった傷口のように、かつて偉大だったこのアメリカの地方都市は、ハリケーン・カトリーナ上陸時の壊滅的な洪水災害から1年以上経過した今でも、大部分が廃墟であり、地元住民の多くは苦痛に身を震わせている。

市中の大部分は、何マイルにも渡り、放棄されている。住民だった人々は親戚らと同居するか、FEMAが用意した仮設住宅に身を寄せるか、テキサス、ミシシッピ、ジョージアやその周辺へ移動した(永久に戻らない人たちもいる)。そのままホームレスとなった人たちもいる。

「人に尋ねられたら、ゴーストタウンと答えますよ」ウェイトレスのシェイラ・イーサリッジは言う。彼女の自宅は全壊し、3人の子供はアトランタ近辺の親戚宅に預けてある。「日が暮れると本当に不気味になるわ。レストランの奥で寝泊りさせてもらってるけど、本当のこと言うと、客があんまりいないの。近所があのとおりですもの。どこも空き家。みんな出てったんです。」

ニューオリンズ復興への取り組みはイラク戦争同様である。

2005年9月中旬、市の一部が未だ水没し、第82空挺師団が市中をパトロールする中、歴史に残るジャクソン広場において、ブッシュ大統領はドラマティックに姿を見せた。大統領は、全国放送された演説の中で、湾岸地区の再興のためにあらゆる手を尽くすだけでなく、深刻で根深い貧困の過酷な問題に取り組むと約束した。

「そうした貧困は人種差別の歴史に根ざしており、数世代に渡りアメリカから機会を奪ってきた。力強い行動によりこの貧困に立ち向かうのが我々の務めだ。」大統領は言った。

さて、それから1年以上が経過し、ニューオリンズの現在の人口は災害前の半分にも満たない。連邦政府は復興予算に数十億ドルを割り当てたが、予算のほとんどは無駄使いされ、あるいは官僚主義の下で絶望的に滞っている。援助を必要とする被災者-家を失い、嵐に気力を奪われた貧しい被災者達が再出発に必要とする支援はほとんど行き渡っていない。

市中にある病院や学校の多くは閉鎖されている。一部は今後も再開されないだろう。公共交通機関もほとんど動いていない。政治家達はカトリーナ災害後に驚くほど主導権を発揮したが、仰々しい復興計画は次から次へと行き詰まっている。

洪水の恐ろしい経験とその後遺症は、市内各所にある多くの建物に残された水面跡と同じように、住民達の心に傷を残した。私を乗せたタクシー運転手は、洪水で水面が上昇する頃に、或る肥りすぎの女性が枕を抱えていた事を話しながら、言葉を詰まらせた。彼女は枕が浮き輪代わりになると思っていたのだ。

「彼女も溺れて死んじまったよ」運転手は言った。

精神上の問題も山積だが、それに対応する精神衛生の専門家は極端に不足している。住民は深刻な不安や鬱、統合失調症や他の精神障害にさいなまれている。医師たちが私に話してくれたところでは、精神に障害を負った多くの患者達が、所定の治療を受けずに1年以上も行方不明だという。

市内に住む貧しい住民の多くが、連邦政府とアメリカから見棄てられ、大統領が約束を破ったと感じている。「ものすごく酷い目にあってるんです」デロレス・グードと名乗る女性が言う。彼女はスーパードームの外に立ち、通行人にベビーシッターの仕事がないかどうか尋ねている。「去年、私達はいつもテレビに出ていました。今では、また元の無名の人間に戻ってしまったんです。」
(以上)

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09/01/2006

クルーグマン:「反故にされた約束」

「連邦政府の対応については私が全責任を負っています。1年前、我々はカトリーナの教訓を活かし、何としても復興を支援すると約束しました。(拍手)当時ジャクソン広場で話した事が現在でも同様に真実であると伝えるために、本日、私はニューオリンズに戻ってきました。」

-2006年8月29日、ニューオリンズのウォーレン・イーストン高校にて行われた、湾岸地区復興についてのブッシュ大統領の演説より


「懺悔するしかない・・・大統領から指名された立場の者は、大統領を擁護するものです。そうすると、全くの真実を伝えるかわりに、(ホワイトハウス側の)主張に従うことになる。今、私が最も後悔しているのはそれです。」

-2006年8月29日、前FEMA長官マイケル・ブラウンのインタビューにおける発言。ブラウン氏はさらに、カトリーナ災害後のホワイトハウス閣僚会議でブッシュ大統領が、「批判の矛先がブラウンに向いてるのはありがたいな。私が非難されずに済む」と発言したと語った

経済学者ポール・クルーグマンのニューヨークタイムズ紙2006年8月28日付掲載コラムを以下に全文翻訳。
(文中リンク・脚注は訳者による)

反故にされた約束(Broken Promises)

by ポール・クルーグマン:ニューヨークタイムズ紙2006年8月28日付コラム

昨年9月、ニューオリンズ市街の、カトリーナ上陸以来ようやく電気が回復したばかりの場所に立ったブッシュ大統領は、「世界でも類を見ない最大の復興努力をする」と約束した。大統領が去ってすぐに、電気は再び消えてしまった。訳注

それから起こった出来事は、ブッシュ氏がイラク復興の名目で議会に180億ドルの予算配分承認を求めた際と同じであった。議会がその予算を承認してから数ヵ月後、イラク訪問から帰国した議員団は、我が国が現地で行っている素晴らしい仕事-例えば、校舎を塗り替えるとか・・・さらに校舎を塗り替えるとか・・・について情熱的に説明した。

しかし、イラクを統治していた連合軍暫定当局(CPA)が9ヵ月で店仕舞いすると、180億ドルの復興予算の内、わずか2%しか復興活動に支出されていないことが判明し、予算で賄うはずの復興計画のうち、開始されていたのはほんの一部でしかなかった。最終的に、アメリカはイラク国内インフラの最も基本的な修復作業すらやり損なった。現在、バグダッドで電気が使える時間は1日あたり7時間以下である。

そういうわけで、自国の湾岸地区についても同じような事態なのだ。ブッシュ政権は被災地向けに配分された予算金額について話題にしたがり、カトリーナ大災害の被災者支援にすごい仕事(heck of a job)をしていると国民を説得するべくPR活動を思案している。しかし、イラク国民がすでに学習したように、予算を配分することと、それを実際に復興活動に支出することは別の話で、今のところブッシュ政権は、昨年の約束を遂行するためにほとんど何も達成していないのである。

緊急支援と瓦礫の処分に数十億ドルが費やされたのは事実である。しかし、片付け作業すらまだ不完全だ。ニューオリンズでは災害で生じた瓦礫の内およそ3分の1が未だ残されている。そして、片付け作業の後に控える実際の復興作業はわずかに始まったにすぎない。

例えば、住宅所有者への現金支援を最優先事項とするべく、米住宅都市開発省とカトリーナ支援都市開発計画のために、議会は170億ドルの予算を承認したが、先週時点でたったの1億ドルしか支出されていない。ルイジアナ州の住宅所有者で連邦政府の支援金を最初に受け取ったのは、ほんの3日前だ。ミシシッピ州でも同様の計画があるが、支出されたのは未だにわずか数十件分しかない。

消防署や下水道設備の復興支援を受けられるはずの市当局では、実際の支援を受けるところまで事が運んでいない。ナショナル・ジャーナル誌の最近の報道でそのカフカ的状況が説明されているが、連邦支援金を必要とする街や地区は、複雑な手続きを経由するよう指示されており、台風でなぎ倒された街路樹の被害を検算するなどの作業になけなしの金と時間を費やし、さらなる事務処理要求に直面している。

現政権の擁護派は、復興作業の遅れはブッシュ氏の責任ではなく、政府機関が生来持つ非能率的な官僚主義の問題なのだと疑いなく主張する。反政府保守主義者にとってはそれが大切なのだ:統治任務に失敗してもなお、自身のイデオロギーを擁護するのである。

しかし、この件の非能率さに官僚主義を持ち出す必要はない。復興作業の進行が失敗しているのは、トップのリーダーシップが欠如している結果なのだ。

ブッシュ氏は復興の約束を果たすために素早く行動できたはずだ。しかし大統領はそうしなかった。ホワイトハウス側から行動が示されることがないまま月日が無為に過ぎ、復興計画を進行させる切迫感は衰えてしまった。

華やかで精力的な人物を指名して、湾岸地域復興を監査させ、支援を求める被災家族や地域行政の賛同者として活躍させることもブッシュ氏にはできたはずだ。しかし大統領はそうしなかった。復興活動の「帝王」となっているはずの人物の名を、一体何人が言い当てることができるだろう?

ブッシュ氏は自身の身内主義と民営化で破壊させたFEMAを組織として回復させることもできたはずだ。しかし大統領はそうしなかった。現在でもFEMAはやる気がなく、組織を奮い立たせることができないままだ。FEMA職員として任命された者の内、現在残っている人数は84%以下である。

たぶん、湾岸地区に約束された支援は、いつの日か実際にやってくるのだろう。しかしそれでは、たぶん遅すぎる。住民や中小企業経営者の多くは、実現しない支援を待つことに疲れ、他所へ移住するだろう。被災を逃れたり、経営を再開した中小企業も、顧客不足で行き詰まるだろう。イラク同様にアメリカでも、復興の遅れとは復興を拒否されたも同じなのだ。そしてブッシュ氏はまたしても、約束を反故にしたのである。
(以上)


訳注:カトリーナ大災害直後の2005年9月15日夜、ブッシュ大統領がニューオリンズの被災地を訪問する際、ホワイトハウス側スタッフはPR撮影のために訪問場所だけ一時的に街灯を点灯させ、あたかも被災地ですでに電気が回復したかのように演出した。そして大統領のテレビ用撮影が終了すると、すぐに灯りは消された。他にも、大統領が被災地を訪問する度に保安目的で救援物資の空輸を停止させたり、テレビ撮影用に臨時で作業員を集めて堤防修繕作業を演出したりと、ブッシュ陣営は政府対応への批判を実際の救援活動ではなくプロパガンダで対応しようと努めていた。その結果、ホワイトハウスへの批判の声はさらに大きくなった。)

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08/30/2006

ハリケーン・カトリーナ大災害:数字で知る1年後の現状

2005年8月末にアメリカ南部ルイジアナ州・ミシシッピ州を襲ったハリケーン・カトリーナ大災害から1年が経過した。米シンクタンクCenter for American Progressのブログから、被災地のひとつ、ルイジアナ州ニューオリンズ市の現状を伝える数字を以下に抜粋:

A woman watched a memorial anniversary ceremony dedicated to the victims of Hurricane Katrina in New Orleans.

ニューオリンズで行われたハリケーン犠牲者1周忌追悼式典を眺める女性。(タイムズ紙


Katrina Cottage

ミシシッピ州オーシャンスプリングの「カトリーナ別荘」。ハリケーン被災地で進む「新都市化」計画の一例。一般住民向けの復興は?

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09/20/2005

カトリーナ大災害:タイムライン

現在進行中の事件ではあるが、ハリケーン・カトリーナ大災害の主な出来事について時系列にまとめてみた。

ハリケーン・カトリーナ大災害:タイムライン

2005年8月26日(金曜日)
ルイジアナ州知事キャスリーン・ブランコ、ルイジアナ州に非常事態宣言を発令。source
フロリダ、アラバマ、ミシシッピ、ルイジアナ等湾岸各州が、国防総省に兵員援助要求を開始。9月1日の記者会見時、カトリーナ特別対策班のラッセル・オナール陸軍中将(Lt. Gen. Russel Honoré)の説明
2005年8月27日(土曜日)
午前5時:カトリーナがカテゴリー3ハリケーンに発達source
ルイジアナ州知事キャスリーン・ブランコ、ブッシュ大統領に、ルイジアナ州に対する連邦非常事態宣言の発令を依頼。source
ブッシュ大統領、ルイジアナ州に連邦非常事態宣言を発令、国土安全保障省(DHS)と連邦緊急事態管理局(FEMA)に、カトリーナ対策に関わる全権を委任。これによりDHSとFEMAが被災地救援活動の全監督責任を負うことになる。sourceしかしながら、非常に奇妙なことに、ホワイトハウスの発令した非常事態宣言適用地域のリストには、被災の酷かったニューオリンズなどの州南部エリアは含まれていなかった。source
午後5時:ミシシッピ州知事ハーレイ・バブア、ミシシッピ州に非常事態宣言を発令。source
午後5時:ニューオリンズ・ネーギン市長、非常事態宣言を発令。全市民に避難命令。source
2005年8月28日(日曜日)
午前2時:カトリーナがカテゴリー4ハリケーンに発達source
午前7時:カトリーナがカテゴリー5ハリケーンに発達。source
ルイジアナ州地元新聞が朝刊で堤防決壊の危険性を警告。source
午前8時:ルイジアナ・スーパードームが避難所として開放され、街から脱出できなかった住民を受け入れ始める。(source:ブルッキングス研究所版タイムライン)
午前9時30分:ニューオリンズのネーギン市長、史上初の市内完全避難命令を発令し、市内各所(12箇所)に集まる逃げ遅れた市民を避難所(スーパードーム含む)へ運ぶために、RTA(地方公共バス電車管理センター)にバスを出すよう依頼。この指令はニューオリンズ市住民緊急避難計画に則っていたが、RTAはなぜか依頼どおり対応しなかった。source
同日午後:ブッシュ大統領、国土安全保障賞チャートフ長官、連邦緊急事態管理局ブラウン長官が、テキサス州クロフォードの牧場内テレビ会議システムを通じて、国立測候所ハリケーンセンター所長から堤防決壊の危険性について説明を受けるsource
ニューオリンズから自家用車で脱出する市民が殺到し、道路渋滞が発生。
午後4時:米国立測候所(NATIONAL WEATHER SERVICE)がハリケーン特別警戒令を発令し、大災害を警告:「停電は数週間継続し、水不足により現代標準では想像できないほどの人的被害が発生するだろう」source
午後4時のAP通信:「ルイジアナ州でハリケーン災害により100万人が家を失うことになるかもしれない」source
夜間、ルイジアナ州ニューオリンズ近郊ポンチャトレーン湖の水位が堤防を超え、水が溢れ始める。source
ルイジアナ・スーパードームに、およそ2万6,000人の避難民が集まる。備蓄されていた食料は36時間分程度だった。source
ルイジアナ州兵部隊が連邦緊急事態管理局(FEMA)に対して、避難者を脱出させるためのバス700台を用意するよう要求、しかし連邦緊急事態管理局(FEMA)側は100台しか手配しなかった。source
2005月8月29日(月曜日)
午前6時10分:カトリーナがカテゴリー4ハリケーンとしてルイジアナ州に上陸。ニューオリンズ市内は大規模な停電が発生し、街路樹は倒れ、木造家屋は破壊、車は吹き飛ばされる危険な状態になる。避難所のスーパードームの屋根が風雨により一部破壊。source
午前7時:スーパードームで停電、非常用発電機では照明が不充分で、エアコンが停止し環境が悪化。暗闇の中でレイプ他暴力行為が発生し始める。
午前8時:ネーギン市長が電話インタビューで堤防決壊が近いと報告。
午前:ブッシュ大統領、アリゾナ州目指して飛行中のエアフォースワンから、チャートフ長官と電話で意見交換。二人の話した話題は「移民問題」だった。source
午後:FEMAのマイケル・ブラウン長官が、「全ての消防その他救急救援組織は、ハリケーン被災地で、FEMAによって申請・承認されない限り、独自の緊急救援活動をしてはならない」との声明を発表。この決定の結果として、ハリケーン被災地住民から地元救援部隊に支援要請があっても、FEMA支部職員の承認なしには活動できなくなった。source
午前中に堤防が決壊し、ニューオリンズ市内の浸水が始まる。source
ブッシュ大統領、アリゾナ州フェニックスで開催されたマケイン上院議員(共和党・アリゾナ)の誕生日会に同席。マケイン議員と共に誕生ケーキを囲み、PR用の写真を撮影。source
州兵事務局広報担当官:「ルイジアナ州兵の35%、ミシシッピ州兵の37%がイラクに派遣されているが、ルイジアナ州とミシシッピ州の州兵は現状で充分災害対応が可能である」source
午前11時:FEMAのマイケル・ブラウン長官がようやくハリケーン通過地区に国土安全省職員1000人を派遣するようチャートフ長官に要請し、職員の現地到着まで2日間の猶予を与える(遅れる)件を容認。AP通信の説明:「チャートフ長官に宛てたブラウンのメモによれば、カトリーナについて『大惨事の恐れあり』と説明、しかし緊急対応を要する言葉はなかった。ブラウン長官のメモは『我々の業務遂行への支援をご考慮いただきありがとうございます』と丁寧に締めくくられている。」sourceまた、ブラウン長官は被災地に派遣される職員宛てに『政府職員や地元コミュニティからポジティブなイメージを持たれるよう留意せよ』と注文した。source
午前11時:ブッシュ大統領はアリゾナのリゾート地に到着し、自身の推進する高齢者向け医療・医薬品サービス民営化法案の遊説を行う。source
午後4時30分:ブッシュ大統領、カリフォルニア州老人センターを訪問、高齢者向け医療・医薬品サービス民営化法案のメリットについて聴衆と意見交換。source
午後8時:ラムズフェルド国防長官、サンディエゴ・パドレスの野球試合を会場で観戦。source
午後8時:ルイジアナ州のブランコ知事、ブッシュ大統領に緊急災害支援について電話で再度要請。「大統領、あなたの支援が必要です。連邦政府の救援をお願いします」sourceブッシュ大統領、ブランコ知事の要請に対して具体的には何もせず、そのまま就寝。
2005月8月30日(火曜日)
ニューオリンズ市内の80%が水没。逃げ遅れた市民は屋根に上がって助けを待つ。水没した市街地に死体が浮き始める。
午前10時37分:CBSニュース「ニューオリンズ市内の一部で戒厳令が発令され、事態は悪化している。」source
ABC系列の地元放送局が「ニューオリンズの刑務所で囚人暴動、人質をとって立てこもり中」の報道を配信。(後に誤報と判明。)source
午前11時:ブッシュ大統領、カリフォルニア州サンディエゴの海軍基地でイラク戦争について演説。source
お昼頃:国土安全省チャートフ長官、ルイジアナ州の堤防決壊についてようやく気づき始める。source
チェイニー副大統領、湾岸地区のパイプライン設備の電力回復のために電気技術者を「他の場所からパイプライン地区に急行させよ」と指令を出す。この指令により、ミシシッピ州で2つの病院と各地の水道設備の電力回復が24時間遅れた。source)(チェイニーが復旧を急がせたパイプラインは、テキサス州からミシシッピ、ルイジアナを通り、北米へガソリンを運んでいる。)
国防総省の記者会見で、ローレンス・デ・リータ報道官が、ハリケーン被災地区の州兵数は現状で充分足りていると発表。source
ニューオリンズのフレンチクウォーター地区で略奪が横行しはじめ、警備員不足が問題になる。source
FEMAが、市街の保安確保まで救援活動を停止させると決定、州兵が到着し治安が回復するまで救急隊員を待機させる。近隣州から応援に来たボランティア消防隊員もFEMAから締め出しを受ける。source
ニューオリンズそばの湾岸に待機していた米駆逐艦バターン、救急支援体制を整えて支援要請を待っていたが、FEMAから救援要請の連絡がないため海上で待機を続ける。米駆逐艦バターンには「ヘリコプター、医者、600人を収容できる医療用ベッド、食料、飲料水を完備、加えて1日あたり10万ガロンの飲料水生産能力がある」(9月4日にシカゴトリビューン紙がこの件を報じるまで、FEMAから救援要請はなかった)(source
午後2時:ブッシュ大統領、カントリー歌手マーク・ウィリスとギター演奏に興じる。source
午後4時配信のAP通信:「ハリケーンの被害における、保険業界の保険金支払い予測は170億ドルから250億ドルになる」source
午後5時50分:ブッシュ大統領、「休みを切り上げて、明日にはワシントンに戻る」と電話で声明を発表。その夜、そのままテキサス州クロフォードで就寝。source)
午後8時:被災地で略奪行為が拡大しているとの報道が浸透。
午後8時55分:陸軍工兵部隊が堤防補修工事を開始。
2005年8月31日(水曜日)
午前1時45分:FEMA職員が救急車の派遣を間違った政府機関に依頼、後に取り消し。ウォールストリートジャーナル紙の報道:「18時間後、(FEMA担当者は)救急車派遣の依頼を取り消した。FEMA職員の言葉によれば、『運輸省は救急車の派遣は扱っていないということでした』とのことだった」source
州兵部隊、ルイジアナ、ミシシッピ、アラバマ、フロリダ各地に到着。出動要請から2日遅れてのことだった。(配給部隊は未着。)source
数万人が避難しているルイジアナ・スーパードームの衛生状態・状況が悪化。避難者の証言:「2歳の少女は小便のプールの中で寝ている。トイレには廃材が溢れている。破壊された自動販売機の後の壁は血痕で汚れている。皆が床に小便を垂れ流している。これではまるで動物同然だ。」source
ブッシュ大統領、夏休みを切り上げてエアフォースワンで被災地上空を通過し、被害の大きさに焦りだす。ワシントンに戻り、ようやく緊急対策チームを結成、連邦政府の救援活動を開始する。source
午前中:ブランコ知事、再びブッシュ大統領に電話で連邦政府の支援を要請。改めて4,000人の州兵派遣を依頼。source
午前8時:テキサス州知事、テキサス・アストロドームを避難所として提供すると発表。
午後12時30分:被災地からテキサス・アストロドームにバスで避難民が到着しはじめる。
ルイジアナ州ジェファーソン郡救急隊長、飲料水と食料を使い果たしたと報告。「FEMAと連邦政府は補給を早くしてほしい」source
ニューオリンズでおよそ8万人が逃げ遅れて取り残されたことが判明。source
ニューオリンズのアーネスト・N・モリアル・コンベンションセンターに、市民3,000人が食料・飲料水なしで取り残される。source
ニューオリンズ市当局から湾岸地区全体に公衆衛生危機宣言が発令される。コレラ、腸チフス、肝炎、蚊媒介感染症の危機が拡大。source
国土安全省チャートフ長官、定例記者会見で、連邦政府の救援活動について「大変満足している」source
午後4時:ブッシュ大統領、演説で始めて被災地の救援活動について言及。NYタイムズ紙が社説で大統領を酷評:「ブッシュ大統領の態度は・・・不注意さにおいて普段どおりで、災害の深刻さを理解している様子はみられなかった」source
ニューハンプシャーユニオンリーダー紙(極右新聞)が、社説で大統領を異例の酷評:「もっとマシな指導者ならば、ただちに被災地に飛んでいって、あらゆる資源を駆使して逃げ遅れた市民を救出し、死体を回収し、生き残った人々に食事を与え、服を着替えさせて、感染症防止策を施しているはずだ」source
午後7時:夏休み中のコンドリーザ・ライス国務長官、ブロードウェイへ観劇に出かける。劇場内で国務長官の存在に気づいた観客がブーイング。source
午後8時:マイケル・ブラウンFEMA長官、CNN生放送でハリケーンの威力に驚いたと発言。「今回のハリケーンは過去経験したことのない規模だ」
被災地の治安が悪化し、地元警察と州兵部隊は、市民救援よりも犯罪者拘束を優先させ始める。
カナダ・バンクーバーの都市救急捜索隊(Vancouver Urban Search and Rescue :USAR) が「ルイジアナ州職員の要請を受けて」万全の装備でルイジアナへ急行すると宣言。sourceしかし、米国土安全省チャートフ長官はカナダ側の救援部隊受け入れを拒否。カナダ・マーティン首相、ブッシュ大統領にカナダ救援部隊を受け入れるよう「説得するつもり」と話す。source
2005年9月1日(木曜日)
午前7時:ブッシュ大統領、ABC放送のインタビューで「誰も堤防決壊など予測できなかっただろう」と発言。また、被災地での略奪行為については「一切容赦しない」と治安強化を宣言。source
夏休み中のコンドリーザ・ライス国務長官、全米ゴルフ選手権を現地で観戦、その後テニス元王者モニカ・セレスとインドアテニスを楽しむ。source
政府レベルの緊急支援体制が未だ確立せず、現場が混乱。国土安全省ニューオリンズ支局責任者テリー・エベールの談話:「国家の非常事態だ。これは我が国の恥だ。FEMA側は現場に来て3日も経つのに、未だ何の指揮も業務もしていない」source
FEMAの発表:「カトリーナ被災地の復興ビジネスに参入を希望する企業はFEMAまで連絡せよ」source
マイク・ブラウンFEMA長官が約束していた救援部隊は木曜日朝に被災地に到着する予定だったが、来なかった。
正午:ブッシュ大統領、アラン・グリーンスパンFRB議長と昼食。ハリケーン被害による経済的影響について会談。sourceその後、父ブッシュとクリントン元大統領に、ハリケーン災害救援募金活動を主導するようお願いする。source
午後2時:ネーギン市長、連邦政府に必死の救援要請。「絶望的なSOSだ。コンベンションセンターでは物資が底をついていて、脱出用バスも来る様子がない。バスが必要なんだ。コンベンションセンターは不衛生で、危険で、食料もなくなった。」source
午後2時:マイケル・ブラウンFEMA長官、被災地で暴力が発生している事実について「そんな報告は聞いていない」と発言。source
ニューオリンズ、無政府状態に移行:AP通信「避難所でレイプ被害が出始め、暴力事件が頻発、火事が発生しあちこちで死体が転がっている。救援ヘリや政府職員に対する銃撃もあり、水没したニューオリンズ周辺は無政府状態になりつつある」source
カリフォルニア州から派遣され、被災地で数百人の住民を救助中の水難救助隊が、FEMAの命令により救援活動を停止される。FEMA側の説明は「治安確保のため」source
米赤十字がニューオリンズでの救援活動を申し出るが、国土安全省の命令によりニューオリンズでの活動が不可能になる。source
国土安全省チャートフ長官、インタビューの最中、コンベンションセンターで市民が救援を待っている件について「そんな報告は知らない」と発言、政府対応への批判が拡大する。source
コンドリーザ・ライス国務長官、ニューヨークのフェラガモで買物中のところを市民に目撃される。source
国土安全省、航空輸送協会に応援要請。被災地に取り残された住民救出のためにヘリの貸し出しを依頼。source
午後8時:マイケル・ブラウンFEMA長官、CNN放送のインタビュー中に、「避難しなかった市民にも責任がある」と発言。sourceまた、コンベンションセンターに被災者が居る事実をようやく認識する。「職員が現地に急行し、現地に食料があるかどうか確認するところだ」これを聞いたインタビュアー(CNNのポーラ・ザーン)は激怒。「今日まで知らなかったですって?!」(コンベンションセンターの件は前日からテレビで繰り返し報道されていた。)(明らかに、ブラウンFEMA長官はネーギン市長の説明を真面目に聞いていない)source
2005年9月2日(金曜日)
大統領主席顧問カール・ローブの策略により、「カトリーナ災害救援体制の失策は州知事と市長に責任転嫁せよ」作戦が開始される。ニューヨークタイムズ紙の記事:「ブッシュ大統領の二人の上級補佐官の指揮の下で、ホワイトハウスは今週末から、ブッシュ政権の災害対策の遅れに関する政策上のダメージを抑制するために或る計画を実行に移し始めた・・・」source
米労働省と米環境保護庁が、国土安全省に対して職員の業務環境の安全確保を大急ぎで指示。source
テキサス州ヒューストン市長が、同州の会議施設2ヶ所(リライアント・センター、ジョージ・ブラウンセンター)を新たに避難所として開放すると発表。source
ニューオリンズで化学工場が爆発し、有毒物質が流出。source
午前中:ブッシュ大統領、カトリーナ被害の悲惨な状況を理解するために補佐官がニュースを集めて作成した映像DVDを観る。「匿名を条件に回答したホワイトハウスの関係者達によれば、木曜日夜まで、(ホワイトハウス側は)被害の深刻さを理解していなかった。補佐官達は木曜日夜のニュースを観て、大統領も被害の深刻さを伝えるニュースを観るべきだと考え、バートレット補佐官はニュースを集めたDVDを作成し、湾岸の被災地区へ視察に向かうブッシュがエアフォースワンで観られるようにした」source
午前10時:ブッシュ大統領チーム、PR用撮影のため、被災状況の説明シーンをでっち上げる。沿岸警備ヘリと乗組員が、状況を演出するために集められた。
午前10時35分:ブッシュ大統領、ブラウンFEMA長官を褒める:「ブラウニー、いい仕事をしたね」source
ブッシュ大統領の被災地視察の際、周辺安全確保のために、被災地への食料配達が停止させられる。source
ブッシュ大統領の被災地視察にあわせて、ホワイトハウスのPR用撮影のためにヤラセの堤防修理工事が一時的に実行されたが、大統領が去るとすぐに作業停止。source
ブッシュ大統領、ジョージア州アトランタの復興作業を担当中の消防士の一部(50人)を、大急ぎでルイジアナ州に移動させ、ブッシュ大統領の被災地視察PR撮影の背景に歩かせる。source
午後12時:ブッシュ大統領、連邦政府の災害救援対応に「満足している。しかしその結果には満足できない」source
州兵配給部隊が食料と飲料水を積んでニューオリンズ市内に到着。市民の怒号と歓声で迎えられる。source
午後:FEMAのパトリック・ロード副長官、連邦政府の対応に「大変感銘を受けた」source
議会でカトリーナ被災地への支援金として105億ドル拠出を決定。source
2005年9月3日(土曜日)
ブッシュ政権の上級補佐官、ワシントンポスト紙の取材に対し、ブランコ知事が非常事態宣言を発令しなかったとウソを言う。ホワイトハウス側の発言を記事にしたワシントンポスト紙は、後に記事訂正に追われた。source
午前9時:ブッシュ大統領、救援活動の遅れについて、州知事と市長に責任転嫁:「被災地における危機対応は多くの問題を引き起こし、州当局と地元当局者の許容量を越える負担をもたらした。結果として、特にニューオリンズ地区において、多くの市民が、必要とする援助を受けられなかった。」(source
国土安全省チャートフ長官、「カトリーナの威力は従来の予測を超えていた」と政府側の対応不足を弁護。しかし各メディアは「被害は数年前からずっと予測されていた」と批判。source
ルイジアナ州ブランコ知事、ブッシュ政権側からの攻撃に備えて、クリントン時代にFEMA長官を務めたジェームズ・リー・ウィット氏をアドバイザーとして臨時雇用する。source
午後8時:FEMA、被災地脱出に必要とされるバスの台数を調整、最終的に1335台と認定。被災地にそのバスがやってきたが、初日は未だ数十台程度だった。(source
2005年9月4日(日曜日)
ルイジアナ州ジェファーソン郡行政責任者アーロン・ブルサード、NBC放送「ミート・ザ・プレス」生中継で泣きながらFEMAを猛烈批判。「私達は故国から見捨てられたんです。FEMAの官僚主義がニューオリンズ市民を殺したんです」source
2005年9月5日(月曜日)
ハリバートン子会社のケロッグ・ブラウン&ルート社が、ハリケーン被災地復興作業の請負企業に選定される。初期請負費用は5億ドル。source
テキサス州ヒューストンのアストロドーム避難所に視察に来たバーバラ・ブッシュ夫人が「(避難してきた市民は)元々恵まれてない人たちですから、ここの待遇は充分ですよ」と発言、批判を呼ぶ。source
(現在随時追加更新中)

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09/05/2005

バスタブに沈んだニューオリンズ

新保守主義(ネオコン)活動の中心人物であり、全米税制改革協議会(Americans for Tax Reform)の創立者、及び全米ライフル協会役員としても知られ、ブッシュ政権の経済政策に重大な影響力を持つ保守活動家グローバー・ノーキストは、ネオコンの思想をわかりやすく以下のように説明した

「私の目標は、今後25年間で政府機関のサイズを半分に削減して、ちょうどバスタブに沈めておけるくらいのサイズにすることだ」

(My goal is to cut government in half in twenty-five years, to get it down to the size where we can drown it in the bathtub.)

今、ニューオリンズはまさしくネオコンの望みどおりになった。

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