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04/20/2007

ボブ・ハーバート:『キレる若者、屈辱、そして銃』

Virginia Tech students and supporters lifted thousands of candles to a sapphire sky to remember the 32 people killed by a campus gunman.

ヴァージニア工科大虐殺事件発生から1日たった17日夜、1万人以上がキャンドルを手に被害者を追悼した。(Think Progress


ヴァージニア工科大で発生した恐るべき銃乱射事件。米マスメディアは“虐殺”事件と呼び、犯人のPRビデオは全米で放映された。暴力、恐怖、攻撃心を2億人以上でほぼリアルタイムに共有できるようになったこの国では、物事を再考するヒマも場所もなくなりそうである。満員電車にムリヤリ押し込まれたような世界だ。今頃は、銃規制強化の呼びかけの裏で、全米各地で銃の売り上げが急増しているかもしれない。

一方で日本でも、長崎で市長が銃で殺害されるという惨劇が起きた。大手マスコミは揃って大声で“民主主義に対する重大な攻撃だ!”と繰り返している。民主主義への攻撃!?その通りだよ!今度から国会で強行採決があるたびに、政治家が回答を拒否するたびに、今と同じくらい皆で怒鳴ってやろうじゃないか・・・ところで、選挙直前に候補者が殺されたのに、誰も犯人の背後関係を疑わないのだろうか?

そんなわけで、今回はNYタイムズ紙の良心と呼ばれる名物コラムニスト、ボブ・ハーバートの最新コラムを翻訳して掲載。

キレる若者、屈辱、そして銃(A Volatile Young Man, Humiliation and a Gun)

by ボブ・ハーバート:NYタイムズ紙2007年4月19日付けコラム


“おまえらを殺すのが待ち遠しいぜ。”
-コロンバイン高校事件の犯人エリック・ハリスのウェブサイト上の言葉


1966年8月1日月曜日の夜明け前、元海兵隊員でテキサス州オースティンのイーグル・スカウトを務めるチャールズ・ホイットマンは、ベッドで妻を刺し殺した。その日の前の夜には、彼は街のはずれにある母親のアパートまで車で乗りつけ、母親を殺していた。

朝になると、ホイットマンは食料、水、弾薬、ライフル2丁、ピストル2丁、カービン銃とショットガンを担いで、テキサス州立大学のキャンパスにある名物の30階建タワーを昇っていった。

まぶしい日差しの下、気温が30度を超えて上昇し始める頃、ホイットマンは銃撃を開始した。最初の標的は10代の妊婦だった。その後警官に射殺されるまでのおよそ80分間で、彼は14人を殺害し、30人以上を負傷させた。

それから40年以上が経過し、安全と思われた場所で断続的に発生する殺人的暴力事件を目の当たりにし、我々は未だに途方に暮れている。まるで悪魔そのものが突然登場したかのように、我々はただ愕然としている。今回は、32人の罪なき人々が、バージニア工科大学のキャンパスで虐殺された。なぜこんなことが起きたのだろう?全てが説明不能のようにみえる。

しかし、アメリカで起きる殺人的暴力事件のパターンを注意深く観察すると、個別の残虐行為が発生しているようでも、いくらかの一貫性が垣間見えるのである。相次ぐ事件で、年月を重ねても、殺人者になる人物は恥と侮辱に悩む若い男性で、しばしば女性と同性愛者を激しく嫌悪し、自らの揺らぐ男らしさを立て直し、ずっと拒絶されてきた尊厳を取り戻す方法として、外に出て人を殺すと決心する傾向にあるようだ。

マサチューセッツで刑務所の精神分析医として長年暴力を研究し、ハーバード大とニューヨーク州立大で教授を務めるジェイムズ・ギリガン博士によれば、女性嫌悪と同性愛嫌悪の複合化した衰弱要素が、ほとんどでないにしろかなりの割合で、我が国で起こる暴力の最悪の形態の中核を占めているという。

「殺人者やレイプ犯、様々なタイプの暴力犯罪者を長年研究してきた結果として私が結論づけると、」博士は言う。「ある程度の度合いでほとんどの事例に存在する潜在的要因は、男らしさを証明するという感覚であり、それを実現するために、失われた尊厳を取り戻すために、暴力行為に走るというものです。」

通例では、暴力とは現代社会における女性に対する敵対心の蔓延と、自分があまり頑健でなく、男らしくない-簡潔に言えば、自分に同性愛的傾向があるのではないかと多くの男性が抱く病的な恐怖心から沸きあがる不安感情に対する防衛機制の方策とされている。

暴力性と男らしさを同等視する過酷な文化においては、「自尊心の感覚を取り戻すための手段として暴力を用いるのはとても魅惑的に映るのです。」ギリガン博士は言った。

ヴァージニア工科大の殺人犯チョ・スンヒは、女学生に付きまとい、テーブル下から女性の不適切な写真を撮影していたと報道されている。以前ルームメイトだった学生がCNNに語ったところでは、チョ氏はキャンパスの女学生の目の中には『淫乱』が見えると主張したという。

チャールズ・ホイットマンは陽気なアメリカ的青年と見られることが多かった。しかし、海兵隊時代に軍法会議にかけられたことで、大学では苦労し、明らかに鬱に苦しんでいた。彼は精神医に父親を嫌悪していると語っていたが、殺戮の開始は妻と母の殺害からだった。

力不足という感情、性心理の不安、容易な銃の入手の合流は、我が国の驚くべき数の殺人事件に結実している。

アメリカ合衆国では2億丁近い銃が市民の手に握られており、毎年3万人以上-イラクで戦死した米国人のほぼ10倍の人数が、銃で殺されている。1966年当時、銃で殺される人数は年間1万7,000人程度だった。当時のタイムズ紙上では、チャールズ・ホイットマンのような“凶暴な”銃撃事件を評してこう書いている:

“動機がどうであれ、いかなる品行も精神状態も問われることなくあらゆる種類の銃が入手できるという現実が、事件を起きやすくしているのは明白であろう。”

我々はこの40年間でほとんど何も学んでいない。
(以上)

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12/25/2006

ボブ・ハーバート:『アメリカの傷口』

「私は皆さんが思っているよりもずっと良く眠っているんですよ。」
(I'm sleeping a lot better than people would assume.)

ジョージ・W・ブッシュ大統領、2006年12月14日に行われたインタビューで発言(source

Promises Betrayed

ボブ・ハーバート最新コラム集『Promises Betrayed: Waking Up from the American Dream

今回はニューヨークタイムズ紙の人気コラムニスト、ボブ・ハーバートの最新コラムを翻訳して掲載。

今回のコラムで指摘されているとおり、ハリケーン・カトリーナ被災地の復興は停滞している。その一方で、イラク戦争で米国政府はこれまでに3,500億ドル(約41兆5,992億5,000万円)を支出しており、アフガニスタン戦争その他テロ戦争費用を合計すると、米国の戦争関連支出は5,000億ドル(約59兆4,275億円)を超えているという。さらに先週、米国防総省はイラク・アフガニスタン戦争追加予算として997億ドル(約11兆8,498億4,400万円)を要求している

2003年5月に「イラクでは主要な戦闘は終了した」と宣言したジョージ・W・ブッシュ大統領は、2006年12月になると「我が国は勝っても負けてもいない」と勝利宣言を事実上取り消し、イラク駐留米軍の増強を訴え始めた。現在ホワイトハウスのウェブサイトに掲載されているあの悪名高き『トップガン大統領』演説ビデオをみると、いつのまにか『任務完了』の横断幕がフレームアウトされている。『任務完了(Mission Accomplished)』の文字は当時の公式写真にも見当たらない。)

今年の中間選挙で敗北し、政府職員の顔色が気になり始めたブッシュは、米軍兵士を含めた公務員の昇給を求める大統領命令に先日素早く署名した。この法律によって、2008年1月から米連邦政府職員は(兵士も含め)平均で2.2%昇給される。なお、この昇給命令には、米国議員全員及びディック・チェイニー副大統領の昇給(1.7%増)も含まれているという

アメリカの傷口(America’s Open Wound)

by ボブ・ハーバート:ニューヨークタイムズ紙2006年12月21日付けコラム

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「メリー・クリスマス」ルイジアナ州ニューオリンズ市9区南端部、ハリケーン・カトリーナ大災害の被災地の様子。(写真クリックで拡大)

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(Photograph provided by David Metraux: from www.davidmetraux.com


不気味だ。辺りは静まり返っている。雑踏もない。日が暮れていく。

私の足元にある5つの石段は、かつてベランダか、あるいは玄関へと続いていたことだろう。もはや確かめることもできない。住居は完全に無くなっている。残されたのは5つの石だけで、その一つには住所が記してある。レイネス通り1630番地。石段は、まるでミニマリストの芸術作品のように、雑草と瓦礫が残るちっぽけな区画の前に佇んでいる。その隣では家屋が、沈没する船のように完全にひっくり返っている。

ルイジアナ州ニューオリンズ市9区南端部へようこそ。ここではとても休日気分にはなれないだろう。どの方角を見ても、見渡す限り、荒廃が拡がっている。

他の区画では、朽ち果てた家屋の瓦礫が積まれた光景を前に、中年男性が涙目で立っていた。汚れた白い野球帽を被り、子供のように泣いている。近づいて質問を試みたが、拒否された。

ニューオリンズについて皆さんが何を耳にしていようとも、現実ははるかに酷い。まるで大きく広がった傷口のように、かつて偉大だったこのアメリカの地方都市は、ハリケーン・カトリーナ上陸時の壊滅的な洪水災害から1年以上経過した今でも、大部分が廃墟であり、地元住民の多くは苦痛に身を震わせている。

市中の大部分は、何マイルにも渡り、放棄されている。住民だった人々は親戚らと同居するか、FEMAが用意した仮設住宅に身を寄せるか、テキサス、ミシシッピ、ジョージアやその周辺へ移動した(永久に戻らない人たちもいる)。そのままホームレスとなった人たちもいる。

「人に尋ねられたら、ゴーストタウンと答えますよ」ウェイトレスのシェイラ・イーサリッジは言う。彼女の自宅は全壊し、3人の子供はアトランタ近辺の親戚宅に預けてある。「日が暮れると本当に不気味になるわ。レストランの奥で寝泊りさせてもらってるけど、本当のこと言うと、客があんまりいないの。近所があのとおりですもの。どこも空き家。みんな出てったんです。」

ニューオリンズ復興への取り組みはイラク戦争同様である。

2005年9月中旬、市の一部が未だ水没し、第82空挺師団が市中をパトロールする中、歴史に残るジャクソン広場において、ブッシュ大統領はドラマティックに姿を見せた。大統領は、全国放送された演説の中で、湾岸地区の再興のためにあらゆる手を尽くすだけでなく、深刻で根深い貧困の過酷な問題に取り組むと約束した。

「そうした貧困は人種差別の歴史に根ざしており、数世代に渡りアメリカから機会を奪ってきた。力強い行動によりこの貧困に立ち向かうのが我々の務めだ。」大統領は言った。

さて、それから1年以上が経過し、ニューオリンズの現在の人口は災害前の半分にも満たない。連邦政府は復興予算に数十億ドルを割り当てたが、予算のほとんどは無駄使いされ、あるいは官僚主義の下で絶望的に滞っている。援助を必要とする被災者-家を失い、嵐に気力を奪われた貧しい被災者達が再出発に必要とする支援はほとんど行き渡っていない。

市中にある病院や学校の多くは閉鎖されている。一部は今後も再開されないだろう。公共交通機関もほとんど動いていない。政治家達はカトリーナ災害後に驚くほど主導権を発揮したが、仰々しい復興計画は次から次へと行き詰まっている。

洪水の恐ろしい経験とその後遺症は、市内各所にある多くの建物に残された水面跡と同じように、住民達の心に傷を残した。私を乗せたタクシー運転手は、洪水で水面が上昇する頃に、或る肥りすぎの女性が枕を抱えていた事を話しながら、言葉を詰まらせた。彼女は枕が浮き輪代わりになると思っていたのだ。

「彼女も溺れて死んじまったよ」運転手は言った。

精神上の問題も山積だが、それに対応する精神衛生の専門家は極端に不足している。住民は深刻な不安や鬱、統合失調症や他の精神障害にさいなまれている。医師たちが私に話してくれたところでは、精神に障害を負った多くの患者達が、所定の治療を受けずに1年以上も行方不明だという。

市内に住む貧しい住民の多くが、連邦政府とアメリカから見棄てられ、大統領が約束を破ったと感じている。「ものすごく酷い目にあってるんです」デロレス・グードと名乗る女性が言う。彼女はスーパードームの外に立ち、通行人にベビーシッターの仕事がないかどうか尋ねている。「去年、私達はいつもテレビに出ていました。今では、また元の無名の人間に戻ってしまったんです。」
(以上)

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06/06/2006

「生ける者達を見よ」byボブ・ハーバート

『タイムズ紙コラム欄の良心』と呼ばれるジャーナリスト、ボブ・ハーバートが、戦没将兵追悼記念日(メモリアル・デー)に向けて書いた怒りのコラムを以下に全文翻訳して掲載。(文中リンクは訳者による)

ボブ・ハーバート関連過去記事

生ける者達を見よ(Consider the Living)

by ボブ・ハーバート:ニューヨークタイムズ紙2006年5月29日付けコラム

何の解決策も見出せないまま、イラク戦争はこの国が第二次大戦に関与した頃と同じくらい長引くことになるのだろう。

戦没将兵追悼記念日(Memorial Day)とは、国家の戦争に自らの命を犠牲にした者達を弔うものである。しかし、私は今回、生きている人々について共に少し時間を割いてもらいたく思う。

イラクの平常化と民主化を信じるというのならば-あるいはこの戦争の大義についてあなたが宣言したものが何であれ-周りを見直して自分自身に問いただしてみるといい。この戦争に、あなたの息子や娘、夫や妻、あるいは朝一緒に出勤する同僚や、親切な隣人達の命を犠牲にする価値があるだろうか?

今日の午後、ホットドッグを持ち寄ってバーベキューに出かける前に、鏡を見て自分に正直に問い直して欲しい。イラクのためにあなたは死ねるだろうか?

Promises Betrayed: Waking Up from the American Dream

ボブ・ハーバート初のタイムズ紙掲載コラム集『Promises Betrayed: Waking Up from the American Dream(裏切られた約束:アメリカの夢から目覚めて)』警察の腐敗と人種差別が招く冤罪の数々、超格差社会の中に拡がる貧困、終わりなき戦争・・・現代アメリカの影と、そこから這い上がるために闘う人々をジャーナリストの視点から鮮やかに描く。2005年度ベストセラーがペーパーバックになった。

イラクから撤退することはできないと国民に説く姑息な政治家や見当違いの評論家が不足することはまったくないが、実際できないのだ。混乱は続くだろう。内戦になるかもしれない。しかし、そういう連中の本音は、この戦争が他人の子供によって戦われている限り、そして、ジョージ・W・ブッシュに鼓舞された狂気の残高がクレジットカードに残されている限り、私達は撤退できないということなのである。

今すぐ裕福な家庭の子供達をバグダッドに送って、戦争費用を支払うために増税を開始しよう。そうすれば、この悲惨な大失態があっという間に収束に向かう様をみることになるだろう。

先週の嘆かわしい記者会見の最中、ブッシュ大統領とトニー・ブレア英首相は、まるで不運な小学生が、あたかも火遊びの最中に大火災が発生し、未だ手に負えない状態になってしまったかのように振舞った。彼等の無関心さが、これまでに2,500人ほどのアメリカ人と、無実のイラク人数万人-その多くは子供達-の命を奪ったのだ。

記者会見で大統領が口にした後悔の中には、2003年に彼が言った『かかって来い(bring 'em on.)』という武装勢力への馬鹿げた挑発の言葉もあった。しかしブッシュは、その狂気がいつ終わるのかについて何のヒントも示さなかった。

最終的に終わりが決定される前に、この先何人の若者をイラクの業火に放り込むことになるのだろう?何人死ねば満たされるのか?

イラクに良いニュースなど何もない。先日も、タイムズ紙のサブリナ・タバニス記者が書いている:「イラクに住む人々に重く圧し掛かる窮状を示す最新の兆候は、国を離れる中流層が急増していることです。」

過酷な暴力を鎮圧できずにいるイラク政府と米軍に、中流層は慌てふためくばかりだ。タバニス記者はヨルダンに移住を考える或る事業家の言葉を引用している:「私達は屠殺場の羊になってしまう。」

イラク国民は誘拐、殺人集団、そしてブッシュ氏言うところの『自殺犯(suiciders)』の恐怖に怯えている。

ザルメイ・ カリルザード米大使が先週言ったように、今の時点でもイラク西部の一部は米軍ではなく「テロリストや武装勢力の支配下にある。」

そして今、我々は、昨年11月に米海兵隊の兵士達が数十人のイラク人を情け容赦なく殺害した事件を聞かされている。

そのような虐殺の発生に驚くべきではない。戦争とはそういうものなのだ。殺戮は制御不能に陥るものであり、それ故、若く健康な人々をまるで一流のスポーツイベントに参加させるかのように戦闘に送り込む傲慢な指導者でなく、戦争を避けるために可能な限り力を尽くす成熟した指導者が重要となる。

ブッシュ・ブレア合同記者会見では何の進展もみられなかった。3年以上が過ぎても、この二人の男はイラクですべきことについて今まで同様全く察していない。このままさらに3年、この無駄な脚本に付き合わされるのだろうか?そして、その先も?

これほど救いようのない指導者はいない。かつて、フランクリン・ルーズベルトとチャーチルの時代があった。今はブッシュとブレアだ。

市民の殺戮疑惑に対応して、海兵隊司令官マイケル・ヘギー大将は、先週イラクに赴き兵士達に「人命の喪失に対する無関心」の危険性について説いたという。

そうした言葉はこの国の指導者達にこそ送られるべきだろうし、広く国民にも知らしめるべきだ。戦没将兵追悼記念日はそれを思案するには絶好の機会である。死者を追悼するように、生きている者達のことも考慮すべきだ。そして、何千もの人々を無駄で意味のない死に追いやるのはもう終わりにしよう。
(以上)

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